イチローが胃潰瘍で、始めて故障者リストにはいった。WBCの後遺症と思われるが、イチローほどの実績をもつ天才選手でも、真剣にことにのぞんだとき、思うような方向に動かないとき、こうしたことになるという現実を知らせてくれた。
真剣であることと、物事の成功、不成功は、必ずしも連動しないし、野球の場合、バッターは、7割は失敗に終わるのだから、ますます、成果を出そうと真剣になっても、それは、そのまま成果とはならないのは、むしろ自然なのだが、思いはそうではない。そのギャップが胃潰瘍にさせるということだろう。
では、こんなものどうでもいいんだ、という具合にとりくんだとすれば、どうなのだろうか、それで、成果を出したとしても、喜びも半減するということになるのだろう。喜びが目的ならば、あまり、肩の力が抜けすぎるのも問題かもしれない。
そこで、真剣であることと、肩の力の抜け具合の関係について、考えるとこれは時と場合によるということになるが、どうなるかわからないことは、その現実を知っておくべきだろう。
そこで考えるのは、すべてを諦めきってしまう境地のことである。人間存在そのものが、未来永劫のことを考え、対策を打てない存在である以上、基本的に、すべては諦めるしかないとしておくのである。それが実態であることを認めるのである。
こだわらないのである。それが、貫徹できれば胃潰瘍にはならないということである。できるかどうかは別にして、すくなくとも、観念的にはそのように考えていく。
しかしながら、そればかりでは、エネルギー不足というか、迫力が足りないと言う思いもある。どれ位の分量で、程度でそうするのかが、問題ということになる。
言いたいことは、全然諦める境地を認めないというのではなく、この本質を知りつつ、努力するという境地である。
真剣であることと、物事の成功、不成功は、必ずしも連動しないし、野球の場合、バッターは、7割は失敗に終わるのだから、ますます、成果を出そうと真剣になっても、それは、そのまま成果とはならないのは、むしろ自然なのだが、思いはそうではない。そのギャップが胃潰瘍にさせるということだろう。
では、こんなものどうでもいいんだ、という具合にとりくんだとすれば、どうなのだろうか、それで、成果を出したとしても、喜びも半減するということになるのだろう。喜びが目的ならば、あまり、肩の力が抜けすぎるのも問題かもしれない。
そこで、真剣であることと、肩の力の抜け具合の関係について、考えるとこれは時と場合によるということになるが、どうなるかわからないことは、その現実を知っておくべきだろう。
そこで考えるのは、すべてを諦めきってしまう境地のことである。人間存在そのものが、未来永劫のことを考え、対策を打てない存在である以上、基本的に、すべては諦めるしかないとしておくのである。それが実態であることを認めるのである。
こだわらないのである。それが、貫徹できれば胃潰瘍にはならないということである。できるかどうかは別にして、すくなくとも、観念的にはそのように考えていく。
しかしながら、そればかりでは、エネルギー不足というか、迫力が足りないと言う思いもある。どれ位の分量で、程度でそうするのかが、問題ということになる。
言いたいことは、全然諦める境地を認めないというのではなく、この本質を知りつつ、努力するという境地である。