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煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

ただ食べなくなるの…

2024-12-18 14:42:37 | 健康・病気

2024年最後のメディカル・ミステリーです。

 

12月14日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: Why did this baby’s robust appetite wither?

メディカル・ミステリー:旺盛だったこの赤ちゃんの食欲はなぜ低下したのか?

His alarming decline wasn’t the result of a typical feeding problem but of an overlooked disorder that can be easily reversed if caught in time.

彼の気がかりな食欲の低下は典型的な摂食障害の結果ではなく、早い時期に見つけられれば容易に回復させることができる異常だったが、見逃されていた。

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

 

By Sandra G. Boodman,

 

 Eli(イーライ)ちゃんは何かが違っていた。彼は生まれたときから食欲旺盛だったので、4ヶ月の時に初めての固形物を拒絶したとき、最初のころ母親は心配しなかった。

 Jessica Dizon(ジェシカ・ディゾン)さんは、この三男坊が母乳の次の段階へ進むのが少し遅いかもしれないが、やがてその時期が来るだろうと思っていた。

 進展はみられなかったが、バージニア州 Charlottesville(シャーロッツビル)の小児科医は辛抱強く見守るよう忠告し、乳児の摂食障害を治療する作業療法士を勧めた。

 しかし2021年12月の彼の1歳の誕生日までに、Eli ちゃんは固形食を食べたり瓶から粉ミルクを飲んだりするのを拒んだので何か深刻な問題があるのは明らかだった。彼の体重は減少し発達も退行していた。

 

海辺での Jessica Dizon さんと子供たち。 息子の Eli ちゃん(右端、現在4歳)は、最初の1年間は大変だった。(Jessica Dizon さん提供)

 

 「彼は大変ひ弱に見えました」現在38歳の Dizon さんは思い起こす。以前は元気だった赤ちゃんはぼんやりとして、不機嫌で、家具のまわりを動き回ったり熱心に喃語をしゃべったりすることがなくなった。

 Dizon さんはほどなく息子のただならぬ悪化が典型的な摂食障害の結果ではないことを知ることとなる。Eli ちゃんの治療を担当した専門医は、Eliちゃんの障害は乳幼児では見過ごされがちだが、発見が遅れなければ容易に改善できると言う。未治療のままでいると脳に永久的な障害をもたらす可能性がある。

 「Eli ちゃんからだけでなく彼の母親からもたくさんのことを教えてもらいました」彼を治療した University of Virginia School of Medicine(バージニア大学医学部)の小児科・公衆衛生学の教授である Stephen M. Borowitz(スティーブン・M・ボロウィッツ)氏はそう語る。

 「女性には母乳栄養をできるだけ長く続けなければならないという大きなプレッシャーがある中、人々にはこのことをもっと知ってもらいたいと思っています」と Borowitz 氏は言う。

 

Spurning food 食べ物を拒絶する

 

 2020年12月に生まれた Eli ちゃんは最初から楽な赤ちゃんだったと母親は言う。3歳と5歳の兄たちと同じように問題なくすぐに乳を飲み始めた。

 4ヶ月になると、Eli ちゃんには母乳に混ぜたベビーシリアルが与えられた。それがうまくいかなかったので、Dizon さんはサツマイモのピューレや兄たちが食べていた他の食べ物で釣ろうとした。

 しかし、Eli ちゃんは何度も舌で食べ物を押し出し、その後彼女がスプーンで食べさせようとすると泣き出すのだった。

 6ヶ月になると、固形食を与えると吐いたりのどに詰まらせたりするようになり、後には哺乳瓶からの粉ミルクを拒否するようになった。

 Eli ちゃんの6ヶ月検診で、Dizon さんは小児科医にこの問題を伝えた。「彼女は心配することなく母乳から栄養を摂れていて正常に成長していると言ってくれました」と Dizon さんは振り返る。

 しかし9ヶ月になると Eli ちゃんの状態は悪化した。それまでは夜通し眠っていたのに、授乳のために1、2度目を覚ますようになった。授乳後に嘔吐するようになり、舌の下に2つの小さな平らなただれができ、痛そうにしていた。母親はそのことを医師に告げた。

 当時、住宅ローンの融資担当者として週40時間以上在宅で働きながら、同時にパンデミックの中 5歳未満の3人の子供の面倒を見ていた Dizon さんは、Eli ちゃんに対する不安が増していったという。彼女の夫は長時間働いていた。

 「心配とストレスが絶えませんでした。健康な子供を2人育てたのに」そう彼女は思い起こす。

 その小児科医は、6ヶ月の Eli ちゃんを診た医師とは別の医師だったが、Dizon さんを安心させようとした。彼女は Dizon さんに慣れない食感を嫌う赤ちゃんもいることを告げ、摂食障害を治療する作業療法士に紹介した。

 しかしスプーンの使い分けをはじめとする様々なテクニックを提案する療法士との毎週のセッションは失敗に終わった。

 

‘Failure to thrive’ ‘発育不良’

 

 1ヶ月後、Dizon さんは当時生後10ヶ月だった Eli ちゃんを小児科医に連れて行き食事について相談した。この4ヶ月で3人目となるその医師は作業療法の継続を勧め、標準の12ヶ月検診の一環として、とりわけヘモグロビンの値や鉛中毒などを調べる pinprick blood test(ピンプリック血液検査:針で刺して血液を調べる検査)を行うと説明した。

 しかし、その 2021年12月の予約の数日前、Dizon さんは心配のあまりイーライを再び医師のところに連れて行った。

 その小児科医は彼が成長曲線から外れていることを発見した。1歳のときの体重は16ポンド(約7㎏)を少し上回るほどで、6ヶ月のときより少なかった;さらに身長は9ヶ月で止まっていた。最初の1年の標準である出生時の体重7ポンド(約3.2㎏)の3倍値から離れてしまっていた。

 Eli ちゃんは "failure to thrive (発育不良)"と診断されたが、これは心理的、社会経済的、あるいは身体的な問題によって引き起こされる可能性がある。

 医師は、静脈から血液を採取する全血球計算を依頼した。この経験は衝撃的だった:2人の看護師が彼を押さえつけなければならなかったのだ。「ひどいものでした」と Dizon さんは振り返る。「彼はとても小さくて哀れでした」。

 Dizon さんは Eli ちゃんが重度の貧血になっていると言われたという。ビタミンB12(B12)は50pg/mL以下(正常値は210~815)と測定不能なほど低かった。鉄分を含む液体総合ビタミン剤を毎日彼に飲ませ、1週間後に再度検査を受けに来るよう指示された。

 

 

Jessica Dizon さんと子どもたち(上から時計回りに、18ヶ月の Sami(サミ)、8歳の Luke(ルーク)、4歳の Eli、6歳の Sebastian(セバスチャン)(Jesica Dizon さん提供)

 

 

 B12の低値は胃腸からの B12 の吸収障害がある65歳以上の人によく見られるが、赤ちゃんの場合は珍しい。

 乳児は通常、脳の発達と赤血球の生成に不可欠なこのビタミンを十分に蓄えて生まれてくる。しかしB12濃度は、固形食が導入されるのと同じ時期の4ヶ月で低下する。

 乳児の場合、B12欠乏症は、B12を豊富に含む動物性食品を食べない完全菜食主義者(vegan、ベーガン)や厳格な菜食主義者(vegetarian、ベジタリアン)の母親から母乳のみで育てられた乳児に多く見られる。母乳とビタミンが強化された粉ミルクを摂取している乳児、あるいは粉ミルクで育てられた乳児ではこの問題は見られない。

 一週間後、Eli ちゃんにほとんど改善が見られなかったため、小児消化器専門医の Borowitz氏に紹介された。 「ナース・プラクティショナーから、気を確かに持つように、そして入院となる可能性が高いと言われました」と Dizon さんは振り返る。

 Borowitz 氏はその後すぐに彼を診察した。「彼はかなりみすぼらしく小さな男の子でした。とても痩せこけていて hypotonic(ふにゃふにゃの低緊張状態)でした」と Borowitz 氏は言う。「母親は憔悴していて怯えていましたが、一方で非常に優れた観察者であり適切な気遣いがありました」。

 Borowitz 氏の最初の仕事は、Eli ちゃんのB12欠乏の原因を突き止めることだった。「母親は非常に多様な食餌を摂っていました」と Borowitz 氏は語り、彼女は vegetarian でも veganでもなかったという。

 一つの可能性として先天性代謝異常があった。それは食物をエネルギーに変換することができない遺伝的疾患である。しかしその場合、症状はしばしばもっと早期に出現することからその可能性は低いと思われた。吸収不良も B12欠乏症を引き起こす可能性があるが、Eli ちゃんにはその兆候は見られなかった。

 Dizon さんの病歴に重要な手がかりが隠されていることを Borowitz 氏は見いだした。彼女は14歳の時、重度の Hashimoto’s disease(橋本病)と診断されていた。これは甲状腺機能低下を引き起こす自己免疫疾患である。橋本病の患者は B12の吸収を阻害する pernicious anemia(悪性貧血)と呼ばれる別の自己免疫疾患を発症する可能性がある。悪性貧血の進行には何年もかかり、症状が出ないこともある。

 Borowitz 氏は Dizon さんが悪性貧血と診断されていないのではないかと考え、B12検査を依頼したという。その結果、彼女もB12が欠乏していたが、彼女には明らかな症状がみられていないことがわかった。彼女はすぐに標準的な治療法である市販のB12サプリメントを飲み始めた。

 Eli ちゃんが B12欠乏症を発症したのは、母親の母乳にビタミンを欠いていたからだった。Dizon さんの上の子供たちには影響がなかったことから、彼女の貧血は以前の妊娠では強くみられていなかったのではないかと Borowitz 氏は推測している。

 彼は Dizon さんに、Eli ちゃんには経口サプリメントの投与と一緒にB12を注射する予定であると告げた。 もしすぐに改善しなければ、入院が必要となる見込みだった。

 その胃腸専門医は methylmalonic acidemia(メチルマロン酸血症)を調べる検査を行った。この疾患は、脂肪とタンパク質の分解を阻害し、摂食障害やB12値の異常を引き起こす生下時から見られるまれな遺伝性疾患である。(これは予想通り陰性だった)

 Dizon さんはその時感じたショックと罪悪感を思い出して声を詰まらせながら「彼は、これは私のせいではないと私に言い続けてくれました」と話す。 「Borowitz 先生は本当に本当に優しくしてくれました」。

 

A rapid recovery 急速な回復

 

