はなバルーンblog

藤子不二雄や、好きな漫画・アニメの話がメイン(ネタバレもあるので要注意)

「上を下へのジレッタ 完全版」刊行

2008-11-03 23:05:43 | 手塚治虫
 藤子不二雄A先生が、旭日小綬章を受章された。
 「勲章」受章の基準などを自分があまりよく理解できていないので、正直言ってピンと来ないところもあるのだが、A先生がこれまで様々な漫画を描かれてきたことが評価されたという点で、ファンとして素直に嬉しい。
 A先生、おめでとうございます。



 と、A先生受章の話から始めたが、本日11月3日は手塚治虫先生の誕生日でもあるので、本文は手塚作品の話を書かせていただく。
 今年は「手塚治虫生誕80周年記念」イヤーとして各社から著作や関連本がたくさん出ているが、先月は実業之日本社より「上を下へのジレッタ 完全版」が出版された。


 この「上を下へのジレッタ 完全版」は、従来から出ていた単行本版に加えて雑誌連載初出版も全話収録しており、「完全版」の名にふさわしい内容と言える。
 以前にも実業之日本社は「人間ども集まれ! 完全版」を、ほぼ同じ装丁で出しているのだが、こちらは初出版が完全収録ではなく、結末部分の第4部・第5部170ページ+第3部以前で単行本と著しく内容の異なる部分の抜粋と言う中途半端な形だった。単行本とは正反対の展開だった初出版のラストを読めたのはありがたかったが、どうせなら初出版を完全収録して欲しいと思ったものだ。





2冊の「完全版」



 その点、今回の「上を下へのジレッタ」は第1話から最終話まで、各話扉やあらすじも含めて復刻されており、たしかに「完全版」と言える。
 ただ、「上を下へのジレッタ」は「人間ども集まれ!」と比べると、初出→単行本化での編集・改変が少ない。他の長編手塚作品と比べても、かなり素直に初出から単行本化されている方だと思う。だから、初出版も読後感は単行本版とほとんど変わらず、その点ではちょっと物足りなかった。

 初出ならではと言えるのは、セリフが全て描き文字であり、また大阪万博(単行本では「富士メトロポリス」)をはじめとする時事ネタが散見される事くらいだろうか。初出版と単行本版を比べると、セリフもほとんど変更されていない事がわかり、なかなか興味深い。
 結末も基本的に同じだが、単行本版を読み慣れていたので、それより2ページ少ない初出版のラストは実にあっけなく感じる。ページ左下の「おしまい」の文字がなければ、1枚落丁したのかと勘違いしそうだ。


 そもそも、「上を下へのジレッタ」は、単行本にきちんとまとまるまで、紆余曲折を経た作品だ。
 その経緯については講談社版全集のあとがきで手塚先生自身が触れているが、最初のホリデー・コミックス版は全1巻160ページの超ダイジェスト版でまともな単行本とは言い難く、次の奇想天外社版は出版社倒産の為に1巻で中断(藤子A先生の「ミス・ドラキュラ」も同様に4巻で中断)し、講談社版全集でようやく全2巻にまとまった。現在はこの全集版が定本となっており、今回の完全版でも、これが単行本版として収録されている。
 ホリデー・コミックス版は全集版よりさらに1ページ多い結末部分だけが「アナザー・エンディング」として4ページ掲載されている。欲を言えば、ホリデー・コミックス版も丸々収録したらよかったと思うが、さすがにそれでは本が分厚くなり過ぎるか。
 古書店では1,000円足らずで買える本なので、興味のある方はホリデー・コミックス版もお読みになるといいだろう。後半は、200ページ分の内容を50ページほどに縮めているため、凄まじい急展開だ。現行の単行本版と読み比べると、ある意味では面白い。


 「上を下へのジレッタ」は、軽めのノリと、ジレッタ&空腹変身のアイディアの組み合わせが面白くて好きな作品なのだが、膨大な数の手塚作品の中ではさほど有名ではなく、むしろマイナーな部類だろう。
 そんな作品ですら、初出版がセリフの改変などもなく(初出誌の現物と比較はしていないが、「キチガイ」などがそのままなので、おそらく特にいじっていないだろう)完全復刻されるのだから、いい時代だ。
 もっとも、出版社や手塚プロの事情としては、色々と出してきて復刻するネタに困った結果なのかも知れないが、それでも私のように「完全版」と付いていれば買ってしまうファンがいるから商売が成り立っているのだろう。



 そして、来年には真打ちとも言うべき「新宝島」初版本復刻が、小学館クリエイティブから刊行される。全面描き直しで出された講談社全集版から25年を経て、いよいよオリジナルの「新宝島」が読めるのだ。
 「新宝島」と言うと、「まんが道」のあすなろ編で満賀と才野が感激している場面の印象が非常に強い。おそらく、今オリジナル版を読んでも、満賀・才野=藤子両先生をはじめとする昭和22年の子供と同じ衝撃や感動を味わうことは出来ないだろうが、それでも楽しみだ。
 この前出た「地獄の水」はカバーがリバーシブルになっていて、裏返すとまさに初刊本そのままになる念の入った作りだった。「新宝島」も、極力オリジナルと同じ体裁での出版を期待したい。