チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
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県民健康管理調査結果届く

2013年02月24日 | 大地震
福島県福島市在住@チエちゃんです

すみません。ここのところ ブログ放置してました~
先週、やっと我が家にも「福島県県民健康管理調査結果」が届きました。
一昨年の10月に提出してから、1年4カ月もかかったわけです。
 
私の2011年3月11日から2011年7月11日までの推定外部被ばく量は1.3ミリシーベルトでした。
ヒロシと長男は1.5ミリシーベルトで、0.2ミリシーベルトの差はなんだろう?と考えました。
やっぱり、あれかな?
3月13日に給水所に2時間並んだことしか思いつかない。
そうなんです。
水素爆発を起こした直後の1週間くらいが相当な量の放射性物質が降り注いでいたんですよ。
ちなみに、当時100㎞以上離れた場所にいた二男は0.3ミリシーベルトでした。
でも、これもあくまでシュミレーションによる推定値です。
早くホールボディカウンターで検査したいと思いますが、現在福島市では、20歳~39歳の方たちの検査が行われています。
50代は、まだまだ先になりそうです。


AIR MAIL from タイ

2013年02月06日 | チエの玉手箱
郵便受けをのぞくと、一回り大きなサイズのはがきが入っていました。
AIRMAILの文字が目に入り、
私に外国からお便りをくれる人なんていたかしら?

以前仕事でデスクを並べていた女性からのものでした。
寿退社した彼女は2人の子どもに恵まれ幸せに暮らしていたのですが、東日本大震災後、一家で山形県に避難していることを昨年の年賀状で報せてきていました。
それで、今もまだ避難生活が続いているのか?と今年の年賀状を出したところ、本日エアメールが届いたのです。
いよいよ外国にまで避難することになったのかと思いきや、ご主人の転勤とのことでした。
「山形生活に慣れた頃の急な辞令で離れがたかったのですが、住めば都、バンコク生活も楽しんでいます。」
放射能を気にすることなく生活ができて何よりです。

彼女たちが帰国する頃までには、福島ももう少し放射線量が低くなっているといいなと思います。