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原発事故関連情報(1):放射性核種(セシウム)の土壌-作物(特に水稲)系での動きに関する基礎的知見

2011-04-15 | 風の備忘録 

原発事故関連情報(1):
放射性核種(セシウム)の土壌-作物(特に水稲)系での動きに関する基礎的知見
 

社団法人日本土壌肥料学会
土壌・農作物等への原発事故影響WG

 
1.はじめに
農地に降下した放射性核種の土壌-作物系での基本的な挙動を理解することは、
原発事故の影響を理性的に判断する科学的な手だてになるだけでなく、
生産者や行政機関にとっては
土壌から作物に吸収移行する放射性物質を減らす等の対策の立案にも寄与すると考えられる。
そこで、内外の土壌肥料分野で得られた知見を要約して紹介する。
また、今般の福島第一原発事故で放出された放射性核種(セシウム、ヨウ素)のうち、
半減期の長いセシウムについては、
特に長期的対策が必要と思われるので、セシウムを中心に記載する。
なお、作付けに関する具体的対策の立案については、
個別の農地や河川の汚染状況、
農地の土壌特性等を勘案して判断されるべきものであり、
ここでは先ず判断の一助となるような基礎的知見についての情報提供を行うものである。

2.セシウム(Cs)の元素としての性質
Csの安定同位体は質量数133のCs-133であるが、
核実験や原子炉における核分裂で生成される放射性同位体は主に質量数137のCs-137である。
Cs-137の半減期は30.2年である。
放射性ヨウ素(I-131)が半減期約8日であるのと比べると長期的に放射能の影響が残る。
元素周期律表では、ナトリウム(Na)やカリウム(K)と同じアルカリ金属に分類され、
元素としての挙動に類似性があり、
この点がCsの環境中での挙動を理解する上で重要である。 

3.土壌に降下したセシウムの挙動
原子炉からCsが環境中に放出された場合、
イオン態として雨に溶けた状態で土壌に降下する割合が大きいと考えられる。
Csは土壌に降下するとKと同様に1価の陽イオンとしてふるまう。
土壌は負の電荷を帯びているため、
正電荷を帯びた陽イオンを引きつけ、土壌の表面にとどめる性質がある。
土壌に含まれる粘土鉱物の中には、
負電荷のある場所がCsを閉じ込めるのにちょうどいい大きさを持つものがある。
このため、Csは他の陽イオンに比べ土壌から離れにくい傾向にある。
大気圏核実験に由来するCs-137は、
主に1960年代に地球全体に広がり、土壌に降下した。
わが国の水田および畑土壌のCs-137濃度は、
降下量の多かった1963~1966年をピークに減少し、
作土内における滞留半減時間は水田作土で9~24年、
畑作土で8~26年と報告されている(駒村ら, 2006)。
このCs-137濃度の減少は、
下層への溶脱等の他に放射壊変による減衰も含んでいる。
土壌中のCs-137の分布を粘土、シルト、砂に分けて調べた例では、
半分以上のCs-137が粘土画分に存在しており、
また、土壌への吸着の強さや様式で分けると、
K、NH4等の陽イオンと置き換わることができるイオン交換態(置換態とも言う)が10%、
有機物との結合態が20%、
粘土鉱物等との強固な結合態が70%との報告がある(Tsukadaら, 2008)。
Csは土壌に沈着した後、時間の経過に伴い土壌により強く保持されることが知られている。
土壌に放射性Csトレーサーを添加した実験では、
添加10日後に水で抽出されるCsが添加量の0.1%という事例が報告され、
その時のイオン交換態は26%であったが、約1年後には11%にまで減少した(塚田ら, 2008)。 

4.土壌から作物へのセシウムの移行
Csの作物への吸収経路は、大気から作物体に沈着し吸収される葉面吸収と、
一度土壌に降下したのち根を通じて吸収される経根吸収がある。
ここでは、
長期的な観点から後者の経根吸収されるCsに関する知見を整理した。
土壌-作物間のCsの移行は、作物の種類、土壌の性質によって大きく異なる(IAEA,  2010)。
土壌に添加されたCsは、上述のように土壌の粘土鉱物等に強く結合される。
したがって、水溶性の部分は時間の経過とともに減少する。
一方、作物は土壌溶液中の養分を主に吸収するので、作物が吸収するCs量も、
土壌へのCs降下後の経過日数とともに減少することが知られている。
例えば牧草栽培実験では、Cs添加直後に播種した場合よりも、
数ヶ月後に播種した場合の方が牧草中Cs濃度は低かった(武田ら, 2009)。
日本各地の観測圃場で採取された米のCs-137濃度は、
1966年以降減少傾向を示している(駒村ら, 2006)。
また、土壌から白米への移行係数(白米1 kg当たりの
放射能濃度/土壌1 kg当たりの放射能濃度の比)は0.00021~0.012で、
土壌中のK濃度が高いほどCs-137の作物への移行が少ない傾向にあるとの報告もある(Tsukadaら, 2002a)。
施用資材によっても移行係数は変化し、
通常のNPK三要素を施肥した場合に比べK肥料を無施用で高くなり、
堆肥施用で減少するとの報告がある(津村ら, 1984)。 

