2019年の終わりに

 今年も、あと3時間ほどで終わり。毎年恒例の、一年のまとめを書いておきたい。

 今年の後半は、このブログをほとんど更新できず、我ながら残念だ。その理由は色々あるのだが、ここに書けることは少ない。
 その「ここに書けること」の一つとして、10月~11月にかけての引っ越しがある。三年半ほど住んだ大阪市を後にして、別のところに移り住んだのだ。新居住地については、とりあえず伏せておくとしよう。近畿地方には変わりはないので、交通事情などにあまり変わりはない。
 そもそも、引っ越しの話が最初に出たのは7月だった。実家の敷地内に、人に貸していた家があるのだが、その人が引っ越すので家が空く。そこで、引っ越してはどうだろうという話になったのだ。実家の持ち家なので家賃が要らなくなるし、家族と近いところで住めるというのも、大きな意味がある。そこで、引っ越すことに決めたのだ。
 ただ、毎度の事ながら、荷物が多くて大変だった。最初から150箱の段ボールを用意してもらったが、それでも入りきらず、結局自分で梱包した段ボール箱は160箱となった。もちろん、引っ越すに当たって不要なものは処分したし、本だって100冊ほどは処分したのだが、それでも母数が大きすぎて、焼け石に水の状態だったのだ。
 引っ越し直後の家は、特にすさまじかった。ある一つの箱を動かすために、他の多くのものを動かさなければならなくなっており、さながらパズルゲームをやっている気分だった。「倉庫番」や「パズルボーイ」などのゲームが該当するだろうか。その頃の写真を撮っていないのは今となってはもったいないが、写真を撮っても何が何だかわからない状態なだけだったような気もする。
 ともかく、引っ越しは終わった。この引っ越した新居(と言うか、かなり古くに建てられた家だが)には色々と問題があるのだが、それについてはいずれまた書く機会があるかもしれない。今回は一年の振り返りなので、ここまでにしておく。
 引っ越し以外にも、主に家族関係で色々とあった一年だった。とは言っても、誰かが亡くなったとかそういうことは全くないのだが、ここに書くのははばかられるような、そういうことだ。幸いにも、12月までにそのすべてがほぼ解決したので、今は落ち着いた気分でいられる。

 個人的事情についてはここまでにして、次は趣味関連を振り返ろう。
 藤子不二雄関係については、まずはアニメ『ドラえもん』の40周年があった。アニメのOPを「ドラえもんのうた 40th」にしたりと40周年を祝う姿勢は見受けられたが、アニメ『ドラえもん』に関しては10月の放送枠移動に話題が全部持って行かれたような感じはある。それだけ、「金曜19時」という枠が長年続いて定着していたという証であろう。これから、アニメ『ドラえもん』がどうなるかはまだわからないが、基本的には子どもの観やすい枠でこれまで通り長く続けてくれれば、と思う。朝6時台とかはやめてほしいな。特に、ローカルセールス枠になってしまうと地方局でそういうことが起こりやすいので。そういう意味では土曜17時はまだいい方なんじゃないか。
 そして、年末からは原作漫画『ドラえもん』の50周年を祝う動きが活発になってきた。その先陣を切って刊行されたのが、てんとう虫コミックス『ドラえもん』第0巻だ。『ドラえもん』の連載第1回ばかりを初出版・カラーページ再現で収録しており、非常にユニークな単行本だと思う。手塚治虫作品と違って、藤子作品では「初出版」を売りにした単行本がこれまでなかったが、その先陣を切った形になるのかもしれない。今後、さらに『ドラえもん』初出版大全集を出してくれれば、非常に嬉しい。
 『ドラえもん』50周年記念に関しては、色々とまだ企画されているようなので、楽しみに続報を待ちたい。来年出るという「てんとう虫コミックス」全45巻の豪華版は、あまりそそられないが。
 『ドラえもん』については、グッズショップ「ドラえもん 未来デパート」の開店も大きなニュースとなったが、残念ながら私自身はまだこの店に行けていない。昨日まで東京に行ってはいたが、他の用事で疲れた上に長時間の待ち時間があると聞いて、行く気になれなかったのだ。そのうち、混雑が収まった頃に行ければと思っている。「ひい木」のバッチや「タヌキさいふ」ポーチなどマニア心をくすぐられる品はあるので、ぜひ手に入れたい。
 藤子A先生についても、色々と動きはあったのだが、前述のように今年の後半は特に私が多忙だったせいもあり、あまり追い切れていない。故郷・高岡での藤子不二雄A展などは、行ければ行きたかったところなのだが、それもかなわなかった。
 手塚治虫関係については、今年も「オリジナル版」の単行本がたくさん出たが、もうネタも尽きてきたのか、「間違い探し」レベルの作品が増えてきたように思う。正直言って、『ボンバ!』や『ガラスの城の記録』までオリジナル版が出るなんて、ちょっと前までは想像もできなかったくらいだ。

