社 畜 を 拒 否 す る 田 中 さ ん の 映 画
沖電気に解雇された田中哲朗さんの名前を意識したのは九二年の参議院議員選挙の時だった。選挙のたびに主張をしていた東郷健さんが、何千万円も使って全国区に立候補するのに協力したときだ。テレビ、ラジオ、無料の選挙葉書、ポスター掲示板。せっかくの意見表明の機会だったので、わたしは「警察国家はいやだ」を主張するため、東京地方区に立候補したのだった。
世間様からは泡沫候補と笑われても、主張型の立候補のうち真摯なひとは何人かいる。そのひとりに田中さんがいた。会社から解雇されたのに、200万円もの供託金を払った決意に驚く。八王子に住む共通の知人を介して連絡をもらい、ほんの少しだが掲示板へのポスター貼りを協力しあった記憶がある。電話で話したさいの、なんと純なひとだろうという印象を鮮明に覚えている。
彼のウェブサイトを見ると、選挙で大きなストレスがかかり、眼底出血から網膜剥離、ついに左眼を失明したそうだ。また果敢に闘っているさまは、彼からの頻繁なメールで知る。
その田中さんの映画『田中さんはラジオ体操をしない』。現在63歳。30年前に毎朝のラジオ体操を拒否したために沖電気を解雇され、以来、工場の門前で毎朝30分、企業ファシズムを批判する歌を歌い続ける。当時自民党の亀井静香代議士も激励にきたくらいだ。そして毎月29日には、一日中座り込みを実行。そこには椅子もあり、サロンと化している。
会社の株主総会には、毎回出席して意見を陳述する。田中さんを支援したことから社内でいじめに遭っていた友人を救うため、社長に直談判したこともあるという。学習塾とギター教室で生計を立てているが、その広告を毎朝抗議行動する会社門前の電柱に出している。この発想は、すばらしい。
木刀で鍛錬する田中さんの姿から始まる映画は、オーストラリアの女性監督の作品。端正な顔立ちでバイクに跨り疾走する田中さん、トレードマークはテンガロンハット姿のシンガーソング・ファイター、不屈の民だ。
いじめられっ子に、ケンカのノウハウを伝授する場面。株主総会の前夜に泊まり込みで、仲間たちと会社側の人間に抑え付けられた時の対抗方法を練習する場面。妻や子ども、親との関わりも含めて、田中さんの人柄が伝わってくる。
一見の価値のある映画だ。
◆ドキュメンタリー映画『田中さんはラジオ体操をしない』
オーストラリア映画/マリー・デロフスキー監督