5.吸収されたセシウムのイネ体内での存在割合
 Cs-137とKはイネ体内では比較的類似した挙動を示す。
作物に吸収されたCs総量のうち玄米に移行した割合は12~20%(津村ら1984)である。
糠部分で白米より高い濃度にあることが知られており(Tsukadaら, 2002b)、
白米のCs-137濃度は玄米に比べ30~50%程度低い(駒村ら, 2006)。
可食部へのCsの移行が少ない場合であっても、
稲ワラ等の非可食部の処理をどうするかは重要な問題である。
例えば、イネの場合、
白米とそれ以外の部位のCs存在比率は7 : 93との報告がある(Tsukadaら, 2002b)。
非可食部の家畜への給与、堆肥化、鋤込み、
焼却等の処理により再び放射性Csが食物連鎖を通じて畜産品に移行し、
あるいは農地に還元される等の可能性がある。
第一義的には放射性Csの吸収抑制対策の確立が重要であるが、
非可食部の処理についても考えておく必要がある。

引用文献
IAEA (2010) Handbook of Parameter Values for the Prediction of RadionuclideTransfer
in Terrestrial and Freshwater Environments. Technical Reports Series No.472.
駒村ら(2006) 農業環境技術研究報告, 24, 1-21
. http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/publish/bulletin/niaes24-1.pdf
武田ら(2009) 平成20年度環境科学技術研究所年報, 21-23.
Tsukadaら(2002a) Journal of Environmental Radioactivity, 59, 351-363.
Tsukadaら(2002b) Environmental Pollution, 117, 403-409.
Tsukada ら(2008) Journal of Environmental Radioactivity, 99, 875-881.
塚田ら(2008)日本原子力学会2010年春の大会講演要旨.
津村ら(1984)農業技術研究所報告B, 36, 57-113.

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原発事故関連情報(2):セシウム(Cs)の土壌でのふるまいと農作物への移行

2011-04-15 | 風の備忘録 

原発事故関連情報(2):セシウム(Cs)の土壌でのふるまいと農作物への移行

日本土壌肥料学会 土壌・農作物等への原発事故影響WG
第1報では、
「土壌-作物系における放射性Csの基礎的知見」について取りまとめ概要を紹介した。

第2報では、土壌におけるCsの動態を詳しく紹介すると共に、
土壌から農作物への放射性Csの移行、
およびチェルノブイリ原子力発電所事故後に行われた
土壌から植物への移行低減化対策の事例を紹介する。
なお、福島県農林水産部(平成23年4月6日)によると、

土壌から検出された放射性Csは、
Cs-134(半減期:2.07年)とCs-137(半減期:30.1年)である。
両放射性核種の土壌中でのふるまいや、
土壌から農作物への移行は同様である。
しかし、現存するCs-134とCs-137濃度は、
放射性壊変によって2年後にはそれぞれ51%と96%に、
10年後にはそれぞれ3.5%と79%に減少する。

