千恵子@詠む...................

リンクにて開く世界は万華鏡 あれやこれやと交差の果てへ

新人の奮闘のさま微笑し 「プリズン・ドクター」

2020年10月01日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

新人の奮闘のさま微笑し 「プリズン・ドクター」

新人の矯正医官が刑務所に赴任する。でも自分の希望じゃない。なぜなのか、深い事情がある。

ずっと育ててくれたシングルマザー若年性認知症の介護を抱えていては、医者の激務をこなせない。定時帰りとフレックスタイムが特色の医官になる。なにしろ月15万円の奨学金のために、700万円の借金あり。やっと社会人になったのに債務者なのだ。刑務所で三年間を働けば返さなくてすむという。

母の持病の認知症などを扱う神経内科の専門医を目指しているのに、キャリアを積めない。医師も患者も塀のなか。

相手の患者群。出所後十年以内の再入所率は五割、うーむ。

そんななかで毎日せっせと診察を続ける。痛いやら眠れないやらの訴え。医療機材も少なく正確な検査もできないなかで、見極めなければならない。詐病を見抜けば患者に怒鳴られ、見抜けなければ舐められる。後ろに控えるベテラン刑務官は、なにしろ詐病を疑う。作業をしたくない。睡眠薬や痛み止めがほしいのは、快感を得るためや刑務所内通貨のためという裏事情もあるそうだ。でも、とある受刑者青年の「見えない病」は丹念に検査を進めるうちに見えてきた難病。やっとこさ病名が分かれば治療への一歩。親からさえも怠け病だと言われていたのが、信頼できる医師にあった嬉しさよ。

自殺を予告していた受刑者が夜中に変死した。自殺か、病死か? 検事が調べにくる朝までに死因を特定せよ!との所長命令。「死体の診察」は採血もできないなかで数時間の、はらはらどきどき。間一髪のサスペンス。

年々増えてくる高齢者によって、ほとんど介護施設と化した房。そんななかで、認知症の放火犯の「誰がために燃える」浮かびあがる真実。老父の呟く北海道弁を手掛りに娘との繋がりに涙する。

ミステリ展開ぐんぐん進む。どんどん事件は起きていく。最後の「白い世界」は怖くて紹介をするのが困難なくらい重い。なんと暴力父親が入所してくる。小さい頃と同じように、ちくちくと子ども(青年医師)を虐める。この鬼父にどう対処したらよいか。めくるめく矛盾のなかで起きた事件。行き過ぎた正義は怖い。読んでみてちょうだい。

刑務所や医療について考えさせられる、四つの連作物語。

千歳名物、鮭の冷凍ルイベなどなど、北の幸も嬉しい文庫本。

「プリズン・ドクター」岩井圭也 幻冬舎・刊 790円&税
  

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池田大作と宮本顕治 「創共協定」誕生の舞台裏 佐高信 平凡社新書 

2020年09月21日 | 

池田大作と宮本顕治 「創共協定」誕生の舞台裏 佐高信   平凡社新書

醜い男ども嫌なんだけど佐高先輩の近著なので、読む。 

>信じることから出発する創価学会、資本主義体制を疑い、変革を望む日本共産党。

>対立関係にあった幼者が手を結んだ「創共協定」は1975年の公表時、日本中に衝撃を与えた。

あー、そんなの知らなかった。三木が恫喝したってよ。ふーん。

強姦野郎の池田を、井田真木子ねえさまも書いてたのは知らなんだ。

笑っちゃったのは湯浅芳子が顕治を泥棒猫と一括したこと。嗚呼、だから泥棒に負けちゃうんだよ(涙)。

菅の初陣の国政選挙で宗教戦争してたのも、おどろき。彼我の差に茫漠たる思い。

騙した奴が悪いですむ時代じゃないことを、実感する。

---- 目次 ----------

第1章 池田大作と宮本顕治の「人生対談」

第2章 創価学会の言論弾圧

第3章 池田大作をめぐるスキャンダル史

第4章 宮本百合子と宮本顕治

第5章 宮本顕治宅盗聴事件

第6章 「創共協定」の経緯とその後

第7章 「だました池田」と「だまされた宮本」

 

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「暗」報 安倍の顛末よ 「朗」報 袴田まんが本

2020年08月30日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

「暗」報 安倍の顛末よ
「朗」報 袴田まんが本

数年前だったか安倍首相の在職日数が最長となって不快だった。更に「連続」在職一位だと。猛烈に不愉快。

今の二十代にとって、小学生の頃から「ずーっと安倍総理」ということなんだ。二八歳のひとまで全部。若手官僚も、成功者気取りのリッチ層そして予備群。あいつら安倍を手本にしてるんかね砂上楼閣。

嗚呼、思い出した。ずずっと古いことなのだけど私が二十代の時に、埼玉大学の教育心理学ゼミで小学生へのアンケート調査を企画したことがある。「一般人が悪事を働くのと、警官がやるのと、どちらが悪いか」、しかし依頼先の大学附属小学校から拒否された。警察は悪いことしないって教えてるから駄目だって。ほー、教育方針かい。

