2024年最後のメディカル・ミステリーです。
Medical Mysteries: Why did this baby’s robust appetite wither?
メディカル・ミステリー:旺盛だったこの赤ちゃんの食欲はなぜ低下したのか?
His alarming decline wasn’t the result of a typical feeding problem but of an overlooked disorder that can be easily reversed if caught in time.
彼の気がかりな食欲の低下は典型的な摂食障害の結果ではなく、早い時期に見つけられれば容易に回復させることができる異常だったが、見逃されていた。
(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)
By Sandra G. Boodman,
Eli(イーライ)ちゃんは何かが違っていた。彼は生まれたときから食欲旺盛だったので、4ヶ月の時に初めての固形物を拒絶したとき、最初のころ母親は心配しなかった。
Jessica Dizon(ジェシカ・ディゾン)さんは、この三男坊が母乳の次の段階へ進むのが少し遅いかもしれないが、やがてその時期が来るだろうと思っていた。
進展はみられなかったが、バージニア州 Charlottesville(シャーロッツビル)の小児科医は辛抱強く見守るよう忠告し、乳児の摂食障害を治療する作業療法士を勧めた。
しかし2021年12月の彼の1歳の誕生日までに、Eli ちゃんは固形食を食べたり瓶から粉ミルクを飲んだりするのを拒んだので何か深刻な問題があるのは明らかだった。彼の体重は減少し発達も退行していた。
海辺での Jessica Dizon さんと子供たち。 息子の Eli ちゃん(右端、現在4歳)は、最初の1年間は大変だった。(Jessica Dizon さん提供)
「彼は大変ひ弱に見えました」現在38歳の Dizon さんは思い起こす。以前は元気だった赤ちゃんはぼんやりとして、不機嫌で、家具のまわりを動き回ったり熱心に喃語をしゃべったりすることがなくなった。
Dizon さんはほどなく息子のただならぬ悪化が典型的な摂食障害の結果ではないことを知ることとなる。Eli ちゃんの治療を担当した専門医は、Eliちゃんの障害は乳幼児では見過ごされがちだが、発見が遅れなければ容易に改善できると言う。未治療のままでいると脳に永久的な障害をもたらす可能性がある。
「Eli ちゃんからだけでなく彼の母親からもたくさんのことを教えてもらいました」彼を治療した University of Virginia School of Medicine(バージニア大学医学部)の小児科・公衆衛生学の教授である Stephen M. Borowitz(スティーブン・M・ボロウィッツ)氏はそう語る。
「女性には母乳栄養をできるだけ長く続けなければならないという大きなプレッシャーがある中、人々にはこのことをもっと知ってもらいたいと思っています」と Borowitz 氏は言う。
Spurning food 食べ物を拒絶する
2020年12月に生まれた Eli ちゃんは最初から楽な赤ちゃんだったと母親は言う。3歳と5歳の兄たちと同じように問題なくすぐに乳を飲み始めた。
4ヶ月になると、Eli ちゃんには母乳に混ぜたベビーシリアルが与えられた。それがうまくいかなかったので、Dizon さんはサツマイモのピューレや兄たちが食べていた他の食べ物で釣ろうとした。
しかし、Eli ちゃんは何度も舌で食べ物を押し出し、その後彼女がスプーンで食べさせようとすると泣き出すのだった。
6ヶ月になると、固形食を与えると吐いたりのどに詰まらせたりするようになり、後には哺乳瓶からの粉ミルクを拒否するようになった。
Eli ちゃんの6ヶ月検診で、Dizon さんは小児科医にこの問題を伝えた。「彼女は心配することなく母乳から栄養を摂れていて正常に成長していると言ってくれました」と Dizon さんは振り返る。
