チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
+昭和50年代~現在のお話も・・・

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はじめての方は「チエちゃん」のカテゴリからお読みいただくことを推奨しています。 もちろん、どこからお読みいただいてもかまいません。

第95話 どうして?

2007年07月31日 | チエちゃん
夏休みの昼下がり、お母さんに宿題を教えて貰ったあとで、チエちゃんは少女期特有の好奇心から、こう質問しました。

 ない(ねえ)、母ちゃん、どうしてお父さんと結婚したの?

チエちゃんだって、まさか「お父さんと母ちゃんは大恋愛だった」などという答えが返ってくるとは思いませんでしたから、せめて「転校生だったお父さんのことが気にかかっていた」とか「○○さんの紹介でお見合いした」とかいうことなのだろうと想像していたのでした。

 うん? そうだなあ、トシ子叔母ちゃんが勇作おんつぁんと結婚してもいいって言ったがら、母ちゃんもお父さんと結婚してもいいって思ったんだ。勇作あんちゃんに嫁様いなくては困っかんなあ

 !!???

 勇作伯父さんは、お母さんのお兄さんで、つまり、勇作伯父さんとチエちゃんのお父さんはお互いの妹を交換してお嫁さんにしていたのです。

 どうして、好きでもなかったのに結婚したの?

 母ちゃん達の頃は、恋愛結婚した人もいたげんちょ、大概の人らは親の言うごどや家のごど考えて、一遍も会ったごどなくても結婚した人もいだな。
 母ちゃんは家が近くて、お父さんのごどは子どもの頃から知ってたがら、まだ良い方だった

チエちゃんは、そんなのおかしい、そんなのイヤだと思いました。
一度も会ったことのない人と結婚するなんて。

 夫婦の情愛って言うのがなぁ、そういうもんは連れ添ってみで、長~い間に湧いてくるもんなんだ


 お母さん、どうして?
いっつも、いっつも、子どものため、、お父さんのため、おじいちゃん・おばあちゃんのため、誰かのため、家族のため、家のため、実家のため、・・・・・
 自分のために何かしたことは、なかったの?
アクセサリーを買ったとか、洋服を買ったとか、映画を観たとか、デートをしたとか、・・・
好きな人はいなかったの? 身を焦がすような恋をしたことはなかったの?

チエちゃんは喉元まで出かかったその質問を飲み込みました。
お母さんが幸せそうだったから。
 チエちゃんの耳に蝉しぐれが戻ってきました。

第94話 花 火

2007年07月28日 | チエちゃん
 今年、関東・甲信・北陸・東北地方は、まだ梅雨が明けていないようですが、蒸し暑い日が続いています。

    暑中お見舞い申し上げます


 あの頃は、夏休みに入る頃には大抵梅雨が明け、もくもくと入道雲が湧き上がった夏空が広がっていたものでした。チエちゃん家の辺りでは、毎日30℃を超す暑さの中にも、裏山の林を抜けてくる風はどことなく涼やかで、扇風機だけで十分過ごすことができたのでした。

 宿題を広げてみるも中々進まず、テレビを見たり、お昼寝をしたり、ダラダラとした日中をやり過ごした夕食時に、お父さんが言い出します。

 よし、今夜は花火でもやっか?

 うん、花火、花火

 家族中で夕涼みがてら庭に出たところで、チエちゃんとたかひろ君が1本ずつ持った花火にお父さんがマッチで火を点けてくれます。

 シュッ、シュッ、シュッ、パチ、パチ、パチ・・・

たくさんあった花火はたちまち燃えかすになっていきます。
サイダー瓶に差したロケット花火はヒューンと上がって消え、期待のわりに一瞬で終わってしまうのでした。

 チエちゃんは一番最後にする線香花火が好きでした。
紙縒りの先の火玉から小さな雷のようにチャッ、チャッ、と火花が散るのを眺めながら、楽しいことはアッという間に終わってしまうものだなあと思うのでした。


ここ福島も、今夜は花火大会です。

第93話 三種の神器(冷蔵庫編)

2007年07月25日 | チエちゃん
 三種の神器の「八尺(やさか)の勾玉」と「鏡」は、天岩戸に隠れた天照大御神を招き出した時、榊に飾ったもの、「草薙の剣」は須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇を退治した時、大蛇の体から出てきた剣のことです。