そうか。その伝でいくと「安倍は日本の代表」って教えられるんだよなあ。籠池幼稚園に限らず、旗ふっちゃったりして。真暗黒の十数年。

そして、あっというまの辞任劇。体調の悪化が理由ってか? 国政、国情が悪化で辞めるんじゃないのか。最後まで、自分中心なんだ。

官僚もメディアも破壊じゅうりん殺戮した奴。辞めるんじゃなくて、辞めさせるべきだった。モリカケ等々山ほどあったのに逃げきった。くやしい。

  ★  ★  ★

そこで朗報、すてきな漫画本ができたよ。題して「デコちゃんが行く  袴田ひで子物語」なのだ。

あの袴田巖さんの、お姉さん。半世紀以上も冤罪の巌さんを支え続けるひと。

わたしが感動したのは還暦こえて三階建てのマンションを造るくだり。自身は職場の倉庫に住みながら、家賃収入を基に十八年ローンを完済。とうとう自らのマンションに住めた二年後に巌さんが、戻る。なんと四八年ぶり。

地元、そして出版元の静岡新聞の記事ではこんなふうに紹介されている。

>前向きな性格が最も表れたのは六一歳の時。「巖が帰ってきたときに住むところがなくちゃ」と多額の借金を背負ってマンションを建設。「普通なら『終活』を始める時期なのにね」と本人もいい、「私は百まで生きるので『デコちゃん』は序の口。『第二部』にも期待していただきたい」と笑った。

励まされるよ。毅然力とでもいうのかな、満開の姉さん! ばんざい!!

「デコちゃんが行く  袴田ひで子物語  たたらなおき 静岡新聞社

 

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「ワイルドサイドをほっつき歩け   ハマータウンのおっさんたち」 ブレイディみかこ 筑摩書房

2020年08月17日 | 

「ワイルドサイドをほっつき歩け   ハマータウンのおっさんたち」 ブレイディみかこ 筑摩書房

あー、おもしろかった。

筑摩書房の宣伝紙に連載された時から、ちらちら読んでたけどおっさんたちの労働者魂が嬉しい。

各章は音楽ごとに名付けられているのだが、楽曲を知っていたら更に楽しめただろうな。

解説の英国世代分析で、なるほど。酒を飲まなくなったんだ。でもって、ビールでなくワインか。わしもそうか。

---- 目次 -----

はじめに おっさんだって生きている

第1章 This Is England 2018~2019

1 刺青と平和
2 木枯らしに抱かれて 
3 ブライトンの夢――Fairytale of Brighton
4 二〇一八年のワーキング・クラス・ヒーロー
5 ワン・ステップ・ビヨンド
6 現実に噛みつかれながら
7 ノー・サレンダー
8 ノー・マン、ノー・クライ
9 ウーバーとブラックキャブとブレアの亡霊
10 いつも人生のブライト・サイドを見よう
11 漕げよカヌーを
12 燃えよサイモン
13 ゼア・ジェネレーション、ベイビー
14 Killing Me Softly――俺たちのNHS
15 君が僕を知ってる
16 ときめきトゥナイト
17 Hear Me Roar――この雄叫びを聞け 
18 悲しくてやりきれない
19 ベイビー・メイビー
20 「グラン・トリノ」を聴きながら
21 PRAISE YOU――長い、長い道をともに

第2章 解説編 現代英国の世代、階級、そしてやっぱり酒事情。

Ⅰ 英国の世代にはどんなものがあるのか
Ⅱ 英国の階級はいまどういうことになっているのか
Ⅲ 最後はだいじなだいじな酒の話

 

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米国「奇妙な死刑囚」 三十年後に解放の実話

2020年07月25日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

米国「奇妙な死刑囚」    三十年後に解放の実話

みなさま、気づいたかしらん新紙面。八月号から刷新したんだよ。微妙に違うの、わかるかな。一行に十字。そっ、文字を大きくすることになり、老人フレンドリー化。弱者に優しいと。

その分、情報量は減ってしまう。数年前にもやったけど更に減らすと。それよりも七面の長文映画紹介を何とかするとか工夫は、あるだろうに(以下、略)。幸いにも当コラムは矩形枠のまま原状維持なので、ご贔屓に。文字が小さくて御免ね。

  ★  ★  ★

さて今回の紹介。無実の罪で三十年間、死刑囚監房に監禁されたひとの回想録。米国南部のアラバマ州の黒人が、身に覚えのない強盗殺人の罪で死刑を宣告された。

最初のも次のも、担当弁護士は酷い奴。最低野郎。黒人だから、貧乏だから満足な裁判を受けられなかった。お母さんは、嘘発見機の費用を用意するのだけで精一杯。そもそも何んで被告人の親が払うのか、意味わからんぞUSA。

