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プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★秋は飽きない?

2007-09-06 11:37:41 | 日記・エッセイ・コラム

 立秋を過ぎ、猛暑の疲れが出始めたかのように、体がけだるい。寝苦しくて深夜に目が醒めたので、ラジオを聴いていたら、島倉千代子の歌が流れてきた。

 おんとし70歳のお千代さんが、人生の先輩として、”団塊の世代”の皆さんにと、新曲を披露した。最後に戻るところは、あたたかい家庭だとのメッセージを込めて、曲名は、「お帰りなさい」。 デビュー時代、「泣き節」と評されたお千代さんが、晩年になって明るい歌声に変じた。若い頃の声の張りはないが、浮き沈みの激しい芸能界を生き抜いてきた大歌手だけに、味わい深い歌だ。

 一方、大ヒットした「人生いろいろ」は、軽快で明るく、人生を達観した感じを与えた。前総理がぱくって「会社もいろいろ」と発言し、物議をかもしたが、ノリが軽い曲だけに悪乗りしたのだろう。まさに、不祥事続きの、今の政治家のステータスを象徴しているかのようで、「議員もいろいろ」だ。

~「務むれば秋あり」。秋は、収穫が「飽(あ)き満ちる」ことから「あき」との説もあり、勤勉に努力すれば実りがあるという意味のことわざです。(原文引用)~とは、今日とどいた「安倍内閣メールマガジン45号」の結びの部分だ。「商いは飽きない」ともいう。是非とも、国民のための政策(商い)を、一つ一つ、誠実かつ着実に実行していって欲しいものだ。


★このままでは国が滅びる

2007-09-05 10:39:26 | 日記・エッセイ・コラム

 相次ぐ大臣の辞任や議員の辞職・離党が毎日のように報道される。年金や保険料の着服の実態も明らかになった。舛添厚労大臣が激怒し、告発も辞さないと発言したのも当然で、それ位で国民の怒りは収まらないだろう。

 本件を解明するのは当然だが、それ以上に新厚労大臣に求められるのは、信頼を失った「国民皆年金制度」のあり方を抜本的に見直す視点だ。先の通常国会で、強引に成立させた社保庁の機構改革法を一旦、白紙に戻し、再度、年金制度自体を超党派で議論する位の覚悟を期待したい。

 公的年金制度の一部統合等のような小手先論ではなく、年金制度を継続するのか否か、国費で最低保障するのかまで突き詰めて検討すべき時期だ。年金原資が不足するとか、消費税を20%、30%にしても構わないのかとの反論がつきまとうが、それを口実に、逃げる姿勢の方が卑怯だ。

 国民は、高い税金であっても、将来、国がすべての面倒をみてくれると信じたら、我慢もする。たんす預金と言われる老後の蓄えも消費に投入もしよう。突き詰めれば、すべては、死に備えているだけのことだ。”ゆりかごから墓場まで”とは、社会保障制度の基本。

 この国に生まれた人間が、「日本に生まれてきて良かった」と感謝して、一生をまっとう出来る制度にしない限り、国としてのまとまりは不要だと考える人達が多くなっても何ら不思議ではないと思う。いま、国の求心力とは何かが問われている。


★長さん怒る!!

2007-09-04 09:07:39 | 日記・エッセイ・コラム

 ”∮3・3・3素敵な3♪”とくれば、長嶋繁雄の代名詞。シンプルで軽やかなメロディが、現役時代の軽快なフットワークを連想させる。

 同姓のよしみで彼になりかわって長さん流一撃を。「3年前に判明したのに放置していた。3ヶ月で3人の大臣が交代。んー!つまりそのー、なんなんですかねぇ」。ひらめきの長さんにも訳が分からない。「3・3・3」と3が三つ並ぶのが、妙に因縁めく。

 最近、怒りを通り越してあきれ果てていたことに、「朝昇龍問題」と「3農水大臣のカネ問題」、更には、元厚生局長の補助金と見返り問題等々がある。更に、社保庁と自治体職員による年金原資横領額が3億円超との事実も判明した。いずれも、コメントする気にもなれない。マスコミや評論家のコメントは、表層的で、本質的な構造問題に触れていないのが嘆かわしい。

 朝昇龍問題にせよ、大臣の不祥事にせよ、分野は違うが、トップの見識と指導力をあわせた器量の無さに失望させられる。とりわけ、参院選で、国民からノーと言われた総理が、「再チャレンジ内閣」を立ち上げて、一週間で化けの皮がはがれた。次は、「再々チャレンジ」になる。仏の顔も三度までというが、誰よりも熱心に「再チャレンジ制度」に執着した総理が、ご自分を実験台にするとは想定外だった。


★待つ身は長い!

2007-09-02 11:13:45 | 日記・エッセイ・コラム

 現役時代は、「時は金なり」を軸に事業運営して来たが、今は別の意味合いで「時は金なり」と思うようになった。

 高度情報社会における会社経営の生命線は、時間軸。他社に先駆けて有用な情報を入手し、戦略を練る「先手必勝」が競争の鉄則だけに、時間遅れの情報は、無価値だと信じていた。だから、期限を過ぎた報告に対しては激怒した。逆に、引き受けたことは、徹夜してでも期限を守った。

 組織を離れた今は、時間は全て自分で消化出来る身分だ。何に使おうと、誰からも文句を言われる筋合いはない。これが、”時悠人”の特権でもある。とはいえ、仙人のような暮らしをしている訳ではないので、周囲との接触においては、自ずと制約を受けざるを得ない。

 そこで、自分の時間を大切にするために、以前とは違った形での効率化を心掛けるようにしている。それでも、相手が約束の期限を守らなかったり、我が意と異なる方向に進んでいると、ストレスを感じてしまう。「いつになっても、拘るのは悪い癖」と、女房に叱られているが、生来の貧乏性だけは健在だ。


★「防災の日」の独り言

2007-09-01 09:37:56 | 日記・エッセイ・コラム

 今日、9月1日は「防災の日」。 防災の日は、1923年の関東大震災にちなみ、1960年に制定されたと聞くが、その前年の伊勢湾台風で被災した記憶が印象強く残っている。

 生来の悲観的楽観主義者のため、天災地変に対しては、不可抗力との諦観が先行し、我が家の備えは、必ずしも十分とは言えない。今年は、能登半島地震や中越地震を間近に体験しただけに、来週の日曜日(9日)に予定されている、三町会合同の防災訓練は反省する良い機会になりそうだ。

 ついては、各地で「防災支援マップ」や「緊急連絡体制図」等を整備する取組みがなされているが、支障となるのが個人情報問題。世帯調書を作成しようとしても、プライバシー保護の観点から反対意見が根強い。せめて、独居老人宅を地図上にプロットしたいが、「防犯上、独り暮らしを知られたくない」と自己防衛を訴える人もいる。中には、相当以前に死亡した配偶者の表札名をそのままにしている家もある。

 「非常時にプライバシーもへったくれも無い」との意見もあるが、現実はそう容易ではない。特に、「じゃあ、具体的に何をしてくれるのか?」と、問われると返答に窮するのも現実だ。非常時の被害者は、圧倒的に高齢者に多く、今後ますます、この傾向は顕著になるだけに、行政や地域コミュニティのサポート体制のあり方を真剣に見つめ直したいものだ。