特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

Hot dog ~中編~

2013-03-07 09:34:20 | 特殊清掃
「住民が騒いでいる!至急、何とかしてほしい!」
ある年の夏、マンションの管理会社から緊急の電話が入った。
「どうしました?」
と訊ねてはみたものの、特殊清掃をイヤというほどやってきた私は、相手が口を開く前から事情を察知。
その現場に急行するため、当日の予定を変更できるかどうか考えた。

現場は、郊外に建つマンション。
その一室で、一人暮らしの住人が孤独死。
推定死後経過日数は一週間~10日。
暖かい季節であり、腐敗はある程度進行したはず。
そのため、部屋には、それなりの腐敗液汚染が広がり、それなりの悪臭が充満しているであろうことが容易に想像できた。

私は、やはり、当日の予定変更を余儀なくされた。
緊急性の高い本件を優先し、本来の現場は後回しに。
すぐさま車に乗り込むと、現場マンションの住所をカーナビに入力。
気持ちだけは急ぎながら、実際は安全運転で現場に向かって車を走らせた。


到着したのは、小さくも大きくもない一般的な分譲型なマンション。
私が来ることを管理会社から知らされていたのだろう、私がエントランスに入るとすぐさま管理人がでてきた。

「こんにちは」
「ご苦労様です」
「かなりニオってます?」
「え?いや・・・特に・・・」
「“住人の方が騒いでいる”と聞いてきたんですけど・・・」
「?いや、特にそんなことはありませんけど・・・」
「???」

“住人が騒いでいる”という当初の情報から、私は悪臭が外にまで漏洩していると思っていた。
しかし、管理人によると実際は違うよう。
また、住人が騒いでいるといったこともない様子。
とにもかくにも、現場を見ないことには何も始まらない。
私は、部屋に立ち入ることにつき、遺族から了承がとれているかどうか確認し、問題がないことがわかると、管理人と共にエレベーターに乗り込んだ。

故人の部屋は、展望ひらけた上の階。
私は、玄関の前で臭気を確認。
管理人の言っていたとおり、異臭らしい異臭は感知せず。
また、“騒いでいる”らしき住人の姿も見えず。
私は、管理人に鍵を開けてもらい、手袋を着けた手でドアを引いた。

玄関ドアのこっちと向こうは別世界。
ドアを開けた途端に空気は一変。
向こう側からは、嗅ぎなれた異臭が鼻を突いてきた。
そのニオイに管理人はドン引き。
「一緒に入らなくてもいいでしょ?」
「遺族の許可はもらってますから、自由にどうぞ」
「見終わったら管理人室に来てください」
と言いながら、私に鍵を渡してエレベーターのほうに後ずさりしていった。

一人とり残された私だったが、心細いなんてことは一切なし。
嫌われるくらい冷静なまま、脇に抱えていた専用マスクを鼻口に装着。
それから、
「失礼しま~す」
と、誰もいないはずの部屋にいつもの挨拶。
玄関の上がり口はきれいだったので、傍らにあったスリッパを勝手に借りて奥へと進んだ。

中は一般的な3LDK。
一人で暮らすには充分のスペース。
窓からの眺望も良好。
置いてある家具家電も安くなさそうなものばかり。
そんなところから、故人は、余裕のある生活をしていたことがうかがえた。

ただ、何点かの難点が・・・
リビングの床には遺体汚染痕。
部屋には異臭が充満。
また、衝突するほどではなかったが、無数のハエが乱舞飛行。
もちろん?足元には意気揚々?とウジが徘徊していた。

遺体汚染痕を観察して後、次はその周囲から部屋全体を観察。
すると、汚染痕から少し離れた床にバスタオルを掛けられた何かを発見。
それは、よからぬモノを想像させる形で・・・
嫌な勘が働いた私は、恐る恐るタオルをめくってみた。

タオルを少しめくったところ、タオルの下からは毛が顔をのぞかせた。
それは、ぬいぐるみであるわけはなく、どうみても動物の死骸であることに疑う余地はなかった。
動物の死骸があるなんてまったくきいてなかった私は、ちょっと・・・いや、かなり動揺。
一旦、タオルをもどし短く一呼吸。
ながく間をあけると抵抗感が増すだけなので、私はテキトーな頃合を見計らって一気にタオルをめくり取った。

姿を現したのは犬。
白い毛の小型犬だった。
故人の死の巻き添えをくったのか、そこには、死んだ犬が腐敗した状態で横たわっていた。
「うあ・・・まいったな・・・」
「可哀想に・・・餓死したのか?・・・」
ウジにたかられて変容した死骸を気持ち悪く思う気持ちはあったけど、同時に可哀想に思う気持ちも湧いてきた。
「もう少し発見が早ければ、死なずにすんだかもしれないのに・・・」
「動かなくなった飼主を前にして、変容していく飼主を前にして、異臭が充満し、ウジ・ハエが涌いてくる部屋で一人(一匹)腹をすかせて何日も過ごしてきたのか・・・」
そう思うと切なくて、また可哀想で仕方がなくなってきた。


物音が聞こえたのだろう、一通りの見分を終えて玄関をでると隣の部屋から住人がでてきた。
そして、年配女性であるその人は、私に何か話たそうにしてきた。
普段、世間話や雑談は苦手なのだが、仕事(業務)がらみのネタになると舌が滑らかになる私。
「お騒がせしてます・・・」
と声をかけ、苦情のひとつでも聞かされる覚悟をもって頭を下げた。

女性は、私の風体をみて、すぐに何者であるかわかったよう。
「ご苦労様です・・・」
と、深々と頭を下げてくれた。
そして、室内の様子を尋ねてくると同時に掃除をはやくするよう求めてきた。
私は「騒いでいる住人ってこの人か?」と思いながら、「打たれ役になるしかないか・・・」と諦めた。
しかし、女性は、クレーマーではなかった。
その求めは、「汚れが放置されるなんて○○さん(故人)が気の毒」「できるだけ早くきれいにしてあげてほしい」というもの。
それは、故人を気の毒に思う優しい気持ちからきているもので、それを管理会社に訴えていたのだった。
他の現場において、「クサイから早く何とかして!」「気持ち悪いから早く始末して!」と近隣住人に言われることは日常茶飯事だが、本件はそうではなかった。
とにもかくにも、そんな心づかいに気持ちをあたためられながら、私は、女性の話に更に耳を傾けた。

故人は、60代の男性。
大腸癌を患い、また、癌は各器官に転移。
“余命三年”との診断を受けていた。
三年という時間が長いか短いか、個人的に判断がわかれるだろうが、故人はジタバタしなかったよう。
抱える病や余命のこと、そしてまた死後のことも、この女性を含め親しい人に伝えていた。
そうして、死に向かって準備を整えながら穏やかに暮していた。

入退院を繰り返すのが日常だった故人。
だから、姿が見えなくなっても、誰も不思議に思わず。
姿が消えても、皆、入院して不在であるものとばかり思っていた。
しかし、何日かするうちに、故人宅の窓にハエがたかるように。
その数は日に日に倍増していき、さすがに「おかしい」ということに。
結果、警察が呼ばれることになったのだった。


「そういえば、ワンちゃんの死骸がありましたけど・・・」
「そう・・・○○さん(故人)がとても可愛がってたんですよ」
「かわいそうに、餓死したんでしょうね・・・」
「いやいや・・・それが、そうじゃないんです・・・」
餓死以外の死因が思い浮かばなかった私に、女性は意外な言葉を返してきたのだった。

つづく




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