死の匂い。電気椅子での処刑だから肉が焦げる匂いが漂う。換気が悪くて、一晩じゅう匂いは消えない。悪臭は髪に、喉に、口のなかに居座る。地獄の嫌がらせだ。

そんな中で、死刑執行室に歩いていった五四人の仲間全員の名前を知っていた。なかには面識もない黒人をリンチ殺の白人もいた。KKKの親に育てられたヘンリーは、実際に黒人レイと交流して罪を悔いた。そう、鉄格子を超えて友達になるんだ。ヘンリーはKKK親父に黒人レイを親友として紹介する。父は挨拶もしないし、握手もしない。

レイが提案した読書クラブ。一ヶ月に一度、図書室に集まることを計画し実践する。死刑囚たちの交流は深まるけれど、仲間は次々と処刑されていく。

後半。ノンフィクション本も映画も素晴らしい「黒い司法」のブライアン・スティーヴンソン弁護士と組んだ十五年の闘い。これも長いよねえ。警察も裁判官も酷いが、ふたりの糞弁護士のミスを直すのに優秀なブライアンが悪戦苦闘するのさ。

やっと解放されたレイ。初行動は、愛する母さんの墓参り。三十年ぶりに車の助手席に乗る。「六十メートル先、右折です」の声に飛びあがる。あわてて振り返り後部座席に目を走らせる。彼女は何処だ。道案内をする白色女性は何処だ。そう、運転ナビを知らないのだ。

その後にもフォークを三十年ぶりに使う場面があって、監獄の生活の異常さを考えさせられた。

■「奇妙な死刑囚」 アンソニー・レイ・ヒントン・著   海と月社・刊
  

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「奇妙な死刑囚」 アンソニー・レイ・ヒントン    海と月社

2020年07月23日 | 

あー、駄目だ。abcdefijklmnopqrstvwz でない文字  2個 orz

パソコンを買い換えるしかないか。でも、どう選んだら良いのか分からん。

そもそも、買っても設定できるのか?

「奇妙な死刑囚」 アンソニー・レイ・ヒントン    海と月社

無実の罪で30年間、死刑囚監房に監禁された著者の回想録。

ノンフィクションも 映画も素晴らしい「黒い司法 0%からの奇跡」のブライアン・スティーヴンソン弁護士と組んだ15年の闘い。

 

 

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「皇室タブー」篠田博之 こんなにあるんだ類々と

2020年06月28日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

「皇室タブー」篠田博之     こんなにあるんだ類々と

「皇室タブー」という本が出ている。天皇制批判の本は少ない。マスコミに報道されにくい報告が詰まっている。全部を紹介できないので、気になったとこだけ感想を書いておこう。

六十年前の小説「風流無譚」は、大昔に何処やらか廻ってきた印刷物で読んだことがある。天皇の首すってんころりん荒唐無稽な読み物だった記憶がある。

その後の出版社社長宅での殺傷事件は、右翼のくせに女たちを刺すなんて卑怯だ。やるなら著者や社長をやれと思ったもんだった。

その効果は大でマスコミの「菊タブー」は、ずっと続いた。自粛かあ。その後の変遷を知って考え込んでしまった。まったくこの国の人たちって皇室魔法に弱いのねえ、溜め息。

「新雑誌X」襲撃事件。オカマの東郷健が肋骨を折られる。襲った一水会ひどいぞ。鈴木邦男は今でこそ、救援連絡センター運営委員の足立正生監督も出演する「愛国者に気をつけろ!」映画ができたり「彼女たちの好きな鈴木邦男」邦男ガールズ本と人気者なのだが、こんな過去があるんだ。ぷんぷん。

雑民党の東郷健は全国区の選挙に長年に亙って立候補し続けた。そのためには十人の候補者を擁立しなければならない。八九年の東京地方区に誘われた、ガサ子ちゃん。彼に言われたのは「右翼だけは駄目。あとは何を言っても良い」という条件だった。

さすが政見放送での表現の自由を巡って、最高裁まで争うひとだと感心したものだった。その背景には、右翼からの過酷な襲撃事件があったんだ。

天皇Xデー記事で雑誌「創」へ抗議の街宣。個人宅みたいな編集部マンションに四十人の右翼が押しかける。たった一人で二十人と対峙する篠田博之集長。これ、本書の著者でもある。弱腰へっぴり腰の編集者が多いなかで偉い、拍手。

終章では例の「秋篠宮家長女結婚延期騒動」が報告されている。海の王子様とか眞子とか流れ来る報道に、うんざりしながら慣れていきそうな自分が怖い。

そもそも、だねえ。どうして皇室だけ「さま」なる敬称をつけるの? 漢字じゃなくて平仮名のとこが、気持ち悪い。

外国の王室が来たとき他国は○○夫妻、それなのに自国のみ〇〇「ご」夫妻。己れを謙るのが、美しい日本の伝統だったんじゃないのかい。ずうずうしいぞ天皇制。忖度するなマスコミ。

