デイヴィッド・コパフィールド

 
 ディケンズは結構読んだ。いわゆる大衆小説なのだろうが、ユーモラスに庶民の活気や感傷が描かれているのが面白くて、読み始めると一気に最後まで読めてしまう。

 「デイヴィッド・コパフィールド」は、孤児のデイヴィッドが虐げられながらも、明るく、前を向いて生きていく話。だが、ディケンズ特有のユーモアのなかに、見捨てられた子供の怖れ、怒り、悲しみなどが表わされている。

 ディケンズの小説は大抵そうだけれど、傲慢な権力者、偽善的な事業家、可憐な少女、忠実な召使、と様々な人物が登場する。だが、彼ら一人一人のなかに、善と悪との価値観の葛藤、無知を乗り越えようとする知の格闘、といったものはほとんど見られない。
 あくまで、あっちの一人とこっちの一人とがぶつかり合う。そしてそのなかにあって、主人公のデイヴィッドは、まるで影のような稀薄な印象しか残さない。
 若い主人公が修練を積み、人間的に成長していく過程というものが描かれているわけではない。だからこそ逆に、単純に楽しんで読めるのかも知れないけれど。

 その点、やけにリアリティのあるキャラクターが、デイヴィッドの年上の友人スティアフォース。彼は聡明で恵まれた、他人を惹きつける魅力を持つ少年なのだが、青年になり、次第に身を持ち崩し人生を踏み誤っていく。
 私はこういう、一番よく描けている人物に感情移入してしまうタチなのか、彼が最後に、少年の頃デイヴィッドに物語をせがんで聞いていたときの姿勢そのままに、頭を腕に乗せ、まるで眠るように死んでいた場面では、胸がきゅ~んと締めつけられてしまった。その後、数日のあいだ物悲しい気持ちで過ごした。

 スティアフォースにまつわって、ペゴティーの兄の持つ、ヤーマスの海辺にある、煙突や屋根や小窓のついた船の家での出来事が、私には印象深かった。
 ヤーマスはディケンズの故郷チャタムがモデルなのだそう。行ってみなければ。

 画像は、ボニントン「ケントの海岸からの出航」。
  リチャード・パークス・ボニントン(Richard Parkes Bonington, 1802-1828, British)

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