チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
+昭和50年代~現在のお話も・・・

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第204話 萬歳(まんざい)

2021年01月25日 | チエちゃん
お正月も過ぎたある日、チエちゃんはおじいちゃんおばあちゃんとこたつに入ってお茶を飲んでいました。(子どもなのにお茶とはシブ~い😅
と、玄関先におじさんの影が2つ。
 
おじさんたち:こんにちは!ひとつ、萬歳はいかがですか?
 
おばあちゃんは困ったような顔をしましたが、それはほんの一瞬のことですぐにニコニコ顔に戻り、こたつから出て、玄関の上がり框にお座りをしました。
おじさんたちは変な格好をしています。
チエちゃんは、前にテレビで見た越後獅子の人が着るような衣装だと思いました。なぜなら、おじさんの一人が大きな獅子頭を抱えていたからです。もう一人は大黒様のような帽子を被り鼓太鼓を持っています。
チエちゃんは興味津々でおばあちゃんの隣に正座しました。
すると、おじさんたちは鼓をたたいて口上を述べ(何をいっているのか幼いチエちゃんには理解できなかった)、獅子頭を被ったおじさんが踊り始めたのです。
びっくりして見ていると、お獅子がおばあちゃんの頭に噛みついたのです。
おばあちゃんは自分から頭を差し出したように見えました。
お獅子が離れた後のおばあちゃんはニコニコしています。
それから、お獅子はチエちゃんめがけて襲ってくるではありませんか!
チエちゃんは怖くなって、おばあちゃんにしがみ付き、とうとう泣き出してしまいました。
お獅子はチエちゃんの頭をかじるマネだけをして、おじさんが顔を出しました。
 
おじさん:泣かせちゃって、ごめんなさいね。
おばあちゃん:チエ、お獅子に頭を噛んでもらうといいことがあるんだよ。
 
なあんだ、そうなのか。でも、やっぱり怖いものは怖い。
いつの間にか、上がり框には山盛りのお米を乗せたお盆が置いてありました。
お母さんが用意したものでしょう。
おじさんたちは、袋にお米を入れると立ち去っていきました。
 
 
このおじさんたちは、萬歳師と呼ばれる角付け芸人です。
お正月に家々を巡り、新年を言祝ぐ口上を述べ、金銭やお米をもらっていくという職業でした。おそらく、普段は別の仕事をしていて、この時期だけ萬歳をやっていたと思います。
チエちゃん家には小正月から節分あたりに来ていたように思います。
まあ、体のいい物もらいですから、一瞬おばあちゃんが困った顔をしたのも解りますね。(自分で言うのもなんだけど、子どもってよく見ているものです)でも、縁起物でもあるので、無下に断ることもできなかったということでしょう。
このおじさんたちが来ていたのは昭和40年頃までだったように記憶しています。今では無くなってしまった職業ですね。
チエちゃんのお話しが書けてよかった~😄
イメージが湧かない方はこちらをご覧ください→萬歳-Wikipedia
 
 
 
 

第203話 神経衰弱

2020年02月07日 | チエちゃん
神経衰弱というトランプゲームをご存知でしょうか。
ジョーカーを除く52枚のカードをすべて裏返しに並べます。
順番に2枚ずつカードをめくり、AーA、5ー5などのように同じ数字が揃えばそのカードがもらえ、揃わなければ元のとおりにカードを伏せます。
一番多くカードを集めた人が勝ちとなります。
要するにこのゲームは、どこにどんなカードがあるかを記憶するゲームです。

冬のこの時期、チエちゃん家ではこたつを囲んでページワンや七ならべ、ババ抜き、神経衰弱などのトランプゲームを一家揃って楽しんだものでした。
神経衰弱ゲームは、チエちゃんがダントツに強いのです。
まだ小さい弟のたかひろ君は敵ではありません。