 ■「皇室タブー」篠田博之・著 創出版・刊

 ■「1961年冬『風流夢譚』事件」 京谷秀夫・著 平凡社文庫-志木電子書籍・刊

あれこれと「皇室タブー」へんせんす篠田博之 創出版

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新しい生活様式かあ 自粛警察ごめんだね

2020年05月27日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

新しい生活様式かあ    自粛警察ごめんだね

5月4日、新型コロナウイルス対策の「新しい生活様式」を厚生労働省が発表した。衛生面には注意する必要があるとは思うが、気になることがある。

例えば、「近づかない」。ひとには会わないようにする。パソコンを使った会議はあるけど、そんなのできるひとは限られている。検察官定年延長法案が、十八日に成立見送りになった背景に250万を超えるツイッターデモが話題を呼んだけど、誰もがスマホを持ってるわけじゃない。

それから「向き合わない」。食事の時は横並び、おしゃべりは控えて料理に集中する。まるで軍隊じゃないか。なんだか、向き合わないって暗示されてるかんじがする。ひとと向き合わない、かあ。

そして「話さない」。これも、見ざる聞かざる言わざる日光東照宮の三猿を連想してしまう。大声を出さない、唾を飛ばさない。

   ※    ※
 

こんな様式が提言されたせいか「営業自粛しない非国民は閉店しろ」なんて貼紙をするマスク組がでてきたよ。

貼紙された女性は、「店を開けないと生きていけなかった」と苦しい事情。家賃など月々の固定費は17万円以上。要請された夜8時までの一時間で稼ぐことは不可能で、大家も支払いの延長を認めてくれない。個人タクシーの運転手の夫も仕事がほぼなくなり、収入が激減。生活費の捻出もままならなくなった。

一人で切り盛りするこぢんまりとした店は「三密」になりやすく、感染リスクは低くない。「私も感染するかもしれない」という恐怖感を抱えつつも、重くのしかかる家賃や生活費を考えると、営業せざるを得なかった。

誹謗中傷の張り紙をされてからは、閉店後の帰り道が怖くなった。店が壊されるかもしれない、誰かに暴行されるかもしれない不安。感染が収束しなければ、19年間続けてきた店を閉めることも検討しているという。

「子どもが公園で遊んでいて三密が起きている」かたや「薬局が五十枚四千円という高額でマスクを売っている」なんて110番通報。

これは便乗じゃないかと思ってしまうよねえ「近所のタイヤ店の作業音がうるさい。店員がマスクをしていないので注意してほしい」と通報(東京新聞、5月25日付け)

外出自粛で生活が制限されて、不満や緊張ストレスが溜まって自粛警察、自主警察が増えているんだろうか。

弱者を攻撃するのは、やめようよ。


   この国は、惨事便乗型資本主義「ショック・ドクトリン」真っ盛り

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義の兄貴「泉水博」ぷれせんて 救援紙にて舟橋寛延

2020年05月19日 | 

逢いたかった兄貴。すごく悔しい。

80翁が喧嘩とめたら...十日間の閉居罰って酷すぎるぜ。

その同じ3月に心肺停止って何なのよ。獄死でなくて獄殺じゃん? 

ああ。丸岡修さんも、むごい獄殺だった(号泣)。

救援連絡センター発行「救援」紙の、8面より。

「怒りていう、逃亡には非ず」

追悼 泉水博さん

岐阜刑務所に服役中だった泉水博さんが亡くなってしまった。泉水さんは83歳の生涯の半分以上を刑務所で送り、外に出たい気持ちをずっと持ちながら結局は獄死という形になってしまった。私は今、十数年来の友人、支援者として言葉に表せない悲しみの中にいる。

2020年の2月に泉水さんは懲罰を受けた。囚人同士の喧嘩を泉水さんが止めたことが、規律違反になるというのが理由だ。朝、居室から出たとき、泉水さんの目の前で囚人同士が争う気配があり、思わず体が動き、もみ合っているうちの一人を背後から抑え一緒に廊下に倒れこんだ、という。

刑務所内のルールとして、喧嘩の加勢はもちろん仲裁に入るのもいけない、という。泉水さんもそれはもちろん承知していたが、「思わず体が動いて止めに入ってしまった。だってまわりに刑務官がいなかったもんだから・・・」と最後の面会(3月16日)に言っていた。

この出来事は本当に泉水さんらしい行いだと私は思う。泉水さんの最初の刑事事件も自分を守るためでなく巻き込まれたという。無期刑で千葉刑務所に服役中に同囚に医療を受けさせるため刑務官を人質にとって訴えようとした。

その後、日本赤軍によるダッカ事件の指名に応じたのも、「自分が行けば、人質になった乗客は釈放されるだろう」という考えだった。

泉水博さんの生涯は終始、人のために行動し、貧乏くじは黙って自分が引くというものだった。

しかし今回の懲罰への泉水さんの怒りは大きかった。人として正しい行為をしたとは言え、いちおうルール違反であることは泉水さんも認識していたので、「まあ訓告ぐらいで済むかな」と思っていたら、十日間の閉居罰を食らってしまったのだ。

普段、私との面会時には温厚な泉水さんが怒りをあれだけストレートに表すのは十数年来のつきあいでも記憶がない。泉水さんの心身を刑務所の管理体制がどれほどすり減らしていたか、怒りと共に記憶したい。

 