 この神代の宝物になぞらえて、昭和30年代庶民のあこがれの家電製品3種を「三種の神器」と呼びました。
このうち2つ、チエちゃん家の「テレビ」「洗濯機」については既にお話しました。
残るは「冷蔵庫」のお話です。

「テレビ」と「洗濯機」は昭和30年代末に購入したのに対して、「冷蔵庫」は2・3年後の昭和41年か、42年頃だったように思います。当時はそれだけ高価だったということでしょうか。
 この冷蔵庫によって、チエちゃんの夏休みの生活は一変しました。
それは何といっても「氷」です。
汲み出した冷たい井戸水といっても、氷の冷たさにはかないません。
 金属製の製氷皿に水を入れ、冷凍室の中で凍ったら、仕切り板についているレバーを起すと四角い氷がバラバラと落ちてきます。
それを水で溶いた粉末ジュースの中に入れるのです。ああ~、ゴクラク、極楽。
炭酸のメロンジュースの中に入れれば、ジュワ~っと、泡が盛上がってコップからこぼれそうになる所をすするのもまた、楽しみでした。

 それから、アイスキャンデーを保存しておけるということです。それまでは買ったなら、すぐに食べなければならなかったのですから、一々遠藤商店に出かけなくてもよいのです。

 そして、冷蔵庫の思い出の中で欠かせないもの、コカ・コーラ。
チエちゃんが初めてコーラを飲んだのは何時だったのかしらん? 
やはり、冷蔵庫がやって来てからのことでしょう。
薬臭いような何とも変な味のコーラはたちまち、チエちゃんのお気に入りになったのです。
当時、発売されていた500ml瓶のキャッチフレーズは「三杯飲んでも、まあーだ余る」でしたが、これは150mlのコップで飲んだ場合であって、何だか騙されてるなあと感じたものでした。

 冷蔵庫が来てから、チエちゃん家では、それまで農家の土間作りになっていた台所に床を張り、改修したのです。ステンレス製の流し台が入り、手押しポンプが電動ポンプに変わって、蛇口をひねれば水が出てくるようになりました。
チエちゃん家も、やっとホームドラマに出てくるようなお家の台所になったなあとうれしく思ったものでした。

第92話 ラジオ体操

2007年07月22日 | チエちゃん
小学生たるもの、夏休みといえども忙しい?
夏休み第1日目の早朝6:30から、毎日ラジオ体操が始まるのですから。

 チエちゃんは、寝ぼけ眼をこすり、顔を洗うのもそこそこに、ラジオ体操の集合場所、公民館へと急ぎます。
もう、みんな集まっています。
大きなラジオから、ラジオ体操第一が流れてきました。

 腕を前から上げて、背伸びの運動~

 イチ、二、サン、シ、・・・・・・・


体操が終わると、6年生の班長がカードにスタンプを押してくれました。
チエちゃんのラジオ体操カードに赤いスタンプが1コ輝いています。ヤッター!!

 ところが、このスタンプ毎年3コ以上増えることはなかったのです。
まさに、三日坊主もいいところでした。
どうして、長続きしなかったのでしょう? 
それは、チエちゃんは朝早く起きられなかったからです。

学校のある時には6時に起きていたのですから、起きられないはずはありませんが、休みはゆっくり寝ていたいと気が抜けてしまうことも原因の一つでした。
しかし、最も大きな原因は、夏休みの間中、チエちゃんは夜遅くまで起きていたからでした。

 チエちゃんは、元祖テレビっ子、夏休みは叱られることなく、夜遅いテレビ番組を観ることができたのです。普段なら、9時、遅くても10時には布団に入るのですが、夏休みということもあって、両親も大目に見てくれたのです。
 チエちゃんは、「七人の刑事」や長谷川一夫の「半七捕り物帖」などの刑事物、捕り物帖が大好きでした。これらを観ることができる夏休みを楽しみにしていたのです。

 夜が苦手のおじいちゃんは、野球中継やプロレスが終わると早々に寝てしまうし、農作業で朝の早いお父さんとお母さん、それに弟も、10時には休んでしまいます。
残っているのは、低血圧で朝が弱いおばあちゃんとチエちゃんの二人です。
夏の定番はお化け話、怖さに顔を両手で覆った指の隙間から観るテレビは、ラジオ体操をサボる後ろめたさより、止められない夏休みの楽しみでした。

こうして、宵っ張りの二人は朝早く起きることなど、到底出来なかったのでした。

第91話 ハラホロヒレハラ

2007年07月19日 | チエちゃん
もうすぐ、夏休み!

