◆B bar
貴美子は亭主と西梅田にいた。この辺りは最近ヒルトンプラザイースト&ウエスト、そしてハービスエントと大型商業施設が次々にオープン。かつてのビジネス街が、関西で最も洗練された大人の街へと変貌している。
大阪に住んでいる大学の同級生と、たまたま会う予定が昼間にあったので、亭主が京都出張から帰ってくるのに合わせて、久しぶりに外で夕食でもしようと、ここで待ち合わせをした。いざ来てみると、話には聞いていたが、駅周辺が再開発され、昔の面影がないぐらい様変わりしている。想像以上にモダンになった建物やディスプレイに、貴美子はいつになく興奮した。
「ねえ、同じブランドショップでも全然違うね」「ああ、僕なんて引いちゃうよ」「いいじゃない、めったに来ないんだから、楽しまなきゃ」と言いながら、ハービスエントの1Fにあるティファニーへ.。やけに多い警備員の数に驚きながら店内に足を踏み入れた途端、今までに感じたことがないような、まばゆい乳白色のライトと、それに照らされた宝石群が貴美子を圧倒した。
「すごいね、なんかゴージャス」「こんな店で買う奴いるんだよな」「あはは、そりゃいるんじゃない、世の中お金持ちなんて、いる所にはいるんだから」、と植田の顔を思い浮かべながらショーケースを見ていると、ひとつのペンダントが目に止まった。
「ねえ、これ素敵」「何だよこれ」「ダイヤのクロス、そんなに高くないよ、40万もあれば買えるじゃない」「冗談はやめてくれよ、僕みたいなサラリーマンじゃ到底無理、もう行こうよ」、と動揺する亭主に腕を無理に引っ張られながら店を出た。
そしてビルの中のレストランで食事した後に行ったのが、ヒルトンプラザイーストの2Fにある「B bar」。植田のお気に入りと聞いて貴美子は前から興味を持っていた。中に入るとなかなか洗練されたシックな雰囲気。まさにセレブ御用達って感じ。
「この店は3軒あって、東京の六本木ヒルズと丸の内、それとここだけなんだって」「よく知ってるなあ、誰から聞いたの?」「うん、お店のお客さん」「でもグラスとか、なんか高級そう」「だって”B bar”のBはバカラのB、この店はグラスだけじゃなくインテリアとかも全部バカラなんだよ」「へえー」
貴美子が、植田から薦められていたシングルモルトウィスキー、グレンリベット12年を、バカラのショットグラスで飲みながら亭主と話をしていると、天井のBOSEのスピーカーから、ヴァネッサ・ウィリアムスのヴォーカルが流れてきた。曲はバート・バカラックのバラード”Alfie”。かつてTVドラマの主題歌として聴いた憶えがある。バカラでバカラックなんて洒落のつもりかしらと独り言をつぶやきながら、さっきティファニーで見たダイヤのクロスを植田にねだって買ってもらおうと密かに考えていた。
Love Songs
◆シュガータイム
奈緒美は佐藤に誘われた日から、洋菓子の展示会が気になってしょうがない。もともと無類の甘いもの好き。特にケーキには目がない。休日に友人と美味しいケーキを求めて店のハシゴをすることもしばしば。あの日以来、毎晩ケーキビュッフェで大量にケーキを食べまくる夢を見る。そしてこれ以上食べられないと、風船のように膨らんだお腹が破裂した瞬間に目が覚める。
そう言えば岡山での幼少時代、町内の“きびだんご大食い大会”に出場して優勝したことがある。弟が内緒で応募。いやだったが、祖父が町内会の副会長をしていた関係上、断る訳にいかなかった。
それからかどうか分からないが、普段そうでもないのに、甘いものとなると人が変わったようにたくさん食べるようになった。夫からは、そのうち取り返しがつかないぐらい太るよといつも冷やかされている。確かに年々体重が増えているのも事実。自分でもかなり気にするようになっていた。
そんな時、図書館で借りて読んだのが、小川洋子の小説「シュガータイム」。小川洋子は、その独特の感性がけっこう気に入っている。読み始めた途端、過食症の主人公が自分とダブったのでビックリ。ただし小説では甘いものだけじゃなく、肉から野菜までなんでも手当たり次第に食べるという設定。なあんだ私なんてまだましじゃない、と妙に安心した。
だが読みながら気になったことがひとつ。主人公の恋人が別の女と突然ロシアへ移住するくだり。まさか自分の夫がそんなことにはと、不安が脳裏をよぎった。そう言えば最近帰宅が遅かったり、出張で外泊する回数が増えていた。