しかし9ヶ月になると Eli ちゃんの状態は悪化した。それまでは夜通し眠っていたのに、授乳のために1、2度目を覚ますようになった。授乳後に嘔吐するようになり、舌の下に2つの小さな平らなただれができ、痛そうにしていた。母親はそのことを医師に告げた。
当時、住宅ローンの融資担当者として週40時間以上在宅で働きながら、同時にパンデミックの中 5歳未満の3人の子供の面倒を見ていた Dizon さんは、Eli ちゃんに対する不安が増していったという。彼女の夫は長時間働いていた。
「心配とストレスが絶えませんでした。健康な子供を2人育てたのに」そう彼女は思い起こす。
その小児科医は、6ヶ月の Eli ちゃんを診た医師とは別の医師だったが、Dizon さんを安心させようとした。彼女は Dizon さんに慣れない食感を嫌う赤ちゃんもいることを告げ、摂食障害を治療する作業療法士に紹介した。
しかしスプーンの使い分けをはじめとする様々なテクニックを提案する療法士との毎週のセッションは失敗に終わった。
‘Failure to thrive’ ‘発育不良’
1ヶ月後、Dizon さんは当時生後10ヶ月だった Eli ちゃんを小児科医に連れて行き食事について相談した。この4ヶ月で3人目となるその医師は作業療法の継続を勧め、標準の12ヶ月検診の一環として、とりわけヘモグロビンの値や鉛中毒などを調べる pinprick blood test(ピンプリック血液検査:針で刺して血液を調べる検査)を行うと説明した。
しかし、その 2021年12月の予約の数日前、Dizon さんは心配のあまりイーライを再び医師のところに連れて行った。
その小児科医は彼が成長曲線から外れていることを発見した。1歳のときの体重は16ポンド(約7㎏)を少し上回るほどで、6ヶ月のときより少なかった;さらに身長は9ヶ月で止まっていた。最初の1年の標準である出生時の体重7ポンド(約3.2㎏)の3倍値から離れてしまっていた。
Eli ちゃんは "failure to thrive (発育不良)"と診断されたが、これは心理的、社会経済的、あるいは身体的な問題によって引き起こされる可能性がある。
医師は、静脈から血液を採取する全血球計算を依頼した。この経験は衝撃的だった:2人の看護師が彼を押さえつけなければならなかったのだ。「ひどいものでした」と Dizon さんは振り返る。「彼はとても小さくて哀れでした」。
Dizon さんは Eli ちゃんが重度の貧血になっていると言われたという。ビタミンB12(B12)は50pg/mL以下(正常値は210~815)と測定不能なほど低かった。鉄分を含む液体総合ビタミン剤を毎日彼に飲ませ、1週間後に再度検査を受けに来るよう指示された。
Jessica Dizon さんと子どもたち(上から時計回りに、18ヶ月の Sami(サミ)、8歳の Luke(ルーク)、4歳の Eli、6歳の Sebastian(セバスチャン)(Jesica Dizon さん提供)
B12の低値は胃腸からの B12 の吸収障害がある65歳以上の人によく見られるが、赤ちゃんの場合は珍しい。
乳児は通常、脳の発達と赤血球の生成に不可欠なこのビタミンを十分に蓄えて生まれてくる。しかしB12濃度は、固形食が導入されるのと同じ時期の4ヶ月で低下する。
乳児の場合、B12欠乏症は、B12を豊富に含む動物性食品を食べない完全菜食主義者(vegan、ベーガン)や厳格な菜食主義者(vegetarian、ベジタリアン)の母親から母乳のみで育てられた乳児に多く見られる。母乳とビタミンが強化された粉ミルクを摂取している乳児、あるいは粉ミルクで育てられた乳児ではこの問題は見られない。
一週間後、Eli ちゃんにほとんど改善が見られなかったため、小児消化器専門医の Borowitz氏に紹介された。 「ナース・プラクティショナーから、気を確かに持つように、そして入院となる可能性が高いと言われました」と Dizon さんは振り返る。
