先日、大阪市内で職場の懇親会があった。
部の若手が企画し、
年に数回催されているこの会も、
回を重ねるごとに参加者が増え、
今回も40人以上での宴会となった。
料理はコース料理だが、
飲み物は飲み放題なので、
いきおい酒飲みのボルテージは
真夏の電力使用量のごとく
うなぎのぼりに上がっていく。
そしてそんな連中が
会場中をうろうろ歩き回り、
「さあ飲め」
「やれ飲め」
とそそのかすものだから、
わしらのように中途半端な酒飲みは
その余波をもろに食らうことになるのだ。
おりしもその日は、
前日の高野山マラニックの疲れと
世界陸上観戦の寝不足もあって、
そんなに飲まないでおこうと思っていたのに、
連中が入れ替わりたちかわり
アルコールを注ぎにくるものだから、
帰る頃にはくたくたになってしまった。
これはいかんと二次会はきっぱりと断り、
早々に9時過ぎに帰路についた。
我が家の最寄り駅は
各駅停車しかとまらないので、
途中、快速電車から各停に乗り換えるのだが、
事件はこの乗り換え時に起こった。
どうやらポケットにいれてあった
わしの携帯電話
「doironすぺしゃる」
が座席の上に滑り落ちたのだろう。
各停に乗り換えたときに、
いくら探しても見当たらないのだ。
このとき、
わしの頭はめまぐるしく動いた。
1.わしの携帯を積んだ快速は今まさに動き始めたところだ。
2.このまま各停に乗っていても、追いつくことは絶対無い。
ひとまず各停からおりよう。
3.もし探してもらうのなら次の駅でということになる。
4.そのためには、座っていた場所を特定しなければならないだろう。
5.わしは快速を降りて、向かいのホームに停車している各駅停車の電車にまっすぐ乗り込んだので、
乗っていたのは4両目だということを、
走り去っていく快速を見送りながら数えて確認した。
6.次の駅でさがしてもらうためには、
駅員をホームに配置してもらわないといけないから、
一刻の猶予もない。快速は5分足らずで次の駅に到着するはずである。
ということで、
集めた情報を頭の中で整理しながら、
降りた駅の改札へと階段を駆け上がった。
キロ4分は切ってるスピードだっただろう。
そして、改札の横で
暇そうにしている女性駅員を捕まえて
息をはずませることもなく、
事情を伝えた。
このときばかりは、
脚に覚えがあってよかったなと思ったね。
「今、この駅を出発した和歌山行きの快速の座席に携帯
《doironすぺしゃる》を忘れたようなんです。」
駅員はこういうことはよくあることなんだといわんばかりに、
冷静に手近の受話器を上げながらこう言った。
「では、次の駅に電話してみます。
何両目に乗っておられましたか?」
きたーっ。
予想通り!
駅の階段を登りながら整理しておいた答えを
わしは即座に返した。
「4両目の真中辺り、
山側の席に座ってました。
携帯は青色で、
ハブ皮のストラップがついています。」と。
そのストラップは
徳之島トライアスロンの帰りに寄った
奄美大島のお土産やさんで購入したものだ。
駅員さんは、
「ハブ」
のところでちょっと怪訝な顔をしたが、
落ち着いてダイヤルを回した。
「こちらはO駅ですが、
お客様が何時何分の○*▲(電車の識別記号だろう)の
4両目で青い携帯を置き忘れたとおっしゃってます。
・・・はい・・・はい・・・お願いします。」
受話器をおいた彼女は、
「連絡があるのでお待ちください」と言い残して、
ガラス戸を閉めて中に入っていった。
電車の雑踏の中に置き忘れられ、
持ち主をなくした「doironすぺしゃる」の不憫さを
噛み締めながら待つこと数分。
ガラス戸越しに運命の電話の音が鳴り響き、
さっきの彼女が受話器をとった。
ガラス戸越しなので会話の声は聞こえないが、
姿は見えている。
このとき、
それまで冷静で無機質な応対だった彼女の
口元がわずかにほころんだのをわしは見逃さなかった。
「あったんゃあ!」
受話器を押いて彼女がこっちに向かってきた。
ガラス戸を開けて、
わしの両手をとり、
「ありましたよ。よかったですねえ。」
と小躍り・・
などするはずはない。
極めて事務的にこういった。
「ありましたのでどうされますか?」
もちろん即座に、
「その駅まで行きます。」
と答えたのは言うまでもない。
「では、お名前と家の電話番号をお聞かせください。」
ま、これは受け渡し時の本人確認に必要なんやろね。
名前は「キムラタクヤ」です。
と言おうとしたのですが
ま、ここは正直に「doironです」と
言っておいた。
青い携帯でハブ皮のストラップなんて
大阪に3台くらいしかないのに(3台に根拠はない)ね。
手間をかけたことをお詫びし、
迅速に行動してくれたことに感謝し、
そしてとっさの危機管理がちゃんとできていた自分に
感動するとともに
見つかった喜びに浸りながら、
再び電車に揺られて携帯が保管されている駅まで
ゴトゴト向かった。
わが携帯「doironすぺしゃる」
が待っているのは、
その駅の改札口だ。
時間に遅れた恋人が、
待ち合わせ場所に急ぐような気持ちで、
開きかけたドアを無理やり広げようとし、
走って階段を登り降り。
そして改札にいた駅員に
「携帯に電車を置き忘れたdoironですが」
と言うと。
「はいはい、電車に携帯ね」
と言いながら奥の金庫をあけて取り出してきたのは、
まぎれもなくわしの携帯「doironすぺしゃる」だった。
駅員さんが「念のために・・」と言ってきたから
さっきの本人確認やなと思い
「名前はdoiron、電話番号は○×△★です。」
と言おうと思ったら
「免許証か何か身分を証明するものを」というではないか。
ん?
待てよ、免許証に電話番号が書いてあったっけ?
名前だって、フリガナうってないやん。
わしの名前をちゃんと読めるんかい~
さっき言った名前と電話番号は何やったん?
こんなんやったら、
さっき名前を「キムラタクヤ」です
とふざけて言ってなくてよかったかと思いながら、
免許証を提示してようやく
「doironすぺしゃる」は手元に戻ってきた。
元の駅で携帯発見の報告を待っている間は
パニック状態で、
携帯なくしたことを連絡しとかなくてはと
ポケットの携帯を探したりしていたくらい。
受け取ったときは
思わずほおずりしそうになりましたわ。
もはや人生必需品ともいえる携帯の
雑踏の中の一人旅。
ほんまによう戻ってきてくれました。
余計な手間と
迷惑をおかけした
駅員さん。
ありがとうございました
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