MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

頭痛と嘔吐、そして “ゾンビ状態”

2015-11-27 15:49:27 | 健康・病気

11月のメディカル・ミステリーです。

 

11月23日付 Washington Post 電子版

 

He went from a playful little boy to ‘a zombie.’ Why wouldn’t the doctors listen?

遊び好きだった小さな男の子から元気のない子(zombie)に変わってしまった。なぜ医師たちは耳を傾けようとしなかったのか?

By Sandra G. Boodman,

 Kimberly Almarode さんが車のキーをつかんでオフィスを飛び出したとき、身体中に湧き上がる恐怖を必死で抑えようとしていた。

 Almarode さんの4才の息子 Bentley くんが教室のプレイハウスの中で眠りこんでしまい、なかなか彼の目を覚まさせることができないといって幼稚園の先生が電話をかけてきたのだった。

 「私は本当にうろたえていました」 Charlottesville の約40マイル西にある町、バージニア州 Stuarts Draft に住む26才の Almarode さんは思い出す。彼女が大急ぎで Bentley くんを迎えに学校に向かうと、彼は保健室の簡易ベッドの上に横たわっていた。彼は彼女を見ると目を開けて「ママ、すぐにお医者さんのところに行きたいよ」と言った。

 その2週間前から Almarode さんは、それまで元気だったこの真ん中の子供について心配を募らせていた。Bentley くんは頻回に頭痛を訴え、厄介な症状に悩まされるだけでなく衰弱した状態へと悪化していたのである。「遊び好きの小さな男の子が、床から起き上がることのできない元気のない子(zombie)へと変わっていたのです」と彼女は思い起こす。

 しかし、Bentley くんには何か重大なことが起こっているという Almarode さんの主張は、彼の頭痛、不活発、あるいは発作的嘔吐はウイルス感染によるものであると考えた医師らによって却下された。

 幼稚園から電話があった 3月2日から3日後、一人の検眼医が明らかに異なる反応を見せた。視力障害の疑いで Bentley くんを検査していた時、心配したその眼科医が University of Virginia Medical Center に電話をかけて緊急の脳検査の予約をとり、すぐに息子を Charlottesville に連れて行くよう Bentley くんの父親に告げた。Curt Almarode さんに対するその検眼医からの説明では、彼の診察所見は“子供では正常ではないものである”ということだった。

 「大きな脳腫瘍が見つかると考えていました」 Bentley くんが入院してまもなく家族と面談した U-Va. の神経外科医 Kenneth Liu 氏は思い起こす。あの検眼医は乳頭浮腫(うっ血乳頭)と呼ばれる状態を発見していた。これは脳脊髄液の貯留による脳の圧迫によって引き起こされる視神経の腫大である。不活発や嘔吐とともに、小児に見られる乳頭浮腫はしばしば小児脳腫瘍の症状となっている。しかしLiu 氏らが驚いたことに、認められたのは脳腫瘍ではなく小児ではまれな異常だった。

 それを治療するために彼らは危険を伴う新しい治療法を実施し、それで効果が得られるかどうかを心配しながら見守った。手術室でのタイムアウト、すなわち、外科チームが手術を始める前に重要な詳細を確認するために話し合いをする短い時間に Liu 氏が“患者の死に対する恐怖感”を抱いたことを覚えている。

 「『この子がまだ4才であるということだけでなく、私たちはこれまで行われなかったことをしようとしているのです。だから失敗することのないよう努めましょう』 そう話したことを非常に鮮明に覚えています」とこの神経外科医は言う。「きわめて緊張した手術室でした」

 果たして Liu 氏の賭けは報われた。手術から 6週間後、Bentley くんは学校に戻り、ほどなく頭部を保護するためのヘルメットを着用してTボールができるまでになっていた。

 

‘We don’t overreact’ 「過剰な反応はしていません」

 

 最初 Almarode さんは Bentley くんの頭痛は、彼がしたくないこと、たとえばおもちゃを片づけることなどから逃れるための言い訳か、あるいはありふれた病気の徴候ではないかと考えていた。「過剰な反応はしていません」と Almarode さんは言う。Almarode さんと夫の間には彼以外に8才の娘と3才の息子がいる。「もし子供たちが怪我をしたも、彼らにはグジグジ言わないように注意します」 彼女は Bentley くんに市販の鎮痛薬を渡し、それで彼は良くなるだろうと考えていた。

 しかし翌週になっても彼は良くならなかった。彼の教師が電話で、彼が授業中眠り込んでいると伝えたこともあった。家族で食事に出かけたある晩、Bentley くんは頭がものすごく痛いと母親に言い、テーブルの上に嘔吐した。

 数日後の夜、彼女は Bentley くんがぐっすりと寝込んでいるときに不随意に身体を震わせたりピクピク動かし始めていることに気付いた。その翌日の 2月28日土曜日、彼女は Bentley くんのかかりつけ医の代わりをつとめていた小児科医のところへ連れて行った。