 最初のB12注射から24時間以内に、Eli ちゃんは元気になり始めた。

 「それは大きな安堵でした。」と Dizon さんは言う。「吐くこともなく、2、3時間おきにまるで小さな野生動物のように勢いよく乳を飲み始めたのです」。

 数日後、トレイに柔らかいご飯と豆をのせると、彼はさもおいしそうにそれを食べ、他の食べ物もあっという間に平らげた。Eli ちゃんは再び動き始め、喃語を話すようになり、体重も増え始めた;口の中の潰瘍も消失した。数回のB12注射の後、Eli ちゃんは経口サプリメントに切り替えたが、それも数ヵ月後に中止となった。

 「彼は素晴らしい状態に見えました」最初の訪問から3ヶ月後の 2022 年3月に彼を見た Borowitz 氏は言う。「まるで別人のようでした」

 Eli ちゃんの診断は母親の健康にも転機をもたらした。 B12のサプリメントを摂り始めると体調が劇的に良くなり始めたのである。

 「今まで感じていたことが普通だと思っていました」彼女が長い間経験してきた疲労と無気力についてそう話す。それ以降、彼女は体重を約40ポンド(約18kg)落とし、週に15~20マイル走っている。また 2023年4月には女の子を出産した。

 今4歳になったばかりの Eliちゃんには、1歳を迎えるまでに彼を痛めつけた兆候は見られない。Borowitz 氏の励ましにもかかわらず Dizon さんは、自分がもっと強力な擁護者でなかったこと、もっと早く血液検査を求めなかったことに罪悪感を抱いているという。彼女の小児科医とナース・プラクショナーは、診断を見落としたことを謝罪し、彼らは同じようなケースを見たことがなかったと Dizon さんに説明した。

 Borowitz 氏にとって、Eli ちゃんの治療は後押しとなった。彼は医学文献を検索し、母乳で育てられた赤ちゃんのB12欠乏は見逃される可能性があることを示唆する研究を見つけた。

 研究によると、出産可能年齢の女性の少なくとも5%が自己免疫性甲状腺疾患に罹患しており、それらの女性の3分の1までが悪性貧血を来すが、そのほとんどは無症状であるとBorowitz氏は言う。

 彼は Eli ちゃんのケースについて症例報告を書いたが近々医学雑誌『BMJ Case Reports』に掲載されることになっている。彼はこの報告が他の医師たちの注意喚起につながることを期待している。

 

 Eli ちゃんを治療して以来、Borowitz 氏らは、Eli ちゃんほど重篤でない乳児の同様の症例を4例診断している。いずれもB12の補充により回復した。

 「固形食への移行を拒否することはよくあることです。」と Borowitz 氏は言う。「しかし、今は深刻な摂食嫌いの話を聞くようなときには、この疾患について考えます」。

 Dizon さんの経験は保護者の声に耳を傾けることの重要性を強調するものだと彼は付け加えて言う。

 「これは経験豊富な母親とうまく育っていた至って普通の子供の組み合わせながら、4、5ヶ月から固形物を食べさせることも、粉ミルクを飲ませることもできなくなったのです。それは明確な誘因もなく普通ではみられない話なのです」と Borowitz 氏は言う。

 「少なくとも3ヶ月早かったら、『何が起こっているんだろう?』と考え始めていたことでしょう」

 

 

以下の記載は次のサイトを参考にしたのでご参照いただきたい。

 

 

母親のビタミンB12欠乏が子どもの発達に与える影響について

(一般社団法人オーソモレキュラー医学会のサイト)

 

甲状腺機能低下症と貧血について

(長崎甲状腺クリニックのサイト)

 

母体中のビタミンB12の状態は妊娠中における胎児のビタミンB12に

影響を及ぼす。

特に母乳で育てられた乳児のビタミンB12は、母乳以外の栄養で育てられた

乳児のそれより著しく低値であることが知られている。

母親のビタミンB12の低下は子どものいくつかの障害に関連する。

葉酸欠乏でみられる神経管閉鎖障害はビタミンB12低値の場合にも

そのリスクが高くなることが指摘されている。

出生後、母乳で育てられた乳児のビタミンB12欠乏による深刻な症状として、

以下の症状が報告されている。

 

筋緊張低下

過敏性(いらつき)

発達遅延

てんかん

運動障害

脳萎縮 

 

このような子どもに対しては、できるだけ早い段階で治療を開始することが

重要となる。

これらの症状の多くは、ビタミンB12の投与によって回復が期待されるが

診断、治療が遅れると長期的な神経障害や認知障害が遷延する可能性もある。

 

 

以上のことから妊娠・授乳中は十分なビタミンB12の補給が望ましい。

ビタミンB12濃度が低い妊娠中あるいは授乳中の女性には

経口サプリメントでのビタミンB12の投与が推奨される。

完全菜食主義の母親から母乳栄養のみで育てられる乳児には

出生直後からビタミンB12のサプリメントの投与を開始することが

重要となる。

 

一方、甲状腺機能低下症/橋本病患者では43%に貧血が認められる。

貧血の原因には様々な要因が考えられるが、

原因の一つにビタミンB12欠乏がある。

甲状腺機能低下症患者の約40%にビタミンB12欠乏があるとされている。

ビタミンB12が欠乏する機序として以下が挙げられている。

①経口摂取不良・腸管運動低下・腸管壁の浮腫による吸収障害

②全身の代謝が低下することによる利用障害

③悪性貧血の合併(抗胃壁抗体による吸収障害)

④セリアック病の合併

 

母乳栄養の乳児では母親のビタミンB12欠乏の影響が大きいことを

念頭に置いておくべきである。

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わたし、笑っちゃいます

2024-11-29 18:45:49 | 健康・病気

2024年11月のメディカル・ミステリーです。

 

11月23日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: Her depression and poor memory had an unusual cause

メディカル・ミステリー:女性のうつ病と記憶力の低下には尋常でない原因があった

After decades of suffering, she had reached a breaking point.

数十年にわたる苦しみの末、彼女は限界に達していた。

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman,

 人生最悪の危機の渦中にあった Deborah Menzies(デボラ・メンジース)さんは車を停める場所が見つかるかどうか不安だったことを覚えている。

 当時55歳だった Menzies さんは、弁護士秘書として何年も勤めてきたことを誇りに思っていたが、そのキャリアは時折ひどいうつ病に襲われることで中断された。2018年8月、勤務していた北カリフォルニアの法律事務所で問題が起こり「それによって前後の見境を失くしてしまったのです」と彼女は言う。

 Menzies さんは家族には仕事に行くと言ってきたが、実際には車で南に1時間の San Francisco(サンフランシスコ)の Golden Gate Bridge(ゴールデンゲートブリッジ)に向かった。彼女は飛び降りて人生を終わらせるつもりだった。

 なんとか車を停め、10からカウントダウンしていたところ、彼女の計画は橋のパトロール警官によって阻止された。

 Menzies さんは Zuckerberg San Francisco General Hospital(ザッカーバーグ・サンフランシスコ総合病院)に運ばれ、そこの精神科医が彼女の病歴を調べ、小学校時代に始まっていたてんかん発作に注意が向けられた。

 その公立病院に長期入院することとなって2、3週間後、45年以上にわたって Menzies さんを苦しめてきた病気の根本的な原因が医師らによって突き止められた。その発見が、生涯に渡って感じていた恥ずかしさと心痛の原因であったものを根絶する治療の成功につながったのである。

 「少なくとも私が求めていた治療が受けられたのです。」現在61歳になる Menzies さんは言う。「それが重要なのです。」

 

Seizures and guilt 発作と罪悪感

 

 彼女の家族が “spells” や “fits” と呼んでいた彼女の発作症状は、Menzies さんが8歳くらいのときに始まった。Maine(メイン)州 Portland(ポートランド)郊外の工場町で育った6人兄弟の末っ子である Menzies さんによると、長くても数分の発作の間、彼女は奇声を発し、自分の服をいじっていたと言われていたという。

 「本当に奇妙な感覚に襲われて口がきけなくなったこと以外は何も覚えていないのです。」と Menzies さんは言う。「自分が霧の中にいるような感じでした。」ただ一つだけ決まった症状があった:それはそれぞれの発作に先行する前兆として知られる頭の中のザワザワした感覚だった。その時 Menzies さんは意味もなく微笑んだり短く笑ったりしていた。

 その行動の頻度が増加し無視できなくなったので、母親が彼女を医者に連れて行ったところ、epilepsy(てんかん)と診断された。てんかんとは脳内の過剰な電気的活動によって原因不明に発作を繰り返し起こす神経疾患である。

 彼は Dilantin(ディランティン、一般名はフェニトイン)というよく用いられる抗てんかん薬を処方したが、それによって歯肉病変が生じた。発作を抑えることができなかったので彼は用量を上げ続けたが効果はみられなかった。

 

Deb Menzies さんは45年以上にわたって症状に耐え続けた。(Deb Menzies さん提供)

 

 てんかんは長らく汚名を着せられてきた;何世紀もの間、悪魔憑きの兆候、あるいは家族を苦しめる呪いと見なされてきた。医師は彼女に病気のことを説明しなかったし Menzies さんの家族も家庭でこの病気について話し合う必要はないとはっきり言った。

 「私の両親はこのような状況に対処しなければならないことを良しとしませんでした。」と彼女は言う。「そのことで私は内気な人間になりました。私は発作を持っていることに罪の意識を感じました。」彼女は学校で冗談のネタにされるほど、不適切な笑いを無意識のうちに爆発させることに非常に強い恥ずかしさを感じていた。

 大きくなってからは、「図書館に行ってはそれについて読んでいました。」と彼女は振り返る。

 10代の頃、彼女は Portland(ポートランド)の神経科内科医を受診した。2剤目となる薬が処方され最初は効果があったが数年経つと効果が減弱してきた。

 Menzies さんによると、秘書養成大学での1年目は順調だったが、2年目は発作が再発し最悪だったという。数年後、彼女は不随意的な笑いの症状が gelastic seizures(笑い発作)であることを知った。

 「授業はとても難しく何も覚えられませんでした。」と彼女は言う。彼女は努力を重ねたが、せっかく熱心に勉強しても読んだばかりの内容を記憶することができなかったので、無駄なことであることを思い知った。「私は疲れ果て、パニックに陥り、家族の中で初めて大学を落第する子供になる可能性を死ぬほど恐れていたのです。」と彼女は振り返る。

 当時19歳だった Menzies さんは、にっちもさっちもいかなくなり、てんかんの薬を過剰摂取した。彼女は1週間入院し学校を中退したが家に帰ると冷たい仕打ちを受けた。両親は彼女の自殺未遂に激怒した。