 チエちゃんは、この時期夏休みまでの毎日をカウントダウンで過ごします。

 そんな中、帰りの会の時、担任の佐久間先生がおっしゃいました。
「図工の時間は今日で終わりました。今日は絵の具セットをおうちに持ち帰りましょう!」
「エエッ!そんなあ!めんどくさいから明日にしよう。」
チエちゃんは、先生の言いつけを守りませんでした。

そして、翌日、
「今日で音楽は終わりです。鍵盤ハーモニカを持ち帰りましょう。」
「またか!最後の日にまとめて持って帰ればいいじゃん?」

また、翌日、
「今日は体育着を持ち帰りましょう。」
「あした!あした!」

 いよいよ、第1学期最後の日がやって来ました。
お掃除をした後、体育館で校長先生のお話を聞き、教室に戻って、佐久間先生から夏休みの注意事項を聞きいて、通知表、宿題の夏休みの友や絵日記、画用紙などをもらって、さようならをしました。

他のみんなの持ち物は、ランドセルと上履きシューズぐらいです。

 まとめお持ち帰りを選んだチエちゃんの荷物ときたら、それはもう大変なことになっておりました。
ランドセルの中に宿題や、上履きシューズを詰め込み、絵の具セットに図画板、水入れの小バケツ、鍵盤ハーモニカに、体育着、おまけにイスに敷いていた座布団。

 更に、昨日まで曇っていた空は本日めでたく梅雨明けし、真夏の太陽が容赦なくチエちゃんを照りつけ、汗だくになって、家に帰り着いた頃には、
チエちゃんは、ハラホロヒレハラ状態だったのです。

 このことが、余程堪えたらしく、チエちゃんはこの後、2学期からは先生に言われなくとも、計画的に荷物を持ち帰るようになったのでした。

第90話 貸した35円

2007年07月16日 | チエちゃん
 夏休みも間近に迫ったある朝、一緒に登校した由美ちゃんが校門を入った途端に
 
 あっ、夏友代、忘っちゃ!

と言いました。

「夏友」というのは、正しくは「夏休みの友」といい、全ての教科が網羅された夏休み限定の宿題問題集のことです。この「夏友」代金の集金締切りが今日だったのです。チエちゃんは2・3日前に代金を持ってきました。

由美ちゃんがひどく困っている様子なので、

 お金、貸してあげっから

そう言って、チエちゃんは由美ちゃんに夏友代金35円を渡しました。
その日、たまたま少女マンガの発売日だったので、チエちゃんはお金を持っていたのでした。

 助かった、ありがと、明日 絶対に返すから

 うん、いつでもいいよ 
(心の声:明日絶対返してよ!マーガレット買うんだからサ)

次の朝、顔を合わせた由美ちゃんは

 あっ、チエちゃんごめん、夏友代忘っちゃ、明日必ず返すから

 うん、明日でいいよ 
(心の声:ああ、よかったあ。やっぱり、おこづかい持ってきて。マーガレット買えないところだった)

昨日一日我慢して、今日は絶対にマンガ本を買いたいチエちゃんは、由美ちゃんがお金を忘れた場合に備えて、貯金箱の中からお金を持ってきたのでした。


 ところが、その翌日由美ちゃんから何の言葉もありません。しびれを切らしたチエちゃんは

 由美ちゃん、あのサァ・・・・・、夏友代・・・・・

 ごめん、明日は絶対!

そうこうするうちに、とうとう夏休みに入ってしまいました。
夏休みの間、チエちゃんも35円のことは忘れて過ごしました。


 第2学期の始業式の日、宿題の夏友を提出した時、チエちゃんは貸した35円のことを思い出しました。きっと、由美ちゃんも思い出したに違いないと思っていたのですが、由美ちゃんは何も言いません。忘れてしまったみたいです。

もう1ヶ月以上経ってしまい、なんとなく催促できないチエちゃんがいました。


 あのサ、チエちゃんサ、大人になってもいつまでもこんなこと覚えてて、イジイジしてるくらいだったらサァ、どうしてあの時、2学期が始まった日に35円返してって言わなかったんだよ!