 テレビアニメでは、新作で唯一ブルーレイを買ったのは『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』なのだが、この作品の放送自体は昨年10月~12月だった。まあ、映画の『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』は今年の公開だったので、いいか。
 それ以外にも面白く楽しんで観た作品はたくさんあるが、映像ソフトを買うまでには至らなかった。観返すだけならテレビ放送の録画で事が足りてしまうこのご時世は、アニメを作っている人たちにとっては大変なんだろう。かと言って、今更画質をわざとSDに落として放送なんてできないだろうし。もしやったら、ものすごい苦情が来るんだろうな。

 アニメ関係で、忘れてはいけないのが7月に起きた京都アニメーション第一スタジオの放火殺人だ。
 衝撃という言葉だけではすまされない、ひどい事件だったとしか言いようがない。これまで数多くの京アニ作品に楽しませてもらった者としては、これほど悲しいことはなかった。亡くなった人々は絶対に戻っては来ないので、ただただ悲しい。今は、命を取り留めた方の一日も早いご回復をお祈りするばかりだ。そして、京アニがふたたびすばらしい作品を世に送り出してくれる事を祈りたい。

 今年も、このようにいろいろなことがあった。だらだらと書いていても仕方がないので、この辺にしておこう。
 願わくば、2020年がすべての人にとって、よい年でありますように。
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『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』について

 現在、CSのテレ朝チャンネルでテレビアニメ『じゃりン子チエ』と『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』が放映中だ。
 高畑勲監督による第1シリーズ『じゃりン子チエ』は有名なのでいいとして、問題は第2シリーズ『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』だ。1991年から1992年にかけて放映されたこの作品、関西ローカル放送(正確には、西日本の3局のみ)だったために知名度は極端に低く、第1シリーズのファンであっても観ていないという人も少なくないのではないか。
 そこで、今回はこの『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』について、語ってみようと思う。

 放映期間は1991年10月19日から1992年9月22日まで。約一年だが、全話数は39話しかない。これは、途中で何回か再放送と休止を挟んでいるからだ。
 そもそも、この作品はまずは全13話のシリーズとして企画されたもので、「好評ならどんどん作っていく」とされていた。放映枠は土曜17時で、前番組は『三丁目の夕日』(第19話以降、関西ローカルに移行)だった。土曜17時というのは第1シリーズの当初の放映枠と同じだが、第1シリーズと違うのは、関東での放映がなく、それどころか同時ネット局は一局もないローカル放送だったことだ。
 その後、年が明けて1992年2月になると、本作は枠移動する。火曜19時のゴールデンタイムに引っ越したのだ。当時、火曜19時と言えば『サザエさん』の再放送がやっていた時間帯で、あえてこの時間に持ってきたあたりに局の本気度がうかがえると言えよう。また、この作品が好評を持って迎えられたことの一つの証拠にもなるのではないか。なお、枠移動後の初回放送の視聴率は12.6%。『サザエさん』の再放送を裏に回して、十分に健闘した。
 そして、1992年3月には再放送を挟むこととなった。これは、当初全13話で制作が進んでいたために、第14話以降が間に合わなかったことによる措置だろう。

