JAZZ ART せんがわ2013
~ 野生に還る音 親密な関係 生きる芸術 ~
いい音が息づく
いい街が近づく
いい風を感じる
飼いならされた耳が大空にはばたく時 親密になることで知性が野性を連れて来る
よりローカルに よりワイルドに よりディープに
お祭りではなくてコミュニケーションの3日間 音楽は生命の力を育ててくれる
『
JAZZ ART せんがわ2013』
日程:2013年7月19日(金)~7月21日(日)
会場:調布市せんがわ劇場ほか
総合プロデューサー:巻上公一 プロデューサー:坂本弘道 藤原清登
今年で6回目になる巻上公一プロデュースの音楽フェスティバル。"JAZZ"と銘打っているが、巻上の弁によれば「ひと言で判られないフェスティバルを目指している。簡単じゃない、音楽も楽しくない。よく音を楽しむのが音楽だと言われるが、冗談じゃない。"音楽"という言葉はあとから作られたのであって、音の方が先にあった。だからなるべくたいへんな音楽をやっている、というのがこのフェスティバルの目的。3人しか入れないJAZZ屏風だとか、小さいことを活かせるフェスティバルにしたいと思っています。」とのこと。ラインナップを見れば一目瞭然だが、いわゆる真っ当な「ジャズ」はひとつもない。かといってロックでもクラシックでも前衛音楽でもない。言葉やジャンルで言い表せないややこしい音楽と出会える世界的にもユニーク極まりないフェスである。
JAZZ ART せんがわ2013は7月19日(金)~7月21日(日)の三日間に亘って、調布市せんがわ劇場とJenny's Kitchenの二つの会場を中心にしたライヴ公演とワークショップ、街中での移動式極小ライヴスペース「CLUB JAZZ屏風」とオープンステージが開催され、参加アーティストは総勢64組に上る。本レポートでは筆者が体験した公演・イベントのみ記すこととする。
●はせんがわ劇場、○はJenny's Kitchenでの公演。
(写真の撮影・掲載については主催者の許可を得ています。以下同)
汗ばむような好天に恵まれ、仙川の街もリゾート気分に溢れている。こじんまりした私鉄沿線の駅だが、駅前の商店街はなかなか充実しており、フェスティバルとは関係ない買い物客もどことなく足取り軽く浮かれているように見える。駅前広場にJAZZ屏風が設置されており、親子連れが興味深そうに覗いている。歩いて3分のせんがわ劇場入口には開場を待つ熱心なファンが集まっている。
◆7月20日(土)
●Double Live Painting!! 黒田征太郎+荒井良二+坂本弘道(cello)
フェス二日目、せんがわ劇場の最初のアクトは、フェスティバルのプロデューサーのひとり、坂本弘道のチェロ演奏と、黒田征太郎と荒井良二によるライヴペイティングの共演。親子程に世代の離れた黒田と荒井だが、どちらも絵本作家として活躍しており、荒井は黒田に憧れていたというので、出会うべくして出会った共演と言えよう。飽き易い子供のお絵描き遊びのように、気紛れな感性の赴くままに、絵は次々塗り替えられ色と形が変化する。坂本のグラインダーやドリル、鉛筆や鉛筆削り、様々なオブジェを使った奏法も子供の遊びに通じる。童心に帰った絵と音楽のゲームと考えれば、無心で楽しめた。
○BRIGHT MOMENTS[高岡大祐(tuba)、有本羅人(tp)、橋本達哉(ds)]
もうひとつの会場Jenny's Kitchenはせんがわ劇場から徒歩7分。ロフト風のスタジオで、演奏者に応じて会場レイアウトが変更可能。メイン会場のせんがわ劇場に比べて、若手による実験的な試みも多く、かつてのピットイン・ニュージャズホールはこんな雰囲気だったのか?と想像が広がる。BRIGHT MOMENTは即興チューバの第一人者、というより唯一の、と形容しても嘘ではない高岡大祐を中心にした関西出身のチューバ/トランペット&バスクラリネット/ドラムのトリオ。編成もユニークだが、微弱音演奏に始まり、ドラムと管楽器が交互に強弱を入れ替える曲や、ソロ演奏に他のふたりが絡みつく曲など演奏自体独特。「このトリオは音量と音色のコントロールが最大のテーマ」と高岡が語る。譜面には音符ではなく、言葉で指示が書かれているだけ。「こんな楽譜で演奏しているのは自分たちだけだろう、と思っていたら、ジム・オルークも使っていた」と言っていたが、演奏コンセプトとしては世界随一であろう。関西以外で演奏することは滅多に無いトリオを観れたことは、大きな収穫だった。
