2022年最初のメディカル・ミステリーです。
‘I’m going blind. Somebody’s got to help me.’
「私は失明してしまいそうです。誰か私を助けて下さい」
By Sandra G. Boodman,
Julia Lefelar(ジュリア・ルフェラ)さんはそれ以外に何をすべきかわからなかった。
彼女は副鼻腔炎に対して抗生物質を内服していたが、症状は悪化しているように思えた。両目が痛み、眼の見え方は時間ごとに暗くなっていたが、彼女は耳鼻咽喉専門医の受診予約を取れないでいた。
そのため Lefeler さんは定期検査で数年前に受診したことのある眼科医の診療所まで車で行き、その勢いに驚く受付係の人に懇願した:「私は失明してしまいそうです。誰か私を助けて下さい」
「あれほど迅速に動いてくれた人に出会ったことはありません」そのスタッフの応対について彼女はそう話す。
現在、メリーランド州Gaithersburg(ゲイサーズバーグ)に住んでいる Lefelar さんは10年以上の間、1~2ヶ月続く不可解な症状と闘っていた。多くの場合、ひどい眼痛、暗くなる視野、息切れ、嘔気、さらに激しい倦怠感がみられた。これに対し2人の医師は彼女の症状はストレスに起因すると考えた。別の医師はもっと食物線維を摂るよう助言した。またある医師があからさまに疑念を呈したことに不安を感じたこのソフトフェア・エンジニアは夫に協力を求め、彼女が誇張して言っているのではないことを証言してもらったこともあった。
Kristina Lefelar(クリスチナ・レフェラ)さん(左)と彼女の母親 Julia Lefelar さん。「どこも悪いところはないと(医師から)言われ続けている人たちと私は毎週話をしています」自身の疾患で経験した辛い体験との類似性に着目する Julia Lefelar さんはそう語る。
彼女に症状がみられるようになって何年か経ったとき、一人の友人が先見の明がある意見を語った。「あなたが良くなって何が原因だったのか誰もわからないままになるか、悪くなって原因が分かるかのどちらかよ」
Lefelar さんの眼科医への受診は後者の始まりとなるものであり、その必死の受診から3年後についに診断が下されることになる。
現在58歳の彼女は自身の複雑な気持ちを思い起こす。「自分の決定的証拠を見つけた奇妙な幸福感には、耐えてきた苦痛の記憶と、自分は死にかけているのに誰にもその原因がわからないという繰り返す恐怖とが入り混じっていました」と彼女は言う。
Lefelar さんはさらに、「他の人達が享受できたものを逃してきたこと、またその過程で彼女の原因不明の疾患が自身の娘たちの小児期に影を落としてきたことに対する怒りや悲しみ」を感じているという。
「気持ち的にまさに複雑でした」と彼女は言う。
Essential nap 欠かせない昼寝
最初の発作は2000年になかなか治らないひどい風邪で始まった。Lefelarさんは目の奥が痛み疲労感を自覚した。
彼女はかかりつけの内科医を受診し抗生物質を処方されたが効果はなかった。彼は血液検査を行ったが異常は何も見つからなかった。それでも Lefelar さんの倦怠感は確かなように思われた;彼女は一日の勤務をこなすために職場での昼寝が不可欠となっていた。
「食料品店に行ったとしても家にたどり着けないように思いました」と彼女は思い起こす。彼女は台所で食料品を落としたり、階段を這って上がったり、疲れ切ってベッドに倒れこんだりすることもあった。時には視力の低下もみられたと Lefelar さんは言う。彼女が明るく照明された台所で灯りが暗いのではないかと夫に尋ねたことを覚えている。
Lefelarさんの内科医は原因がわからなかった。「『あなたは若い母親で仕事もしています。無理があるんです』そのようなことを彼が言っていました」と彼女は思い起こす。「彼は私を誰にも紹介しませんでしたし、私のことを重視してくれなかったのです」一時は視力の低下が単なる自分の思い込みなのではないかと考えることもあった。
1、2ヶ月して彼女の症状は軽減しその後消失したが数ヶ月後には再発した。2001年の再発のさなか、スポーツ医学を専門にしている新たな内科医を受診した。彼女によると、彼女の地域で保険を扱う数少ない家庭医の一人だったからだという。
血液検査を行ったが全く問題はなかったため、その医師は、Lefelar さんが時折自覚していた動悸の精査を目的に心臓内科医に紹介した。
その心臓内科医は彼女に Holter monitor(ホルター心電計)を装着した。これは心臓の調律を監視する装置である。彼は premature atrial contractions(心房性期外収縮)と診断した。これは心疾患を実際に持たない人では特に問題のない状態である;その原因の一つにストレスがある。その医師は彼女に休養しストレスを避けるよう助言した。
続いて彼女は持続する嘔気のことで胃腸科医を受診した。彼は sigmoidoscopy(S状結腸鏡検査)を行った。この検査は内視鏡を用いて大腸の肛門に近い部位を調べる検査である。彼はもっと食物線維を摂取するよう彼女に助言したが、それでもほとんど嘔気が和らぐことはなかった。
満足な答えが得られなかった彼女は元の内科医に戻った。彼女が「うつ状態にあるがそれに気づいていない可能性がある」と彼は説明し、彼女を精神科医に紹介した。
