気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

短歌人2月号 同人のうた その5

2010-02-27 13:41:17 | 短歌人同人のうた
機窓開け果てまで白雲(はくうん)踏みゆかばきつと遇ひ得むかの亡き人ら
(蒔田さくら子)

掌に剥きあげたりし蜜柑あり時間掛けたるもの光もつ
(多久麻)

自爆テロリストとならねば平凡に永代橋を渡る仕合せ
(藤原龍一郎)

もの言はず送信着信くりかへす車内に透明のさざ波立ちをり
(斎藤典子)

悪食と美食のあひに身を反らす鰧(をこぜ)は旨し謹みて食(を)す
(武下奈々子)

雲ばかり見ているうちに夕雲になってしまいしわれかもしれず
(関谷啓子)

シャッター式雨戸といふはすさまじき音にて分かつ小菊とわれを
(佐々木通代)

結末を知ったからとて何になる紐で括った洋書少々
(武藤ゆかり)

逝くまへのひとつの吐息 おそ秋の冷えたる朝の鍋の浅蜊は
(染宮千鶴子)

人類のもっとも陽気な深呼吸アコーディオンは空へ膨らむ
(森澤真理)

たぎる湯に青菜肉片投げ入れて魔女にはあらず聖女にあらず
(今井千草)

*******************************

短歌人2月号で○をつけた歌、取り急ぎ引用します。

短歌人2月号 同人のうた その4

2010-02-24 00:32:20 | 短歌人同人のうた
ともかくもわれは生きゆく金の風銀の風など視て従へて
(柚木圭也)

また来ますと言ひて行かざりし病室を思へば遠き海の光
(酒井佑子)

秋袷やはらかく身に添はせゐるみづおちふかきに文目(あやめ)むらさき
(山下冨士穂)

淋しいか淋しくはないか土手の木に聞けば問はるる私もまた
(金沢早苗)

冬の雨ふればかの日のブロンズ像「労働者」に酸性雨の縞
(岡田悠束)

容赦なく日は流れゆき誕生日92歳になりにけるかも
(野地千鶴)

これがかの七憎ざかり然れども眠りに落ちしときのみ天使
(本多稜)

いつしらに月日ながれて見開きの海を去りゆくなんばんの船
(春畑茜)

ブラウスを着ずにすごせし春いくつ中原淳一の少女おもへば
(橘夏生)

よろこびに満ちてふたりはただ居ればわが感情はしづかになりぬ
(小池光)

********************************

短歌人三月号が来る前に急ぎ読みたり同人一欄
(近藤かすみ)

今日の朝日歌壇

2010-02-22 23:24:46 | 朝日歌壇
終電の近きホームに自死ふせぐ蒼き照明冷たく射(さ)せり
(横浜市 大須賀理佳)

補聴器を外したままで曖昧な世界にいる人時にほほえむ
(三島市 渕野里子)

六千枚のトーストを焼くキッチンより餅焼くような匂い漂う
(アメリカ 郷隼人)

**************************

一首目。最近、自殺を防ぐために、駅のホームや踏切の照明を青くしているという話を聞く。そのことを歌にしたある種の時事詠と読んだ。「蒼き照明冷たく」あたりの言葉に重なりがあるので、何かを減らしたらもっと良くなるのではないだろうか。
二首目。私の母はずいぶん前に亡くなっているが、耳が遠かったので補聴器を持っていた。しかし、「雑音で気分が悪くなる」とあまり使っていなかった。補聴器は便利ではあるが、聞きたくないことまで拾って聞いてしまうという「しんどさ」を伴う。この歌の登場人物は、耳が遠くても補聴器を外した曖昧な世界を楽しんでいるようで、やや救われる気分になる。若い人が乗り物の中でi-pod(ちょっと前ならウォークマン)で音楽を聴いているのも、他人のおしゃべりなどの雑音を聞きたくないという気持ちからではないだろうか。
三首目。六千枚のトーストという具体的な数字が出て、リアルな作品。作者が郷隼人氏なので、アメリカの大規模な刑務所だとわかるが、作者名がなかったら、「六千枚のトースト」で戸惑うかもしれない。

電柱の  柏木進二  つづき 

2010-02-21 18:50:05 | つれづれ
ビル街のはざまの道をもりあがりながら富士山近づいてくる

糸切り歯覗かせながら軽躁の上野広小路田宮二郎は

放射式石油ストーブまん中に燃えてしっくり園まり歌う

流れつつ解散はせず十九歳名曲喫茶紫苑に及ぶ

大相撲の天井カメラ短靴を揃えて置いた枡席のひと

スマイリー小原踊るは執り成さん乱臣賊子高度成長

果てしなき彼方に向いて手旗うつ田勢康弘著「島倉千代子という人生」

一等は「ぺんてるえのぐ」夏休みの半日を割く写生大会

大輪の菊の尽(すが)れるアーケード黛ジュンの歌う「夕月」

(柏木進二 電柱の 沖積舎)

