MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

聞き慣れない疾患による苦痛

2012-11-23 20:12:04 | 健康・病気

11月のメディカル・ミステリーです。

11月20日付 Washington Post 電子版

Medical Mystery: A woman endures multiple surgeries when a wound will not heal 傷が癒えず幾度もの手術に耐えた女性

By Sandra G. Boodman,
 その疑問は Kristrianah Ayala さんの増大する絶望感と、18ヶ月に及ぶ厳しい試練を理解しようとする彼女の努力を反映していた。「私は療法士です」 2011年の秋に彼女の治療を開始したワシントンのリウマチ専門医に向かって彼女はこう言った。「この病気がすべて私の思い過ごしであるということはないですか?」
 Ayala さんの苦悩、そして彼女の疑問の本質は Georgetown University Medical Center の准教授 Victoria Shanmugam 氏を当惑させた。

Womanenduresmultiplesurgeries
なぜ女性の感染した膝の傷が治らないのかを明らかにするのに10度の手術とほぼ苦痛の2年間を要した。

 即座に Shanmugam 氏は、Ayala さんの膝の裏側の5インチの長さの開放創は彼女の心の産物ではなく、今 Georgetown の専門医チームが懸命に診断しようとしている重大な身体的疾病の徴候であることを告げ彼女を安心させたという。
 失敗に終わった10回の手術のあとも、1年以上も治癒が得られなかった Ayala さんの傷が、治癒を遅らせる内在性の免疫異常である彼女のループスによるものか、あるいは感染によるものかは誰にもわからなかった。そしてもしそれが感染だったとすれば、なぜ検査を繰り返しても原因となる細菌を同定できなかったのだろうか?
 「目覚めることのできない悪夢のような感じでした」57才の Ayala さんは思い起こす。「その傷はまさに私の存在をむしばんでいました」

 College Park の住民である Ayala さんは膝に問題が生ずるまでは活動的な生活を送っていた。心理療法を仕事にしているだけでなく、アマチュア画家であり、オカメインコを飼育し、ニワトリの群れを飼い、健康のために毎日4マイル歩き、週末には夫とともに30マイルのサイクリングのタイムを計測した。2009年7月にループスの診断を受けていたがその影響はほとんどなかった。炎症を引き起こし、身体が自身の組織を攻撃することで発症するこの疾患は、副腎皮質ホルモンをはじめとする投薬により十分コントロールされているようだったが、関節が時折痛むことはあった。しかしそれも意外なことではなかった。関節痛の原因となる変形性関節症もあることが2007年に医師から告げられていたからである。
 2010年6月、彼女の左膝の前側に激しい痛みが出現した。それは時には立っていられないほど強かった。Ayala さんは数人の医師に相談したが、彼らはその痛みが関節炎によるものかそれともループスによるものか断定できないようだった。ある整形外科医が彼女に一連のコルチゾンの注射を行うと膝の痛みは一時的に和らいだ。2011年の初めに行われたMRI検査で疑わしい原因が発見された:膝の衝撃を和らげる円板に生じるありふれた疾患、半月板損傷である。
 4月に行われた膝の手術で別のことが明らかになった。彼女の半月板は修復の必要がなかったが、手術を行った整形外科医は、基本的に感染による関節の炎症である化膿性関節炎と診断したのである。Ayala さんは抗生物質を服用したが、痛みの部位が変化し、膝の後ろ側に広がりふくらはぎの方に下がっていった。
 2、3週後、痛みは Baker’s cyst(ベーカー嚢腫)によって起こっているかもしれないとその整形外科医は判断した。これは良性の液体が貯留する腫瘤である。しばしば治療を施さなくても消失することがあるこの嚢腫は、関節炎や自己免疫疾患の患者によく見られるものである。
 1ヶ月後、痛みは依然として強く、Ayala さんは 2ヶ月もたたないうちに2度目の膝の手術のために Maryland州の郊外にある手術室に再び運び込まれていた。外科医はベーカー嚢腫を摘除したが、彼は、それが彼女の痛みの原因とは考えられない、何らかの形でループスが関連しているように思うと彼女に告げた。
 2011年6月のその手術のあとから、あるパターンが始まった。創をきれいにし治癒を促進させようとして皮弁を置く手術を行っても、ときには数日以内に、創の離解が起こってしまうというものである。
 医師は彼女のループスの薬を増やし、手術創の治癒しない原因が感染なのか否かを判断しようとした。培養の一つから可能性のある手がかりが見つかった。水道水からしばしば検出される非定型細菌である。しかし医師はそれは起炎菌でなく汚染によるものだと判断し、それ以上追求しなかった。
 一ヶ月後、Ayala さんは高熱を出しメリーランド州の緊急室に治療を求めた。医師たちは彼女がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を持っていると考えた。これはしばしば病院で感染する危険なタイプのブドウ球菌である。「ここには来ないでください」医師はそう忠告し、より専門的な病院に治療を求めるよう指示したと彼女は言う。「あなたのために何をすべきかここではわかりません」