 「あの時の母の目は今でも忘れられません。」母親について Menzies さんはそう話す。「彼女は私にこう言ったのです。『いいかげんにして。こんなことをするなんて信じられない。あなたにはもう付き合えないわ』と。」父親の方は「何も話しませんでした。」と彼女は言う。

 Menzies さんは家を出て、Portland(ポートランド)の法律事務所に就職、その後セラピストに通い始めたが、それは「非常に有益だった」という。彼女が新たな神経科医を受診すると、その医師はてんかん治療薬を変更したが新しい薬は部分的にしか効果がなかった。

 「これから自分に発作が起きて話せなくなったり笑い出したりしそうであるということを察知するのがとても上手になりました。」と彼女は言う。「あくびをするふりをしたり、人に顔を見られないようにしたりしました。」

 1990年、彼女は数年前に知り合った男性と結婚するために北カリフォルニアに引っ越した。息子を出産した Menzies さんには、約12年間、精神衛生上の問題はみられなかったという。

 「すべてが素晴らしかったです。ただし発作を除けばの話ですが。」と彼女は言う。

 その頃までに Menzies さんには drop attacks(転倒発作)とも呼ばれる atonic seizures(脱力発作)が見られていた。これは筋肉のコントロールの突然の喪失を特徴とする発作である。一度は仕事中に起こり突然前に倒れて眼鏡を壊してしまった。さらに最も生活に支障をきたすタイプである、痙攣を起こし意識を失う gland mal(大発作)あるいは tonic-clonic seizures(強直間代発作)も時折起こしていた。

 

Cross-country moves 国内を横断する移動

 

 2002年、Menzies さんは夫の John(ジョン)さん、息子と一緒に懐かしく思っていたというメイン州に戻った。しかし 2008年までには、1日に何度も起こる笑い発作が止まらなくなっており彼女にとって大きな苦痛となっていた。彼女は自殺を考えるほど落ち込むようになり 2度目の入院をした。

 てんかん患者における精神医学的問題、特にうつ病と不安症の有病率は一般人口に比べて有意に高いことが研究により繰り返し報告されている。生理的要因、偏見、抗てんかん薬の副作用などすべてが関与していると考えられている。

 数週間の治療の後、Menzies さんのうつ病は回復し彼女は仕事に復帰した。2013年、夫妻は夫の家族により近いカリフォルニアに戻った。

 5年後、Menzies さんが3度目の精神科入院をしたのは、所属事務所の弁護士からの批判的なメールがきっかけだった。取り乱した Menzies さんは事務所を出て、車で1時間の南にある San Francisco(サンフランシスコ)の Ocean Beach(オーシャン・ビーチ)に行き、波打ち際を海に向かい溺れようと思ったという。しかしうまくいかず家に戻ると夫が警察を呼んでいたことがわかった。

 そしてその数日後、Menzies さんは体調が回復したことを家族に告げると、車で Golden Gate Bridge(ゴールデンゲートブリッジ)に向かったのである。

 

A pivotal question 中核となる質問

 

 病院で Menzies さんは、University of California at San Francisco(UCSF、カリフォルニア大学サンフランシスコ校)関連の精神科医チームの診察を受けた。彼女をひどく動揺させていた前兆や笑いの発作について彼らに話したことを覚えているという。

 Menzies さんは投薬中にも病院で発作を起こした記録がありてんかんを患っていたことから、精神科医は神経内科医に診察を依頼した。

 68日間の入院中、入院して2週間の時、一人の神経内科医の診察を受けたことが記録に残っているが、Menzies さんにはそのときの記憶がないという。

 彼が強く疑ったのは、彼女の病歴の大部分から、うつ病、記憶障害、制御不能の発作は脳の奥深くにある良性の病変によるものではないかということだった。

 Hypothalamic hamartoma(HH、視床下部過誤腫)として知られるこの腫瘍様の病変は、出生10万から20万人に1人の割合で発生すると推定されている。この病変は hypothalamus(視床下部)に認められる。視床下部は脳の底部に存在するアーモンドサイズの構造物で、気分、記憶、ホルモンの分泌などさまざまな機能を制御している。

 笑い発作は HH の特徴的な症状である;また転倒発作もみられる。記憶障害、認知機能障害、気分障害、中でもうつ病がよくみられるが、突発的な怒りの爆発が起こることもある。

 HH 患者の約半数は思春期早発症を経験する。Menzies さんは神経内科医に10歳ごろ思春期を迎えたこと、子供のころは怒りが爆発していたことを伝えていた。彼女のうつ病、記憶障害、認知機能障害は十分に立証されていた。

 その神経科医は Menzies さんに高磁場脳MRIという特殊な画像検査を受けるよう勧めた。そして翌週行われた同検査で彼の仮説が確認され、鉛筆の消しゴムの大きさである 5ミリの病変が見つかった。

 それは Menzies さんが初めて受けた MRI 検査だった;過去には脳波を測定する非侵襲的な検査である脳波検査や、その他てんかんの一般的な検査を何度も受けたが、それらの検査ではこのような病変が発見されることはほとんどない。

 その結果は「衝撃的であり、汚名を晴らすものでした。私はこれまでずっと自分が頭のおかしな人間だと思って過ごしてきていたのです。」と Menzies さんは思い起こす。

 MRI の結果を知った後、Menzies さんは精神科病棟の真ん中にある壁の電話に向かい夫に電話をかけてこう言ったのを鮮明に覚えているという。「あなたはこれを信じられないでしょうね。」

 10月初旬、彼女は2人目のUCSFの神経内科医でてんかん専門医の Paul Garcia(ポール・ガルシア)氏と会った。

 その腫瘍は「もっと早く MRI 検査を受けていれば見つかっていたかもしれません。」と Garcia 氏は言う。「しかし見逃される可能性がある理由の一つは、それが通常発作を起こすような場所にないことです。」

 

‘Sign me up’ 『私を手術の対象にして』

 

 病気の原因がわかった瞬間から Menzies さんは病変に対して脳の手術を受けることを切望していたという。比較的最近まで病変の位置から手術は不可能であると見なされていた。

 しかししばしば小児期に行われる手術は現在治療の主流となってきている。最新のアプローチの1つである laser thermal ablation(レーザー熱焼灼術)は、レーザーの熱を利用して病変を死滅させる低侵襲手術である。その他の治療法には、頭蓋骨の一部を外して HH に直接アクセスする開頭手術や、狙いを定めて高線量の放射線を照射する gamma knife surgery(ガンマナイフ手術)がある。

 医師たちは、脳梗塞、髄膜炎、記憶障害など、治療によって起こりうる合併症について Menzies さんに説明し、彼女の場合精神衛生上の障害は手術では解決せずさらに悪化するかもしれないと告げた。

 しかし Menzies さんは動じなかった。「『私を手術の対象にして下さい』と言ったんです。」そう医師らに話したことを彼女は覚えている。

 しかしそんなに簡単なことではなかった。手術は遅れることになったが、それは、まず彼女のうつ病のコントロールに数週間を要したこと、そして彼女の保険状況が原因だった。入院当時、Menzies さんは無保険だったのである。その後彼女はカリフォルニア州のメディケイド・プログラムである Medi-Cal(低所得者向け健康保険プログラム)の適用を受けることになった。

 2019年初め、Garcia 氏と他の神経内科の専門家たちは彼女の治療について話し合い、レーザー熱焼灼術を勧めた。この手術は、現在 UCSF の神経外科部長を務める神経外科医 Edward Chang(エドワード・チャン)氏によって4月に行われた。

 Menziesさんはその病院で一晩過ごした。何十年もの間、彼女を苦しめてきた発作はすぐに止まり、再発がないことがわかり彼女は感激した。ただ手術後の最初の 6ヵ月はいささか不安定だったと Garcia 氏は言う。Menzies さんは記憶力と、神経や筋肉の機能を調整する電解質レベルに問題を抱えていたが、いずれも改善した。

 手術は彼女の人生を一変させたという。特定の状況に対する感情的な反応は高まったままだったが、手術でうつ病は抑えられたと Menzies さんは言う。数年前、彼女は精神科の薬の服用をやめている。

 「彼女はとても元気です。」と Garcia 氏は言う。「彼女はとても感謝に満ちた患者であり、このような結果にとても満足しておられます。」

 HH の診断の遅れはめずらしいことではないが、50年近く遅れることはまれだと Garcia 氏は指摘する。

 「困った発作が続いてみられるようであれば、それば再検討してみる価値があります。」と彼は言う。

 Menzies さんによると、HH の診断は彼女の元の家族に衝撃を与えたという。彼女の父親は長生きしておりこの病気について知ることができた;一方、母親は数年前に亡くなっていた。

 発見率は劇的に向上し現在では出生前に診断されるケースもあるが、自分の体験談が腫瘍の発見が見逃されているかもしれない人たちの助けになることを Menzies さんは願っているという。 彼女は、永久的な心の傷を残した病気の遺産と闘い続けている。

 「それは私の人生のほぼ50年に影響を及ぼしました。」と彼女は言う。「一人の子供が時機を逃さずに診断される手助けになるのであれば、私はそれについて話さなければならないと思ったのです。」

 

 

 

視床下部過誤腫(hypthalamic hamartoma, HH)についての詳細は

以下の各サイトをご参照いただきたい。

 

西新潟総合病院のサイト

脳外科医 澤村豊のホームページ

希少てんかん症候群登録システム

小児慢性特定疾病情報センター

 

 

HH は胎性35~40日の異常により生じる先天性のまれな奇形の1つ。

視床下部の腹側にある灰白隆起に発生し乳頭体に付着する形成異常。

過誤腫と呼ばれるが腫瘍ではなく先天奇形(形成異常)である。

確定的な遺伝子異常は特定されていない。

視床下部に類似した組織で大型の神経細胞や小型グリア細胞から構成される。

大きさは 20mm以下が多いが時に 40mm近い病変を見ることがある。

有病率は 5万~10万人に1人で男性にやや多いと推測されている。

過誤腫内の神経細胞がてんかん原性(てんかんの原因となりうる性格)を有する。

 