 この『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』のスタッフだが、第1シリーズに関わった人が多く参加していることが、特徴の一つだ。
 監督の横田和善氏は第1シリーズの各話演出で、キャラクター・デザインの才田俊次氏は同じく各話作画監督だったし、他にもプロデューサーの尾崎隠通氏や脚本の高屋敷英夫氏なども第1シリーズに引き続いての参加となっている。
 声優についても、極力第1シリーズと同じ人をキャスティングしようという姿勢が見られる。それでも、全員は集められなかったようで、ミツルやカルメラ兄弟、マサルにタカシと言ったキャラの声が変わってしまっているが、第1シリーズから8年たっていることを考えたら、かなりがんばった方だと思う。なにしろ、メインキャラとは言えない勘九郎やマサルの母なども同じ人がやっているのだから。
 ただ、声優変更で個人的に残念だったのは、マサルの声が変わったことだ。他のキャラはまだ許容範囲内なのだが、マサルに関してはまるっきり違うイメージで、しかも第1シリーズのような小憎らしさがうまく表現されていない印象を受けてしまうのだ。本作のマサルを演じた谷真佐茂氏についてはよく知らないが、声の感じからして当時の子役だったのではないか。

 演出に関しては、高畑勲監督が抜けたことで第1シリーズとは印象が変わったとも言われるが、原作の中盤のアニメ化としては妥当なところなのではないかと思う。初期のようなチエとテツの関係性をズバリ描くようなエピソード自体が、本作で描かれるあたりの原作にはあまりなかったのだ。
 本作の演出家としては、高畑勲監督の演出助手も務めたことのある片渕須直氏の回がおもしろい。片渕氏は本作の全体の約3分の1ほどの話数で、絵コンテ・演出もしくはそのいずれかを担当しており、本作の演出面を語るには欠かせない一人と言えるだろう。
 作画面では、京都アニメーションがローテーションに参加している点に注目したい。上宇都辰夫氏を作画監督として、原画には後に『涼宮ハルヒの憂鬱』で監督を務める石原立也氏もいて、若き日の京アニの面々の仕事の一つであるのだ。

 そして、本作で気になったのはシリーズ構成だ。原作を最初から順番にアニメ化していった第1シリーズとは違い、本作は原作の様々なエピソードからアニメ化に向く話を切り取ってアニメ化しており、第1クールは特にこの傾向が顕著だ。要するに、大河ドラマ的性格のある原作を無理矢理に一話完結にしているのだ。
 この結果として、たとえばカルメラ兄弟がラーメン屋を開くまでのいきさつはばっさりカットされて、いきなりラーメン屋開店のエピソードが作られることになるなど、そぎ落とされたエピソードが出る事になってしまった。
 また、第1シリーズの最終エピソードで登場した応援団長が再登場する話があるのだが、続きの話にもかかわらず第2クールの途中に挟まれるというやや無理のある構成になってしまったのも残念だ。これに関してはテツに次回予告のナレーションで「10年ぶりやな」とわざわざ言わせるなど、スタッフもわかってやっていたのではあろうが。
 さすがに、細切れのエピソードばかりでは無理があると判断されたのか、第2クール以降はある程度連続した話を選んでアニメ化されることになったが、それでもこの形式はちょっと残念だったと思わずにはいられない。

 なお、本作は全39話であるが、本放送では第36話までしか放映されていない。
 1992年9月いっぱいで火曜19時の枠での放映が終わって、10月からは再び土曜17時に戻ると告知されていたのだが、実際に土曜17時に戻ると、また第1話からの再放送となってしまったのだ。
 アニメージュのスタッフコメントを読む限りでは、10月以降も新作を続ける予定であったことがうかがえるので、急に製作打ち切りが決まったのかもしれない。このあたり、詳しく知りたいものだ。
 第37話から第39話も、再放送が続く中で放送されたのだとは思われるが、それがはたしていつだったのかははっきりしない。2000年頃にCSのキッズステーション(アニマックスだったかもしれない)で行われた放送では、確実に全39話が放映されていたのだが。これに関しては、私自身が録画して観たので間違いない。

