Kikanju Baku(キカンジュ・バク)という奇妙なミュージシャンを初めて知ったのは、シカゴ派フリー・ジャズを代表するリード奏者ロスコー・ミッチェルの2014年のアルバム『Conversation』だった。2013年9月カリフォルニアのスタジオで録音されたトリオ編成の2枚組アルバム。ニューヨーク即興シーンで活躍するピアニスト/キーボード奏者のクレイグ・テイボーンと共に参加しているドラマーがキカンジュ・バクだった。
Roscoe Mitchell With Craig Taborn And Kikanju Baku / Conversations I
(Wide Hive Records – WH-0317 / 2014)
Roscoe Mitchell With Craig Taborn And Kikanju Baku / Conversations II
(Wide Hive Records – WH-0319 / 2014)
ジャケット写真ではニット帽で顔を隠していて人種も国籍も不明だが、日本語ローマ字風の名前から,2000年代に海外でも活躍した日本人DJ/トラックメイカーのDJ Bakuを思い起こし、グラフィックアート風のジャケットも相まって、クラブ/ソウルジャズ系かと勘違いしてしまった。しかしレコードに針を下した瞬間から超ハードコアなフリー・インプロヴィゼーションの嵐に巻き込まれ、驚く以上に歓喜に震えた(当然ながらロスコー・ミッチェルがクラブ・ジャズをやるわけがない)。何よりも三者が対等に渡り合う緊張感とスリルに快感中枢が刺激された。特にキカンジュ・バクのドラムは、情念的なアメリカのフリージャズよりもヨーロピアン・フリー・ミュージックに近いクールかつアブストラクトなスタイルを持ちながらも、従来の即興音楽とは異なる物音/ノイズ的なトラッシュ感覚にあふれており、それに刺激されたように当時73歳のロスコー・ミッチェルが年齢・芸歴を感じさせない瑞々しいプレイを聴かせる。理知的な印象があるクレイグ・テイボーンの理性を投げ捨てたような激情ピアノも面白い。
Roscoe Mitchell /Craig Taborn/Kikanju Baku - Darse
その3年後、2017年にECMからリリースされたロスコー・ミッチェルの2枚組アルバム『Bells For The South Side』は、2015年9月シカゴで開催されたAACM50周年記念コンサートでミッチェルの4つのトリオのメンバーが一堂に会したライヴ録音だった。
Roscoe Mitchell / Bells For The South Side
(ECM Records – ECM 2494/95 / 2017)
ここでも、クレイグ・テイボーンとともにキカンジュ・バクが参加し、タイショーン・ソーリー、ウィリアム・ワイナント、タニ・タバルといったベテラン・ドラマーの向こうを張って爆裂プレイを聴かる。ロスコー・ミッチェルはライナーノーツでキカンジュ・バクとの出会いをこう語っている。
「ロンドンのCafe Otoに出演した時、ロンドンの若いドラマー、キカンジュ・バクが一緒にプレイしたい、という大胆なEメールを送ってきた。添付されていた彼の音楽を聴いたら強烈な印象を受けて、Cafe Oto第二夜ジョン・エドワーズとタニ・タバルとのトリオ・ライヴに彼を呼んで共演した。コンサートのすぐ後に、90年代後半から私のバンドでコラボしているクレイグ・テイボーンを加えてトリオを結成したんだ。」
大胆な売り込みが功を奏した異例の抜擢だが、それはキカンジュの演奏の素晴らしさの証明である。
Roscoe Mitchell – Bells for the South Side
奇妙な名前と激烈ドラムは心に刻まれたものの、それ以上キカンジュ・バクのことを調べることもなく2年半が経った今年の4月初旬、新型コロナウィルス感染拡大予防の自粛期間の徒然にクリス・ピッツィオコスの近況を調べていたところ、聞いたこともないアルバムにピッツィオコスが参加していることを発見した。それが2019年11月リリースの『Kikanju Baku And Citizens Of Nowhere / No Justice = Justification』だった。まさかピッツィオコスとキカンジュ・バクが繋がるとは驚きだった。しかし、そもそもクリス・ピッツィオコスとNY即興シーンを筆者が"発見"したのは、メアリー・ハルヴァーソン経由で知ったドラマー、ケヴィン・シェアをYouTubeで検索していて偶然出てきた動画だった。即興だけに偶然の連鎖で、今回の"繋がり"は必然かもしれない。
