11月のメディカル・ミステリーです。
Why was this high school student losing weight and feeling so sick? このハイ・スクールの生徒の体重が減り体調が悪かった原因は何か?
By Sandra G. Boodman,
Dorsey Davidge(ドーシー・ダヴィッジ)さんは、14才の娘 Cate Chapin(ケイト・チェイピン)が必死で寝室からトイレに行こうとするのを見ては搔き鳴らされるような不安でほとんど制御できないパニック状態となってしまいそうだった。
1月の最後の週、この中学2年生は重症のインフルエンザと思われる状態となった。一週間後、医師は彼女が肺炎であると判断したが、この診断はのちに、別の考えらえる疾病へと変わることになる。バージニア州 McLean に住むシングルマザーの Davidge さんは Cate が病気になって間もないころは平静を保っていた。しかし、この上の娘 Cate が、休むために途中で立ち止まるというのではなく10フィートすら歩くことができないのを目にし、数週間のうちに痩せこけて変わっていく様にショックを受けていた。
(家族写真)今や Cate Chapin の病気は正しく診断され、この十代の少女の減った体重はほぼ回復している。
「私は本当に怖い思いをしたのは初めてです」と Davidge さんは言う。「彼女は信じられないくらい弱っていたので、『あゝ、なんてこと!私の娘は何もしないまま痩せ衰えていくばかり』そう思いました」
Cate は病気になる前から痩せていて、身長が 5フィート2インチ(158.5cm)で 95ポンド(約43㎏)しかなかったが、そのころには 80ポンド強(約36㎏)まで痩せていた。彼女は食欲がなく、ほとんど何も飲まず、一度にベーグルを4分の1以上摂取することができないほどだった。
「その日が限界でした」と Davidge さんは思い出す。彼女は Cate の小児科医に電話をかけると、その医師はただちに Northern Virginia hospital に入院する必要があると認めた。
実際に何が原因なのかが医師らによって明らかにされるまで、それからさらに辛い一ヶ月を要することになる。その間、Cate の体重を回復させるための栄養チューブの挿入や多くの専門医への受診や数えきれないほどの検査が行われた。結局、診断は、彼女が眼科医に回ることになった一見無関係に見える症状を Cate が呈したことで可能となる。
「初めて彼女を診たとき私はひどく興奮しました。なぜなら『彼女の病気は全く新しいカテゴリーに入る』と考えたからです」と Melanie Buttross(メラニー・バトロス)医師は言う。Cate を治療した他の専門医と同じ様に Buttross 医師は最初、彼女の病気はくすぶり続けている感染症の結果であると考えた。
しかし、その見解は、Buttross 氏が Cate の目を検査したときに発見したことによりただちに覆されることになる。
Flu aftermath インフルエンザの影響
Cate の1月の不調はインフルエンザによると見られる特徴があった:不活発で痛みと熱があり、学校を一週間欠席したが改善の徴候が見られなかったため母親は彼女を小児科医に連れていった。その医師は、彼女には何らかのウイルス感染があるが恐らくすぐに軽快するだろうという意見だった。
しかし5日経っても Cate に変わりはなかった。2度目の受診のとき、おそらく彼女は肺炎を起こしているとその小児科医は判断した。「数日のうちに学校に行けるようになりますよ」Devidge さんは、肺の感染を叩くための抗生物質を処方したときその医師が彼女にそう告げたことを思い出す。
その抗生物質は効果なく、2日後 Davidge さんは Cate を近くの緊急室に連れて行った。肺炎の診断を確かめるために胸部X線写真を受けている途中で Cate は気を失った。推定された原因は脱水だった;医師たちは彼女に点滴を行って水分補給し、吐き気止めの薬を処方した。
その翌週、彼女は小児科医の診察室を再び受診した。胸部X線写真には異常はなかった。その後の血液検査でも Cate の進行する衰弱と顕著な体重減少の原因はわからなかった。
その小児科医の答えてくれない様子に不満だった Davidge さんは診療所を変更した。新たな小児科医は Cate には感染症の可能性があると考えた。彼女は Cate を小児感染症の専門医に紹介、マイコプラズマが疑われた。