1. 土壌におけるCsのふるまい
土壌粒子の表面は、負に帯電している。
土壌中で1価の陽イオンとしてふるまうCsは、
カリウム(K)やカルシウム(Ca)などの陽イオンと同様に、
この負電荷を中和するかたちで土壌表面にとどまる性質を持つ。
土壌の負電荷は、有機物や粘土鉱物に由来している。
有機物に由来する負電荷に保持されたCs+
他の陽イオンによって容易に置き換えられる(イオン交換反応)。
しかしある種の粘土鉱物のもつ負電荷に、Cs+はきわめて強く「固定」され、
他の陽イオンによって簡単に置き換えることができなくなる。
このような性質を持つ粘土鉱物は、
2:1型層状ケイ酸塩と呼ばれ、薄いシート状の層が積み重なり、
層と層の間に負電荷を持つ(中原, 2003)。
2:1型層状ケイ酸塩の層間の負電荷がある場所は、
Cs+を閉じ込めるのにちょうどいい大きさの穴のようになっている。
この穴はCs+の他に、K+やNH4+を閉じ込めるのにもちょうどいい大きさであるため、
通常はこれらの陽イオンの中で最も存在量が豊富なK+がこの場所を埋めている。
だが、この場所との結合力はK+4+
Cs+はK+を追い出してこの場所を埋めることができる(Sawhney, 1972、図1)。
Cs+が穴に到達するのに時間がかかるため、
Cs+がしっかりと固定される反応はゆっくりと進行する(Comansら, 1994)。
ただし、この場所をAlポリマー(Nakaoら, 2009)や有機高分子(Dumatら, 2000)が
埋めている場合はCs+の侵入が阻害される。
また、一度Cs+がこの場所に固定されると引き剥がすことは容易ではないが、
上に述べた競合イオン(NH4+やK+)が土壌に高い濃度で添加された場合、
Cs+を追い出することができる(Delvauxら, 2001)。
このように、土壌がCs+を引き付ける強さは、
Cs+を固定することのできる場所の数と、
この場所でCs+と競合するイオンやこの場所へのCs+の接近を阻害する物質の量、
そしてCs+をゆるく引き付けておくことのできる有機物などの存在量のバランスによって決まる。
土壌によってCsのふるまいに違いが見られるのはこのバランスが土壌ごとに異なるためである。
例えば黒ボク土は、他の土壌群と比べてCsを引き付ける力が
弱いことが報告されている(Vandebroekら, 2009)。
チェルノブイリ事故後の東欧や北欧における調査によると、
Cs-137が土壌下方へ進む速度はほとんどの場合年間1 cm以下であり、
事故から7年後に表層から10cm以内に78-99%が残っていると報告されている(Arapisら, 1997)。
一方で、有機物に富む土壌や砂質な土壌では、
Cs-137が土壌下方へ進む速度が比較的大きいことも報告されている(Rosénら, 1999)。
なお、降水量の多い日本の土壌においても

1960年代に沈着した大気圏核実験由来のCs-137は表層土壌に蓄積しており、
表層から30cmよりも深いところでは
Cs-137はほとんど検出されていない(Fukuyamaら, 2004)。
Cs-137降下後に耕起された農地では、

Cs-137は耕作土層にほぼ均一な濃度で分布する(Tsukadaら, 1999)。

 2. 土壌から農作物へのCsの移行
土壌に沈着した放射性Csは、経根吸収によって農作物へ移行する。
その際、同属元素のアルカリ金属であるKの影響を強く受けるが、
経根吸収による植物体内への分配(転流)とその後の植物体内での再分配(再転流)により、
CsとKの植物体内における存在分布割合は異なっている。
CsとKの植物体での分布の違いを示す例として、
収穫時のイネの葉身を若い葉(止葉)から順番に採取し含まれるCsとKの濃度を測定すると、
K濃度は止葉から古い葉に向って順を追って減少するが、
Cs濃度は止葉から順を追って高くなっていた。
このことからも植物体におけるCsとKのふるまいは、
必ずしも一致しないことがわかる(Tsukadaら, 2002a)。
また、イネの白米、ヌカ、モミガラ、ワラ及び根の部位別Cs濃度も異なっている(Tsukadaら, 2002a)。
土壌中放射性Cs濃度から作物中放射性Cs濃度を推定する方法として、移行係数が用いられる。
移行係数とは、土壌中放射性核種濃度に対する作物中放射性核種濃度の比を表す値であり、
移行係数に土壌中放射性Cs濃度を掛けることによっておおよその作物中放射性Cs濃度を求めることができる。
前述したように土壌の種類によってもCsの溶け出し方が異なっているため、
土壌から作物への移行係数は、作物や土壌の種類によって異なる。

表1に示す移行係数は、
1950~1960年代に行われた大気圏核実験によって土壌に沈着したCs-137について、
数十年を経過した後、日本各地の土壌と農作物(可食部)を採取し、測定した結果から求めた値である。
表1に示した農作物では、白米の移行係数が最も低く、他の作物に比べおおよそ1桁低い値である。
その他の作物の中で、葉菜類が若干高い値である。なお、それぞれの値は、おおよそ2桁の範囲にある。

 3. 植物へのCs移行抑制の事例
1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故後、周辺の牧草地を中心に、
Cs-137の植物への移行を低減化するための対策がなされた(Fresenco, 2007)。
 地表に降下したCs-137は土壌の表面に残留しているため、
汚染した表土を除去することでCs-137を取り除くことができる。
この方法は農地から肥沃な表土を失うことに加え、
高コストであり、除去した土の処理も問題となる。
一方、深く耕起することにより植物根域のCs-137濃度を希釈し、
吸収を減らすことが期待できる(IAEA, 1994; Vidal ら, 2001)。
しかし、このような作業に伴い、
汚染した土壌粒子の飛散による汚染拡大や、作業者へ与える影響に注意が必要である。
 土壌溶液中のK濃度が低い場合、
植物によるCsの吸収が促進されることが知られている(Shaw, 1993; Smoldersら, 1997)。
そのため、特にK肥沃度の低い土壌において、
K施肥によるCs移行低減効果が大きい(Lembrechts, 1993; Nisbet ら, 1993; IAEA, 1994)。
酸性の土壌では、石灰中和によってCsの移行低減効果が認められている(Nisbetら, 1993)。
前章で述べたように、
NH4+は土壌に保持されているCs+を追い出す力が強いため、
アンモニウム塩を含む肥料の施用は、

