チエちゃんが通う小学校の道路向かい、床屋さんの隣の家に、いつもカッコイイ白い車が停まっていました。
そのクルマは家の前の狭っちいスペースに、建物から数cmと離れていない状態で停めてありました。
持ち主は、その家の息子さんであると思われる、大沢たかお似のお兄さんでした。もっとも、小学4年生のチエちゃんには、お兄さんというよりはおじさんに見えたものです。
あの頃、クルマはずいぶんと普及してきたものの、チエちゃんの村でこんなにカッコイイクルマを持っている人は他にいませんでした。
そのクルマが
べレット1600GTという名車であることを、チエちゃんが知るのはご主人であるクルマ好きの彼と出会ってからのことです。
そう、
ユーミンの曲〝コバルト・アワー〟に出てくる
あのベレGです。

夜の都会を さあ飛び越えて
1960年へ
バックミラーに 吸い込まれてく
ちりばめられた 光の中へ
港へ続く 高速道路
空を流れる ミルキィウェイさ
海の匂いの 冷たい風が
白いベレG 包みはじめる
夜明けの金星 消えゆく空はコバルト
真夏の桟橋 彼方に浮かぶ朝焼け
小学生のチエちゃんにとって、クルマの種類や名まえなどどうでもよく、クルマは全部ひっくるめてクルマでした。それでも、そのベレGだけは何となく気になり、毎日そこにあることを確かめたものでした。
ベレGは、日本初のGTカーとして誕生し、一世を風靡したクルマです。小型で、そのリアからテールにかけて下降する丸いラインが何とも言えず、かわいいクルマでした。
でも、チエちゃんはそのベレGが走っている姿を一度も見たことがありませんでした。お兄さんは、大切に大切に、所有しているだけで満足だったのかもしれません。
その後、お兄さんはシルバーの2代目ベレットに乗り換え、
117クーペに換え、チエちゃんが記憶する最後は
ジェミニに乗っていました。
お兄さんは、おじさんになった今でも、いすゞのクルマに乗っているのかなあ。