逆子体操

 
 坊を産むとき、切迫早産で3ヶ月程入院していた。お腹が大きいのに受験勉強して前屈みの姿勢、これにストレスが加わって、まあ、言ってみれば自業自得。
 点滴の針を常時刺されてベッドにつながれ、一人ではトイレにも立たせてもらえなかった。何もすることがないので昼間は本ばかり読んで、この時期70冊くらいは読破した。
 
 ずっとベッドに寝たきりの上に、超音波の診断で坊は逆子だと分かっていたので、お腹の坊がでんぐり返りやすいように、いつも一方の側だけを向いて横になってなければならなかった。相手の男とは結婚に到る前に決裂したので、見舞いに来る人も滅多になかった。
 いつもいつも一日中一人ぼっちで、窓の側を向いて(つまり同室の患者たちに背を向けて)ベッドに寝ているのには、心細く淋しいものがあった。

 逆子で結構。どうせもう、人前でハダカになることもないだろうし、お腹に傷が残ってもいいから、帝王切開で取り出してやる、と言ったら、同室の新ママの夫君に、「何言ってるんだ! ダメ、ダメ、ダメ、絶対ダメ!」と怒られた。
 
 夜、寝る前にはいつも、逆子体操をしなければならなかった。体操と言っても、身体を動かしたりはしない。

 まずベッドの上に、手と膝をついて四つん這いになる。それから、そのまま両手をベッド上方にスライドさせて、胸をベッドにぺたりと引っつける。お尻だけ、やけにツンと突っ立てた、シャクトリ虫のような恰好。このまま10分間、じっとしている。
 この姿勢で10分も静止するのには、相当つらいものがある。身体はしんどいし、お腹は重いし、何もすることがないし、いろいろ余計なことを考えてしまうしで、ようやく10分経ったときには、苦行を終える安堵と解放感にも似た感じ。
 この安堵と解放感のうちに、よしっ、と、赤ん坊の向きによるのだけれど、一方の側に一気に勢いよくゴロンと倒れて横になる。これで逆子体操、終わり。終わりだが、しばらくはそのままの向きで横になっていなくちゃならない。

 私はこの逆子体操を、毎晩1ヶ月くらい孤独に続けていた。そしてある夜、お腹のなかで、坊がゴロン、とでんぐり返るのが分かった。

 画像は、モネ「揺り籠」。
  クロード・モネ(Claude Monet, 1840-1926, French)
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