Csの吸収を促進させる場合がある(Lembrechts, 1993)。
ゼオライトやベントナイト等の粘土鉱物資材が土壌中のCs保持力を高め、
植物へのCs吸収を低減化する効果も報告されている
(Konoplevら, 1993; Vandenhove ら, 2003; Degryseら, 2004; Rosénら, 2006)。
このような対策による低減効果は、土壌の性質によって大きく異なる。
これまでに水田地帯が高濃度の放射性Csに汚染された例はないが、
放射性Csトレーサーを用いたイネのポット栽培実験が行われている。
水稲は陸稲よりもCsを吸収するという報告がある(天正, 1959)。
これは、水田土壌では窒素が主にNH4+として存在するため、土壌からCs+を追い出し、
イネに吸収されやすくなるためである(天正, 1961)。
また、水稲においても、
K肥料はCsの吸収を抑制する効果が認められている(米沢ら, 1965; 津村ら, 1984)。
堆肥施用が水稲によるCs吸収を抑制した例も報告されている(津村ら1984)。
このような知見は、施肥法や水管理によって、
Cs-137に汚染された水田土壌においてイネへのCs-137吸収を低減できる可能性を示している。
過剰な対策は農地の劣化や汚染の拡大を引き起こす危険がある。
汚染程度に応じて対策の必要性を判断し、

農地の生産力を維持しながら適切な管理をすることが重要である。 

引用文献
中原(2003) 土の中にある多様なコロイド, 化学構造と荷電特性(足立、岩田編) 土のコロイド現象学会出版センター, pp. 23-41.
Arapisら(1997) Journal of Environmental Radioactivity 34, 171-185.
Comansら(1994)Geochimica et Cosmochimica Acta 56, 1157-1164.
Degryseら(2004) European Journal of Soil Science 55, 513-522.
Delvauxら(2001) Trace Elements in the Rhizosphere. CRC Press, London, pp61-91.
Dumatら(2000) Environmental Science and Technology 34, 2985–2989.
Fresencoら(2007) The Science of the Total Environment383, 1-24.
Fukuyamaら(2004)The Science of the Total Environment318, 187-195.
IAEA (1994) Technical Reports Series No.363, 17-68.
Kamei-Ishikawaら(2008) Journal of Nuclear Science and Technology, Supplement6, 146-151.
駒村ら(1994) Radioisotopes 43, 1-8.
Konoplev ら(1993) The Science of the Total Environment 137, 147-162.
Lembrechts (1993) The Science of the Total Environment137, 81-98.
Nakaoら(2009) European Journal of Soil Science 60, 127-138.
Nisbet ら(1993) The Science of the Total Environment 137, 173-182
.Rosénら(1999) Journal of Environmental Radioactivity 46, 45-66.
Rosénら(2006) The Science of the Total Environment368, 795-803.
Sawhney (1972) Clays and Clay Minerals 20, 93-100.
Shawら(1993) The Science of the Total Environment137, 119-133.
Smoldersら(1997) Environmental Sciences and Technology 31, 3432-3438.
天正ら(1959) 日本土壌肥料学雑誌30, 253-258.
天正ら(1961) 日本土壌肥料学雑誌32, 139-144.
Tsukadaら(1998) Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry 236, 123-131.
Tsukadaら(1999) The Science of the Total Environment 228, 111-120.
Tsukadaら(2002a) Environmental Pollution 117, 403-409.
Tsukadaら(2002b) Journal of Environmental Radioactivity 59, 351-363.
Tsukadaら(2002c) Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry 252, 219-224.
津村ら(1984)農業技術研究所報告B, 36, 57-113.
Uchidaら(2007) Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry 273, 205-210.
Vandebroekら(2009) Radioprotection 44, 635-638.
Vandenhoveら(2003) European Journal of Soil Science 54, 91-102.
Vidalら(2001) ) Journal of Environmental Radioactivity 56, 139-156.
米沢ら (1965) 日本土壌肥料学雑誌36, 135-139
原発事故関連情報(2):セシウム(Cs)の土壌でのふるまいと農作物への移行│事務局より│お知らせ│社団法人 日本土壌肥料学会