**************************

一首目は、この歌集でわたしの一押しの歌。富士山がもりあがりながら近づいてくるなんて、すごい。作者にはたしかにそう見えたのだ。富士山は、たまに新幹線から見るという程度の私には出来ない歌。私が毎日見るの、比叡山だが、もりあがりながら近づいてきたことはない。ただそこにあるだけ。感性の違いなのだろうか。
ほか、田宮二郎、園まり、スマイリー小原など、懐かしい昭和の芸能人の名前が出てくる。うまくその人の特徴をとらえている。


電柱の  柏木進二 

2010-02-19 01:14:04 | つれづれ
十円のボンナイフもて鉛筆のかしこき秋の木の香を削る

理髪店はだいたいどこも清潔でラジオの鳴る場所だけが異なる

中学に通いはじめた金釦ソ連の雨に濡らしてしまう

歯科医院待合室に慎めばアサヒグラフの「わが家の夕めし」

ゴールデンアワーのプロレス中継の流血を見て老人死にき

歩きつつ笛のおさらいゆっくりと小学生は毬藻となりつ

夜の雨猫がやどりのガレージの車両の下は芙蓉の白さ

自動ドアでないんだと気づき閉めにかかる腋に襠(まち)ありツナギの男

サツマイモ片身におろし唐揚げにしてくれるんだ百円硬貨

東京のもののあわれは上野駅発ちてあさぼらけ尾久(おぐ)駅に停車す

(柏木進二 電柱の 沖積舎)

***************************

柏木進二さんは短歌人の同人で、ごく最近まで会務委員として校正を長くして来られた方。一度、全国集会の席でお会いした記憶があるが、真面目で物静かな方だったように思う。このたび、第一歌集を上梓された。
あとがきには「文字は写真植字で自分で印字した。書体は細ゴジです。」とあり、字体にもこだわりを持って作られた歌集であると知る。
十円のボンナイフ、プロレス中継など、懐かしい昭和を思い起こさせる題材がうれしい。
六首目は、よく見る光景をとらえているが、結句の「毬藻となりつ」がなんとも恐ろしい。
八首目。「腋に襠(まち)ありツナギの男」は、よく見ていると感心した。
九首目。口語の軽い歌だが、サツマイモの唐揚げを百円で買ったということを、別の視点でとらえていて面白い。

短歌人2月号 同人のうた その3

2010-02-17 18:08:05 | 短歌人同人のうた
少年のピアスが光る雨上がり行けない場所はどこにでもある
(滝田恵水)

なるやうになるでせうつて口癖はムーミンママのあたたかな声
(矢野佳津)

腹式の呼吸するのが苦手なりあさく息してうすく物思う
(磊実)

連日のお笑ひ番組 笑つても笑つてもまだ吐き出せぬ毒
(真狩浪子)

歯ブラシで急須を水洗ひすることを忘れぬ母よ歯磨きをせず
(有沢螢)

南瓜切る甘藷切る切るという行為に今朝は救われており
(小田倉良枝)

こがらしに吹かれ来たりしビニール袋たちまち掬ふ夕べの光
(岡田幸)

汚れたる水吐かせたり首ほそきいちりん挿しを逆さまにして
(会田美奈子)

エレベーター旧式にして端々の動きほのかに人間味帯ぶ
(佐藤大船)

身の丈を生きて小さな父母の墓 風のようなりこの世の時間
(御厨節子)

思いがけぬ月のようにて日の暮れのてーぶるにひとつ蜜柑が灯る
(平林文枝)

白粉とチークのあはひ鏡から いひひ 初秋の風は吹きくる
(花鳥佰)

****************************

同人2欄から印象に残った歌。鑑賞してください。

今日の朝日歌壇

2010-02-15 18:10:09 | 朝日歌壇
アメリカが戦争しない日は来るか太平洋は今日も紺碧
(日立市 山野いぶき)

背を向けたその瞬間にアンティーク人形たちの視線が刺さる
(沼津市 森田小夜子)

沼べりの日だまりにいてだんまりの寒鮒釣りは釣れても寡黙
(館林市 阿部芳夫)

*******************************

一首目。選者の高野公彦氏も書いておられるが、アメリカはいつもどこかで戦争している。社会批評の目を持った作品。下句の「紺碧」が良い。
二首目。アンティーク人形は、愛好する人にはたまらなく魅力のあるものだが、どこかしら怖さを感じさせるところがある。作者はそれを「視線が刺さる」と捉えた。これも鋭い感性だ。
三首目。魚釣りをしたことがないが、寡黙ということに惹かれた。寡黙で含恥の人というのは、魅力的。たまに話す言葉が的を射ていれば、なお素晴らしい。