Lefelar さんはその精神科医を一回だけ受診したという。「彼は私にこう言いました。『私はあなたのどこが悪いのかわかりませんが、あなたには身体的な疾患があると思います』」と彼女は思い起こす。彼からは、さらに、新たな家庭医を見つけるよう明確な忠告を受けたと Lefelar さんは言う。
数ヶ月して彼女は3人目の内科医を受診、そこには初診を含めて2度受診した。彼は彼女に、mycoplasma(マイコプラズマ)の感染歴の証拠が血液検査で示されたと説明した。マイコプラズマは肺を初めとする身体の異なる箇所に感染する細菌である。彼は一ヶ月間抗生物質を処方した。
「『よし、これだ』と私は考えました」そう Lefelar さんは思い起こす。しかしそうはならなかった。その薬を内服した当初は症状が改善したものの消失することはなかったのである。
それでも最初の発作から6年後の2006年には、Lefelar さんは「ほぼ正常」に感じていたと言う。
彼女の倦怠感は軽くなっており、種々の症状もまれにみられたが、以前より対処しやすくなっていた。昼食時間の仮眠も中止した。おそらくそれは食習慣を変更したためだろうと彼女は考えた:彼女はカフェインとアルコールを中止していたのである。
「きちんと食べていればまだ働くことはできたのです」と彼女は言う。「なるほど、これが私のニュー・ノーマルなのだ」と私は考えました。
Eye pain 眼の痛み
しかし、2014年、再び以前の繰り返しが始まった。ひどい風邪のあと、Lefelar さんには目の奥の痛みが出現しその後視野が暗くなった。別の内科医(4人目)によって耳鼻咽喉科専門医に紹介されると、副鼻腔感染症に対して抗生物質が処方された。
そして冒頭の眼科医の診察室へ緊急受診するという必死の決断が、彼女にとってこの十数年間で初めてとなる目の検査につながった。
「私は他のことに意識が集中していたので目のことは放っていたのです」と彼女は言う。「今思っているのは『あーあ、間抜けな私』です」
その眼科医は直ちに optic neuritis(視神経炎)と診断した。これは、中枢神経系の疾患である multiple sclerosis(MS, 多発性硬化症)の患者にしばしばみられる視神経の炎症である。彼は即座に彼女を、目ではなく神経系が原因となるまれな視覚障害を専門にする、眼科学と神経病学の教育を受けた医師、すなわち neuro-ophthalmologist(神経眼科専門医)に紹介した。その専門医が高用量のステロイドを処方すると、Lefelar さんの視力は正常に復した。しかし医師らは MS を除外、彼女の視力低下の根本的原因は解明できなかった。運が良ければそれは再発しないだろうと彼らは彼女に説明した。
しかし、その後数ヶ月で再発した。最初は一方の目に起こり、その後反対側にも生じ、結局両側性となった。しかし発作が起こるたびにステロイドを内服すると改善した。
Lefelar さんは、当時バルチモアにある Johns Hopkins Hospital(ジョンズ・ホプキンス病院)の neuroimmunologist(神経免疫学者)だった Michael Levy(マイケル・レビー)氏に紹介された。[Levy 氏は現在、ボストンの Massachusetts General Hospital(マサチューセッツ総合病院)の Division of Neuroimmunology & Neuroinfectious Disease(神経免疫学および神経感染症部門)の研究部長である]。
彼は Lefelar さんが、免疫系が誤って脊髄や視神経の健康な細胞を攻撃して発症し痛みや視力喪失を引き起こすまれな疾患である neuromyelitis optica(NMO, 視神経脊髄炎、またはNMOSD, 視神経脊髄炎スペクトラム障害)ではないかと疑った。本症は米国で年間約4,000人が診断されているが、これと混同されやすいMS に比べるとはるかに少ない。
Lefelar さんは rituximab(リツキシマブ)の点滴注射を受けることになった。これは、特定の癌や重症の自己免疫疾患の治療に用いられる薬である。しかし、彼女に最善の反応はみられず、その後行われた NMO 抗体の検査は陰性だった。
Lefelar さんによると、2014年中の3ヶ月間はほとんど失明状態で活動できない状態だったという。「視野の下の方のわずかな部分だけ視覚が残っており、基本的に家を歩き回ることだけはできました」
その後彼女の視力は徐々に回復したが、永続的な欠損がいくらか残った:いくつかの盲点とあせたような色の箇所が残存した。しかし Lefelar さんは十分復職できるまでに回復した。「『そう、これが私の病気なんだし、どうにかやっていかなければならない』と私は思いました」
しかし2017年、Lefelarさんに下肢の脱力と膀胱のコントロールの障害がみられるようになり、rituximab の効果がみられなくなっていることが明らかとなった。Levy氏は新しい疾患に対して最近開発された血液検査を行った。その疾患はMOG antibody disease(MOG抗体疾患、MOGADとも言われる)と呼ばれるもので、MOGADは myelin oligodendrocyte glycoprotein antibody disease(抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖たんぱく抗体関連疾患)の略である。