さあ、トランプゲームのはじまり、はじまり~
チエちゃんはどのカードを引こうか迷った末に、自分の右手の近くのカードを1枚めくりました。
ダイヤの7です。
7、7、7。7はどこにあるんだろう?
よし、おじいちゃんの目の前にあるあのカードだ!
ハートのQ。
残念。チエちゃんはトランプを元通りに裏返しました。
次はおじいちゃんの番です。
おじいちゃんは真ん中辺りのカードをめくりました。
スペードのQ。
ああ~、やばい。さっき、チエちゃんがめくったハートのQはおじいちゃんの真ん前です。
おじいちゃんに取られちゃう!
ところが、おじいちゃんは全然違うカードをめくって
こりゃ、ダメだ。と笑っています。
チエちゃんはホッとしながらも、思いました。
もしかしたら、おじいちゃんは孫のためにワザと違うカードを引いているのかしら?

私も還暦を過ぎた今、あの頃のおじいちゃんが孫のためにワザと負けてくれたんじゃないとわかりました。
本当に分からなかったのだと。
だって、私自身がそうなりつつあるのだから。
電話番号は完全に覚えられない(覚える気がない?)し、人の名前も出てこない。
さっきまで手に持っていたものを置き忘れて、探し物の日々。
あの頃のおじいちゃんより、まだ若い年齢なのに、大丈夫か?私。

トランプの画像はこちら↓のサイトよりお借りしました
フリー写真素材ぱくたそ 

第202話 小名浜の魚屋さん

2019年05月15日 | チエちゃん
 は~るばる来たぜ 函館へ~
 さ~かまく波を 乗り越えて~

萌黄色に輝く山並みの彼方から五月の風に乗って、サブちゃんの歌が流れてきました。
庭で遊んでいたチエちゃんは急いで母屋へ駆け込みました。

 ばあちゃん、おなはまの魚屋さんが来たよ!

 そうがい!? ばあちゃんには、なあんにも聞こえないけどな・・・
 チエは耳がいいなあ。
 なあに、まだまだ遠いからあわてるごどはねえさ。

そう言いながらも、おばあちゃんは奥の部屋に行き、桐箪笥の引き出しからきんちゃく袋を取り出したのでした。

 後は追うなと言いながら 後ろ姿で泣いてた君を
 思い出すたび逢いたくて・・・

サブちゃんの歌声はだんだん大きくなっているのに、魚屋さんのトラックはなかなか見えません。
待ちくたびれた頃にようやくトラックがチエちゃん家の下の県道に停まりました。チエちゃんとおばあちゃんが坂道を下りていくと、無精ひげのおじさんが、
「毎度おなじみ、おなはまの魚屋です!」と威勢の良いあいさつをしてくれます。

おじさん:今日はない、活きのいいギンダラと赤魚が入ってるよ!
そう言って、見せてくれたのはカチンコチンの魚の切り身でした。
(当時は子どもだったので何とも思わなかったが、冷凍でも『活きがいい』というのだろうか?)

おばあちゃん:そうだない、ほんじは赤魚を10切れも、もらうべが。

おじさん:へい!毎度あり!

おじさんが魚の切り身を包んでくれた新聞紙を抱えて、おばあちゃんとチエちゃんはお家に戻りました。
その夜のおかずは、もちろん赤魚の煮つけです。
小名浜の魚屋さんはトラックにたくさんの魚を積んで、春と秋にやって来ました。チエちゃん家ではそれを楽しみにしていたものです。