感染があっても患者はあまり重篤感なく歩き回ることから、かつては“歩く肺炎”と呼ばれていたように、マイコプラズマは一般に軽い感染症で治療が必要ないこともある。しばしばインフルエンザなどの呼吸器疾患の後に発症、数週間続き、ほとんどの場合、乾性咳嗽、咽頭痛、衰弱などを引き起こす。しかし、Cate は多くの若年のマイコプラズマの患者に比べはるかに重症だった。彼女の著明な衰弱と食欲の喪失に加えて徐々に目立ってきた急速な体重減少から、別の原因が考えられた:anorexia(拒食症)である。
Davidge さんは、その可能性を指摘した医師に対して自分は懐疑的であると告げたという。「彼女には食べ物や摂食について問題になったことは一度もありませんでした」と彼女の母親は言う。
廊下を歩くのも困難となった問題の日、Cate は Northern Virginia hospital に入院した。消化器科医、精神科医、小児科医からなるそこの専門医チームは何が原因かを解明しようと努めた。彼女は胃内視鏡、大腸内視鏡、およびさらなる消化管の精査を受けたが何も異常は発見されなかった。彼女の腎機能が低下していることがわかったため、腎臓専門医が呼ばれた。兆候からは Fanconi syndrome(ファンコニ症候群)の診断の可能性が示唆された。本症候群は血流によって再吸収されるべきたんぱくや他の物質が尿中に放出されてしまう疾患である。そして、彼女には腎臓間質に炎症が起こるタイプの腎炎があるように思われた。
しかし、医師らはここでも繰り返し拒食症という結論に戻っていたと Davidge さんは言う。自身による飢餓が腎機能に障害を及ぼしている可能性があり、それによって彼女の衰弱も説明できるからである。
Cate の入院に影響を与える別の要因もあった。彼女はしばしば腹を立て、非協力的となり、時に治療にひどく抵抗したのである;たとえば、大腸内視鏡に必要な前処置液を飲ませるのに数時間かかったと母親は思い起こす。彼女を治療した小児科医は、彼女が話しかけようとしないので“彼女の思惑が理解できないでいる”と Davidge さんに話したという。
Cate の体重が80ポンド(約36kg)まで激減したとき、医師らは、彼女に確実な栄養補給がなされるよう経鼻胃管の挿入を勧めた。Davidge さんはこの処置に同意した。2月28日、一週間の入院ののち Cate は自宅に戻った。
「実際には他に何もできることはないし、うまくいけば栄養の管で体重が増えるだろうと彼らは言いました」Davidge さんは思い出す。訪問看護師が数日毎に訪れる一方、Cate は小児科医を週に数回受診した。
彼女の体重は増え始めたが数週間後、頭打ちとなった。腎機能は異常なままで、原因が何であるかをつきとめるため腎生検を受ける必要があるかもしれないと腎臓内科医は言った。前月に、医師らは若年性関節リウマチ、ループス、単核球症、癌、およびライム病を除外していた。
「実に、実に感情的に不安定な時期でした」と母親は言う。「ただ何とかやっていたという感じでした」
A revealing new symptom 出現した新たな症状
退院してから3週間後、Cate が自宅で休んでいたとき突然、左眼に強い鋭い痛みが出現し、ひどい充血も見られた。Davidge さんは、一般には pinkeye(はやり目)と知られる白目部分の感染性炎症である結膜炎、もしくはもっと重症の病気ではないかと考えた。かかりつけの眼科医で友人でもある Buttross 医師に電話をかけ、Cate の眼のケータイ写真を送った。
眼窩に感染があるかもしれないと心配し、また Cate の最近の入院の件を知った Buttross 医師は Davidge さんに彼女を緊急室に連れて行くよう言った。CT検査では感染は認められなかった;Cate は結膜炎の診断を受け自宅に戻った。
その翌日、結膜炎でも稀にそういうことがあるものの眼がまだ激しく痛んでいたので、Davidge さんは Cate を Buttross 医師に見せるために連れて行った。
彼女の眼を検査しながら、その眼科医は、問題は結膜炎でも他の感染症でもないと思うと言った。
「私は、彼女の眼の前側に白血球、すなわち炎症細胞が浮遊しているのを見たのです」と Buttross 医師は思い出す。それらは、日が照っている部屋に浮遊するホコリの粒子に似ていた。細胞は両眼に存在していたが、Cate の左眼が特に冒されていたと Buttross 医師は言う。
「これはぶどう膜炎だとわかりました」と彼女は言う。網膜に血流を供給する眼の中間層の炎症であるぶどう膜炎は、外傷、あるいは身体が誤って自身の組織を攻撃する自己免疫反応によって引き起こされる。適正に治療されなければぶどう膜炎から永久的な視力喪失に陥ることもある。