2006年のことであろうか、初めて会った泉水さんの印象は、小柄な体をキビキビと動かし、歯切れの良い一昔前の東京弁を話す折り目正しい人、というものだった。私は泉水さんのいたずらっ子のような笑顔や時に見せる含羞が好きだった。

面会はやがて定期的なものとなり、毎月一回は岐阜刑務所に行くのが私の習慣になった。泉水さんの窮状を訴える水田ふうさんをはじめ多くの応援団と共に私は泉水さんとの友情をはぐくんで来た。

2010年の秋、岐阜刑務所は突然面会の不許可を連発しはじめた。これは泉水さんを特別にねらったものではなく、全体の面会者が増えすぎたことなど管理上の理由であったが、新しい施設収容法の趣旨を大きく逸脱した刑務所運営であった。

泉水さんと共に獄外の仲間が共同原告になり、面会権を求める国賠訴訟を起こし、一審の岐阜地裁で部分的勝利、二審の名古屋高裁では一部をのぞきほぼ全面勝利に近い判決を得ることができた。

一方、泉水さんは最初の刑事事件(1960年の事件。なんと60年前!)で無期懲役刑を執行され続けている状態であった。さらにフィリピンで拘束された際、偽造旅券行使による旅券法違反で二年の有期刑も言い渡されていた。これまでも「救援」誌面に何度も投稿したように、刑の執行順序を変更し有期刑を務めないことにはいつまでたっても仮釈放の対象にならないという絶望的な状況であった。

このための裁判もこの数年戦ってきたが、昨年一審に続き二審の名古屋高裁でも敗訴し、最高裁に上告中の中、突然迎えた死である。

泉水さんと共に歩んできた十数年間、成果もあったが、成し遂げられなかったことの方が多い。何より、あれほど出所したかった泉水さんの願いをかなえられなかったことは残念という言葉では到底表せない。

泉水さんとの付き合いで学ばされたことは本当に多い。たとえ周囲と摩擦を生じようとも自分が信じる倫理に従って行動すること。事を起こすについて損得を考えないこと。取った行動の責任は自分が負うこと。昨今あまり見られなくなった人間の生き方、規範を示してくれた。泉水さんの人生の最後尾を伴走できて私は幸せだった。ありがとうございます、泉水さん。

最後に、泉水さんが亡くなった状況がどのようなものであったか刑務所は私たちに明らかにしていない。刑務所の壁は依然として厚いままだ。こんな行刑が許されていいはずがない。泉水さんもどれだけ無念な思いで旅立っただろうか。

舟橋 寛延

『怒りていう、逃亡には非ず 日本赤軍コマンド泉水博の流転』 松下竜一 河出書房新社 

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「彼女たちの好きな鈴木邦男」 邦男ガールズ ハモニカブックス

2020年05月17日 | 

「彼女たちの好きな鈴木邦男」 邦男ガールズ ハモニカブックス

ファンクラブの本だ。

わしは東郷健ファンだからね。

大好きな東郷健さんが、参議院選挙東京地方区に出馬するときに私につけた唯一の条件が「右翼じゃないよね」。

あとは何でも好きなことを言っていいってさ。表現の自由を巡って最高裁まで争ったひとだ。尊敬。

なんでだろうと思ってたけど巻末年表を見て、得心。

1979年 東郷健の芝居「悲しき人類」が竹中労のプロデュースで上演。天皇を揶揄した不敬なシーンで、鈴木と二宮が客席から舞台上に乱入。188頁

千恵子註 「不敬な」という形容は、いらんだろ。編者の主観が入ってる。やなかんじ。

1984年 「新雑誌X」に天皇を揶揄したイラストを掲載した東郷健と再び敵対。一水会構成員が東郷を襲撃して逮捕される。189頁。

千恵子註 オカマの健さんを襲撃するなんて、最低だね。一水会。

------- 目次 -------------
序 私たちの好きな鈴木邦男
 
1 女について語るとき鈴木邦男が語ること
 
2 対話篇 女子に学べ!
 
望月衣塑子 新聞記者の仕事にどう命を懸けるか
 
溝口紀子 “闇の歴史”を体系化して書いた『性と柔』
 
赤尾由美 貧しい人、困ってる人がいたらほっとけない
 
雨宮処凛 右翼の砦を離れた今
 
塩田ユキ “国”よりも私を愛して
 
三浦瑠麗 憲法に書き込まなければいけない3つのこと
 
ミサオ・レッドウルフ 持続する志
 
松本麗華 死刑囚を描いたマンガ作品に共感
 
入江杏 「被害者遺族」のイメージを超えて
 
3 鈴木邦男さんへの手紙
 
中村真夕 2年間の密着
 
香山リカ 客席の鈴木さん
 
早見慶子 鈴木邦男さんとの思い出
 
ユン・スヨン 偶然の出会い
 
御手洗志帆 邦男さんに伝えたいこと
 
瀧澤亜希子 2800文字の「多謝」
 
4 あの人この人
 
平早勉   (写真)
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松田政男さんへ惜別と哀悼を  重信房子 救援4月号