この疾患は、抗体が、視神経、および頻度は低いが脳、脊髄における神経細胞を覆い保護的な役割を果たしている髄鞘に認められるたんぱくを攻撃することで発症する。その結果生じる脱髄が神経細胞の機能を障害し、視神経炎、視力喪失、嘔気、さらには倦怠感をもたらす。
Lefelarさんの MOG 抗体検査は陽性だった。最初の発作から17年後、彼女はついに答えを得たのである。彼女の症状は MOG antibody disease(MOG 抗体疾患)によるものだったのだ。
小児および成人を襲うこの自己免疫疾患の原因はわかっていないが、一般に家族性とは考えられていない。小児ではしばしば単回の発作に襲われた後に回復することがあるが、成人では複数回再発する発作を経験しそれによって中枢神経系の障害が起こりうる。
MOGには標準的な治療ガイドラインが存在しないが、炎症を抑えるために高用量ステロイドの静注がしばしば用いられる。また免疫系を抑制するために臓器移植の患者に投与される薬剤がしばしば処方される。
Levy 氏によると、当初、MOGはMSの亜型であると考えられていたが、現在専門家は別の疾患であるとみなしており、MSの治療では増悪する可能性があると警告しているという。
「MOGについて奇妙なことの一つは、多くの発作が重篤(MSの発作に比べ重篤)であるものの患者の症状は良くなる傾向にあることです」と、Harvard Medical School(ハーバード医科大学)の准教授である Levy 氏は言う。「MSの患者はMOG の患者より多くの障害が積み重なっていくのです」
現在、Lefelar さんは自宅で投与できる薬剤の静脈注射を毎週受けている;2017年以降彼女には一度も発作が起こっていない。
「22年になります。そして私は今非常に良好な生活を送ることができています」と彼女は言う。「運転しますし、働けます。95%の視力になっています」
彼女の娘や妹とともに Lefelar さんは2020年に非営利の MOG Project を立ち上げた。彼女はこれを自身の第2の仕事と呼んでいる。その目的は、このほとんど知られていないこの疾患の認識を高めることとこの疾患の研究を推進することである。
「どこも悪いところはないと(医師から)言われ続けている人たちと私は毎週話をしています」自身の疾患で経験した辛い体験との類似性に着目する Julia Lefelar さんはそう語る。
彼女の疾患はMOGがまだ発見されていたなかった2000年には診断できなかったが、苦労してたどりつけた専門家を活用して他の患者を救うことを望んでいると Lefelar さんは言う。
「自分をどのように支援すべきかを知っている未来の Julie に自分がなれればと思っています」
MOG抗体関連疾患については以下のサイトを参照いただきたい。
第57回日本神経眼科学会総会モーニングセミナー(2019年)
MOG抗体関連疾患は、
多発性硬化症(MS)、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)と
同じように自己免疫機序で発症するが
MS、NMOSD のいずれとも区別されるMS類似疾患である。
本疾患はMS、NMOSDとは臨床像が異なっており、
抗アクアポリン4抗体(抗AQP4抗体)が陰性、
抗MOG抗体(抗モグ抗体と呼ぶ)が陽性となる。
(抗MOG抗体の重要性が認識されるようになったのは2000年代中頃である)
なお髄鞘が破壊される点ではMSと共通だがMSでは抗MOG抗体は陰性である。
またNMOSDでは標的がアストロサイトという神経支持細胞であり
抗AQP4抗体が陽性となる。
MOGは記事中にあったように、
myelin oligodendrocyte glycoprotein(髄鞘オリゴデンドロサイト糖たんぱく)の
略で、神経の鞘である髄鞘と、髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトのみに
存在する糖たんぱくである。
このため MOG抗体関連疾患では髄鞘とオリゴデンドロサイトが攻撃を受ける。
主に視神経と脳・脊髄に炎症が生ずるが、
MOG抗体関連疾患では小児例も多いのが特徴である。
(小児では脳病変が多い)
男女差はなく発症年齢は5~10歳と30~35歳に2つのピークがある。
視神経炎の頻度が高く眼痛を伴うことが多い。
またNMOSDに比べ視神経炎の再発率が高いとされている。
また、排便や排尿機能の中枢が障害される頻度が高い。
臨床像や治療効果について未だ不明な点が多いが、
現在分かっていることは以下の通りである。
- ステロイド(プレドニン)は有効だが減量や中止をすれば再発することが多い
- 開始時期が適切であれば、重症の再発時でも血漿交換が有効
- 治療が継続されていれば MSやNMOSDと比べて強い後遺症を残すことは
少ない (ただし1割程度難治症例が存在する)
なお MSの治療薬であるインターフェロンやフィンゴリモドは無効である。
プレドニンによる長期投与が必要となることが多く、
ステロイドの副作用を軽減するために他の免疫抑制剤を適切に併用する。
重篤な再発が発生した時には迅速に血漿交換治療を行う。
診断基準を作成するための国際委員会が2020年にようやく
立ち上げられたばかりであり、まだ不明な点が多い疾患であるが、
失明に至る可能性もあることから本疾患の啓蒙が重要である。