※このお話しには後日談があるのですが、それは明日をお楽しみに。



第201話 トシ子叔母さん

2017年10月14日 | チエちゃん
トシ子叔母さんは、チエちゃんのお父さんの3歳下の妹です。
チエちゃん家から、すぐ近くのチエちゃんのお母さんの実家に嫁いでいました。
トシ子叔母さんの話好きで、お世話好きという所がおじいちゃんの性格を受け継いでいたと思います。
根掘り葉掘り聞き出してはあちこちで話すので、たちまちお話が広まってしまいます。
チエちゃんのお母さんなどは、叔母ちゃんには大事な秘密の話は打ち明けられないとよくこぼしていたものです。
でも、トシ子叔母さんは辛い思いや苦労をたくさんしてきたのです。
おじいちゃんおばあちゃんと再婚する時、子どもはヨシヒサおじさん1人だけと偽っていたのです。ところがいざ嫁いでみたら、あと二人も子どもがいたのですから、おばあちゃんにしてみれば騙されたと思ったことでしょう。
それで、おばあちゃんはトシ子叔母さんに辛く当たったらしいのです。いわゆる継子いじめです。
トシ子叔母さんはおじいちゃんの前妻(兄妹の実の母親)に瓜二つだったらしく、それもおばあちゃんのカンに触ることだったのかもしれません。
トシ子叔母さん自身も実の母親には複雑な想いを抱いていたようです。
長じてから、東京を訪れた際、偶然昔ご近所だった方に逢い、
「あら!?あなた、○○さんの娘さんじゃないの? お母さんにそっくりだねぇ。」
と言われ、男狂いのふしだらな母親とそっくりと思われているのかと、ものすごく嫌だったということです。

叔母さんは大人になって、チエちゃんのお母さんのお兄さん勇作おじさんと結婚しました。
お母さんの実家は貧乏で、お金は一銭もなく、お米が一粒もないという暮らしだったと言います。
そういう所に嫁いだわけですから、相当な苦労をしたことと思います。
勇作おじさんと一生懸命働いて、家を建て替え、ようやく人並みの暮らしができるようになった頃、今度は勇作おじさんが癌になってしまいました。
3年の闘病の末に亡くなった勇作おじさんは56歳、トシ子叔母さんはその時51歳でした。

その後、長女が婿を迎えて後を継ぎ、孫にも恵まれ、晩年は幸せだったと思います。

第200話 絵の具箱

2016年09月07日 | チエちゃん
実家で掃除をしていたら、こんなものを見つけてしまいました。
チエちゃんが小学校1年から中学3年までの9年間使っていた絵の具箱です。
2階の天井近くの棚の上でほこりまみれになってました。
50年以上前のものなので、なんと木製なんです。
開けてみると、絵の具と絵筆が当時のまま出てきました。
絵の具の中身はカチンカチンでしたけどね。


あれは中学2年の夏休みのことです。
題材は何でもよいから、絵を1枚描いてくる宿題が出ていました。
絵が苦手だったチエちゃんは1日1日先送りにしていたのですが、とうとう明日は夏休み最後の日という時になって、ようやく重い腰を上げました。
何を描くかはもう数日前から決めてありました。
家の門道に咲いているひまわり。そこは、柿の木が日陰を作っているので写生をするのもバッチリです。
まずは、鉛筆で下書き。
写生は対象となるものをよおく観察して描けって、先生が言ってたな。
葉っぱはどんなふうに付いてるのかな? 花弁は?
まずまずの下書きが完成しました。
それから、いよいよ絵筆を使い色づけです。
たしか、葉っぱの色は全部同じみどりじゃないとも言ってたっけ。
最初は薄い色から。影になってる部分と光が当たってる部分をよく見て。
出来た!
我ながら、よく描けてる。
特に、2輪描いた左側のひまわりの種の部分。うまく描けてるじゃん。
でも、・・・・ 右側のひまわりが何度手直ししても、どうしてもうまく描けない。
ああ、めんどくさい! もういいや、これで完成。

そして、新学期が始まり、廊下に張り出されたチエちゃんのひまわりの絵にはなんと金紙が張られていたのです。
やった! 金紙もらうなんて初めてだ!
ちょうどそこへやって来たナオちゃんにも「うまく描けてるね。」と誉められ、有頂天になっていると、

「でも、チエちゃん、右側のひまわり、どうして左側と同じに描かなかったの?」

(うは~、やっぱり絵がうまいナオちゃんの眼は誤魔化せないや)

「あたしだって、できることなら描きたかったよ。でも、どうやってもダメだったんだよ」

第199話 エーデルワイス

2016年06月18日 | チエちゃん
ジュンコ先生は、ボーイッシュで、体操選手のように筋肉質な引き締まった体型の体育の先生です。
準備体操を終えたチエちゃんたちに号令をかけました。

ハイ!みんな集まってー!

