特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

春待ち人

2014-04-02 08:05:51 | 自殺 事故 片づけ
暦は四月。
やっと春。もう春。
ついこの前まで極寒が続いていたのに、いきなりこの暖かさ。
車に乗っていると暑いくらい。
ともない、桜も満開。
宴会の予定はないけど、走る車窓から街々の桜を愛でている。

見慣れた景色に桜をみると、昨年の桜が昨日のことのよう。
「もう一年たったのか・・・」
歳のせいか、一年が過ぎるのがはやい。
当り前のように移ろう季節と、当り前じゃない自分の時間の重なりが、何とも不思議なことのように思えてくる。

まだ過去形にはできないけど、今年の冬も何かとツラい思いをした。
この性格・性質を否定し、自分の不甲斐なさと若い頃の薄慮を恨めしく思った。
それでも、そんな人間にも、こうして春は来た。
何の代償も、何の努力もなく、ただ待っただけで。



「飛び降り自殺が起こった」
「血まみれで、肉片も残っている」
「住民が気持ち悪がってるから、至急、片付けてほしい!」
ある晩冬の午後、団地の管理人から、そんな連絡が入った。

出向いた現場は、大規模な団地。
同じ規格の建物が幾重にも建ち並び、単調な景色は、まるで迷路のよう。
ただ、幸い、カーナビは現場の棟まで把握。
現場の棟前に着いた私は、目に飛び込んできた汚染痕の脇に車をとめ、管理人室に到着の電話を入れた。

汚染痕は、異様に目立っていた。
その状況は、一般の人には凄惨極まりない光景に映るものと思われた。
しかし、管理人のテンションから私が想像してきた状況より軽症。
確かに、血は広範囲に飛び散り、脳片・肉片も飛び散ってはいたが、もっと凄惨な現場を何度となく経験していた私にとっては、そんなに負荷のかかる光景ではなかった。
ただ、警察が画いたチョーク線の人型が私を神妙にさせるのみだった。

「ご苦労様です・・・早速にスイマセン・・・」
「住民が次々に苦情を言ってくるもんですから、自分で掃除するしかないかとも思ったんですけど・・・やはり無理でして・・・」
管理人は、駆け足でやってきた。
そして、住人に言うかのように、必要のない言い訳を私にした。

「それが普通ですよ」
「どこの管理人さんだって、やらないと思いますよ」
私は、気マズそうにする管理人をフォロー。
事実、血痕清掃・肉片除去なんて難しい技術のいる作業ではないけど、精神的に著しい嫌悪感を抱くのは人として自然なことだから。

「で、どんな具合でしょうか・・・」
「そんなにヒドくないですね・・・私の経験の中では軽いほうです」
「あれで、軽いほう!?」
「そうですね・・・」
「・・・ということは、これよりヒドいケースも多いということですか?」
「まぁ・・・」
この惨状でも軽症ときいて、管理人は驚いた様子。
同時に、もっとヒドいという他の事例を聞きたそうに。
しかし、私は、“話したくない”という気持ちが伝わるよう無愛想に言葉を濁した。


故人は40代の男性。
飛び降りたのは、その日の昼前。
自宅のベランダでは高さや落下地点に不都合があったため、自宅階より上の階段踊場を選んだよう。
しかし、その下は、建物の出入口につながる通路。
人の往来が頻繁にあるところ。
幸い、巻き添えになった人はいなかったが、下に人がいて激突でもしていたら、とんでもないことになっていただろう。
そこのところに、故人の薄慮を非難する気持ちが湧いてきた。

私から作業内容と費用の説明を受けた管理人は、そのまま特掃を依頼。
その心積もりで来ていた私も、二つ返事で承諾。
ただ、そこは、住民が建物に出入りする際に歩く通路。
とても人目につきやすい場所。
人目が苦手な私は、作業の難易度より、人目につくことの方が気がかりに。
他の現場同様、見世物みたいになって惨めな気分に苛まれるからだった。

やはり、そこには、多くの人の往来があった。
しばし立ち止まり、遠巻きに見物する人もいたけど、ほとんどの人は黙って通過。
中には、「ご苦労様です」と声をかけてくれる人もいた。
その一言の有無は、私をあたため、また冷やした。

汚染された地面の大半は、塗装されたアスファルト地。
コンクリートに比べたら痕が残りにくい。
ただ、細かい凹凸があり、その隙間に入り込んだ脳片は硬毛のブラシで掻き出すしかない。私は、外灯と懐中電灯の明りを頼りに、何十か所にも点在する脳片・肉片をアスファルトの凹から掻き出し、一つ一つ片付けていった。

言うまでもなく、それは根気のいる作業。
しかも、時は、晩冬の夕刻。
気温はそれなりに低下し、身体は冷え、手は凍えた。
そして、その寒さと野次馬の視線は、私の作業の邪魔をした。
ただ、最も邪魔をしたのは、自分の怠け心と、つまらない自尊心だったかもしれなかった。


そんな中、いつまでも立ち去らない人影が遠くにあった。
「モノ好きな人もいるもんだな・・・」
私は、それを不快に感じた。
しかし、
「見世物じゃないんで!」
なんて言えるわけはなし。
とにかく、私は、気にしないよう努めることに。
神経を地面に集中させ、黙々と身体を動かした。

作業の合間にチラッと見ると、それは年配の男女。
夫婦のように見えた。
私と視線が合うと、二人は私に向かって会釈。
人に頭を下げられて無視するのは無礼。
しゃがんで作業していた私は、一度立ち上がって、浅く頭を下げた。

二人は、ただの野次馬ではなさそう・・・
管理会社の人間なら声をかけてくるはず・・・
故人の関係者?・・・
多分、故人の両親・・・
何かを想ってのことだろう、二人は、暗くて寒い中、私の作業が終わるのを待っているように見えた。

私は、作業を中断し、二人に近寄ってみようかと思った。
が、やめておいた。
自分が野次馬になるおそれがあったから。
黙って作業をこなすことが、私が尽くすべき礼儀だと思ったから。

自殺した故人、その痕を消す私、それを見守る両親らしき二人。
そこには、それぞれの想いと立場が交錯。
私にとって、故人はアカの他人。その両親もアカの他人。
故人の死を悼む気持ちや両親を気の毒に思う気持ちがなかったわけではない。
が、心底の悲しみはない。
悲しそうなフリならできるが、過ぎた礼は無礼になる。
結局、そこに社交辞令が入り込む余地はなく、私は、会釈をもって作業終了を伝え、二人と言葉を交わすことなくその場を離れたのだった。


清掃痕をみて、二人は何を思っただろう・・・
故人の自死は、両親の心を凍え上がらせただろう・・・
冷えたその心は、一生、あたたまることがないかもしれない・・・
それでも、受け入れ難い現実を負い、亡くなった息子を、残りの人生に生かそうと考えたのではないかと思う。
私の特掃をずっと見ていたのは、そのためのような気がするから。

「生きていればいいことがある」「春は必ずくる」
そんなことは、軽はずみに言えない。
それでも、時が何かを解決することがある。
時にしか解決できないことがある。

人の一生には、ただ待つしかないときがある。
何の代償も、何の努力もなく、ただ待つことだけが大切なときがあるのである。
春がくることを信じて。



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