病変があっても無症状のケースがある。

症状が出現する場合は小児期に始まる。

HH では特徴的な笑い発作(gelastic seizure)と呼ばれる奇妙な症状が

乳幼児期からみられる(平均して2歳前後)。

これは突然理由もなく笑ってしまう発作で、数秒から数十秒単位で消失する。

笑い発作がみられれば過誤腫の存在を疑う必要がある。

笑い発作には様々なタイプがあり、強迫的な笑い表情、ニヤリとするだけのもの、

声をあげて笑うもの、感情を伴わない笑いなどがみられる。

メアリーポピンズに出てくる“笑いガス”とは様相は異なるようである。

笑い発作はほとんどが日単位で発作の数が多くこれを抑える有効な薬はない。

過誤腫本体に笑い発作のてんかん原性が存在することは確認されているが、

その正確な機序については未だ明らかにされていない。

 

病状が進むと多くの症例で笑い発作以外に強直発作、複雑部分発作、強直間代発作、

非定型欠神発作、転倒発作(drop attack)など様々な発作型でてんかん発作が

みられるようになる。

てんかん発作が続くと、精神発達遅滞、認知機能低下、多動や激怒しやすいなどの

行動異常を生じることがある。

また学習障害、無関心、社会適合性の低下などにつながる。

これらの症状が進行する場合には、てんかん発作の消失により改善が期待できるため

手術が行われる。

 

過誤腫が比較的大きい場合は思春期早発症(precocious puberty)を伴うことがある。

これは小児期(概ね10歳未満)に第二次性徴(乳房の発達、初潮、陰毛、

陰茎肥大、声変わり等)がみられるものである。

視床下部に作用して LH-RH 分泌を促進させる TGFα や TGFβ を発現させる

アストログリアが過誤腫に存在することから発症すると考えられている。

 

診断

HH の診断には MRI が最も有用だが、10mm以下の過誤腫の場合、

通常の MRI では見落とされる可能性があり高磁場 MRI による

検査が望ましい。乳頭体近傍を注意深く観察する必要がある。

脳波では全般性の脳波異常を示すことが多く局在診断は困難であるが、

時に局在性の棘波を示す場合があり病変側の大脳半球が優勢となる。

脳血流検査(Single photon emission computed tomography、SPECT)では、

発作時の過誤腫部の血流増加を捉えられることがある。

 

治療

笑い発作以外のてんかん発作に対しては抗てんかん薬を投与する。

思春期早発症にはホルモン療法として Gn-RH(LH-RH)アゴニストという

薬剤が用いられる。

発作が難治で頻回な場合や、精神神経症状の重症化が懸念される場合には

外科的治療を考慮する。

外科的治療には開頭による直達手術、ガンマナイフ、定位脳手術、内視鏡手術

などがあるが、直達手術は合併症のリスクが高いため行われることは少ない。

ガンマナイフは侵襲は少ないが、照射後一時的にてんかん発作の頻度が

増すことがある。また効果発現までに時間がかかるという欠点がある。

定位脳手術では、頭蓋骨に小さな孔を開けて、そこから細い棒を脳内に差し込み

過誤腫と視床下部の境まで誘導し先端から熱(約60℃)を出して局所を熱破壊する。

難治性の笑い発作やてんかん発作等の治療には有力で即効性だが、

正常視床下部に損傷が及ぶリスクを伴う。

定位手術では熱凝固にレーザー照射を利用するレーザー熱焼灼術という

治療法もある。

内視鏡手術は脳の中にある髄液の溜まった部屋である側脳室から

中央にある第3脳室内まで内視鏡を挿入して手術を行う。

脳室壁に近い小さな過誤腫には適応となることがある。

 

予後

腫瘍ではないため病変が増大して致死的となることはない。

しかし発作頻度が多いと、認知機能の低下(精神発達遅滞)が生じて

学習障害、無関心、社会適合性の低下が問題となることがある。

 

てんかん発作、知的障害や精神症状は成人期以降になると治療によっても

改善が期待できないことが多いとされており、

本記事の Menzies さんは実にラッキーだったと思われる。

それにしてもひどい親である。

 

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おなかの中でくすぶり続けていた恐ろしいもの

2024-10-29 19:14:10 | 健康・病気

2024年10月のメディカル・ミステリーです。

 

10月26日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: Her odd pelvic infections had a jaw-dropping origin

メディカル・ミステリー:彼女の奇妙な骨盤内感染症の原因は驚くべきものだった

When tests failed to reveal the source of a woman’s worrisome infections, she underwent exploratory surgery. Surgeons gasped when they discovered the long-simmering cause.

種々の検査では女性の懸念すべき感染症の原因を明らかにできなかったため、その女性は探索的手術を受けた。長い間くすぶっていた原因が見つかり外科医らは息をのんだ。

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman,

 

 Suzanne Summerlin(スザンヌ・サマーリン)さんはなんとか冷静を保とうとしていた。

 2023年の年末、この42歳の女性弁護士は、米上院での承認が必要な新たな可能性に満ちた職務の要請に応えようとしていた矢先、ますます懸念が強くなっていた正体不明の骨盤感染症の治療のために手術が必要であることを知った。

 Joe Biden(ジョー・バイデン)大統領から連邦労働関係局の総合弁護士に指名されていた Summerlin さんにとって、今回の再発の問題は10年前の娘の出産にまつわるトラウマ的な記憶を呼び起こした。 2014年の緊急帝王切開から数日のうちに、彼女は生命を脅かす感染症を発症しそのために集中治療室に移されていたのである。

 「今回、私は感染のストレスと、その確認というストレスの両方に直面していました。とても怖かったし、今回もまた誰も正解を教えることができていなかったのです。」と Summerlin さんは言う。

 2023年12月、探索的手術が答えを与えてくれた。その答えに大変驚いた Summerlin さんの医師らは、発見したものを確認してもらうために別の手術室から同僚を呼び寄せた。彼らの発見によって Summerlin さんの病気は完治し、彼女が患っていた他の病気についても恐らく説明がつくこととなった。

 「私はとても感謝しています。」と Summerlin さんは言う。「これで終わったような気がします」

 

Frightening birth 恐ろしい出産

 

 2013年秋、当時31歳でフロリダに住んでいた Summerlin さんは妊娠10週であることがわかった。娘は予定日から2週間後の2014年6月に生まれた。

 「妊娠は実に順調でした。」と Summerlin さんは言うが、分娩経過は良くなかった。

 病院の記録によれば、母親の骨盤の大きさと胎児の頭の大きさの不一致、すなわち頭蓋骨盤不均衡があり、この胎児の場合、体重は約11ポンド(5,000g)あった。陣痛のさなか、医師は胎児仮死の兆候があることを察知した:Summerlin さんの羊水は胎便で緑色を帯びており、もし胎児がそれを吸い込むと肺障害がもたらされる恐れがあった。

 

2023年9月のある朝、Suzanne Summerlin さんは激しい腹痛と圧迫感、胃部の膨満感で目を覚ました。(Suzanne Summerlin さん提供)

 

 出産後まもなく Summerlin さんには微熱がみられた。一方、赤ちゃんには股関節脱臼があり、数ヶ月間は矯正装具をつける必要があると告げられた。また胎盤の病理検査の結果、高度の chorioamnionitis(絨毛膜羊膜炎:胎児を包む膜の深刻な細菌感染症)と、絨毛膜羊膜炎に合併してみられることがある臍帯の炎症であるfunisitis(臍帯炎)が見つかった。

 このためこの母娘は抗生物質を投与され、分娩後約48時間で退院した。

 しかし、帰宅して2日目の夜、Summerlin さんに悪寒戦慄、華氏101度(摂氏38.3度)の発熱、および腹痛が出現した。これらはすべて深刻な感染症の徴候だった。

 「毎日(産科の診療所に)電話しましたが、違う人が出て、異なる説明を受けました。」と Summerlin さんは振り返る。彼女は何度か受診し様々な抗生物質が処方されたが、時折みられる悪寒やその他の症状はなかなか消失しなかった。

 「一週間後、電話をかけて元の医師に診てもらったところ、『まだ症状が続いているんですか?今すぐ病院に来てください』と言われました。」そう彼女は思い起こす。

 入院した Summerlin さんは「恐ろしかったです。 家に生まれたばかりの赤ちゃんがいるのに一緒にいられなかったんですから。」と言う。

 CT スキャンで彼女の右下腹部に膿瘍が見つかった。翌日、Summerlin さんは排膿処置を受けた。検査室での培養の結果、B群溶連菌が検出された。この菌は、新生児に血液や肺の感染など深刻な結果をもたらす可能性がある。女性は妊娠の終盤に溶連菌のスクリーニング検査を受けることになっており、陽性であれば陣痛中に抗生物質を投与されなければならない。Summerlin さんは、当時検査を受けていたか、あるいは抗生物質を投与されたかはわからないという。

 膿瘍の治療にもかかわらず、彼女の痛みは改善しなかった。腹水は増加し、頻脈と息切れが激しくなり、熱は華氏103度(摂氏39.4度)まで上昇した。医師らは探索的手術を行うべく帝王切開の手術創を開いて洗浄(感染症の治療に使われる処置)を行うことにした。

 彼らはさらに Summerlin さんの虫垂を摘出した。「念のためと言われました。」と彼女は振り返る。その後、彼女の虫垂には炎症はみられず医師らは感染の原因ではないと判断した。

 Summerlin さんは最終的に腹膜に膿を生じる感染症である化膿性腹膜炎から腹腔内敗血症をもたらした帝王切開後の創部感染と診断された。 敗血症は妊産婦死亡の主な原因である。

 彼女は6日間入院したがその大半はICUにいた。「母乳育児や愛情行為について考えていた計画は、すべて水の泡となりました。」と彼女は言う。「ただ娘の成長を見るために生き残ろうと戦っていたのです。」

 そういった厳しい状況から回復したものの「2、3年間は体調がよくありませんでした。」と Summerlin さんは言うが、それは他の要因によるところが大きかったようである。「離婚で悩んでいましたし、娘のデイケアではひっきりなしに病気になっていたのです。」

 娘が生まれて数年が経ったとき、それまで消化器系の症状を経験したことのなかった Summerlin さんは、下痢と便秘を繰り返す irritable bowel syndrome(IBS:過敏性腸症候群)と診断されたが、しばしば症状は強く長引いた。また彼女はさらに周期的にイースト菌感染症(カンジダ膣炎)や尿路感染症とおぼしき症状を起こしていた。

 「産後、飲み続けなければならなかった抗生物質のせいで、免疫系が少し落ちているのかもしれないと思っていました。」と彼女は言う。

 

2023年12月に行われた探索的手術で Suzanne Summerlin さんの繰り返す感染症の原因が判明した。(Suzanne Summerlin さん提供)

 

A baffling infection 不可解な感染症

 