2020年04月16日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

んもー。テキストファイルで送ってくれって頼んだのに<wbr />、まぜこせ。

前回は、四苦八苦して整形した。

今回は名刺広告の超お得意さま千恵子原稿を間違えたので、怒りぷんぷん。直す気力が無くなったの巻。

ちゃんと読みたいひとは「救援」買ってね。300円。

松田政男さんへ惜別と哀悼を


                    重信 房子   3月30日


松田政男さんの訃報を知り、<wbr />驚きと共に感謝を込めて惜別の哀悼を捧げます。

丁度、春分の日の彼岸に松田さんの訃報を新聞で知りました。<wbr />お会いして感謝とお詫びの数々を伝える機会を失してしまいました<wbr />。残念でなりません。

私が松田さんと初めてお会いした時のことが思い出されます。<wbr />69年8月ブントから分かれて丁度赤軍派結成総会が行われた前後<wbr />だったと思います。

塩見さんから機関紙に文章を書くのに、「<wbr />世界革命運動情報」<wbr />誌のバックナンバーが入手出来ないかと相談されました。<wbr />大学の友人Kさんが、<wbr />レボルト社にも時折出入りしていたので彼に貸してほしいと頼んだ<wbr />のですが、「自分はバックナンバーを揃えていない。<wbr />きちんと揃えて持っている人を紹介する」といって紹介されたのが、松田政男さんです。

<wbr />丁度本郷に「映画批評」編集室をつくり発行している頃です。<wbr />黒ずくめの服に濃いサングラスの小柄な人でナップザックも黒。開口一番「<wbr />ボクは失業革命家の松田政男です。40才までには、<wbr />革命で身を滅ぼすつもりで今生きています。」と挨拶されたので、<wbr />そのキザな科白にあっけにとられました。<wbr />

でもバックナンバーをきちんと揃えて貸してくれました。

この時、<wbr />私たちはブントから分かれて赤軍派を結成したことを話すと、大喜びで、<wbr />ブントの擬制的調和から純化して革命勢力が本気で斗うのを歓迎す<wbr />ると言って、何でも協力したいと申し出て下さいました。

松田さんは、<wbr />時々キザな驚くような科白を吐きますが、<wbr />それは本気でロマンと情熱の人であり、実務もしっかり編集長もこなしていました。

彼は「紹介魔」<wbr />と自分でも笑っていましたが、<wbr />これまで私が出会ったことのない個性的な文化・芸術・作家仲間や友人たちをたくさん紹介してくれて、<wbr />カンパや様々な便宜を図ってくれました。<wbr />

大島監督や創造社の仲間たち、五木さんや若松さん足立さんとのとっかかりも松田さんが作って下さったものです。

私も「世界革命運動情報」誌に学び刺激を受けて思索し、<wbr />赤軍派の路線を第三世界の斗いの側から捉え返したいと、<wbr />パレスチナへの斗いの参加を目指すことになりました。

松田さんは、<wbr />私がアラブに行った後も支援を惜しまず、71年秋には「赤ーP」<wbr />映画のフィルムをもってベイルートを訪
れています。

その後73年、第四次中東戦争時には、松田さん、<wbr />若松さん、佐々木守さん、<wbr />北沢正雄さんらと共に出版や情勢討議に熱中しました。

この時、松田さんは、<wbr />ベイルートからパリへと拠点を広げるべく出発しました。パリで「<wbr />赤ーP」上映など革命の文化戦線構築の役を引き受け、国内のIRF情報センターと連携し活動を始めました。<wbr />そんな時代です。

ところがその後、74年夏から秋の「パリ事件」<wbr />といわれたアラブ赤軍メンバーの逮捕をきっかけとする弾圧で、<wbr />松田さんは無関係にも拘わらず仏DSTに逮捕され暴行を受けた上で追放されてしまいました。<wbr />以来、旅券発給を拒否されていました。

2000年に私が逮捕された時には、<wbr />公判に証人として出廷され当時の斗いの意義を語り意気軒昂に検事<wbr />とわたりあっていました。松田さんには多くの友人たちの出会いの機会を作って下さり、<wbr />支援して頂きながら、様々な局面で迷惑をかけたまま、<wbr />お礼もお詫びも直接語る機会を失したまま今回の訃報を受けとることになりました。

その後も9・⒒、第二次インティファーダを経て、<wbr />檜森さんらと日比谷公園のカモメの噴水前でイスラエルへ抗議のハ<wbr />ンガーストライキに参加しました。

檜森さんが、パレスチナに連帯し自決した後も、<wbr />彼の意志を継いだ友人たちと毎月のイスラエル大使館への抗議行動<wbr />「パレスチナに献花を!」の活動を続けていました。

Oさんから、<wbr />松田さんが火災に遭われたこと、体調を崩されたことなど、<wbr />時折知らせて頂きながら案じておりましたが、獄にあって何もできず心苦しいことでした。<wbr />

革命を求め続け87才の寿命を生きた松田政男さん。「ご冥福を」<wbr />と祈りつつ「その言葉(ご冥福)はナンセンス」と嫌うかもしれないと、又、彼を思い出します。<wbr />どうぞ彼岸で新しい斗いを!と葬送したいと思います。