Feeling powerless 無力さを感じる

 2011年8月、Ayala さんは MedStar Georgetown University Hospital の創傷治癒センターの患者となった。そのころはその難治性の傷、進行した認知症の両親、そして彼女が“岩のような感性”を持っていると表現した数人の医師との対応に疲れ切っていたと彼女は言う。
 彼女は、痛みに疲れ果て、夫に涙ながらに打ち明けていたという。「『私はこれ以上我慢できない。なぜ私の脚を切り落としてくれないの?』と話しました。クライアントに対応することもできませんでしたし、絵も描けませんでした、また生まれたばかりの孫娘に会いにミネソタに行くこともできませんでした」
 Georgetown でも、形成外科医、整形外科医、さらには感染症専門医などからなる医師団は彼女のケースに困惑した。
 このためこのチームは、自己免疫疾患や遷延治癒創の患者を対象とする WE-HEAL と呼ばれる連邦政府の助成を受けた研究の主要治験責任医師である Shanmugam 氏に依頼した。
 Ayala さんのケースの逆説的な特徴に強い印象を受けたと Shanmugam 氏は言う。彼女によると、潜在する自己免疫疾患に対する積極治療はしばしば治癒を促進させるのだという。「しかし彼女のケースは反対でした」と Shanmugam 氏は言う。「彼女のループスに積極的に対応すればするほど、彼女は悪くなっていました」
 Ayala さんのカルテを見直しながら、このリウマチ専門医は、水道水による汚染の可能性があるとして検査上のエラーと見なされていた早期に行っていた検査に注目した。
 それより数年前、なかなか治らない手の感染が Mycobacterium kansasii(マイコバクテリウム・カンサシ)という稀な微生物によって引き起こされていた患者を彼女は診察していた。この微生物は土や水の中から検出される結核菌の仲間である。
彼女はそれと同じ微生物が Ayala さんの膝周辺の組織に何らかの形で潜伏し、炎症を起こしているのではないかと考えた。「あのケースがあったので、それをより意識することができたのだと思います」と彼女は言う。「実際、可能性のあることはそれ以外にあまりなかったのです」
 稀な微生物が原因かもしれないとShanmugam 氏が彼女に告げたとき、彼女の気分は高揚した。「『あなたの責任じゃない、それが何なのかを確かめるために調べましょう』と初めて誰かに言われた感じでした」「Shanmugam 氏はブルドッグのようでした。彼女は決してあきらめそうになかった」と Ayala さんは思い起こす。
 しかし、研究室での mycobacterium の培養には厳格な条件が求められる。培養はちょうどいい温度で特別な培地を用いた特殊な方法で行われなければならない。
 10月に創部の培養の試みが失敗に終わったが、その後 Ayala さんがゆっくりと好転しているように思われたため、Shanmugam 氏らは創部が最終的に自然に閉鎖するかどうかを見るために待つことにした。
 しかし2012年2月、創部が再び離開した。医師たちは創を洗浄し、培養のために細菌を回収するために再び手術を行うことにした。