 あの、どなたか、チエちゃんにお金を貸して、まだ返してもらっていない方はいませんか? 利子をつけてお返ししますので、今すぐに申し出てください。



第89話 手芸クラブ 

2007年07月13日 | チエちゃん
 チエちゃんの小学校では、毎週木曜の6時間目にクラブ活動がありました。
4年生から6年生まで、学年のワクを超えて、好きなクラブを選んで活動することが出来るのです。

 スポーツクラブ、工作クラブ、理科クラブ、将棋クラブ、読書クラブ、習字クラブ、手芸クラブ、・・・こんな感じ。

中でも、一番人気はスポーツクラブです。
季節に応じて、夏はプール、冬ならサッカー、その他はドッジボールやソフトボール、ハンドベースボールなどをやっていたので、とにかく、身体を動かしたい子はほとんどここに入っていました。
マサキ君みつお君も、このクラブでした。


 チエちゃんが選んだクラブは、読書クラブも魅力的でしたが、やったことがないものということで、手芸クラブです。もちろん、ナオちゃんと一緒です。

顧問の先生は、樹木希林さん似の大槻先生と市毛良枝さん似の佐藤先生のお二人です。
先生方も、他の授業と違って、クラブ活動の時間が楽しそうでした。

 チエちゃんが初めて教わった手芸は、レース編みです。
直径20cmの丸いドイリー(花瓶敷き)を作ります。
くさり編みを8コ作ったら、輪にして、細編みを8コ、一段上がって、細編み16コ、次の段は長編み??? チンプン、カンプン!

先生が編み方のお手本を見せてくださいました。きれいに編み目がそろっています。
チエちゃんも見よう見まねで編んでみました。ところが、チエちゃんのくさり編みといったら、不揃いでお手本の3倍もの大きさなのでした。
それでも、一生懸命編んで十段ほど編んだところで、改めて見返してみれば、どうみても目の粗い網に見えるだけなのでした。それに、平らになるはずの作品は波打っていたのです。

このままでは、どうしても納得のいかないチエちゃんは、解いては編み直し、解いては編み直しを繰り返し、夏休みを使ってようやく作品を仕上げたのでした。

出来上がったドイリーは形的には満足だったのですが、真っ白なレース糸のはずが手垢で汚れ、グレーになってしまっていたのでした。

 チエちゃんは3年間手芸クラブを続け、ぬいぐるみやクロス刺繍、マフラーを作りました。大人になって、棒針編みで自分のニットスーツ、彼のセーターをも編める腕前になったのです。

 チエちゃんの手芸道は、全てここから始まったのでした。


第88話 水の味

2007年07月10日 | チエちゃん
 チエちゃんの村で、水道が引いてある所といえば、役場や学校などの公共施設の他は、中心地のごく限られた地域でした。ほとんどの一般家庭では、井戸を掘り、地下水を汲み上げて、それを飲料水として使っていました。

 学校帰りに通る村道に面した、とあるお宅には玄関のまん前に丸い井戸がありました。
まるで、「どうぞ、水を飲んでいってください」と言わんばかりです。小学生たちが利用しないはずがありません。

 水、飲ませてくださ~い!

大声で口々にこう言うと、家の人の許可も下りないうちに、木製の井戸のふたをずらして、ふたの上に伏せてあった、アルマイトの柄杓で井戸水をすくい、ゴクゴクと飲み干したものでした。
 梅雨の晴れ間のジリジリと暑い日に、額に汗して飲むその一杯の水のなんと美味しかったことか。



 チエちゃん家にも裏庭に井戸がありました。
とし江ちゃん家のように汲み上げる釣瓶はなく、ポンプを使って水を汲み上げていました。
井戸には、不純物が入らぬよう、人が誤って落ちぬよう、コンクリートの重たいふたがのせてありました。そのかわり、井戸の脇には清水が湧き出す小さな池と流し場があり、この水を汲んで野菜を洗ったり、夏には池にスイカを浮かべて冷やしたりしました。
湧き水の温度は一定で、夏でもしばらく手を入れているとしびれるほど冷たく、魚もカエルも、イモリも棲むことはできませんでした。

 真夏の炎天下の中を帰ってきたチエちゃんは、ランドセルを下ろすなり、ポンプへと直行し、ガッコン、ガッコンと水を汲み上げます。
しばらくそうして汲み上げると、表面の生暖かい水は流れ去り、底から冷た~い水が出て来るのです。
その水をコップに注いで、一気に飲み干します。

 あぁ~、うまい!

