昨日ザ・クロマニヨンズのライヴレポートを投稿した直後に、初のライヴCD『ザ・クロマニヨンズ ツアー 2013 イエティ 対 クロマニヨン』のリリースが発表になり、ナイスタイミング!と喜んでいたら、今朝届いたメールマガジンで、UKロックの雄ドッジ―もライヴ盤をリリースするという情報を知った。BBCライヴのコンピCDはあったが、正式なライヴ盤は初めて。マイ・フェイヴァリット・バンド2組が揃って実況録音盤をリリースするとは、やはりロックは現場主義!と実感。
復活後の順調な活動に感慨を覚えながらドッジ―のサイトを眺めていたら、感激の映像を発見。まずはご覧いただきたい。
何とロイヤル・アルバート・ホールで代表曲「グッド・イナフ」を1200人の少年少女合唱団と共演している。本人は勿論、子供たちや指揮者の女性の楽しそうな姿が感動的。青少年音楽フェスでの演奏らしいが、祭り好きなドッジ―にはピッタリ。彼らは子供たちの楽器演奏を援助する活動も行っているようだ。90年代の「闘うフラワーチルドレン」はおっさんになっても社会運動とリンクしている。デビューから20余年経った今、このブリットポッパーに再び陽の光が当たっているのは間違いない。
そんなドッジ―の最新インタビューがイギリスのstereoboard.comに掲載されていたので日本語訳を無断掲載。ステレオボードは日本でいえばチケットぴあやイープラス、ローチケのようなチケット販売サイトである。
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危険な(Dodgy)キャラクター:ブリットポップの愛すべき悪党の帰還
ブリットポップの時代が遠くなり記憶が霞むとともに、2つの象徴的存在以外にも、多くの登場人物が、良かれ悪しかれ同じ標識を付けられ、シーンに大きな貢献をしたことが忘れられがちである。
一般にはブラーとオアシスがチャートを席巻したことになっているが、それ以外にもジーンやメンズウェアやスリーパー、よりメジャーなシェッド・セヴン、スウェード、スーパーグラスなどもチャートの常連だった。
そういったバンドの間のどこかに座を占めるのがミッドランド経由ハンズロー出身のトリオ、ドッジ―である。「ステイング・アウト・フォー・ザ・サマー」、「イン・ア・ルーム」、全英4位ヒットの「グッド・イナフ」といった"ハッピーゴーラッキーな"ヒットを放った全盛期には彼らの話題は尽きることがなかった。実際キックオフツアーで彼らをサポートしたのはオアシスだった。
90年代半ばのピーク後のこの愛すべき悪党を見失った人には意外なことに、1998年にナイジェル・クラークが脱退した後も、新しいラインナップでドッジ―の活動は続き、2001年に『Real Estate』をリリースして解散した。
有りそうになかったオリジナル・スリーピースの再結成は、残念ながら悲劇的な状況下で2007年に実現した。結成から20年後の2012年にリリースしたニュー・アルバム『Stand Upright In A Cold Place』は評論家から称賛され、最近のBack To Backツアーでは、新作と1993年のデビュー作『ザ・ドッジー・アルバム』の全曲演奏を披露した。
新しいライヴ・アルバムは最近のツアーから最高の演奏を収録している。リリース記念イベントが11月23日ロンドンのジャズ・カフェで開催され、往年のグレイテスト・ヒッツと共に新曲も披露される。ステレオボードは、忙しいスケジュールの中ドラマーのマシュー・プリーストを捕まえ、彼らの最新動向と思い出を辿ることに成功した。
1998年にオリジナル・ラインナップが分裂した時、ナイジェルのソロ志向と家族とより多くの時間を過ごしたいということが大きな理由だと言われたが、もう少し辛辣だったと仄めかす情報もある。実際には何が起こったのでしょうか?
ナイジに90年代半ばに立て続けに二人の子供が生まれた。マネージャーもアンディも僕もそれがどんなことか理解できず、ナイジに大きなプレッシャーがかかった。また、4年間一生懸命ギグとレコーディングに励んだ結果、やっと96年に「グッド・イナフ」でブレイクした時、彼は「こんなものか。こんなのクソだ」と思ったんじゃないかな。96年がどんなにクレイジーでクソだったかわかるかい?僕とアンディは隔週でタブロイドネタになってた。振り返ると奇妙極まりないよ。
バンドは何年もナイジェルなしに活動しました。2007年に照明担当のアンディ・ムーアの病気をきっかけにあなた方3人が再集合した時、そこに参加できない他の元メンバーになんて話したのですか?
僕がパントマイム・ドッジ―と呼んでいるドッジ―No.2は2001年に失速しており、2007年に正式なラインナップが復活した時に他の人間を除外することは問題なかった。僕らはアンディ(ムーア)を愛していた。僕らの最初期からの照明技術者でおかしな奴だった。彼は脳腫瘍を患い死にかけていて、2006年に子供たちの資金調達の為に、僕とナイジを別々に呼び出して、わざと鉢合わせさせたのさ。彼に祝福を。僕らに人生ってクソみたいに短いことを教えるために仲間が死んでいくのを見るなんて嫌な体験だった。
ライトニング・シーズのイアン・ブロウディがプロデュースしたドッジ―のデビュー・アルバムから20年経ちました。その頃のことやレコーディングに関して思い出を聞かせてください。
それは特別な時間だった。僕らは、若くて勇気に満ち、無限のエネルギーがあった。すべてが新しかったし、総じて素晴らしい時間だった。レコード業界にはお金があり、それを若いバンドに投資することを望んでいた。彼らは愚かにも僕らの飲み代を負担してくれたので、僕らは二晩で£ 300使った。それですぐ取り止めになった。リバプールは凄かった。キャストやリアル・ピープルのようなバンドがいて、ブロウディを通じてアイシクル・ワークスのイアン•マクナブのようなリバプールの先輩ミュージシャンたちとつるむようになった。それ以来腐れ縁が続いている。
かなり高い評価を受けた『Stand Upright In A Cool Place』は、すべてマルバーン・ヒルで録音された新曲ですか?それとも過去の未発表曲も含まれているのですか?アルバム・タイトルはどこから来たのでしょうか?