Answer from the lab 研究室からの回答

 2012年3月、外科医は Ayala さんの膝の裏側深くに埋もれていた、Shanmugam 氏の表現によれば“チーズ様のドロドロしたもの”を除去し、分析のために MedStar Washington Hospital Center の研究室に至急送った。
 この彼女の10回目の手術から数週間後、結果が返ってきた。Shanmugam は正しかったのである。Ayala さんの膝はやはり Mycobacterium kansasii に感染していた。これは多くの場合、免疫系が障害された患者で生じる日和見感染症である。2012年の論文によると、肺が侵されることが最も多いこの感染者数は、HIV/AIDS 流行時期以降増加している。しかし、この感染はさらに糖尿病、心疾患、あるいはAyala さんのように長期間のステロイド治療が行われているようなその他の人たちにも発生する。
 今回の手術後は明らかな違いに気付いたと Ayala さんは言う。「どんどん良くなり続けたのです。私は膝を曲げることもできたし、痛みも軽かったのです」数週間はかかったが、今回創は閉じたのである。
 では一体 Ayala さんはどうして感染したのだろうか?
 「実際のところ、わかりません」と Shanmugam 氏は言う。彼女は最終的な診断につながった検査結果はチームワークのおかげだと考えている。
 Ayala さんは、膝の痛みを和らげるために2010年に受けたステロイドの関節注射によって感染したのではないかと考えている。Shanmugam 氏はこれに懐疑的であり、注射中の水道水への曝露によるのではなく Ayala さんは屋外でこの細菌に遭遇した可能性がより高いと言う。
 彼女のループスがその一因となったことは明らかである。「もし彼女の免疫系が全く障害されていなければ、それを遮断、排除できていたでしょう」と Shanmugam 氏は言う。
 ただちに感染を根絶するために約一年間の内服が必要ないくつかの有効な薬が Ayalaさんに処方された。しかしそれらの薬剤で彼女に吐き気が認められたため一ヶ月後には中止せざるを得なかった。
 それでも、彼女の改善の程度は主治医らを驚かせた。Ayala さんはサイクリングを再開したが、そんなことができるようになるとは Shanmugam 氏らは想像すらしていなかった。さらに最近、生後16ヶ月になる孫娘のもとを初めて訪れるためミネソタ州に飛んだ。
 「私は命拾いをしました。私は回復に向かっていると感じています」と彼女は言う。
 Ayala さんの感染が完全に消え去るよう願っているがその確信はないと Shanmugam 氏は言う。「見極めはむずかしいです。なぜなら、感染が再燃するのにはわずかに一つか二つの菌で十分だからです。今は彼女の身体にまかせている状態です」

抗酸菌とは結核菌を含むマイコバクテリウム属に属する
細菌の総称で、胃酸に抵抗性を示す。
このうち結核と癩菌を除いた抗酸菌による感染症を
非結核性抗酸菌症(または非定型抗酸菌症)という。
その中で本邦において最も多く分離されるのは
Mycobacterium avium complex(別称 MAC)で70%以上、
次いで Mycobacterium kansasii(M. kansasii)が 10~20%である。
記事中の M. kansasii 感染症は
1970年代から1990年代にかけて増加し、その後発症数は
ほぼ横ばいとなっている。
M. kansasii は一部地域の水道水から分離されるなど
環境常在菌と考えられている。
M. kansasii はヒトに対して不顕性感染となる場合が多いが
肺に感染症を起こすと肺結核類似の症状を引き起こす。
人口密度が高く人の交流が激しい地域ほど発症頻度が高い
との報告がある。
環境からの感染が考えられる非結核性抗酸菌では、
その存在している地球環境の変化とヒトの免疫状態(
HIV 感染などの免疫不全)とが複雑に絡み合って感染し、
さらに発症へと進展するものと考えられている。
M. kansasii の場合、MAC と比較すると日和見感染症の傾向は低い。
M. kansasii 感染症はヒトからヒトへの感染はないが
無治療では増悪することが多いため
結核の治療薬であるイソニアジド、リファンピシン、
エタンブトールの 3剤で 12~18か月間内服治療する。
通常この治療で菌は陰性化するが再発が見られる例もある。
ただ嘔気・嘔吐、肝機能障害などの副作用で
治療が継続できないケースもある。
本疾患は肺感染症の場合でも結核に比べると
かなり診断が困難である(喀痰から菌が検出されただけでは
診断できない)。
Ayala さんのように膝の病変の場合、
あらかじめ非結核性抗酸菌の可能性を想定していなければ
まず診断できていなかったと思われる。

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