Buttross 医師はこの眼疾患が Cate のここ最近の医学的問題の手掛かりを与えてくれるかも知れないと考えたが、その機序については確信がなかった。さらに彼女はぶどう膜炎の専門家ではなかったので、Cate をその専門である眼科医に紹介した。
その数日後、その答えが明らかになった。Cate の先般の病歴の一部、特に腎機能障害を根拠に、そのぶどう膜炎の専門家は、彼女が tubulointerstitial nephritis and uveitis syndrome(TINU)(尿細管間質性腎炎・ぶどう膜炎症候群)というきわめてまれな疾患であると診断した。
1975年に初めて報告され、まだよくわかっていないこの疾患は一般に思春期の女性にみられ、免疫異常が原因となっている可能性がある。一部の例では感染が先行する。Cate のマイコプラズマ感染がその引き金になった可能性があるが、確実に知る術はない。その他報告された原因として、中国の漢方薬・五苓散の使用があるが Cate はこれを摂取していない。
TINU の特徴的症候はぶどう膜炎と間質性腎炎である。しばしば腎機能障害がぶどう膜炎に先行する;あるいはぶどう膜炎が最初に起こる例もある。TINU の他の症候に体重減少や衰弱がある。
治療は一般的にステロイドが用いられる。現在まで、世界中の医学文献でわずかに200例しか報告されておらず、多くの医師はその存在を知らない。
「それは実際よく知られていない疾患です。聞いたことがあると言いたいところですが、初耳でした」と Buttross 医師は言う。
Davidge さんにとってその診断は大変な安心感となった。「ついに私たちが取り組んでいる相手がわかったのです」と彼女は言う。
Cate は最初の受診のとき Buttross 医師が処方してくれたステロイドの点眼を使い始めていた;数週間のうちに彼女の具合は良くなり、急速に体重が増えた。4月2日、92ポンド(約42㎏)に達したとき、栄養チューブが抜去された。彼女の腎機能も改善傾向にあった。
この疾患はかなり稀なことから Cate はNational Eye Institute に紹介された。在宅教師の支援を受け、彼女は何とか8学年を終了し、現在私立学校の高校1年生として元気に過ごしているが、いまだに疲れやすい。彼女の腎機能は再び正常に機能するようになっている。
彼女は定期的に Buttross 医師のもとを受診しており、先月、特定の癌の治療に用いられる薬剤である methotrexate(ミトトレキセート)の注射を受け始めた。ステロイド単独ではぶどう膜炎を改善できなかったからである。彼女のステロイド点眼は現在中止が検討されている。
「治癒について何かと人から言われますが、現実はなんとかコントロールできる慢性疾患とともに生きていくことになります」と Davidge さんは言う。「彼女は今、90%の状態にあると思います」
尿細管間質性腎炎・ぶどう膜炎(TINU)症候群の
標準的診断基準は未だ確立されていない。
腎機能障害とぶどう膜炎を同時に発症しないことが多く
その診断が遅れるケースが多い。
文献によると26%でぶどう膜炎が先行、
65%で腎炎が先行しており、同時発症はわずかに15%だった。
このため早期診断には内科医・眼科医の連携が重要である。
腎機能障害とぶどう膜炎を合併する疾患は
TINU症候群のほかに
サルコイドーシス、シェーグレン症候群、
全身性エリテマトーデス(SLE)、ウェジェナー肉芽腫症
などがある。
これら疾患との鑑別には腎生検で急性間質性腎炎の
病理所見を確認する必要がある。
TINU 症候群の病因は未だ解明されていないが、
感染、薬剤、自己免疫などとの関連が報告されている。
尿細管とぶどう膜に共通の機能があることから、
一見関係のない両者に病変が起こると考えられている。
ぶどう膜炎の視力予後は良好でありステロイド点眼の
反応性は良好であるが半数の症例で再発が見られる。
一方、尿細管間質性腎炎は、
尿細管とその周囲の組織(間質)の障害により
腎機能低下をきたす。
アレルギー性の薬物反応、感染症の他、様々な要因の
関与が考えられている。
原因薬剤が明らかな場合は早急に中止する。
自己免疫が介在しているケースでは
ステロイドの内服治療を行う。
ステロイドに反応すれば予後は良いが、
腎不全が進行し透析を要する場合もある。
本症例では腎機能障害が判明していたことから
早期に腎生検を行うべきだったかもしれない
(が、この親を説得するのはなかなか…かも)。