体育座りをしたチエちゃんたちに向かい、

え~、今日から新しいダンスをします!
みんな覚えてね

体育の授業は女子だけにダンスの時間があったのです。
まじめにダンスをするのはちょっと恥ずかしく、誰もが仕方なくやっているという感じでした。
そのダンスというのは、フォークダンスでもなく、自分たちで創る創作ダンスでもなく、今までやったことのないものです。
それに、男役と女役があります。
動きを覚えるまでは先生の1,2,3,4、という号令でしたが、全員がマスターすると、

それじゃ、音楽に合わせて踊ってみましょう

テープレコーダーから流れてきた曲は、

♪エーデルワイス、エーデルワイス・・・・

音楽に合わせて踊ると、それはなんとも優雅なワルツだったのです。


時は流れ・・・・
チエちゃんはTVの洋画劇場でジュリー・アンドリュース主演「サウンド・オブ・ミュージック」を観ていました。

トラップ邸で開かれた舞踏会。
ゲオルク大佐と子どもたちの家庭教師マリア(ジュリー・アンドリュース)が、テラスで2人だけで踊るシーン。
2人は惹かれあっていることを意識します。

チエちゃんは、すぐに気づきました。
このダンスは、あの時、ジュンコ先生に習ったダンス・・・
曲は「エーデルワイス」じゃないけれど、間違いない。

ロマンチックとは無関係と思っていたジュンコ先生が、実はオトメチックな人だったんだと、その時驚きと共に理解したのでした。

第198話 砂鉄

2016年05月29日 | チエちゃん
その遊びが流行ったのは、理科の授業でじしゃくの学習をしたからでした。

下敷きの上に置いた砂鉄に、下敷きの下から棒磁石を近づけると、あら不思議!
磁石に引き付けられた砂鉄が意思を持ったように動いて、模様を作ります。
この授業をする前、チエちゃんたちは校庭の砂場に行き、砂鉄採りをやりました。
砂の中にU字磁石を入れて探ると、砂鉄がくっついてきます。

それを知ったチエちゃんたちは、それから毎日昼休み時間や放課後になると砂場へ行き、砂鉄採りに励んだのでした。
だれが一番砂鉄を集められるのか?競争ですw
そして、一番砂鉄を集めていたのは、みつおくんです。
休み時間になると、みつおくんは両極にもっさりと砂鉄を付けたU字磁石を自慢げに見せびらかすのです。
負けてなるものかと、みんなは増々砂場通いを続けたのでした。

チエちゃんはこうして集めた砂鉄を薬びんに詰めて、大切に持っていたはずなのに、何処にいっちゃったのかな~
今の子どもたちは、こんなあそび知ってるかな?
福島県は無理かもしれない。砂場遊びはできないんだから。

第197話 桜でんぶ

2015年02月03日 | チエちゃん
今日は節分ですね。
数年前から、関西の風習である恵方巻がここ東北にも伝わって(実は業界の陰謀だと私は睨んでいる)きて、スーパーマーケットや寿司チェーンでは盛んに宣伝をしていますが、我が家にはそんな風習はないので、恵方巻は食べません。(業界に乗せられて、たまるか!)
でも、スーパーで、海苔や寿司酢、かんぴょうなどに混じって陳列されていた「桜でんぶ」を、なつかしくなってつい買ってしまった!(このパターンが多いな~)

チエちゃんは、この「桜でんぶ」が大好きでした。
きれいなピンク色で、甘いのにお菓子とは違う味わい。
でんぶは普通、ちらし寿司やのり巻の彩りとして使われますが、チエちゃんはふりかけのようにご飯にかけて食べていました。
あるいは、おやつ代わりにそのまま桜でんぶだけを食べていたのです。
この不思議な食べ物は何でできているんだろう?