「革命の季節」と題す記録あり パレスチナの地...重信房子よ 

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復興五輪の延期と 惨時便乗戒厳令と

2020年03月28日 | 

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

復興五輪の延期と   惨時便乗戒厳令と

東京オリンピックには反対し続けてきた。放射能汚染除去も進んでない、故郷に帰れない人々が多数いる福島の地から聖火を走らせる嘘「復興」の儀式なんて、とんでもないことだ。リレーは中止になった。それだけコロナ禍の影響が激烈だということだ。

なんと中止の日。原発事故のために避難して東京の公務員宿舎に入り、家賃無償のあと公務員並み家賃になるも払わなかった四世帯に対し、部屋の明渡し裁判提訴の報道。そんなにまでして、きれいさっぱり嘘「復興」したいのか。反吐がでるぞ。

さらには五輪のために追い出されるホームレスさんを思うにつけ、どんどん声なき弱者に皺よせされていく構造。そこかしこにあるのだろうが、見えなくさせられている。だって報道ないんだもん。

悲しいかな、みんなの声で五輪中止でなく、疫病のために延期というのに複雑な思いを噛みしめている。

福島みずほ参議院議員は、ツイッターで呟いている。「都知事が五輪の延期が決定された途端に週末の外出自粛要請を発表。態度が豹変。五輪の延期が決まらなかったら感染の実態や見通しは隠され続けていたのではないか。」

まったくもって、そうだ。なんだい、このタイミング。少なくカウントしてたのに、突然に多くなるって作為的。

感染症の専門家は二月の時点で「都内だけで数千人の保菌者がいると推測できる。実態が表面化しないのは国が検査に消極的だからだ」と指摘していた。検査しなけりゃ陽性でないよ。ずるしてたんだろ。

惨事便乗資本主義きわまれり。ショック・ドクトリン進行中。緊急事態宣言ありやなしや。

豊中市議たちが集会を公園で開こうと市に申請し承認されたが、市は取り消す。取り消しを求めて提訴。各地の公民館は閉鎖されている。集会できないじゃないか。

自粛の報に、惣菜うりきれ、冷凍食品の棚もガラガラ。あああ、予想通りだ。世論調査だと安倍内閣の支持率あがってるんだと。困ったときは命令を待つっていう国民性? いやだなあと思う非国民よ蹶起せよと叫びたい。

文部科学省は四月からの学校再開に向けて、手作りマスクの普及を要請するんだと。売ってないから「手作り」させるって、なんだか戦時中になってきた。科学とか合理性じゃなくて、信仰?の世界かな。

この記事が届く頃には、戒厳令ひたひたと進んでいるのか。

でも、地べたの民は負けないぞ。いまこそ連帯を。

聖火リレーは、ナチスが始めた
  

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「プリズン・サークル」 坂上香 刑務所を撮る

2020年02月26日 | 

クリエイティブ・コモンズにて、転載。

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

「プリズン・サークル」  坂上香 刑務所を撮る

取材許可まで六年、撮影二年。日本の刑務所を、初めて撮影したというのが特色のドキュメンタリー。官民協働の新しい刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」。名前からして監獄みたいじゃないね。

会話禁止の刑務所で、訓練生は語り始める。最初は言葉が出ない。しだいに言葉を回復していく過程。

TC(セラピティック・コミュニテイ、回復共同体)の実践。坂上香監督の「ライファーズ 終身刑を超えて」そして「トークバック 沈黙を破る女たち」を観てきたものとしては、とても気になる。

長尺のドキュメンタリーだが、途中で入るアニメーションと音楽が道案内をしてくれる。

ブレイディみかこの、コメントは「人の苦しみがすべて他者との関わりから生まれるのなら、それを癒すのもまた他者との関わりでしかあり得ない」、そうなのだ。

そして、みかこは続けて指摘する。他者と関わる手段は「会話」であること、暴力へのカウンターは「言葉」であることに改めて思いを巡らせたと。うん。わたしも、そう思った。もし、それができるなら他の監獄でもありえるだろう。ヘイトが進む獄外でも。信じたい。

映画を見ていて、受刑者が過去に受けた暴力の連鎖に圧倒される。事件の加害者というより、人生の被害者じゃないかとすら思える。

親から抱きしめられたことがない青年。どうやら、これに反応するひとが多いようだ。進歩的文化人ね。でもでも、封建的な栃木ど田舎で育った私も抱きしめられた記憶がない。親も教師も体罰あったりまえの世界で、抱擁文化は皆無。テレビの中で外国人のすることだと思ってた。女性差別おびただしい地域で女々しいことは、価値が低い。なんせ毎朝毎晩、おどろおどろしい「君が代」が大音量で流れるなか「日の丸」に直立不動させられる小学校だもの。私がハグを初めて体験したのは、田舎から逃亡して大学を卒業した後だった。