Borowitz 氏はその後すぐに彼を診察した。「彼はかなりみすぼらしく小さな男の子でした。とても痩せこけていて hypotonic(ふにゃふにゃの低緊張状態)でした」と Borowitz 氏は言う。「母親は憔悴していて怯えていましたが、一方で非常に優れた観察者であり適切な気遣いがありました」。
Borowitz 氏の最初の仕事は、Eli ちゃんのB12欠乏の原因を突き止めることだった。「母親は非常に多様な食餌を摂っていました」と Borowitz 氏は語り、彼女は vegetarian でも veganでもなかったという。
一つの可能性として先天性代謝異常があった。それは食物をエネルギーに変換することができない遺伝的疾患である。しかしその場合、症状はしばしばもっと早期に出現することからその可能性は低いと思われた。吸収不良も B12欠乏症を引き起こす可能性があるが、Eli ちゃんにはその兆候は見られなかった。
Dizon さんの病歴に重要な手がかりが隠されていることを Borowitz 氏は見いだした。彼女は14歳の時、重度の Hashimoto’s disease(橋本病)と診断されていた。これは甲状腺機能低下を引き起こす自己免疫疾患である。橋本病の患者は B12の吸収を阻害する pernicious anemia(悪性貧血)と呼ばれる別の自己免疫疾患を発症する可能性がある。悪性貧血の進行には何年もかかり、症状が出ないこともある。
Borowitz 氏は Dizon さんが悪性貧血と診断されていないのではないかと考え、B12検査を依頼したという。その結果、彼女もB12が欠乏していたが、彼女には明らかな症状がみられていないことがわかった。彼女はすぐに標準的な治療法である市販のB12サプリメントを飲み始めた。
Eli ちゃんが B12欠乏症を発症したのは、母親の母乳にビタミンを欠いていたからだった。Dizon さんの上の子供たちには影響がなかったことから、彼女の貧血は以前の妊娠では強くみられていなかったのではないかと Borowitz 氏は推測している。
彼は Dizon さんに、Eli ちゃんには経口サプリメントの投与と一緒にB12を注射する予定であると告げた。 もしすぐに改善しなければ、入院が必要となる見込みだった。
その胃腸専門医は methylmalonic acidemia(メチルマロン酸血症)を調べる検査を行った。この疾患は、脂肪とタンパク質の分解を阻害し、摂食障害やB12値の異常を引き起こす生下時から見られるまれな遺伝性疾患である。(これは予想通り陰性だった)
Dizon さんはその時感じたショックと罪悪感を思い出して声を詰まらせながら「彼は、これは私のせいではないと私に言い続けてくれました」と話す。 「Borowitz 先生は本当に本当に優しくしてくれました」。
A rapid recovery 急速な回復
最初のB12注射から24時間以内に、Eli ちゃんは元気になり始めた。
「それは大きな安堵でした。」と Dizon さんは言う。「吐くこともなく、2、3時間おきにまるで小さな野生動物のように勢いよく乳を飲み始めたのです」。
数日後、トレイに柔らかいご飯と豆をのせると、彼はさもおいしそうにそれを食べ、他の食べ物もあっという間に平らげた。Eli ちゃんは再び動き始め、喃語を話すようになり、体重も増え始めた;口の中の潰瘍も消失した。数回のB12注射の後、Eli ちゃんは経口サプリメントに切り替えたが、それも数ヵ月後に中止となった。
「彼は素晴らしい状態に見えました」最初の訪問から3ヶ月後の 2022 年3月に彼を見た Borowitz 氏は言う。「まるで別人のようでした」
Eli ちゃんの診断は母親の健康にも転機をもたらした。 B12のサプリメントを摂り始めると体調が劇的に良くなり始めたのである。
「今まで感じていたことが普通だと思っていました」彼女が長い間経験してきた疲労と無気力についてそう話す。それ以降、彼女は体重を約40ポンド(約18kg)落とし、週に15~20マイル走っている。また 2023年4月には女の子を出産した。