なぞが解けたのは、中学の料理実習でした。
ちょうどこの季節だったのかもしれません。
作る料理は、ちらし寿司とはまぐりの潮汁です。
材料が準備された先生の料理台の上には、なぜか三枚におろしたタラの半身がありました。
「ちらし寿司にこんなお魚を使うのだったかな?」
そう思っていると、先生が作り方を見せてくれました。
タラを茹で身をほぐしたら、鍋に入れて火にかけ、数本の菜箸でかき混ぜながら炒り付けます。
そして、砂糖、酒、みりん、塩で味付けをして、食紅で色をつけます。
「ああ~、あの桜でんぶって、こうやって作るんだ。あれは、お魚からできてたんだ。」

それから、自分も挑戦してみましたが、タラの身は半分以上お鍋の底に焦げ付いて、出来上がったでんぶはほんのちょっとだけでした。
こりゃあ、作るよりも、買った方が絶対いいね。
そう考えたチエちゃんは、あれ以来桜でんぶを作ることは二度とありませんでしたとサ。

それに「でんぶ」ってへんな名前です。もっと、可愛らしい名前はないの~?



第196話 ヨシヒサおじさん

2015年01月21日 | チエちゃん
ヨシヒサおじさんは、東京に住むチエちゃんのお父さんのお兄さんです。
一家は浅草で食堂を営んでいたわけですが、戦争が始まり、日に日に空襲が激しくなってきたため、おじいちゃんおばあちゃんの故郷である福島の田舎へと疎開したのです。
それ以前に、わずか15歳で志願兵として海軍に入隊していたおじさんは、復員後に田舎へとやってきました。
東京の下町の暮らしから、何もない田舎へと引っ越したわけですから、田舎暮らしが性に合わなかったものか、継母であるおばあちゃんとの折り合いが悪かったものか、ヨシヒサおじさんは一人東京へと戻って行きました。
それから、どんな馴れ初めなのかチエちゃんは知りませんが、ひとり娘のアキ子おばさんと結婚し、婿養子になったのでした。
アキ子おばさんはきれいな人で、上品で、垢ぬけていて、いかにも東京の人という感じなので、おじさんのどこに惹かれたのかなと思います。
そして、一男一女を儲けます。
おじさんが、こんなことを言っていたのを思い出します。
「チエちゃん、悪いけどね、おじさんのふるさとはこの田舎じゃないよ。浅草だよ。」
その時の私には、よく意味がわかりませんでしたが、今なら分かります。
多感な少年時代を過ごしたその場所こそが、おじさんにとってのふるさとであったのだと。

おじさんはとても話好きで、田舎に帰ってくると朝から晩までおしゃべりを続けています。
そんなおじさんに辟易しているおじいちゃんも、おばあちゃんも、お父さんも、夜はさっさと寝てしまいます。
ひとり残されたお母さんが、夜遅くまでおじさんの話し相手となるしかなく、「おじさんが早く寝てくれないものか」とチエちゃんによくこぼしていたものです。

ところで、ヨシヒサおじさんの仕事は警察官でした。それも、刑事。
おじいちゃんの血を受け継いでしまったおじさんは、世話好きのお人好し。
そんな風にチエちゃんの目には映っていましたから、人の良さそうなおじさんは本当に刑事なのだろうか?
犯人にバカにされないのだろうか? 秘密を守れるのだろうか?
それに、おじさんの子どもたちマー君とアッちゃんも、のほほんとしていて刑事の子とは到底思えません。
(おじさんの職業と家族は全く関係のないことだが、チエちゃんはこう思っていた)
テレビドラマ「七人の刑事」の芦田伸介みたいなかっこいい刑事さんにはなれないなと思っていたチエちゃんなのでした。
チエちゃんはテレビの影響で、刑事といえば殺人事件を扱う捜査一課と思い込んでいたわけですが、実際のおじさんは泥棒相手の捜査三課の刑事であったろうと思います。
それも、所轄のいわゆるたたき上げというやつで、階級は退職時の一階級特進で警視だったようです。
それでも、いつだったか「おじさんはね、これでも知能犯係の班長なんだよ」と自慢していたことがあったっけ。