 2016年にワシントンに移住し、国防総省の学校で働く教員を代表する組合である Federal Education Association(連邦教育協会)の弁護士として働いていた Summerlin さんは、2022年後半、イースト菌感染症と思われる症状がみられた。最初は一般的な種々の市販薬で治療していた。

 しかし症状が改善しないので、健康保険システムである Kaiser Permanente(カイザー・パーマネンテ)の主治医に相談したところ、イースト菌感染症の証拠は見られず、彼女を婦人科医に紹介した。その婦人科医は培養を提出したが、細菌や真菌の感染を特定できなかった。2023年3月、彼女は Kaiser の産婦人科医 Ariel Cohen(アリエル・コーエン)氏への受診を始めた。

 「彼女の出産についてかなり恐ろしい話を聞いたことを覚えています。」と、Cohen 氏は初診時に Summerlin さんから聞き取った病歴についてそう話す。イースト菌感染の可能性があるにもかかわらず、培養の結果、今回も原因は特定できなかったと彼は説明した。彼女の症状はやがて消失した。

 しかし、2023年9月のある朝、Summerlin さんは激しい腹痛と圧迫感、胃部の膨満感で目を覚ました。彼女はメリーランド州の自宅近くにある Kaiser 緊急医療センターを受診した。検査では白血球の増加が認められた。医師らは pelvic inflammatory disease(PID:骨盤内炎症性疾患)を疑った。PIDは、淋病や chlamydia(クラミジア)などの性感染症に関連する生殖器の感染症である。しかし、Summerlin さんの検査は繰り返し陰性だった。

 PID の原因は性感染症であることが多いが、消化管の細菌が生殖器官に侵入して発症することもあるとCohen 氏は指摘する。

 腹部超音波検査と CT 検査の結果、左側に腫瘤が見つかり、卵管卵巣膿瘍の可能性が示唆された。これは卵管と卵巣を侵す PID の一種で、時に近くの腸管や膀胱に炎症を起こすことがある。

 抗生物質が投与されると症状が改善したため急患センターに一晩泊まったあと帰宅した。

 10月、Cohen 氏の勧めで、数年前に挿入されていた Summerlin さんの IUD(子宮内避妊器具)が将来の感染の可能性を減らす目的で取り除かれた。

 11月上旬、上院小委員会での公聴会の数時間後、激痛と腹部膨満が再発した。Summerlin さんはカイザーの緊急医療センターで48時間を過ごし、抗生物質による治療を受けた。病院への転院が予定されていたが、容態が好転したためキャンセルされた。

 「もう何度も来ることはできないと言われました。」と、彼女は緊急治療の医師たちとの会話を振り返る。しかし白血球の数値が高くスキャン画像では卵管に液体の貯留がみられた。

 抗生物質以外の治療選択肢は感染症の原因を突き止めるための探索的手術だった。「手術をしない場合、5~6週間ごとに再発するのではないかと心配でたまりませんでした。」手術が唯一の選択肢であると彼女は考えた。

 「彼女は、このことが自分の生活に大きな支障をきたしていることをはっきり自覚していました」と Cohen 氏は言う。「彼女が手術を望んでいたので私は手術を勧めました。」

 手術によって何が明らかになるかわからないため、Cohen 氏は必要な専門家が確実に手術室に待機するよう手配したという。

 「通常の開腹手術(探索的手術)として始まっても、人工肛門造設を強いられる可能性もあります。」と彼は言う。

 Cohen 氏は、腹腔鏡下婦人科手術を専門とする外科医 Alyssa Small Leyne(アリッサ・スモール・レイン)氏に協力を仰いだ。Summerlin さんにただちに腹部や消化管の処置が必要となった場合に備えて、一般外科医も加わった。

 手術前、Cohen 氏も彼の同僚らもともに、Summerlin さんが 2014年の帝王切開に関連した長年の問題で患っているのではないかと推測していたという。

 「しかし私たちが発見したことは、私たちが考えていたこととはまったく違っていたのです。」と彼は言う。

 

Surgeons ‘literally gasped’  外科医たちは‘文字通り息をのんだ’

 

 Summerlin さんは、12月29日に涙を流しておびえながらメリーランド州の Holy Cross Hospital(ホーリークロス病院)の手術室に運び込まれたときのことを覚えている。彼女は、医師らが腹腔鏡下手術を行えないかもしれないことを心配し、そうなれば回復が難しくなって時間がかかり新しい仕事に就くのが難しくなるだろうと考えた。(彼女の指名はまだ保留中で 11月の大統領選後に評決される可能性がある)。

 Summerlin さんは、回復室で自分の手術が低侵襲で済んだことを知ったとき、とても安心したという。手術はうまくいき、その日のうちに退院できると Cohen 氏は彼女に告げた。彼は右の卵巣と両側の卵管が摘出されていたと彼女に説明した。

 虫垂も摘出されていた。

 Cohen 氏によれば、3人の外科医は 2014年に全摘出されたはずの虫垂の一部が Summerlin さんの右卵巣の箇所に強固に癒着しており、液化した糞便を含むその内容物が卵管内に浸出しているのを見たとき“文字通り”息をのんだという。(虫垂は管のような形をしているため、しばしば糞便が虫垂の中に入り込むことがある。)

 「つながってはいけないものとしっかりとつながっていたのです。」Cohen 氏は虫垂の断片についてそう話す。「私たちは皆、ぼんやりとそれを眺めていました。」

 Summerlin さんは、医師から「虫垂の部分切除などあり得ないことです。だからこの原因として思いつくことは誰にもできなかったのです。」と言われたことを覚えている。

 虫垂の“取り残し”はまれであるが、どの程度まれなのかは不明である。虫垂の全摘出に失敗すると、stump appendicitis(切り株虫垂炎、遺残虫垂炎)(取り残された虫垂によって引き起こされる急性の炎症や感染症)が起こることがある。

 Cohen 氏は、残存する虫垂が Summerlin さんの PID を引き起こしたと考えているという。 「これがずっと炎症を起こしていたのです。」と彼は言う。

 この発見は Cohen 氏に多くの疑問を残したという:そもそもなぜ医師は虫垂切除術を行ったのか?虫垂の一部を残したのは、「ひどい感染を起こしていた腹部の状況のために見えなかったからなのか?」 そして、どうしてずっと早期に深刻な感染を引き起こすことなく10年近くも発見されなかったのだろうか?などである。

 手がかりはあった、と Cohen 氏は指摘する。2023年9月に行われた CT スキャンでは虫垂は確認されなかったが、2ヵ月後の再検査では“虫垂が認められる”と報告されていた。

 2023年の手術から10ヶ月、Summerlin さんに感染症はみられず、IBS の症状も消失した。

 2014年の虫垂切除術からあまりに時間が経過しているため、何が問題だったのかについては一生わからないのではないかと考えていると Summerlin さんは言う。彼女は、それを行うことでしばしば患者に情報がもたらされる行動、すなわち医療過誤訴訟を起こすことも考えたが、時効が過ぎてしまっているという。

 「私は訴訟を起こしたい人間ではありません」と彼女は言う。「それでも何らかの答えを手に入れたいと思います。やってしまった、てな感じだったのでしょうか?」"

 Summerlin さんは、過去10年間を象徴する痛みを伴う原因不明の感染症から彼女を解放してくれた Kaiser の医師たち、特に Cohen 氏に「とても感謝しています。」と話す。

 「10年近くもこの Franken-thing(恐ろしく危険なもの)が体の中にあったかと思うと、ちょっとぞっとします。」と彼女は言う。

 

 

 

Stump appendicitis(切株虫垂炎、遺残虫垂炎)について

以下の論文(英文)から要約してみた。

https://academic.oup.com/jscr/article/2023/4/rjad043/7126727

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8457410/

 

虫垂切除術後の合併症として一般的なものは創感染と骨盤内膿瘍である。

Stump appendicitis(切株虫垂炎、遺残虫垂炎)は虫垂切除術のまれな合併症の一つで

虫垂切除後に残存した虫垂部分の炎症によって引き起こされる。

発生率は報告ごとに異なり、50,000例に1〜5例程度とされるが、

過小評価されていると考えられるため実際の発生率はもっと高いとみられる。

切株虫垂炎は、虫垂切除術を受けた患者に起こり、

初回の虫垂切除術から発症までの間隔は4日から50年までと幅がある。

必ずしも腹腔鏡下手術例に多いとはされていない。

切株虫垂炎を引き起こす要因として、虫垂切除時、局所の炎症のために

虫垂基部の同定や剥離が不十分な場合、あるいは盲腸への損傷を恐れて

長い切り株を残すことなどが挙げられている。

 

切株虫垂炎の臨床症状は通常の急性虫垂炎と類似する。

腹痛、特に右腸骨窩の痛みがみられ、嘔気と嘔吐を伴う。

虫垂切除術の既往があるがために逆に診断と治療が遅れることがある。

このため急性虫垂炎に比べ穿孔率が高い。

 

診断には超音波検査やCTスキャンが用いられる。

前者では虫垂切痕の肥厚、右腸骨窩の液体、盲腸の浮腫が確認できる。

腹部および骨盤のCTスキャンは、切株虫垂炎に特異的な所見はない。

急性虫垂炎の徴候、すなわち、盲腸壁の肥厚、限局した液体、

あるいは周囲脂肪の浸潤(fat stranding)がみられる。

もし残存する虫垂が長い場合、壁が肥厚した管状もしくは

増大した構造物として確認される。

本症が強く疑われる場合には診断的腹腔鏡検査が次なる診断的選択肢となる。

 

治療法としては外科的切除が最も適切な治療法とされる。

開腹手術と腹腔鏡手術のどちらを選択するかは、患者の状態や術前診断の有無など

様々な要因に依存する。

臨床症状や回盲部周囲の炎症によっては、回盲部切除が必要となることもある。

 

本症例に見られたように、残存した虫垂が卵管と連絡している状況は

きわめてめずらしいと言えそうだが、なかなか診断が困難なケースも

多いのではないかと推察される。

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自分の鼻水で溺れる

2024-09-12 16:28:08 | 健康・病気

20249月のメディカル・ミステリーです。

 

97日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: Her runny nose signaled something more serious

メディカル・ミステリー:彼女の鼻水はもっと深刻な病気を示唆していた。

Doctors thought her constantly running nose was due to allergies or a virus. Eight years earlier, a relatives had a similar problem that had an unfortunate ending.

