春の雪。
朝方ふりしきり、ずいぶん積もるかと想ったのに、昼すぎから陽射し照りつけ、今はもうあとかたもない。
向かいの山など、樹影くきやかに白かった。
アスファルトの雪などは、たちどころに消えてしまう。
雲が割れて薄日さした午前中に出かけたら、もう雪融けの滴りが、あちらこちらの軒から伝う。
ふっと、どこからともなく、松林の匂いがした。それは、たぶんわたしの思いなし。
このあたりに香りたつほどの松はないから。
A・ワイエスの絵のいくつかを思い出す。
針葉樹の森の大気の記憶は、たぶんわたしの脳のどこかにしまいこまれていたものだろう。
回想、というほどにもさだかでない、一瞬のノスタルジア。
雪融け、松林。
どこか遠くの追憶の巣。