 そんなこんなでうやむやのうちに放映が終わってしまったが、『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』も、決して悪い作品ではない。
 高畑演出以外は認めないという向きにはおすすめできないが、『じゃりン子チエ』のアニメをもっと観たいという人は、観ておいても損はないのではないだろうか。
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「15th memorial Live 2019」に行ってきた

 昨日、渋谷のduo MUSIC EXCANGEで開催された「15th memorial Live 2019」に、参加してきた。

 このライブは、2003年~2004年にかけてテレビ愛知をキー局として放映された某アニメの放映15周年を記念して開催されたものだが、チャリティーとして有志で行われたものなので、「大人の事情」で作品名やキャラクター名などを表に出すことができない。
 そんなわけで、この記事においてもその「お約束」を守って、作品名やキャラクター名は書かないようにする。正直なところ、非常に書きにくいのだが、そういう事になっているので仕方がない。
 なお、これはあくまで対外的なものであり、ライブの最中は作品名もキャラクター名も普通に出ていたことは、お断りしておく。

 とりあえず、セットリストを載せておこう。


・諸注意(土屋実紀)
・前説(伊東みやこ)

1.太陽の楽園 ~Promised Land~(全員)
2.Legend of Mermaid(全員)
3.恋はなんだろう(中田あすみ)
4.Ever Blue(寺門仁美)
5. 夢のその先へ(中田あすみ・寺門仁美・浅野まゆみ)
6.オーロラの風に乗って(小暮英麻・永田亮子)
7.KIZUNA(中田あすみ・寺門仁美・浅野まゆみ)
8.Legend of Mermaid ピアノバージョン(植田佳奈)

・トークコーナー(プリンセス6人)

9.Before the Moment(土屋実紀)
10.花と蝶のセレナーデ(小島めぐみ)
11.暗黒の翼(石塚さより)
12.黒の協奏曲 ~concerto~(土屋実紀・下屋則子)
13.闇のBAROQUE(土屋実紀・下屋則子)

・トークコーナー(悪役5人)

14.Piece of Love(浅野まゆみ)
15. 水色の旋律(寺門仁美)
16.MOTHER SYMPHONY(中田あすみ)
17. KODOU ~パーフェクト・ハーモニー~(中田あすみ・寺門仁美・浅野まゆみ・小暮英麻・永田亮子・植田佳奈)
18.希望の鐘音 ~Love goes on~(全員)

・アンコール

19.Legend of Mermaid(全員&観客)

・更にアンコール

・エンディング・クレジット(練習中の写真&各人のメッセージ)
・後説(伊東みやこ)


 以上、敬称は略させていただいた。
 いかがだろうか。この作品のヒット曲・名曲はほぼ網羅されており、非常に満足できる内容だった。

 なお、「Legend of Mermaid ピアノバージョン」で登場した植田佳奈さんと前説・後説の伊東みやこさんについては事前には情報が伏せられており、サプライズでの登場だった。特に、植田さんが出てきた時の会場の興奮具合はものすごく、ペンライトはすぐに続々とオレンジ色に切り替わっていった。
 それぞれの曲について感想を書いていくときりがないが、「恋はなんだろう」の「ヘイ!」や「オーロラの風に乗って」の「うれしくて」などのコールをバッチリ入れられたのは特に楽しく、嬉しかった。会場は700人がぎっしり入っており、まさに立錐の余地もないと言えるほどであったが、その一体感は非常に素晴らしかった。
 トークコーナーでは作品の楽しい裏話をいろいろと聞くことができたが、中田さんと寺門さんが揃って、作品の第1話を闇に葬りたいと思っているらしいのが特に印象的だった。確かに、実際に第1話の出来を見ると、気持ちはわからなくもないが。まあ、それだけ衝撃的な第1話だったと言うことで、あながち悪いだけでもないだろう。
 他にも、「ぐるぐるあわあわ」や「パンダパンだ」などのネタが出演者から忘れられていないと言うことがわかって、なんだか嬉しい気持ちだった。