彼女の絶え間ない鼻水はアレルギーかウイルスによるものだと医師たちは考えていた。 8年前、同じような問題を抱えていた親戚は不幸な結末を迎えていた。

 

 (Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman,

 

 Shemika Rodriguez(シェミカ・ロドリゲス)さんは苛立ちを募らせていた。 ニューヨークの自転車による食品配達サービスの従業員だった Rodriguez さんは、しつこく続く鼻水の治療を求めてブルックリンのアパートの近くにある2ヶ所のクリニックを受診していた。 最初はアレルギーとして、後にウィルス感染に対して処方された治療薬は効果がなかった。発作的にみられていた鼻漏は3ヶ月後には絶え間なく続く苦痛の鼻汁漏出へと変わっていた。

 2023年8月、Rodriguez さんがマンハッタンの Greenwich Village(グリニッジ・ヴィレッジ)で病院から1ブロック離れた場所で午後の配達をしていたとき、ここで緊急室に飛び込んでも失うものは何もないと彼女は考えた。 もしかしたら、そこにいる誰かが、自分がなぜ良くならないのかを教えてくれるかもしれないと思ったのだ。

 「中に入ったら、誰もいませんでした」と Rodriguez さんは振り返るが、一時的に患者が誰もいないことは良い兆しなのではないかと考えた。

 以後 Rodriguez さんが横になると溺れそうになるほどの絶え間ない鼻水の原因を突き止めるまでに Lenox Health Greenwich Village(レノックス・ヘルス・グリニッジ・ヴィレッジ)の緊急治療室への2度の受診と、提携している2人の医師の診察を要することになる。

 「3ヶ月も待たなければ良かったと思っています」現在44歳の Rodriguez さんは、自分には最初からその原因がわかっていたのではないかと思うようになっている。 8年前、彼女の親戚の一人が同じような病気にかかり、不幸な結末を迎えていたからである。

 Rodriguez さんの場合はそれとは違う転帰をとることになる。

 

Rodriguez さん(右)(Shemika Rodriguez さん提供)

 

 

A summer cold? 夏カゼ?

 

 最初、鼻水はやっかいな風邪のせいだと Rodriguez さんは思っていた。

 しかし、数週間後、左の鼻孔からの鼻漏はほとんど持続性となったため医師に診てもらう必要があるとRodriguez さんは考えた。

 6月初旬、彼女が最初に訪れたのは急患診療所で、そこでアレルギーだと言われアレルギーの薬と点鼻薬を処方された。

 しかし、どちらも効果がなかった。高血圧のある Rodriguez さんは、前かがみになると額に圧迫感を感じるようになった。彼女はまた、めまいの発作と周期的に平衡感覚障害を経験するようになった。一週間後、Rodriguez さんは依然として調子が悪いと言ってクリニックを再診した。 アレルギーの薬を飲み続けて良くならなければ1週間後にまた来るよう言われた。

 Rodriguez さんは最初のクリニックをやめ、一か八かで2件目のクリニックを受診した。受診したナース・プラクティショナーは、彼女はアレルギーではないと説明した。その看護師は Rodriguez さんが血圧の薬を飲んでいないことを心配し、頭痛は非常に高い血圧によって引き起こされる高血圧クリーゼの兆候である可能性があるので、服用を再開するよう促した。

 一週間後、血圧降下剤を再開していた彼女は、2番目のクリニックを再診した。 鼻水やその他の症状が治まっていないことを看護師に告げると、看護師はあらためてウイルス感染の診断を言い渡し、時間がたてば治るだろうと予測した。

 「私は自分の生活を続ければ、『そのうち治るだろう』と思っていました」と Rodriguez さんは振り返って言う。

 しかし、何かもっと深刻な問題があるのではないかという不安に時折襲われた。鼻汁は右の鼻孔には見られず、透明であり、粘液の様でもなかったからである。

 「横になると溺れそうな感じでした」と彼女は言い、鼻汁がのどを伝い、後鼻漏でみられる感じに似ていたと付け加える。 彼女は常にティッシュを必要とし、地下鉄では鼻を何度もかむ彼女が人々の注目を集めることもあった。

 8月上旬には「まるで水漏れの蛇口のようでした」と Rodriguez さんは思い起こす。 

 彼女のパートナーが原因を求めてネットで検索したところ、妙に馴染みのある原因を見つけ出した。

 

Dripping nonstop’  ‘鼻漏が止まらない’

 

 Rodriguez さんは、左の鼻孔から流れ出ているのは粘液ではなく、脳と脊髄を潤し、クッションの役割を果たし、栄養を与える脳脊髄液(CSF)ではないかと心配した。Canial CSF leak(頭蓋脳脊髄液漏、髄液漏)は、脳の一番外側の層に裂け目ができ、鼻や耳から髄液が漏れることで起こる。髄液漏は鼻腔と脳との間に直接の連絡が生じているため、細菌が脳に侵入して致死的ともなり得る脳の膜の深刻な感染症である細菌性髄膜炎を引き起こす可能性がある。

 Rodriguez さんのいくつかの症状は髄液漏と一致しているようだった:鼻の片側だけが侵され、髄液は透明で粘性が低かった。しかし、非常にありふれてみられるアレルギーやウイルス感染とは異なり髄液漏出はまれであるが、脊椎に沿ってみられることもある。年間10万人に5人が罹患すると推定されている。

 「信じたくありませんでした」と Rodriguez さんは振り返る。

 8月9日、グリニッジ・ヴィレッジのERを初めて受診した Rodriguez さんは、髄液漏が心配だと医師に告げ、MRI検査を希望した。頭痛と高血圧の既往歴があることを知った医師は、MRIは必要ないと考えたとみられ、代わりにCTスキャンを行った。その結果、脳出血や脳内に髄液が溜まる水頭症は除外された。検査では左右の目の間の鼻の奥にある左蝶形骨洞に感染症らしき所見が認められた。Rodriguez さんは副鼻腔炎として抗生物質を処方された。

 彼女は1週間服用したが「ずっと悪くなった」と感じたため ERを再受診した。

 「『鼻漏が止まらないんです』って言ったんです」と Rodriguez さんは思い起こす。Rodriguez さんがかかりつけのプライマリケア医はいないと言うと、病院付属の内科医に紹介され、8月末に受診した。

 その医師は彼女の症状に注目し、彼女のために同僚の Charles C.L. Tong(チャールズ・C.L.・トン)氏の診察予約を行った。彼は鼻と副鼻腔の治療と頭蓋底手術を専門としている耳鼻咽喉科医である。

 

A memorable encounter 記憶に残る出会い

 

 2023年9月8日の最初の出会いについて Rodriguez さんとTong 氏の記憶は異なっている。Rodriguezさんによると、彼女は Tong 氏が診察室に入ってきたとき、この数週間そうしていたように盛んに鼻をかんでいたという。

 「『ダメです!何をしてるんですか?鼻から脳の組織が出てきますよ!』と彼は言ったのです」そう彼女は振り返る。(もうひとつのリスクとして、患者が脳に空気を吹き込んで閉じ込め、脳にヘルニアや変位をもたらし死に至る緊急事態を引き起こす可能性がある、と Tong 氏は後に語っている)。

 一方、Tong 氏は「Rodriguez さんがその日最初の患者でした」と思い起こす。「ティッシュを鼻に詰め込んでいたのをはっきり覚えています。私は『ちょっと、何が起こってる?』と思いました。彼女が前かがみになると液体が流れ出て、『これは髄液が出ているんだと思います』と言ったのです」と Tong 氏は言う。

 その外科医は検査用の滅菌カップに液を採取し、CT スキャンと MRI スキャンを依頼、その日のうちに検査が行われた。これで「すでにわかっていたこと」がすべて確認されたと Tong 氏は言う。Rodriguez さんは髄液漏を起こしていたのだった。

 MRI の結果、頭蓋底の隙間から脳が突出している状態となっている大きな encephalocele(脳瘤)が見つかった。この隙間は蝶形骨洞の壁にある骨の欠損によって生じ増大した可能性がある。このような欠損が髄液漏に関連していたのである。

 「私たちは、そのような状態の患者を実に、実に注意深く見ています」と Tong 氏は言う。

 Rodriguez さんには頭部外傷の既往歴など、他の危険因子もあった。彼女は2015年の自動車事故で重度のむち打ち症などの怪我を負っていて、さらに漏れが始まる3カ月前には自転車から落下して顔面を強打していた。彼女はまた過体重で高血圧でもあったが、いずれも髄液漏の危険因子となっている。

 Tong 氏によれば、3週間前にERで行われたCTスキャンは主に脳卒中を除外するために救急部で使用される迅速スキャンであり造影剤を使用しなかったため、おそらく、後に行われた画像診断で明らかになったことを示すには十分な感度が備わっていなかったのだろうという。

 翌土曜日の朝8時、Tong 氏から Rodriguez さんに電話があり、彼女の検査結果と、漏れを修復するために手術が必要であることを告げられたと Rodriguez さんは言う。(小さな漏れの場合、手術しなくても治るものもある)。

 「手術を受けたくありませんでした」と彼女は言うが、未治療のまま漏れのリスクを背負って生きていくのは不本意だった。「何が起こるかわかっていたからです」

 2023年6月、Rodriguez さんの50代の叔母がアパートで遺体で発見された。家族は、彼女が死去して初めて彼女が2015年に髄液漏と診断されていたが、治療を拒否していたことを知った。彼女の家族は、治療されなかった髄液漏が彼女の死につながったと考えている。

 Rodriguez さんの手術は彼女の鼻腔から採取した組織を用いて漏れを修復するというもので、9月22日に Northwell Lenox Hill Hospital(ノースウェル・レノックス・ヒル病院)で Tong 氏と神経外科副部長の John Boockvar(ジョン・ブックバー)氏によって行われた。

 Rodriguez さんは1週間ほど入院し、その後数ヶ月間は自宅で療養した。

 「頭はだいぶ良くなったし、現在は体力も回復しています」と彼女は言う。

 今回の経験から、彼女は自分の健康に気を配ることを学んだという。「何か体に異常があれば、検査を受けるべきだと」。

 Tong 氏は、開業して8年になるが、これまでに 50人から100人の髄液漏の患者を治療してきたといういう。

 Rodriguez さんと違って「患者は時に診断を軽視して手術を受けようとしません。そして『ただの鼻水だ』と言うのです」と彼は言う。

 「しかし、すべての鼻水が同じように産生されているわけではないのです」そう彼は指摘する。

 

 

ここでは髄液が鼻腔・副鼻腔に漏出する髄液鼻漏について説明する。

 

詳しくは 日本鼻窩学会会誌の原著論文

『内視鏡下鼻内アプローチにて閉鎖した嗅裂部特発性髄液鼻漏例』

ご参照いただきたい。

また本疾患については、2012年の拙ブログ記事『鼻から髄液がっ!』でも

取り上げているのでそちらも参照いただけると幸いである。

 

 

後天性にみられる髄液鼻漏の80%以上は外傷が原因とされており、

原因不明の特発性髄液鼻漏は比較的稀である。

典型的な臨床症状は、誘因なく突然発症する持続的または断続的な

一側性の水様性鼻漏と頭痛である。

髄液鼻漏に合併して起こり得る髄腔内の感染症、すなわち

髄膜炎の発症率は8~30%と報告されている。

特発性髄液鼻漏は中年女性の頻度が60~80%と高く、

身体的特徴としてBMI 30 以上の肥満を呈する患者が多い.