乾いた喉を潤すその水は甘く、喉を通った後も、口の中に水の味が残っているのでした。
水は無味無臭というけれど、絶対に味があるんです。

 後年、「○○のおいしい水」などと銘打って、ペットボトルに入った水が販売されようとは、ましてそれを自分が買うことになろうとは、この時、夢にも思わないチエちゃんでした。

第87話 ひみつ基地

2007年07月07日 | チエちゃん
 皆さんには、ありませんでしたか?

 アニメ「ドラえもん」で、のび太くんたちがいつも遊んでいる土管の置いてある空き地、或いは学校の裏山のような場所。

チエちゃんにも、そんなひみつ基地がありました。

 サラシ川の中程にあるベッド岩もその一つでしたが、チエちゃんが通う小学校の敷地内にもひみつ基地は存在しました。

校舎北側の裏庭には、大きな池があり、ちょっとした庭園のようになっておりました。
池は深緑色に濁っていましたが、時折、イボガエルがポチャンと飛び込んだり、水面近くに上がってきた錦鯉が口をパクパクさせたりしていました。
給食の時、残したコッペパンをちぎって投げると、たちまちパクリと飲み込んでは姿を消したものです。

この池の真中に築山があり、ぐるりと巡ると、北側から築山へと続いていました。
築山にはもみじやつつじ、常緑樹が植え込んであり、季節ごとに楽しむことができました。

 この築山がチエちゃんのひみつ基地です。

ここは、何となくチエちゃんが落ち着ける場所だったのです。
ナオちゃんと来て、おままごとをする時もあれば、他の友達と鬼ごっこをする時もありましたが、ほとんどの場合は、チエちゃんが一人で放課後を過ごす時の大切な場所でした。

和光堂で少女マンガを買ってここで読んだり、家に帰るまで待ちきれずに学習の付録を開けてみたり、時折寝転んでは空想にふけったりできる学校中の誰もがその存在を知っているけれど、チエちゃんだけのひみつの場所だったのです。

   

第86話 恋 話

2007年07月04日 | チエちゃん
 チエちゃんには小学校の6年間、いいえ、もしかしたら、中学の3年間も、ずっと気になる存在の男の子がいました。
そうそれは、異性として好きという意味で。
 彼の名は、杉本マサキ君。
 マサキ君は、頭がよく、スポーツも万能で、カッコイイ男の子でした。
女の子の誰もが、あこがれるタイプです。
強いて難点を挙げれば、身長が低いことぐらいです。
杉本家は村長さんの親戚筋に当たり、村の商店街にお店を構える老舗の呉服屋さんで、マサキ君はその一人息子です。

彼は、男の子たちといつも遊び呆けており、そんなに勉強もしていない風なのに、成績はいつも学年でトップ。
どうやら負けず嫌いの性格らしく、何か出来ないことがあると、泣きながらも挑戦していたことが思い出されます。
また、中学ではバスケ部に所属し、身長の低さを頭脳プレーでカバーし、ロングシュートを得意として活躍、生徒会長も務めました。

 チエちゃんは、自分の気持ちをマサキ君にも、誰にも打ち明けたことはありませんでした。親友のナオちゃんにさえ。
今どきは、幼稚園の頃から「○○君と○○ちゃんは両想い」と堂々と宣言している子が多いようですが、あの頃は小学生のうちからお付き合いをしているような子はいませんでした。
みつお君がチエちゃんに告白できなかったように、チエちゃんもマサキ君に告白などできなかったのです。
そして、そんな想いを誰かに知られたら、どうしようもなく恥ずかしく、そんな感情はおくびにも出さず、むしろ関係ないわという風を装っていたのでした。
それに、マサキ君は頭のいい久美ちゃんのことが絶対に好きだと勝手に決め付けていたのです。

 中学を卒業し、チエちゃんは隣町のそのまた隣町の共学高へ、マサキ君は都市部の男子進学校へとそれぞれ進学しました。
 時折、バス停で顔を合わせるたび、マサキ君はチエちゃんに向かって、手を上げ、ヨッ!とあいさつをしてくれるようになりました。
マサキ君はチエちゃんのことを認めていてくれたのだと解りました。
それは、恋愛の対象としてではなく、同じ時間、同じ空間を過ごした仲間として。

 そして、この時すでに、チエちゃんの胸の中にマサキ君は棲んではいなかったのです。
 チエちゃんは、心の片隅で、いつかはこうなることをたぶん知っていたのです。

注:タイトルは「こいばな」と読んでください