 今回、作品の放送から15周年と言うことで、本放送当時に幼女だった若い女性の方々が多数参加されていたのが、特に印象的だった。
 もちろん、作品の本来の視聴者層から考えると当然のことなのだが、本放送に夢中になって放送を見ていたであろう元・幼女先輩たちの興奮具合は特に凄まじく、私の隣にもそうした人たちの一人がいたのだが、歌にもトークにもいちいち感激しまくっていて、横で見ていて微笑ましい気持ちになってしまった。
 誰でも、子供の頃に夢中になって見ていた作品は、一生心に残るものだ。そんな作品で、しかも歌が重要な要素であっただけに、これだけ多くの曲の数々を、生で聴けたのは本当に嬉しいことだったのだろう。
 もちろん、本放送時に幼女でなかった「大きいお友達」も、多数参加していた。それでも、元幼女の人の方が割合としては大きかったか。

 今回のライブは一年越しで準備されてきたとのことだが、期待を裏切らない素晴らしいライブになったと思う。
 あらためて、企画して下さった土屋実紀さんと、そして出演して下さった皆さん、さらには観客の元幼女先輩&大きいお友達の皆さんには、大いに御礼申し上げたい。
 今回は残念ながら来られなかったという人もいるだろうが、会場では20thに向けてのアンケートもとられていたので、もしかしたら5年後にもしかするかもしれない。もしその時が来たなら、今回同様に多いに盛り上がりたいものだ。今回は歌われなかった歌も聴けるかもしれないし。

 ひとまずは、皆さんおつかれさまでした。ありがとうございました。
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「平成」時代の終わりに

 あと少しで、30年ちょっと続いた「平成」の時代が終わりを迎える。そこで、この「平成」時代を振り返ってみたいと思う。

 思い返せば、「昭和」が終わって、「平成」になったのが、西暦で言うと1989年のこと。1月7日までが「昭和64年」で、1月8日からが「平成元年」となった。
 当時、私は中学生だった。ちょうど、冬休みが終わって学校が始まろうかという時期だった。ひさしぶりに登校したら、担任がこのことについてコメントを述べていたのが思い出される。
 「昭和」→「平成」の代替わりは、今回の「平成」→「令和」とは違って、昭和天皇の崩御によって起こったものであるので、今回のような一種お祭り騒ぎのような状況とは違い、落ち着いた雰囲気の中での「平成」開始だったように思う。
 よく言われるが、前年の1988年あたりから、「天皇のご容態」がテレビで頻繁に流れるようになり、イヤな予感がしていた人も多かったと思う。そんな中での出来事だったのだ。もちろん、今回のように一ヶ月も前に新元号が発表されると言うことはあり得ず、発表されたのは改元前日だった。

 そんな感じで「平成」時代に突入してから、はや30年。中学生だった私も、高校生、大学生、社会人と着実に歳をとってしまった。はっきり言えば、すっかりおっさんになってしまった。
 いずれにせよ、人生の4分の3以上を「平成」で過ごしてきたのだ。もう、「昭和」ははるか昔のことのように思える。