特発性髄液鼻漏の病因はいまだ明らかではないが、

合併する特発性頭蓋内圧亢進症における髄液再吸収障害、

あるいは恒常的な頭蓋内圧上昇により頭蓋底の骨の一部が圧迫により薄化し、

結果として瘻孔を形成し頭蓋内容の脱出と髄液漏出を来すのではないかと

考えられている。また肥満に伴う閉塞性睡眠時無呼吸症候群

も断続的に頭蓋内圧が上昇するため上述と同様の機序により

髄液鼻漏の原因となりうるとされている。

 

症状や経過から髄液鼻漏を疑った場合、鼻汁が髄液であることを

確認する必要がある。

簡易的には、一般に鼻汁より髄液の糖濃度が高いことから

尿糖を確認するテステープを用いて糖の存在を確認する。

あるいは鼻汁中の糖濃度を測定し 30mg/dl 以上の場合には

髄液漏出が疑われる。

ただしウイルス性上気道感染や糖尿病患者では鼻汁中糖濃度が

上昇することが知られており、本検査には偽陽性もみられる。

髄液中に存在する糖たんぱくであるβ2トランスフェリンを

測定する検査は、感度、特異度とも高いが一般的には行われない。

脳槽シンチグラフィーは腰椎穿刺を行って放射性同位元素を

髄腔内に投与して脳脊髄液の循環動態を追跡する核医学検査である。

漏出部位の同定に有用であるが髄液漏出が少量の場合は検出が

困難なことがある。

特発性髄液鼻漏を来たしやすい部位として、副鼻腔の篩骨洞上壁と

蝶形骨洞が挙げられている。

それらの箇所は頭蓋底部でももともと骨が薄いため瘻孔を形成しやすい。

これら漏出部位の確定のため、高分解能CT検査、CT脳槽造影、

MRI検査などの画像診断が用いられる。

 

特発性髄液鼻漏は自然閉鎖が期待できないため、治療として

外科的な瘻孔閉鎖が必要となる。

近年は開頭ではなく、鼻側から内視鏡下で行われる経鼻的修復術が

選択され良好な成績が得られている。

再建する材料としては脂肪組織などの遊離組織や有茎粘膜弁が

用いられる。

 

本ケースが外傷性か特発性かは定かではないが、肥満や高血圧が

あったことから後者の可能性もあると考えられる。

脳や脊髄の存在するスペースと外界とがつながってしまうとは

恐ろしいことである。

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午前中に "ぶち切れる" 女性

2024-08-12 19:57:37 | 健康・病気

2024年8月のメディカル・ミステリーです。

 

8月10日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: What was triggering her outbursts and confusion?

メディカル・ミステリー:彼女の感情の爆発と混乱を引き起こしていたのは何だったのか?

Typically even-keeled and patient, a high school teacher’s volatile moods seemed to come out of nowhere.

元々は穏やかで我慢強かった高校教師の怒りっぽくなった気分の変化は突然出現したようだった。

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman,

 高校で英語を教えた長い一日の後、Lindsay Trainor(リンゼイ・トレイナー)さんは疲れていて、不機嫌で、何かを待てる気分ではなかった。ボーイフレンドの家に到着した午後7時半頃には二人で食べることにしていたタイ料理がてっきり届いていると思っていた彼女は、彼が注文を彼女が到着するまで待っていたことを知って“激怒した”という。

 「『いいわ、もう何も食べないから!』と言って、階段を駆け上がって寝室に行き、ドアをバタンと閉めたのを覚えています」と Trainor さんは言う。 彼女のボーイフレンド(現在の夫)は、すぐに夕食を受け取りに出かけた。

 食事の後、Trainor さんは恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに「何が起こったのかよくわからないの」と彼に謝罪したことを覚えている。

 それから7年後、ヴァージニア州北部に住むこの夫妻がそれまで笑い話として受け止めていたあの2016年の出来事が新たな意味を持つようになった。それは Trainor さんの常軌を逸した感情の爆発が頻繁に起こるようになり、徐々に異様さを増し、時には恐怖すら感じるようになっていったからである。一時期、Trainor さんは自身が精神病の発作を起こしているのではないかと不安を感じるようになり、一方、夫の Bryan(ブライアン)さんは、彼女が隠れ飲酒家なのではないかと疑った。

バージニア州の教師 Lindsay Trainor さんは、幾度となく起こる突然の怒りと混乱という不可解な発作を経験した(Bryan Trainor さん提供)。

 

 2023年5月、彼女の予測不可能な行動は稀な原因によるものであることが突き止められ、それに対して治療を受け、おそらく永久にそのエピソードに終止符を打つこととなった。

 その治療には何ヶ月もの厳重な監視が必要だったが、現在41歳の Trainor さんは「時間はかかりましたが今は最高の気分です」と言う。

 

Meltdown in Ikea イケアでのメルトダウン(制御不能)

 

 最初のエピソードは、Trainor さんががニューイングランドからD.C.エリアに引っ越して間もない2015年の夏に起こった。 彼女がいとことバージニア州北部にあるイケアでレジに並んでいたとき、突然抑えが効かなくなった。

 いとこがどうしたのかと尋ねたところ Trainor さんは Swedish fish candy(スウェーデン・フィッシュ・キャンディ)が欲しいと答えた。「あきらめられないし我慢できませんでした。自分の感情をコントロールできないように感じました」と彼女は言う。レジで支払いを済ませた二人は、その人気のキャンディに一目散に向かった。Trainor さんがいくつかを口にすると、彼女らしい振る舞いに戻った。

 「私はもともと気が長い方ですし、切れやすい性格でもありません」と Trainor さんは言い、彼女のどうしようもないせっかちさに戸惑いを感じたことを覚えている。

 2022年12月になると、何かが変わったように見えた。 学校が休みのある朝、Trainor さんはいつもの起床時間である朝6時起床よりも遅い7時半ごろ、キッチンにふらりと立ち寄った。彼女は pantry(パントリー:食糧庫)を開け、シリアルの箱を取り出し、少しすくって口に入れたが、そのあと口の中に箱を詰め込んだ。当時3歳と5歳の子供たちは呆然として息を飲んだ。

 「うちはおバカな家族だけど、私はきれい好きで、シリアルをそこかしこで食べたいとは思いません」と Trainorさんは言う。しかし「私は自分がやっていることを意識しながらも、それを止められない感じでした」

 夫は彼女を横目で見たが、何も言わなかった。Trainor さんはその後、隣のファミリールームに向かい、テレビでイングランドのサッカーの試合を観戦した。

 彼女のお気に入りのチーム名である“Tottenham(トッテナム)”と書かれた壁の表示を指差しながら「意味がわからないわ」と彼女は言った。

 「何のことを言っているんだい?」Bryan Trainor さんは尋ねた。妻は説明できずに肩をすくめた。20分後、Trainor さんは「完全に元に戻った」と言い、「さっきまでの行動はとても奇妙だった 」と思ったことを覚えているという。

 その2週間後、転機となる動揺を招く出来事があった。Trainor さんが朝食を作っていた時、少し吐き気がして“気分が悪かった”ことを記憶しているが、5歳の息子が、気が変わってパンケーキにイチゴではなくチョコレートチップを入れたいと言い出した。

 「私は自制心を失い、『なぜ教えてくれなかったのか、なぜ私はここに立ってパンケーキを作っているのか私はわからない』」幼い子供にそう言ったことを Trainor さんは覚えているという。彼女はヘラをカウンターに叩きつけると、ランドリールームへと歩き出し、ドアが壊れるほど激しく閉めると2階に上がっていった。

 夫がパンケーキを作り上げて彼女に持って行った。Trainor さんはそれを食べて落ち着くと、息子に謝った。

 「とりわけ狼狽するできごとでした。普段私は子供たちを怒鳴ったりしません。なぜあんなに怒ったのかわかりませんでした」と彼女は言う。

 Trainor さんはどこかがおかしく医者に診てもらう必要があることは明らかだった。彼女にはかかりつけ医がいなかったので、彼女が2023年1月末に受診したことのある友人の家庭医を受診予約した。

 Trainor さんはシリアルとパンケーキのエピソードを語り、朝一番に気分が悪くなり、多少吐き気がすることがよくあると医師に話した。血液検査の結果が正常であったため、医師は Trainor さんに原因はわからないと告げた。彼は、水分補給を怠らないよう、そして再発したらまた来るよう彼女に促した。

 2023年3月上旬、Trainor さんは「混乱し、とても動揺した」気分で目を覚ましたが、その理由はわからなかったという。彼女の3歳の娘はぐずぐずしていて、2人が朝の送迎のために車に乗ったときには、Trainor さんはまだ落ち着きを取り戻しておらず、娘は涙を流していた。

 Trainor さんは、娘が生後4ヶ月のときから送迎していた経路だったが見慣れない道のように感じたためデイケアセンターへの曲がり角を危うく見逃すところだったという。建物に車を停めたとき、彼女は『あれ、(一晩で)改装したんだ。変な感じ』と思ったのを覚えている。

 しかし10分後、職場に到着した Trainor さんは、入り口も建物も何も変わっていなかったことを認識したという。

 「精神病の発作を起こしていたのかと思いました」と彼女は言う。

 彼女はすぐに医師に連絡し、その日のうちに診察を受けた。「彼はとても同情的で『あなたは2人の幼い子供の母親であり、教師であり、とても多くのことをしています』と言いました」そう彼女は覚えている。彼は抗うつ薬と抗不安薬を処方した。

 「それは違うと思いました」と Trainor さんは言う。しかし彼女は珍しく疑念を口に出せなかったという。

 

A possible pattern 考えられるパターン

 