 その小児科医は Bentley くんをウイルス感染と診断した。しかし Almarode さんは疑いを抱き、彼には発熱などウイルス感染の徴候はみられなと指摘した。Bentley くんが彼女自身も患っている片頭痛なのではないかと彼女は尋ねた。その医師はあいまいな態度を示したが、片頭痛の予防や治療に用いられる強力な抗てんかん薬 Topamax(topiramate;トピラマート)をその子に出すことを提案した。

 「私は賛成できません」と彼に話したことを Almarode さんは覚えている。「私にもそれが出されたことがありましたが魂が抜けたようになるのです」 その薬についてまずは夫と話し合いたいと彼女はその医師に告げた。

 彼女は Bentley くんを自宅に連れ帰り厳重に観察することにした。いつもならじっとしていることのないこの就学前の子供は床に寝そべったまま幼い弟が自分のおもちゃで遊んでいるのを黙って見ていたのである。それだけで大きな危険信号だった。Bentley くんは、他の誰かが、特に彼の弟が自分のおもちゃで遊ぶことを許すことなどなかったからである。

 月曜日の朝には少し良くなっているように見えたので両親は彼を学校に連れて行った。しかし数時間後教師から電話が入った。

 

Normal scan 正常の検査所見

 

 母親が学校からまっすぐに彼を連れて行った緊急室では、彼を診察した医師に心配した様子は見られなかった。彼もまた Bentley くんがウイルス感染だと Almarode さんに告げた。彼の指示はこうだった:この子を家に連れて帰り、Tylenol(タイレノール;解熱鎮痛薬)と吐き気止めを飲ませなさい。放射線科の診療所でスケジュール管理士として働いている Almarode さんは、転倒によって損傷を受けた可能性を心配し Bentley くんの頭部のCT検査を強く求めた。しかし正常であるとの検査結果が返ってくると、それではウイルス感染が一体どういう風にこれらの症状を引き起こすのかと彼女が質問すると医師は不機嫌そうになったことを彼女は思い起こす。

 「彼は私に、彼にはどこも悪いところはないと言い、自分は小児科医ではないのでどこかの小児科医に連れて行くよう勧めました」と彼女は言う。「まるで私が間抜けで過剰反応しているかのように思わされたのです」

 家に帰るとすぐに、Almarode さんは、Bentley くんの頭痛が彼の視力の問題を示唆しているのではないかと考えた。彼女は検眼医に受診予約をし3日後に Bentley くんを診てもらうことになった。

 検眼医の診療所から夫が電話をかけてきたとき Almarode さんは仕事中だった。彼が Bentley くんを Charlottesville まで連れて行くことになったと彼女に手短に伝えた。Almarode さんは財布をつかむと職場から駆け出したが、これはこの週で2度目のこととなった。「どこかが悪いと思っていたわ」45分間のドライブのために夫の車に飛び乗ったときそう夫に話したことを彼女は思い出す。「私は話を聞いてくれる人が欲しかっただけなの」

 U-Va. の医師らが行った最初の検査は Bentley くんの脳の MRI だった。Liu 氏によると、彼の症状から予想されたような大きな脳腫瘍は発見されず、この検査でキアリ奇形(Chiari malformation)が見つかった。これは小脳の一部の組織が脊柱管内にはみ出す病気である。

 しかしキアリ奇形は、生命を脅かす状態である頭蓋内圧亢進を引き起こすことはない。Liu 氏によると、4才児の正常値は約10mmHg であるという。しかし Bentley くんの圧は時に50台にまで上昇していた。「とにかく20を越えれば神経外科医は本気で心配になります」と彼は言う。

 その後の検査により、この奇形は Bentley くんの症状の原因ではなく結果であると Liu 氏は考えた。彼の頭痛、嘔吐、もうろう状態は pseudotumor cerebri(偽脳腫瘍)、つまり偽の脳腫瘍によって引き起こされたものだった。「患者はあたかも脳腫瘍があるかのような症状を呈します」と Liu 氏は言う。「しかし脳は全く正常に見えるのです」

 偽脳腫瘍は若い肥満女性に最も多く見られるが、時に小児にも発症する。Bentley くんのケースのように、もし根底にある原因が発見されなければ、この疾病は特発性頭蓋内圧亢進症と呼ばれる;およそ10万人に一人の頻度で発症する。

 Bentley くんを含めた多くの患者では、この異常は、脳の血液の流出に重要な脳の下の方にある横静脈洞という静脈の狭窄や閉塞に起因する。神経外科の准教授である Liu 氏によると、Bentley くんのケースでは、Bentley くんの脳の圧が上昇した結果としてキアリ奇形が生じたように思われるという。治療が行われなければ彼には脳出血や永久的失明のリスクがあった。

後頭部に水平に走る大きな静脈が横静脈洞であるe-Anatomy より)

 偽脳腫瘍の治療には3つの方法がある。一つ目は、脳脊髄液の産生速度を低下させる薬剤を用いる方法だが、Liu 氏によればこれは根本的原因に対処するものではないため最善ではないという。二つ目として脳の圧を下げるため脳から腹腔へシャントを作る方法がある;しかしシャントの場合、入れ替えが必要となったり閉塞を来たすことがある。三つ目の約10年前に考案された最新の選択肢は閉塞した静脈を拡張させるために金属製のステントを用いる方法である。これによって圧を下げ血流を回復させることができる。