●Superterz + Koho Mori-Newton & SIMON BERNS
スーパーテルツはスイス人のマルセル(g,ds)とラビ(electro,syn)のファイド兄弟によるエレクトロノイズグループ。ライヴの際にはゲストミュージシャンを迎える。この日はシモン・ベルツ(ds,創作楽器)と森ニュートン・幸峰(創作楽器)がゲスト。ステージと天井を繋いだスチール弦のオブジェ楽器を森が演奏し、ラビがステージ中央でラッパーのように踊りながら電子楽器を操作。ラビとシモンのツインドラムのビートが絡み合い、ノイジーだが人間味のある演奏。彼らの電子機材と創作楽器のセッティングに時間がかかり、30分程開演が遅れたため、Jenny's Kitchenの進行とズレが生じた。
○aqua jade
Haco (vocal, electronics) + 今西玲子 (箏, effects)
80年代アヴァンポップグループ、After Dinnerで活躍し、海外でも高く評価されたヴォイスパフォーマーのHacoと、箏とエレクトロニクスによる革新的演奏で多面的な活動を繰り広げる今西玲子のデュオ。幻想的なヴォーカリゼーションを和風のサウンドでバックアップするサウンドは、不思議な浮遊感があり、聴き手を癒す効果がある。
●藤原清登 + 灰野敬二
巻上が語る「楽しくない」「たいへんな」音楽にピッタリなのが「モダンベースの王者」と「魂を司る司祭」によるデュオ。初顔合わせのジャズとロックの求道家の共演は、溶け合ったりぶつかったりを繰り返しながらも、即興演奏本来の厳しさと美しさを体現する強力な結晶体になった。ヴォイスとパーカッション&ダンスによる灰野の演奏は、トレードマークの爆音ギターとは異なり音量は抑えめだが、屹立する強靭な魂の力の圧倒的な存在感を見せつけた。それに負けず柔軟なインプロヴィゼーションを貫いた藤原もまた即興の鬼である。
○Third Person Workshop [梅津和時(sax/cl)、サム・ベネット(perc)] withあなた!
70年代から現代に至るまで第一線で活躍を続けるマルチリード奏者、梅津和時と、アメリカから日本へ移住した打楽器奏者、サム・ベネットのふたりがゲスト演奏家を迎えて展開するユニット、サード・パーソン(第三の人物)が、一般から参加者を募って共演するワークショップ。素人プレイヤーに手ほどきするのか、と思ったら、いきなり本気モード、まったく手加減なしのセッションを展開。ふたりに感化されて参加者も気合いの入ったプレイを繰り広げる。オーディションをしたのかどうかは判らないが、どの参加者もかなりの演奏テクニックと舞台度胸があるのに感心した。下手に気を使い試運転するより、ぶっつけ本番の方が潜在的な能力が発揮されるのかもしれない。
●ヒカシュー with ローレン・ニュートン(Vo)
[巻上公一(vo,theremin,cornet)、三田超人(g)、坂出雅海(b)、清水一登 (pf,Syn,B.Cl.)、佐藤正治(dr,perc)]
1978年デビュー当時は「テクノポップ」と呼ばれていたヒカシューは、ブーム終焉後も変態音楽の急先鋒として独自のスタンスを築き上げ、ジャンルを超越した音楽グループとして海外でも評価が高い。巻上の超絶歌唱やホーミー、テルミン、コルネットをはじめ、どのメンバーも一筋縄では行かない個性派揃い。ゲストにアメリカ出身で、自分の身体そのものを楽器として使うヴォイス・パフォーマー、ローレン・ニュートンを迎えた演奏は、今までの変態性に加え、さらにレベルの高い音楽革命運動へと突入したヒカシューの未来地図を描いていた。
◆7月21日(日)
●Third Person [梅津和時(sax,cl)、サム・ベネット(perc)] + 佐藤允彦(pf)
「第三の人物」が前日のJenny's Kitchenに続き、せんがわ劇場に出演。ゲストに日本フリージャズのオリジネーター、佐藤允彦を迎え、豊穣な演奏を繰り広げる。ストイックな佐藤のプレイに対して、声や身体全体を使って演奏するベネットと、遊び心たっぷりの梅津のスタイルが見事に調和して、即興初心者にも判り易いポップかつアヴァンギャルドな演奏を聴かせた。