 その「平成」30年間で変わったこと、変わらないこと、いろいろとあったが、どちらかというと私自身については変わっていないことの方が多いように思う。
 中学生の時と変わらず、マンガを読んでアニメを観て楽しんでいるし、藤子不二雄作品や手塚治虫作品は未だに私の中で大きな位置を占めている。まあ、人の好みがそうそう変わるわけはないのだ。ある程度の年齢になれば、なおさらだろう。
 逆に、「変わった」事の代表格は、テレビ放送の録画に関することだろう。VHSからS-VHSを経て、DVDレコーダーへと変わり、現在はPCとBDレコーダーで運用している。
 「番組を選んでビデオテープに録画する」と言うのと、「録れるものを録れるだけHDDにとりあえず録画する」と言うのは、全く違う。PCや家電などで形態は違えど、HDDへの録画ができるようになったのは、ある意味では革命的であると思う。「平成」時代が始まった頃には、全く考えられなかったことだ。
 携帯オーディオがカセットテープによるものから、HDDにデータとして曲をためる形式になったのも、個人的にはかなりの変化だ。カセット時代はA面・B面でそれぞれ曲の収録時間を計算して、収録順や面の割り振りを考えていたものだが、そういった事が全く不要になり、プレイリストを作ればどんな順番でも再生できるようになったのだから。
 こうして考えてみると、テレビ録画にせよ音楽にせよ、デジタルデータをHDDやメモリーカードなどで扱えるようになったのは、非常に大きい。技術の進歩とは、ありがたいことだ。

 明日からの「令和」時代が、私にとってどんな時代になるか、それはまだわからない。
 しかし、今度は中年から老年に至る時代になるのは、間違いない。そんな中で、どのように生きていくか。などと書いてみたが、やっぱり金曜19時にはアニメ『ドラえもん』を観ているんだろうな。放送時間が変わりさえしなければ。考えてみれば、『ドラえもん』の放映枠も「昭和」時代から「平成」をまたいで「令和」まで変わらず放映されているのだから、これはすごいことだ。

 ともかく、私にとっては、「令和」が人生の後半生になるのだろうから、一日一日を大切に生きていきたい。そんなことを思った、「平成」最後の日だった。
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『映画ドラえもん のび太の 月面探査記』感想

 今年の映画ドラえもんは、これまででいちばん公開日が早く、3月1日の公開だった。翌日の2日には、公開された『映画ドラえもん のび太の 月面探査記』を観てきたので、例年通りこのブログに感想を書いておく。ここからの文章には映画の内容に触れる箇所があるので、未見の方はご注意ください


 まず、先に書いておくと、今年の映画は非常によかった。
 昨年の『のび太の宝島』は、個人的に「ストーリーがあまりに王道すぎた」ためにひねりがなくて、その点であまり楽しめなかったのだが、今作はちゃんと「ひねり」の展開が入っていたので後半に意外な展開で驚くことができて、非常に楽しめた。私がドラえもん映画に求めているのは、これなのだ。
 思い返せば、原作大長編ありのドラえもん映画でも、『のび太の大魔境』の「十人の外国人」や、『のび太と竜の騎士』の「聖域はドラえもんが作った」などの、結末であっと言わされる展開が好きだった。ここで挙げていない作品でも、藤子・F・不二雄先生は何らかの「おどろき」をストーリーに仕込んでいたように思う。

 で、今年の「ひねり」として面白かったのが何かと言えば、やはり「定説バッジ」の存在だろう。
 この定説バッジについては、まじめに考え始めると非常に謎の多い存在だと思う。そもそも、異説クラブメンバーズバッジ(とマイク)の存在によって成り立っているはずのノビットが作ったものなのだから、当然定説バッジ自体の存在も異説クラブメンバーズバッジがなくては成り立たないのか、とか、定説バッジと異説クラブメンバーズバッジの二重使用をしたらどうなるのか、とか、疑問は色々とわいてくる。
 それを、小さな子供にもわかりやすく見せようとして、今作ではノビットの作るものは「あべこべ」であることを何度も描いて強調しているのだ。脚本・演出ともに非常に入念な積み重ねがなされており、本来ドラえもん映画が子供のためのものであることをきちんとわかった上で作っているという点で、今作のスタッフは非常に信頼できる。