いくつかのアイデアは4年前からあったが、90年代に遡るものはないよ。アルバムのレコーディングに強壮剤は必要なかった。ナイジは素晴らしい曲を書いていた。そして、彼はそれ以来、さらに良くなっている。
僕はラジオが大好きなんだ。レコーディング開始の前の2010年にラジオ制作の修士号を取った。その頃ラジオドキュメンタリーやポッドキャストをたくさん聴いていて、そのひとつが世界中を旅して様々な人々の幸福の秘密を探る番組だった。金持ち、貧乏人、信心深い人、無神論者などあらゆる人生を歩んでいる人。その中で僕が気に入ったのが、「涼しい場所に直立に置くこと」という漂白剤のボトルのシールが人生の秘密だと述べた坊さんだった。「いただきー!」と思ったら、曲にピッタリはまった。
ニュー・アルバムの中で特に好きな曲はありますか?
僕はやっぱり「Did It Have To Be This Way」が好きだ。ナイジはコリン・フォアマンという作詞家と一緒のEmpty Paintingsという別のプロジェクト用に、この曲の素晴らしいデモを録音した。僕はそれを聴いて、こんなすげぇ曲は僕らもやるべきだって言ったんだ。
僕とアンディにとっての課題は、そのシンプルな魅力を台無しにすることなく、何を付け加えられるかだった。その結果がアルバムを貫く本当に明るいタッチのバンドサウンドなんだ。出来にはとても満足している。マット・ペンスのミックスはそれを効果的に引き出してくれた。
次のアルバムの計画はありますか?
もちろん、僕らは死ぬほどスタジオ入りしたいよ。新曲は前のアルバムよりベターですげえよ。先月具体的な目的なくパース・ヒルのスタジオに入り、2時間ぶっ続けでジャム・セッションした。幸運にもすべて録音した。とてもクレイジーな曲があり、リリースしたいと思っている。僕らがブルースに近寄らないことを誇りに思うよ。あまりに簡単だから。
Back To Backは誰のアイデアですか?また「殿堂(Hall Of Fame)」とは何ですか?
2013年は僕らのデビュー作『ザ・ドッジー・アルバム』の20周年を迎え、それを記念したかったけど、もっとも最近の、評論家に絶賛されたアルバムの曲をプレイするのを止めたくはなかった。そこで両方のアルバムを全曲”背中合わせに(Back To Back)”演奏するショーを計画した。いわばバンドの’その後(then)'と '今(now)' 。それがもともと誰のアイデアだったかは覚えていないけど。
ツアーはBack To Backツアーと呼ばれ、5月と6月の間にブレコンからビッドフォードまでの合計9公演行った。各地で素晴らしいパフォーマンスが生まれ、幸いにも録音機材があったので、殆どのショーは記録され、ツアーのライヴ・アルバムがリリースできる。
殿堂のアイデアは、ファンにとって自分の名前がアルバム・アートワークに載る機会は素晴らしいアイデアだと思ったし、特にどれかのショーに来た人にとっては、CDがちょっとだけ特別なものになるだろう。そしてそれはアルバムを買う動機づけになるかもしれない。みんなが欲しいものが何かわかってるんだ。
あなた方は過去に社会問題や慈善活動に関与してきましたが、現在そのような活動は行っていますか?
うん、ナイジは『Festivus Music project』というコンピレーション・アルバムの為にクリスマス・ソングを録音するよう依頼された。他のアーティストは皆カヴァーだけど、ナイジはオリジナルさ。一日で作曲して録音したけど、とても感動的で素敵な曲さ。「Christmas At The Foodbank」という曲。だから僕らはTrussell Trustと一緒に何かやるつもりだ。一日何万ポンドも稼ぐ人がいる一方、この国では50万人の人がFoodbank(食料銀行)に頼らなければならないことは大問題だ。
あなたのウェブサイトのマーチャンダイズ商品にはティーポッドカバーがありますね。あなたたちの誰がその楽しいティーポッドカバーを使って仲間に素敵な紅茶を煎れてくれるのでしょうか?
変わったマーチャンダイジングのアイデアを考えることができたとき、人生はちょっぴり良くなる。例え実際には売れなくても。これはファースト・アルバムの「コールド・ティー」の” 冷たいお茶ほど酷いものはない”というアンディが書いた歌詞から来ているんだ。今年はそのアルバムの20周年でそのアルバムのツアーを行うので、とてもスウィートなアイデアだと思う。アンディは大の紅茶好き。ナイジは全然違う。便所よりましなだけのインスタントコーヒーが好きだし。まろやかな鳥とたわごとだね。
オアシスがあなたをサポートした時、彼らがこんなにビッグになると思いましたか?彼らをどう思いましたか?
僕はビールジョッキとパイを持って道を渡っていたので観なかった。いつものことさ。97年のグラストンベリーでラジオヘッドの前にプレイした後、彼らの象徴的なパフォーマンスをステージ脇から観ていたと思う? 僕は馬鹿者だった。どこかの芝生の上で酔いつぶれていたんだ。
<ドッジ―UK&アイルランド・ツアー日程>
Sat November 9th 2013 - SALISBURY The Rainbow On The Lake
Mon November 14th 2013 - DARLINGTON The Forum
Sat November 23rd 2013 - LONDON Jazz Cafe
Sat December 7th 2013 - EBBW VALE Institute