 「ステントを行うのが私には最も理に適っているように思われました―ただしそれを安全に行うことができればの話ですが」と Liu 氏は言う。彼は血管疾患の治療を専門としている。しかし、彼によれば、この治療法は新しく、ステントがどれくらい長く持ちこたえるかわかっていないという。さらにこのデバイスは成人用に考案されているもので小児用ではない。多くのデバイスはそけい部の大腿静脈から横静脈洞までカテーテルで通される。

 Liu 氏は Almarodes 夫妻とじっくり話し合い、そこで彼は選択肢を提示し、ステント留置術が良好な転帰をもたらす可能性が最も高いと考えられると説明した。Bentley くんの両親は治療に同意した。

 3月10日、Liu 氏のチームは1時間かけて Bentley くんのそけい部から頭蓋内までステントの誘導を試みた。しかしステントを静脈洞まで安全に留置できないことが明らかだったためこの治療手技を中止せざるを得なかったと Liu 氏は言う。

 Liu 氏によるとその時点で、最善のアプローチとして Bentley くんの頭蓋骨の後ろ側に小さい穴を開けることによってこの静脈に到達する方法をとるべきかどうか迷ったという。血管疾患や悪性腫瘍の治療ではそのようなアプローチを用いたことがあったが、偽脳腫瘍で試みたことはなかった。その方法を行った他の医師についても情報はなかったと彼は言う。

 「私の頭がおかしくはないということを確かめたかったのです」と彼は付け加えた。そこで彼は Charlottesville や郡内の十人以上の神経外科医とコンタクトを取った。意見は明らかに分かれた。「彼らの半数は『まともじゃない』と言い、他の半数は『理にかなっている』と言いました」

「私はその家族に包み隠さず接しました」とこの新しいアプローチを提案したときのことを Liu 氏は思い起こす。危険性としては脳出血や血栓症があった。

 Liu 氏は次のような質問には答えをはぐらかしていたと Kim Almarode さんはいう:もしこれがあなたの子供だったらどうしますか?という問いである。しかし、他の症例においてそのアプローチを成功裡に用いていたこの神経外科医を信頼していたため彼女も夫も協力的だったと彼女は言う。「それは彼にとって初めてではなかったのです」と彼女は言う。

 3月12日、Liu 氏のチームはこの治療手技を行った。24時間以内に Bentley くんの頭蓋内圧は低下し始めた。手術の3日後、Bentley くんはすっかり元気になり自宅に戻った。

 2週間後、追跡の MRI ではキアリ奇形が治まり始めていることが示されたが、こんなことはこれまでに見たことがないと Liu 氏は言う。Almarode さんによると、最近の MRI は正常となっており、Bentley くんは完全に回復しているようだという。

 今回の経験から Almarode さんは、自分の子供たちの健康のことに関しては自分の直感を信じることの大切さを確信させられたという。「今回最も辛かったことの一つは、私が過剰反応していると繰り返し耳にしたことでした」

 

偽脳腫瘍は、あたかも脳腫瘍があるかのように頭蓋内圧が亢進し

症状を呈するものの

実際には脳腫瘍が存在しない状態である。

頭蓋内圧は正常では15~18cmH2O(11~13mmHg)だが、

本疾患患者では 25cmH2Oを上回る。

頭蓋内圧上昇の原因は単一ではなく

脳脊髄液の吸収障害や大脳静脈流出路の狭窄や閉塞が

関与している可能性がある。

妊娠可能年齢の女性に多いが、

睡眠時無呼吸症候群、慢性閉塞性肺疾患、

全身性エリテマトーデス(SLE)、慢性腎疾患、ベーチェット病、

薬物(リチウム、経口避妊薬、テトラサイクリン、ステロイド、

ビタミンA過剰摂取)、頭部外傷、ライム病などが

危険因子として挙げられている。

症状は頭蓋内圧亢進症状である、

頭痛、嘔気・嘔吐、うっ血乳頭(乳頭浮腫)による視力障害のほか、

耳鳴、複視などがある。放置されると失明に至る恐れがある。

眼底検査で両眼のうっ血乳頭が確認されることで

頭蓋内圧の上昇が疑われる。

さらに脳の CT・MRI などの画像検査で脳腫瘍など他の原因を除外する。

腰椎穿刺で髄液圧の確認され

脳脊髄液の性状が正常であれば診断が確定する。

治療は肥満例では減量を図る。

アセタゾラミドなどの利尿薬を用いても治療に抵抗性の場合は

脳室から髄液を腹腔や心房に流すシャント手術が行われる。

本例のように静脈洞の狭窄が認められ、

それが頭蓋内圧の原因となっているケースが偽脳腫瘍全体の

どれくらいを占めるかは不明だが、

こういった場合には最近では、カテーテルを介して

金属メッシュの筒(ステント)を挿入し静脈路を拡張する

脳血管内ステント治療が行われることもあるようである。

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