今も躾と思って虐待する親はいるだろうし、万引きを始める七歳児は増えていくだろうし、行政も冷たくなるばかり、保護された施設も地獄。あああ、日本。恐ろしい国。

映画の最後に、日本全国の受刑者四万人のうち、このプログラムが受けられるのは四十人との報告。ナイアガラ瀑布のまえで玩具の柄杓で水をすくってるような、圧倒的な数の差。くらくらするぞ。

でも、一歩は始まったんだ。拍手。よく見ておこう、新たな試み。


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そう「夢をあきらめないで」性別の適合手術...三土明笑と

2020年02月11日 | 

「夢をあきらめないで 68歳で性別適合手術」 三土明笑 現代書館

副題の68歳で手術というのが気になって、読み始めた。

大学教授を定年退職してから手術したんだ。5歳のときから体が男性であることに5歳から違和感を持っていたって、なんて長い道のりなんだろう。

性同一性障害についての情報を収集するうちに、「体は男性」「心は女性」で女性を好きになることもあると知る。「自分は男性と無理して考えなくてもいいんだ」と納得した著者。

50代になってからだ。性同一性障害についての情報を収集するうちに、「体は男性」「心は女性」で女性を好きになることもあると知る。「自分は男性と無理して考えなくてもいいんだ」と納得した。
50代になってからだ。性同一性障害についての情報を収集するうちに、「体は男性」「心は女性」で女性を好きになることもあると知る。「自分は男性と無理して考えなくてもいいんだ」と納得した。

-------- 目次 緑字は千恵子メモ ---------------

第1章 すべてが始まった2003年 13 手術室には性転換手術と書いてある でも不満を覚える そんなこと数々あったんだろう

第2章 わたしのイメージチェンジ作戦 50 まず名前を作り、服装も変えていく 白髪はレーザー脱毛が難しい 66 息子は「父親がオカマだなんてばれたら大変だ。僕の就職に差し障る」 その言葉を聞き、つれあいも要求をつきつけてくる

第3章 「うつ病」の十年を越えて 87 入院もある たいへんだったね

第4章 「名誉女性」を目指して 118 女性名で洗礼を受ける

第5章 心は女性で、かつレズビアン 148 小説も書いてみた とっても努力家さん

第6章 「ジェンダー」について考えた 177 イタリアの児童文学とか

第7章 性別違和に悩む人たちへのエール 202 応援に行った、上川あや候補への男からの罵声

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大富豪ゴーン逃亡! 世界の恥だ人質司法

2020年01月28日 | 

クリエイティブ・コモンズにて、転載。

救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより

大富豪ゴーン逃亡!  世界の恥だ人質司法

カルロス・ゴーン。日産の社長だったひと。コストカッター。労働者の首切り人として覚えたのは、二昔も前だったか。車の種類も類別できない私だが、人民の敵の経営者だということくらいは分かるもんね。

日産とルノー三菱の内紛ゆえか金融商品取引法で逮捕されたのが一年前。強欲な会社と国益とか、なにやら怪しい雲の上の展開か。

じゃーん。無罪請負人として名高いカミソリ弘中、刑事事件のレジェンド高野隆弁護士がついた。日本最強の布陣だあ。それでも百日勾留。そして十億円を払って保釈になる。記者会見をしようとすると、別件で再逮捕。さらに五億で、総計十五億円の保釈金。どうせ金たくさんあるんだろうけどさ。桁の数に目が眩む。くらくら。

その大金を溝に捨てての国外逃亡。金持ちは、違うね。大晦日のゴーン声明だあ。お正月は、ごーんごんごん鐘が鳴り響く。まっこと盛大てんやわんや。あははは。笑うしかない。

逃亡先のレバノンは、犯罪人引渡し条約が締結されてない。米国と韓国としか結んでないって。なに? 嫌われてんのか、信用されてないのか日本。んー、関係ないけど、我らが足立正生運営委員(監督)が逮捕された場所でもあるレバノン。

米国特殊部隊出身の精鋭専門家がいる民間警備会社がついていたとか、コントラバスの箱に入って特別機で飛んだとか、もの凄い展開だ。本を書くと言ってるけど、ハリウッド映画でも話題を攫うだろう。誰が主役を演じるんだろうねえ。敵ながら、あっぱれ。

しかし、これに対する日本側の対応が御粗末すぎる。森雅子法務大臣は、不法コメント。無罪を証明しろとまでいう、それでも弁護士なのかよ。法無大臣。

弁護士事務所への家宅捜索、妻への逮捕状。細かいことを思い出すと不愉快になるから、いちいち触れない。人質司法が白日のもとに明らかになってるのに、とんちんかん言い訳しかできないってみっともない日本、法務省。くだらない報道をして、神輿をかつぐマスコミ。恥ずかしさ極まれりだ。

あげくの果ては、ゴーン逃亡者から「日本で働くときは、気をつけろ」忠告まででてきた。やばやば、優秀な人材は、もう日本に来ないぜよ。

「野蛮な国で裁かれたくない、黙っていると殺されるかもしれない」この痛烈な批判に答えてないじゃないか。

そうだ。これを機会に「人質司法」の恐ろしさを、しんそこ考えるべきだと思い至った一幕だった。
 
 

この国は、じつは暗黒の中世だ

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