Kikanju Baku And Citizens Of Nowhere / No Justice = Justification
(Ethnicity Against The Error – 003 / 2019)
正確には『Revolt Against State Simulated Stockholm Syndrome』と『No Justice = Justification』のCD2枚組。キカンジュ・バクの自主レーベルEthnicity Against The Errorから2019年に限定500セットでリリースされた。クリス・ピッツィオコス(as)、ワシントンDC出身のベーシスト、ルーク・スチュワート(b)とキカンジュ・バクからなる「コンカッション・プロジェクタイル・トリオ Concussion Projectile Trio (脳しんとう発射トリオ)」、バクとMad Hwa(vo)、Reg Bloor(g)、886VGことIgnacio Ruz(noise)による「コンダイン Condign(尊厳)」、バクとNils Asheber(spoken words)のデュオの3組の演奏が収録されている。コンカッション~は2018年1月にロンドンのバクのルーム・スタジオで録音された音源。完全即興による荒削りながらもエネルギッシュな爆裂プレイは、2015年に初めてピッツィオコスを知った時の衝撃を思い出させてくれる。コンダインはジャンクでローファイなノイズコア、Baku/Asheberは即興アジテーション。戦場・軍隊・難民・差別をテーマにしたアートワークやタイトルは、初期のパンク、レゲエ、ラップ/ヒップホップなどのRebel Music(反逆の音楽)に通じる。
Condign – (Abrasions one) Kikanju, Ruz, Captain Gorgon; early stages outpourings, Ldn 2018
キカンジュ・バクの公式サイトを見ると、同様に政治や犯罪、社会問題に関連する過剰なステイトメント(声明)に溢れており、日本人には(おそらく英語圏の人でも)理解困難な単語や表現のオンパレード。彼が主催したイベントやコンサートの写真も掲載されており、多様な文化背景を持つ人々が集まるDIYなスタイルであることわかる。日本語やハングルを交えたB級エログロ・ナンセンスなグラフィックも文化的ミクスチャーの表れだろう。秘密結社的な自主レーベルから数多くの作品をCD,CD-R,カセットテープでリリースしており、様々なプロジェクトが収録されたコンピレーション作品も多数あって、内容の解読に苦労する。こうした訳のわからなさ・混沌・曖昧性は、地下音楽の醍醐味のひとつであり、カオスを提示する挑発的な音楽スタイルと共に、地下音楽愛好家の興味を惹いて止まない。
<Selected Discography>
Kikanju Baku, James Fei / No One Teaches The Snake To Strike
(Ethnicity Against The Error – 002 / 2017)
ロスコー・ミッチェルとの共演で知られる台湾生まれのマルチ・リード/エレクトロニクス奏者ジェイムズ・フェイとのデュオ作。
Michael Gregory Jackson - Kikanju Baku - Joseph Daley / Endogeny & Exogamy
(Ethnicity Against The Error – 001 / 2015)
オリヴァー・レイクやデヴィッド・マレイとの共演で知られるギタリスト/シンガーソングライターのマイケル・グレゴリー・ジャクソンと、サム・リヴァースとの共演でしられるチューバ奏者ジョセフ・ダレイとのコラボ作。
Concussion Projectile Trio / Enko Ecto Explo ep
(No Label self release / 2018)
NY即興シーンの雄クリス・ピッツィオコスとワシントンDC出身ベーシスト、ルーク・スチュワートとのトリオの4曲入1st EP。
なんと下記リンクから無料ダウンロード可能。
Enko Ecto Explo
公式サイトでさまざまな音源が試聴・ダウンロードできる。
KIKANJU BAKU がき しどしゃ
キカンジュ・バク
叩くドラムは
機関銃?
これから数回にわたってこの武闘派ドラマーの謎に迫っていく。乞うご期待!