 Trainor さんの疑念は経験に根ざすものだった。

 「教師として13年間、ストレスの多い状況に置かれてきたけど、今回はそんなことは全く感じていなかったからです」と彼女は言う。「でも、今回私はちょっと従順で(医師から)そうするように言われたから従ったのです」薬物治療についてそう話す。しかし、Trainor さんによると症状が良くなるどころかそれらの薬で増悪したという。

 Children’s National Hospital(国立小児病院)の小児科看護師である姉が彼女の感情の爆発や混乱は脳腫瘍の徴候ではないかと心配していたことを彼女は後に知った。

 Bryan Trainor さんは一時は妻がこっそり酒を飲んでいるのではないかと疑ったこともあったが、あるパターンに気づいた。エピソードは午前中に起こることが多く、食事をすると治るようだった。恐らく血糖に問題があるのではないだろうか?と。

 二度の妊娠中に妊娠糖尿病と診断されていた Trainor さんは、血糖値の基本的なことについてはよく知っていた。(妊娠糖尿病は、血糖値の上昇を引き起こす妊娠に関連した一時的な疾患である。通常は出産後に改善する)。彼女は朝一番に血糖値を測るために家庭用グルコース測定器を購入した。Trainor さんの測定値は55以下だった;ちなみに空腹時の正常値は 70~100の間である。

 Trainor さんがその測定値をかかりつけ医に見せたところ、低血糖の可能性があるとして内分泌専門医に彼女を紹介した。この病態は通常1型または2型糖尿病の患者で起こる。しかし Trainor さんは糖尿病ではなかった。糖尿病のない人でみられる低血糖には、感染症、食欲不振、特定の薬剤、あるいはアルコールの過剰摂取など複数の原因が考えられる。

 軽症または中等症であれば、低血糖症は身体の震え、混乱、いらいら、空腹感を引き起こし、糖分を含むものを食べたり飲んだりすることで容易に回復する。重症例では意識消失あるいは昏睡となり、早急な治療が必要となる。

 Trainor さんは4月に内分泌専門医を受診した。彼は追加の検査を行い、24時間血糖値を測定する小型の装置である持続血糖モニターを上腕の裏側に装着した。

 5月にその内分泌専門医は1ヶ月分の測定値を見直した。Trainor さんの空腹時血糖は35しかなかった。彼は超低血糖に対処する薬を処方したが効果はなく、血糖値やその他のホルモンレベルを測定する72時間絶食検査を受ける必要があると Trainor さんに告げた。入院で行われるこの検査は、insulinoma(インスリノーマ)と呼ばれるまれな膵臓の神経内分泌腫瘍の診断におけるゴールドスタンダードとみなされている。

 Neuroendocrine tumors(神経内分泌腫瘍)には良性と悪性があり、さまざまな身体機能の調節を助けるホルモンを作る。Insulinoma が存在するとインスリンが過剰に分泌され、血糖値が下がりすぎて低血糖になる。

 その内分泌専門医は Trainor さんに、この検査に最適な場所は彼女の自宅から北に70マイル(約113キロ)のところにある Johns Hopkins Hospital(ジョンズ・ホプキンス病院)だと言った。彼は彼女を紹介できる医師を知らないため、病院のウェブサイトで insulinoma の専門家を検索し、検査を予約するよう助言した。

 「私は必死でした」と Trainor さんは振り返る。低血糖発作の頻度は増加していたが、検査を予約するためには Hopkins の新たな内分泌専門医を受診する必要があった。しかし初診の予約は4ヶ月先の9月だった。それでもそれを受け入れることにした。

 しかし5月末の経過観察受診で、内分泌専門医は神経内分泌腫瘍の検出にも用いられる特殊なPET-CT検査を行った。

 その検査の結果、おそらく良性の腫瘍が1つ、Trainor さんの低血糖を引き起こしていることが明らかとなった。その insulinoma で、7年前からの奇妙なエピソードや、何かを食べると感情の爆発や混乱が治まる理由だけでなく、非常に低い血糖値を説明することができた。

 腫瘍を摘出する手術が望ましい治療法となっている。その内分泌専門医は Trainor さんを Washington の膵臓外科医に紹介した。

 

Cured 治癒

 

 Insulinoma の専門家であり、Mayo Clinic(メイヨークリニック)医学部教授で内分泌専門医の Adrian Vella(エイドリアン・ベラ)氏は、insulinoma はまれな病気であるため診断が難しいことがあるという。

 

 「最大の問題は、100万人に4人しかみられないということです」とその頻度に言及し彼は言う。空腹と混同されやすい低血糖症に対する誤認識が、その識別をさらに複雑にしている。

 「狼が現れても、医師がそれを見逃してしまうと、狼少年にされてしまう患者が非常に多くいると思います」と彼は言う。

 家庭での血糖測定は信頼性に欠ける傾向があると Vella 氏は指摘する。血糖値の最も厳格な測定は、低血糖エピソードの後ではなく、その最中に行われるものである。「真の低血糖は数字がすべてです」と彼は言う。それは夜の間や食事を抜いた場合に起こりやすい。

 Mayo で治療を受けた患者を対象とした研究によると、症状発現から診断までの平均的な遅れは約2.5年であった。

 Insulinoma の約10%が癌性である;これは multiple endocrine neoplasia Type 2(MEN 2:多発性内分泌腫瘍2型)(MrK註:MEN 1の間違い、後述)のような特定の遺伝性腫瘍生成疾患を持つ人で多くみられる。Trainor さんの家系にはそのような家族歴はない。

 手術で一般に治癒がもたらされる。「手術は通常1回で終わります」と Vella 氏は言い、これらの腫瘍の再発はまれであると付け加える。

 Trainor さんは9月に手術を受けた。彼女は一晩入院し、1ヵ月後には仕事に復帰した。血糖値は数ヶ月間注意深くモニターされたが、手術の数日後には正常値になり、その後も維持している。奇妙なエピソードの再発もみられていない。

 Trainor さんは、この経験で「自分が自分を知っていることを信じる 」ことの重要性を強く感じたという。彼女は、不安障害という最初の診断に疑問を抱いたとき、早い段階でもっと自己主張していれば良かったと思っていると言うが、自分でも説明することのできない理由で「とても消極的な思いと怖さを」感じていたのだという。

 「もし Bryan と私が自宅で(血糖値の)検査を始めていなかったら、本当の原因を突き止めるのにどれだけ時間がかかったかわかりません」と彼女は言う。

 

 

 

Insulinoma(インスリノーマ)についての詳細は以下のサイトを

ご参照いただきたい。

MSDマニュアルプロフェッショナル版

 

インスリノーマは,血糖を下げる働きがあるホルモンである

インスリンを過剰分泌する膵臓のβ細胞由来のまれな腫瘍である。

全インスリノーマのうち、約80%は単発性で特定できれば根治切除が可能。

ただし約10%が悪性である。

インスリノーマは25万人~100万人に1人の頻度で発生。女性にやや多い。

発症年齢の中央値は50歳だが、多発性内分泌腫瘍症1型(MEN 1)で

みられるインスリノーマは20歳代で発症する。

(記事中ではMEN 2となっていたが MEN 1 が正しい)。

インスリノーマ全体に占める MEN 1の比率は7.4%とされている。

MEN 1 でのインスリノーマは多発性、および悪性の割合が高い。

病因は大半の散発例で不明だが、一部の症例では腫瘍組織の

YY1遺伝子(14q32.2)の変異が確認されている。

 

症状:

主な症状は空腹時低血糖である。

症状は絶食時、運動時や食事が遅れたときにより高頻度にみられる。

極度の空腹感などの典型的な低血糖症状が見られる一方、

症状が潜行性で様々な精神障害や神経疾患に類似することがある。

中枢神経系障害としては、頭痛、錯乱、視覚障害、筋力低下、麻痺、

運動失調、著明な人格変化などがあり、意識消失、痙攣発作、

あるいは昏睡に進行する可能性もある。

振戦、動悸、発汗、神経過敏などの交感神経刺激症状が見られることもある。

 

診断:

診断は、まず、症状出現時かつ空腹時に血糖測定を行う。

症状の原因が低血糖であることは、①血糖値50mg/dl 未満の低血糖、

②低血糖による中枢神経系の症状、③ブドウ糖投与による症状の改善、の

Whipple(ホイップル)3徴によって確定する。

症状出現時の血糖値55mg/dl 未満、または症状がない時の血糖値 40mg/dl 未満が

認められた場合には同時に採血した検体でインスリン濃度を測定する。

40mg/dl 未満の低血糖時に 3 µU/mlを上回る高インスリン血症がみられれれば

高インスリン性低血糖と診断される。

しかし多くの患者は評価時に症状がみられない(低血糖もない)ため、

インスリノーマの診断には48時間または72時間絶食試験が必要となる。

インスリノーマ患者の 98%で絶食開始から48時間以内に症状が出現し、

70~80%では24時間以内に出現する。

また低血糖時にインスリン、Cペプチド、およびプロインスリンを測定する。

インスリノーマ患者ではインスリン/Cペプチド比が 1.0 を上回る。

インスリノーマが疑われる患者には、CT、MRIなどの画像検査のほか、

超音波内視鏡検査を行い胃内から膵臓を観察する。

同検査は感度が90%を上回り、腫瘍の局在診断に有用である。

DOTATATEまたはグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体PET で

腫瘍の存在を確認することもある。

 

治療:

可能であれば外科的に腫瘍を切除する。

手術による治癒率は約90%である。

膵臓の表面または表面近くにある小型で単発性のインスリノーマは

通常外科的に核出全摘できる。

単発性だが大きく、深在性の腺腫が膵体部あるいは尾部にある場合、

あるいは、体部もしくは尾部(もしくは両方)に多発性病変がある場合、

またはインスリノーマが見つからない場合には膵尾側の膵亜全摘術を施行する。

なお悪性インスリノーマにはリンパ節郭清を伴う膵臓および肝臓の拡大切除とともに

二次的治療(化学療法、化学塞栓術、ラジオ波焼灼術)が必要となることがある。

外科的治療のみで奏効しない患者には、

インスリン分泌を抑制する薬剤であるジアゾキシドや

ソマトスタチンアナログであるオクトレオチドの他、

カルシウム拮抗薬、β遮断薬,フェニトイン等が用いられる。

またmTOR(mammalian target of rapamycin)阻害薬が低血糖のコントロールに

有効とされている。

 

遺伝性でない孤発例では特に診断がむずかしくなりそうだが、

本症にはできるだけ早期の診断、早期の治療が重要と思われる。

 

それにしても記事中の夫 Bryan さんの忍耐強さには感服させられた。

自分も見習わなくては…

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