シュガータイム
貴美子は亭主と西梅田にいた。この辺りは最近ヒルトンプラザイースト&ウエスト、そしてハービスエントと大型商業施設が次々にオープン。かつてのビジネス街が、関西で最も洗練された大人の街へと変貌している。
大阪に住んでいる大学の同級生と、たまたま会う予定が昼間にあったので、亭主が京都出張から帰ってくるのに合わせて、久しぶりに外で夕食でもしようと、ここで待ち合わせをした。いざ来てみると、話には聞いていたが、駅周辺が再開発され、昔の面影がないぐらい様変わりしている。想像以上にモダンになった建物やディスプレイに、貴美子はいつになく興奮した。
「ねえ、同じブランドショップでも全然違うね」「ああ、僕なんて引いちゃうよ」「いいじゃない、めったに来ないんだから、楽しまなきゃ」と言いながら、ハービスエントの1Fにあるティファニーへ.。やけに多い警備員の数に驚きながら店内に足を踏み入れた途端、今までに感じたことがないような、まばゆい乳白色のライトと、それに照らされた宝石群が貴美子を圧倒した。
「すごいね、なんかゴージャス」「こんな店で買う奴いるんだよな」「あはは、そりゃいるんじゃない、世の中お金持ちなんて、いる所にはいるんだから」、と植田の顔を思い浮かべながらショーケースを見ていると、ひとつのペンダントが目に止まった。
「ねえ、これ素敵」「何だよこれ」「ダイヤのクロス、そんなに高くないよ、40万もあれば買えるじゃない」「冗談はやめてくれよ、僕みたいなサラリーマンじゃ到底無理、もう行こうよ」、と動揺する亭主に腕を無理に引っ張られながら店を出た。
そしてビルの中のレストランで食事した後に行ったのが、ヒルトンプラザイーストの2Fにある「B bar」。植田のお気に入りと聞いて貴美子は前から興味を持っていた。中に入るとなかなか洗練されたシックな雰囲気。まさにセレブ御用達って感じ。
「この店は3軒あって、東京の六本木ヒルズと丸の内、それとここだけなんだって」「よく知ってるなあ、誰から聞いたの?」「うん、お店のお客さん」「でもグラスとか、なんか高級そう」「だって”B bar”のBはバカラのB、この店はグラスだけじゃなくインテリアとかも全部バカラなんだよ」「へえー」
貴美子が、植田から薦められていたシングルモルトウィスキー、グレンリベット12年を、バカラのショットグラスで飲みながら亭主と話をしていると、天井のBOSEのスピーカーから、ヴァネッサ・ウィリアムスのヴォーカルが流れてきた。曲はバート・バカラックのバラード”Alfie”。かつてTVドラマの主題歌として聴いた憶えがある。バカラでバカラックなんて洒落のつもりかしらと独り言をつぶやきながら、さっきティファニーで見たダイヤのクロスを植田にねだって買ってもらおうと密かに考えていた。
Love Songs
◆シュガータイム
奈緒美は佐藤に誘われた日から、洋菓子の展示会が気になってしょうがない。もともと無類の甘いもの好き。特にケーキには目がない。休日に友人と美味しいケーキを求めて店のハシゴをすることもしばしば。あの日以来、毎晩ケーキビュッフェで大量にケーキを食べまくる夢を見る。そしてこれ以上食べられないと、風船のように膨らんだお腹が破裂した瞬間に目が覚める。
そう言えば岡山での幼少時代、町内の“きびだんご大食い大会”に出場して優勝したことがある。弟が内緒で応募。いやだったが、祖父が町内会の副会長をしていた関係上、断る訳にいかなかった。
それからかどうか分からないが、普段そうでもないのに、甘いものとなると人が変わったようにたくさん食べるようになった。夫からは、そのうち取り返しがつかないぐらい太るよといつも冷やかされている。確かに年々体重が増えているのも事実。自分でもかなり気にするようになっていた。
そんな時、図書館で借りて読んだのが、小川洋子の小説「シュガータイム」。小川洋子は、その独特の感性がけっこう気に入っている。読み始めた途端、過食症の主人公が自分とダブったのでビックリ。ただし小説では甘いものだけじゃなく、肉から野菜までなんでも手当たり次第に食べるという設定。なあんだ私なんてまだましじゃない、と妙に安心した。
だが読みながら気になったことがひとつ。主人公の恋人が別の女と突然ロシアへ移住するくだり。まさか自分の夫がそんなことにはと、不安が脳裏をよぎった。そう言えば最近帰宅が遅かったり、出張で外泊する回数が増えていた。
シュガータイム