○広瀬淳二ソロ
フリージャズ・サックス奏者としては日本を代表する存在の広瀬は、一方で音響彫刻家という顔もある。今回の珍しいソロ公演では、前半テナーサックスのノンブレス奏法による超絶演奏、後半は広瀬の自作楽器 SSI (self-made sound instrument) のノイズ演奏を披露。今回初披露のSSI-7,8は写真で判る通り、ベッドのスプリングや空缶、金属製のプレートを組み合わせたガラクタ楽器。それを佇んだまま空気噴射機で鳴らすので、楽器演奏と呼んでいいのか迷うところ。風の当たり具合、金属の共鳴の変化により音色・音量が変わる。マッドサイエンティストによる音響実験室と表現したい不思議な体験だった。
●Jazz Art Trio[藤原清登(b)、坂本弘道(cello)、巻上公一(vo)] + 山田せつ子(ダンス)
JAZZ ART せんがわのプロデューサー3人が勢揃い、フェスティバルの頂上決戦と言えるセッション。巻上の洒脱な面が支配するかと予想したら、見事に裏切るシリアスな三つ巴の真剣勝負。ダンサー山田せつ子が動きのあるパフォーマンスで花を添えたとはいえ、全編を通して極めてアーティスティックな探究心が流れていることに感銘を受ける。終演後の3人の笑顔にフェスティバルの成功とともに、最高のパートナーと演奏を通してコミュニケイトすることの歓びが溢れていた。
○KILLER-OMA(鈴木勲(b) × KILLER-BONG)
実験道場=Jenny's Kitchenの最後を締めるのは、今回の出演陣の中で最も謎に満ち、最も異色で、最も画期的なコラボレーション。ヒップホップDJ兼ラッパーのキラーボンは、Black Smokerという自主レーベルを主宰し、ディープなヒップホップ作品をリリースすると共に、ロックやポップやノイズと積極的にコラボレートし、ジャンルを超えた実験的作品もリリースしている。そのひとつが「JAZZ GOD FATHER」オマさんこと鈴木勲との共演作『KILLER-OMA』である。鈴木は60年に亘る演奏活動の中でウッドベース奏者として様々なジャズ革命に参加してきた。その意欲は80歳を迎えた現在でも衰えることはない。ヒップホップ手法のエッセンスを抽出した濃厚なキラーボンのエレクトロビートの中、歪んだ音でドライヴするベースプレイは、ジャズの教科書にはやってはいけない演奏例として挙げられているかも知れない。規則を破ってこそ真の革新が生まれる。掟破りのふたりの共演はこのフェスティバルのみならず、ジャズ全体の未来への希望の光と言えるのではなかろうか。
●John Zorn's COBRA ジム・オルーク部隊
[ジム・オルーク、波多野敦子、須藤俊明、山本達久、石橋英子、トンチ、ユザーン 、五木田智央、千葉広樹、巻上公一、坂口光央] ほか
ファスティバルの大団円は、ジョン・ゾーンが1984年に考案したゲーム理論に基づいた即興演奏スタイル、ジョン・ゾーンズ・コブラ。当時から日本の即興音楽家を魅了し、数々の日本人演奏家により実践されてきた。現在でも巻上公一を中心に継承されている。何度説明されてもゲームのルールは理解できないが、プロンプターのコミカルな動きと演奏者の反応が面白い。演奏内容を云々するより、ステージ上で繰り広げられる人間味に溢れたゲームの成り行きを観て楽しむのがベスト。贔屓の演奏者がいれば、その行動に注目するのも楽しい。一方でコブラを超える革新的即興演奏理論が生まれていないことも確か。コブラ誕生から30年経つので、そろそろ新たなる演奏スタイルの登場を期待したいところではある。
終演後の挨拶で巻上が「年々予算が厳しくなる中、来年も開催するためには多くの人の支持が必要。もっとたくさんの人に観て欲しい。」と語っていた。日本各地で予算不足のため文化事業が縮小傾向にあることは間違いない。調布市がどこまで支援してくれるかは判らないが、世界的にも唯一無二のこのフェスティバルの歴史を中断することがあってはならない。そのためには主催者やスタッフ、演奏家、調布市民だけではなく、日本全国の心ある音楽ファンの理解と支援が不可欠だろう。
せんがわの
希望の灯火
消すべからず
一個人として、フェスティバル継続のために何が出来るか、考えていきたいと強く思う。