今4歳になったばかりの Eliちゃんには、1歳を迎えるまでに彼を痛めつけた兆候は見られない。Borowitz 氏の励ましにもかかわらず Dizon さんは、自分がもっと強力な擁護者でなかったこと、もっと早く血液検査を求めなかったことに罪悪感を抱いているという。彼女の小児科医とナース・プラクショナーは、診断を見落としたことを謝罪し、彼らは同じようなケースを見たことがなかったと Dizon さんに説明した。
Borowitz 氏にとって、Eli ちゃんの治療は後押しとなった。彼は医学文献を検索し、母乳で育てられた赤ちゃんのB12欠乏は見逃される可能性があることを示唆する研究を見つけた。
研究によると、出産可能年齢の女性の少なくとも5%が自己免疫性甲状腺疾患に罹患しており、それらの女性の3分の1までが悪性貧血を来すが、そのほとんどは無症状であるとBorowitz氏は言う。
彼は Eli ちゃんのケースについて症例報告を書いたが近々医学雑誌『BMJ Case Reports』に掲載されることになっている。彼はこの報告が他の医師たちの注意喚起につながることを期待している。
Eli ちゃんを治療して以来、Borowitz 氏らは、Eli ちゃんほど重篤でない乳児の同様の症例を4例診断している。いずれもB12の補充により回復した。
「固形食への移行を拒否することはよくあることです。」と Borowitz 氏は言う。「しかし、今は深刻な摂食嫌いの話を聞くようなときには、この疾患について考えます」。
Dizon さんの経験は保護者の声に耳を傾けることの重要性を強調するものだと彼は付け加えて言う。
「これは経験豊富な母親とうまく育っていた至って普通の子供の組み合わせながら、4、5ヶ月から固形物を食べさせることも、粉ミルクを飲ませることもできなくなったのです。それは明確な誘因もなく普通ではみられない話なのです」と Borowitz 氏は言う。
「少なくとも3ヶ月早かったら、『何が起こっているんだろう?』と考え始めていたことでしょう」
以下の記載は次のサイトを参考にしたのでご参照いただきたい。
(一般社団法人オーソモレキュラー医学会のサイト)
(長崎甲状腺クリニックのサイト)
母体中のビタミンB12の状態は妊娠中における胎児のビタミンB12に
影響を及ぼす。
特に母乳で育てられた乳児のビタミンB12は、母乳以外の栄養で育てられた
乳児のそれより著しく低値であることが知られている。
母親のビタミンB12の低下は子どものいくつかの障害に関連する。
葉酸欠乏でみられる神経管閉鎖障害はビタミンB12低値の場合にも
そのリスクが高くなることが指摘されている。
出生後、母乳で育てられた乳児のビタミンB12欠乏による深刻な症状として、
以下の症状が報告されている。
筋緊張低下
過敏性(いらつき)
発達遅延
てんかん
運動障害
脳萎縮
このような子どもに対しては、できるだけ早い段階で治療を開始することが
重要となる。
これらの症状の多くは、ビタミンB12の投与によって回復が期待されるが
診断、治療が遅れると長期的な神経障害や認知障害が遷延する可能性もある。
以上のことから妊娠・授乳中は十分なビタミンB12の補給が望ましい。
ビタミンB12濃度が低い妊娠中あるいは授乳中の女性には
経口サプリメントでのビタミンB12の投与が推奨される。
完全菜食主義の母親から母乳栄養のみで育てられる乳児には
出生直後からビタミンB12のサプリメントの投与を開始することが
重要となる。
一方、甲状腺機能低下症/橋本病患者では43%に貧血が認められる。
貧血の原因には様々な要因が考えられるが、
原因の一つにビタミンB12欠乏がある。
甲状腺機能低下症患者の約40%にビタミンB12欠乏があるとされている。
ビタミンB12が欠乏する機序として以下が挙げられている。
①経口摂取不良・腸管運動低下・腸管壁の浮腫による吸収障害
②全身の代謝が低下することによる利用障害
③悪性貧血の合併(抗胃壁抗体による吸収障害)
④セリアック病の合併
母乳栄養の乳児では母親のビタミンB12欠乏の影響が大きいことを
念頭に置いておくべきである。