80年代半ばサイケのレコードを集め始めたころは、PsychoやEvaなどの再発レコードだけでは飽き足らず、中古盤屋でそれらしいレコードを買い漁った。特に海外出張の時は仕事の合間の電話帳でレコード店を探して中古レコード漁りに精を出したものだ。サイケのガイドブックに載っているレア盤を見つけることもあったが、ほとんどはジャケットと年代を頼りにサイケっぽいオーラのあるレコードを一か八かで買ってきた。いわゆるジャケ買いである。期待通りのオブスキュア・サイケを引き当てることもあったが、空振りも多かった。ジャケだけカラフルな曼荼羅模様で、中身はありがちなポップスやフォークやブルースのレコードも多い。その中でも特に騙されがちなのが、バブルガムポップと呼ばれるティーンエイジャー向けのポップ・ミュージックである。童謡のように覚えやすい歌詞とメロディーとシンプルなリズムを持ったポップスに、明るく派手なヴィジュアルを加えたバブルガムポップは、一見ガレージパンクやサイケポップと見分けがつかない。実際シタールやサウンドエフェクトを多用した曲もあるので、サイケといってもおかしくはない。「甘いお菓子がおいちいおいちい」とか「おやつはよく噛み噛みして食べましょう」なんて中身のない歌詞は英語圏の大人にとっては馬鹿らしくて耐えられないだろうが、日本人には関係ない。あまりに芸がない馬鹿の一つ覚えのバブルガムポップは勘弁だが、60年代ポップスの進化形としてもバブルガムなら筆者の好物である。
バブルガムポップの代表的なバンドが、ブッダ・レコード傘下に音楽プロデューサーのジェフリー・カッツとソングライターのジェリー・カセネッツが設立したスーパーKプロダクションが手掛けた1910フルーツガム・カンパニー、レモン・パイパーズ、オハイオ・エクスプレスである。サイケ文脈で言えば、エレクトリックシタールを使ったヒット曲「マイ・グリーン・タンバリン」を放ったレモン・パイパーズが相応しいが、筆者が偏愛するのはオハイオ・エクスプレスである。その理由は彼らの代表曲「ヤミー・ヤミー・ヤミー」をレジデンツが76年の2ndアルバム『ザ・サード・ライヒンロール』でカヴァーしていたからである。60年代ヒットパレードを切り刻んで再構成したこのアルバムは、筆者のガレージパンクやサイケ体験のルーツでもある。
The Residents - Yummy Yummy Yummy
まるで「闇、闇、闇」と歌っているような悪夢のレジデンツに対し、1968年に全米4位ヒットとなったオハイオ・エクスプレスのオリジナル・ヴァージョンは「Yummy Yummy Yummy(うまうまうま)」という幼児語を繰り返す白痴っぽい根明ポップス。「TIME」誌の史上最もバカげた曲にも選出されている。でも「ヤミー」という言葉が日本の女子高生も使うほど市民権を得た今聴くと、ガレージパンクに通じるパワーポップで決して悪くない。
OHIO EXPRESS - Yummy Yummy Yummy (1968)
続く全米15位ヒット曲「チューイ・チューイ」も”甘いあまーいお菓子を噛み噛みするようにあの子が好き好き好きなのさ”という白痴っぷりに磨きがかかったラヴソング。甘ったるい鼻声ヴォーカルがべとつくような暑苦しさを演出する。
Ohio Express - Chewy Chewy (1969)
69年の30位ヒット曲「マーシー」は”お慈悲をお慈悲を僕にお慈悲を下さい”と歌う嘆願系ラヴソング。もはや無邪気を通り越して商売上手な作り笑いに厭らしささえ感じてしまうが、商業ポップスならぼそれが正解だろう。
Ohio Express - Mercy (1969)
ところでこのバンド、ジャケット写真に写っているメンバーはレコーディングに参加していない架空のユニットとして知られている。スーパーKプロダクションが、様々なミュージシャンやアーティストの音楽をリリースするために使用していたブランド名がオハイオ・エクスプレスだった。デビュー曲「ベッグ・ボロウ&スティール」は、ニューヨークのローカル・ガレージバンド、レア・ブリードの曲を流用し、オハイオ・エクスプレス名義でリリースした、タイトル通りの盗用ナンバーだった。
The Ohio Express - Beg, Borrow and Steal
この曲がスマッシュヒットしたため、急遽オハイオのローカルバンドSir Timothy & the Royalsをスカウトし、オハイオ・エクスプレスとしてコンサート・ツアーが組まれた。しかしレコーディングはニューヨークでスタジオ・ミュージシャンをつかっておこなわれた。アルバムにはさらに別のバンドの音源もオハイオ・エクスプレスとして収録されている。68年「ヤミー・ヤミー・ヤミー」以降のシングルは、ソングライターのジョーイ・レヴィンがリードヴォーカルを務めることが多くなった。69年にレヴィンが去ったのちは、10cc結成前のグレアム・グールドマンの曲がシングルカットされたりもした。
Ohio Express - Sausalito (Kevin Godley; Lol Creme; Eric Stewart and Graham Gouldman)
つまり、オハイオ・エクスプレスのアルバムは単一のバンドのレコードではなく、いくつかのユニットのコンピレーションと考えるのが分かりやすい。全体がバブルガムポップの馬鹿っぽいイメージで統一されているので、出来不出来があっても寄せ集め感はあまり感じない。特に最初の2枚『ベッグ・ボロウ&スティール』(67)と『オハイオ・エクスプレス(ヤミー・ヤミー・ヤミー)』(68)には、生々しいガレージパンクや、幻想的なサイケデリックポップが収められており、B級サイケ愛好家におススメである。
いっぽう、ニューシングルが出てもツアー用のバンドに知らされないこともあり、コンサートで最新ヒットを演奏できないという体たらくぶりもあったという。ジャケットに映っている5人が果たしてツアーバンドのメンバーなのかどうかもはっきりしない。1972年にプロジェクトとしてのオハイオ・エクスプレスが消滅したのちも、ツアーバンドのメンバーはオハイオ・エクスプレス名義で活動を続けていた。敬意を表してメンバーを記しておこう。 Dale Powers (vocals, lead guitar), Doug Grassel (rhythm guitar), Dean Kastran (bass), Jim Pfahler (keyboards), Tim Corwin (drums)。現在はオリジナル・ドラマーのティム・コーウェインがヴォーカルを務めて活動しているようだ。
The Ohio Express
オハイオは
ディーヴォやペル・ウブ
生んだ州