そんなおじさんが、たった一度だけチエちゃんに刑事の顔を見せたことがあります。
チエちゃんたちがおじさんの家の遊びに行き、帰るという日におじさんが出勤前に上野駅まで送ってくれたのです。
「じゃあ、気をつけてね。また、東京に遊びにおいで。悪いけど、仕事があるから先に行くよ。」
そう言って、きびすを返したおじさんの顔が一瞬で引き締まり、全くの別人になりました。
内ポケットから取り出した警察手帳を駅員さんにチラッと見せて、颯爽と改札を抜けていくおじさんは、とってもかっこよかった。
「やっぱり、ヨシヒサおじさんは本当に刑事さんなんだ。」


追記:伯父の葬儀にて、この記事を弔辞として読んだ後、伯父と同僚であった方から声をかけていただき、知能犯係というのは捜査二課とのことです。私は、またまた思い違いをしていたわけです。
また、その方によると、テレビドラマ「七人の刑事」は「まさに、私たちのデスクの横で書かれたんですよ」と言っていらしたので、もしかしたら伯父もモデルの一人だったかもしれません。
いやはや、です。

第195話 サボテンとかつ丼

2013年11月30日 | チエちゃん
この秋、つぼみを持っていたサボテンが値下げ処分となっていたのでつい買ってしまいました。
見事にきれいな花を咲かせてくれました。来年も咲かせられるよう、管理がんばりたいと思います。
サボテンで思い出すことは、トクおばさんのことです。

トクおばさんは、おばあちゃんの弟賢次郎おじさんの奥さんです。
どういう経緯で、トクおばさんと行くことになったのか?
それはすっかり忘れてしまったのですが、チエちゃんはトクおばさんと飯坂温泉に来たのでした。
温泉に浸かったあとで、トクおばさんはチエちゃんに提案しました。
「チエちゃん、せっかくここまで来たんだから、熱帯植物園見て行こうか?」
「熱帯植物園?」
「あったかい国の珍しい植物が見られるんだよ。さあ、行こう!」
おばさんにそう促されれば、チエちゃんは従うしかありません。
電車の線路を渡り、狭く急な坂道を下ってしばらく行くと熱帯植物園に着きました。
当時、温泉の熱を利用した熱帯植物園があったのです。
園内は暖かく、バナナの木やハイビスカスなど、チエちゃんの知らない南国の植物がたくさんありました。
ウィークデーの日中ということもあって人影も疎らな園内をトクおばさんとチエちゃんはゆっくりと廻ったのでした。
そして、サボテンのコーナーに来ると、
「チエちゃん、おばちゃんはね。サボテンが大好きなんだよ。」と言ったのです。
それから、じっくり観察したあとで、トクおばさんは急にキョロキョロと辺りを見回しました。
チエちゃんが見ていると、トクおばさんはサボテンの一部をぽちっと折り、ちり紙に包んで着物の袖に入れてしまったのです。
「あっ!」とチエちゃんが小さな声を上げると、トクおばさんは唇に人差し指を立てて「シーッ!」というしぐさをしました。
それから、二人はそそくさと熱帯植物園を離れたのです。

帰り道、電車の駅に近づくと、トクおばさんはまた提案しました。
「チエちゃん、お腹すいたね。かつ丼食べて行こうか?」
かつ丼なんて、滅多に食べられません。食べたいのはやまやまだけど、いいのかな?
「さ、さ、こっちだよ。」
「うん!」
駅前食堂で、かつ丼をごちそうになりながらチエちゃんは子ども心に考えました。
トクおばさんが熱帯植物園に行きたかったのは、あのサボテンが欲しかったからなんだ。
そして、このかつ丼は「他の人には内緒だよ」という意味なんだ。

あ~あ、バラしちゃった!
もういいよね。時効だよね。トクおばさん!