 さて、物語の要となる仕掛けについて先に触れてしまったが、全体のストーリーもよくできていた。
 短編「異説クラブメンバーズバッジ」をベースとしながら、カグヤ星の物語を織りまぜることで、見事に長編映画として成り立っていた。観ていて、どのようにカグヤ星が話に関わってくるのかあまり予想が付かなかったので、終盤までハラハラして楽しんで観ることができた。
 また、ストーリーもさることながら、今作では画面の隅にまでスタッフの遊び心が現れており、その点でも楽しめた。序盤は、映画ドラえもんとしては珍しく、学校が主な舞台となっていたので、のび太のクラスメートたちも勢揃いと言っていいほどたくさん登場しており、その中でも短編原作では一度しか登場していない「クラスでいちばんエッチなやつ」(本名不明)が、やけに存在感を発揮していたのが特に印象的だった。他にも、多目くんやクラスで二番のガリベンくん、あばら谷くんなどのび太のクラスメートに関しては、誰が出ているか探す楽しみもあると言えよう。早くも、映像ソフトの発売が楽しみな理由のひとつでもある。

 そして、本作のゲストとしてはルカをはじめとするエスパル11人とカメのモゾ、ノビットを含むムービットたちがいる。
 エスパルに関しては、ルカ・ルナ・アル以外の8人に関しては正直あまり印象にないのだが、これは11人もいれば仕方のないところだろう。それよりも、ともにマスコット的キャラとして描かれているノビットとモゾが、それぞれを食いあうこともなく、ちゃんと二人とも存在意義のあるキャラとして描かれていた点には感心させられた。
 それでいて、ノビットもモゾも、物語の終盤には単なるマスコットの枠を超えた活躍をするのだから、非常に周到なキャラクター配置だと思う。

 それに対して、敵キャラクターの親玉として登場するディアボロは、カグヤ星の破壊兵器そのものが意思を持った機械だった。これは、ドラえもんたちにカグヤ星人とはいえ生身の人間を倒させるわけには行かないという事情もあるのかもしれない。なんにせよ、最後の最後までしぶとい悪役として、印象には残るキャラクターだった。
 ちょっと残念だったのは、ゴダートの部下の扱いだ。ゴダートを裏切ったタラバなど、結局どうなったのかは描かれずじまいだった。まあ、どうせ「わすれろ草」で全てわすれさせられるだけだったのだろうが。

 ところで、映画前作の『のび太の宝島』あたりから際立ってきたように思うのだが、「ドラえもんの道具についていちいち説明しない」という点は、今回ちょっと気になった。
 はっきり言うと「地平線テープ作戦」だ。もちろん、原作の「地平線テープ」を読んでいれば、どんな作戦なのかはわかるのだが、これを全く説明なしで流してしまったのは、ちょっとひっかかった。とは言え、いちいち地平線テープの説明を入れるわけには行かない展開であるのもわかるし、難しいところではある。

 ついでに言っておけば、この映画に突っ込みどころがないわけではない。定説バッジをどうやって短期間で大量生産したのか、ドラえもんがなぜ宇宙船を気球型に改造したのか、ルカはどうやって転校してきたのか(これに関しては、小説版で言及あり)など。ただ、これらの突っ込みどころすら、スタッフが意図的に用意したもののような気もしてくるのだ。今作のスタッフならそれくらいはやりかねない、そんな気もする。

 ともかく、今作が映画ドラえもんのオリジナル作品ではひとつの頂点となった、そんな作品だと思う。来年の映画がどんな作品になるのか、それはまだわからない(おまけ映像を見ても、本当に予想が難しいのだ。「竜の騎士」リメイクなのか、「恐竜」再リメイクか、それともオリジナル?)が、もしオリジナル作品だとしたら、今作を超えるのはなかなか難しいだろう。
 なお、今作は小説版も読んだが、実際の映画との差異はあまりなかった。この小説版が、映画からさらにフィードバックされているのかどうかはわからないが、元の脚本の完成度が高かったのは間違いないだろう。ルカとのび太の最後のかけっこは、映画でも観たかった気はするが。
 と、言ったところで本稿は終わる。今作は、誰にでも勧められる「ドラえもん映画」だった、と最後に言っておこう。
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