地上  佐々木靖子  つづき 

2010-02-12 22:23:28 | つれづれ
とのぐもる葛飾の野に寄りて離れ二列(ふたつら)の電車走るさびしも

遊園のパラシュート雨に萎(しな)えつつ浮きて沈みて永き日すがら

憂鬱の蜜に籠りて月経りけりめぐりふかぶかと真木生ひ立ちて

ゆるやかにかしぎて止る白きシーソー残りの花の幾ひらか散る

朝々に子と母のシャツ洗ひ干しゆきどころなき家族片(かぞくへん)棲む

食と性といづれかふかき罪といはむうどん食ひしのちの汗をわが拭く

よろこびつつ氷は溶けて闇中にかがやくばかり二個の扁桃

人ひとり生きていくばくの悪をなすや茫々として父の日だまり

はろばろと空ゆく鳥の声きこゆ地の上を父の歩みゆくかな

つづまりは食のもの買ひて帰る夕べいづかたに吾のことばかがよふ

みな速く逝きし兄弟(はらから)からつぽの父の日永に来て遊ぶらし

おのづから過ぎゆくものを過ぎしめよ身を揉みて木々は輝く五月

みひらける灰色の眼に涙たまり涙溢れて終るわが父

ほがらかに父なき朝の明けにけり並べ干す死者生者の肌着

中断こそすがすがしけれ何も何も遂げず或る朝死なむと思ふ

万象はしづかに冬に入りゆくと父なき夜の門をとざしぬ

(佐々木靖子 地上 不識書院)

*******************************

この時期、お父さまが病気でだんだん弱って来られ、亡くなられるまでが丁寧に詠まれている。感性の力、語彙の豊富さという力を改めて感じる。
歌集は、出版されてしばらくは話題になるが、だんだん読まれなくなる。後世に残っていく歌集、歌人はほんの一握りだろう。世にある多くの歌集から、この一冊に出逢えたのは、僥倖だと思う。

地上 佐々木靖子 

2010-02-09 17:12:26 | つれづれ
かにかくに逢はざりしかな緑垂るる草の鉢いだき帰り来りぬ 

あやめむとしてその頸に手触りしこと思ひでてひそかにこころはなやぐ

起き出でて蹠(あうら)冷たき床のうへ聊かの菓子のこぼれを拾ふ

あくがるる心とめどなくゐる時に空よぎりゆきし一つ鳥かげ

蒼ざめて昼点りゐる非常口そこ過ぎゆきて誰に逢はむか

地を出でて地に入る電車たまゆらにさびし白雲の遊びゐる空

帰らずともよしと言ひ人を発たせたりはるしをん長けてうち靡く日々

風船の一つ赤きが浮きてゐる堀の面(も)を疾き雨うちたたく

球形の墓に日は照りあはれあはれ死後も投手か若く逝きし叔父

逆しまに髪洗はれてゐる目に見ゆ空のまほらの春の白雲

衰へのすがしき面わ見しのみに相別れけり海紅豆咲く駅に

鬱の熊に抱きすくめられて男ひとりわが前にあり面も得上げず

銀杏落葉ふつかの雨に濡れ朽ちて黄色(くわうしよく)の泥となりたるを踏む

いちしろきやつでの花に虻来てをり耳鳴るばかり昼のしづけさ

(佐々木靖子 地上 不識書院)

****************************

佐々木靖子さんは、今の酒井佑子さん。
五味保義氏の指導の下に学ばれたあと、岡野弘彦氏に師事されていたころの歌集を縁あって、読ませていただいている。抑制の効いた歌に、心の深いところが震える思い。
 
今は短歌人会の同人として活躍されており、酒井佑子名義の歌集『矩形の空』では葛原妙子賞を受賞された。実力のある歌人の作品を、じっくり味わっている。
歌集『矩形の空』受賞のときの新聞記事を参考のために貼り付けます。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200705130051.html


今日の朝日歌壇

2010-02-07 22:09:53 | 朝日歌壇
水を蹴り首を伸ばして羽ばたけば空へずしりと白鳥は浮く
(館林市 阿部芳夫)

職人の指の先よりふっくらと甘い香りの紅梅ひらく
(広島県 今井洋子)

雪降らぬ街となりたる大阪を貨物列車が雪積み走る
(高槻市 奥本健一)

*****************************

一首目。選者の佐佐木幸綱先生もおっしゃっているが「ずしりと白鳥は浮く」の表現に感心した。白鳥の重量を感じさせる。対象物をよく見て作ることの大切さを痛感する。
二首目。紅梅の形の和菓子を作っている様子だろう。紅梅そのものを職人が咲かせたように感じられる。和菓子と言わなくても、職人、甘いからそうとわからせる作りの歌。
三首目。確かに大阪の熱気は、夏も冬も続いていて、雪が降らなくなったのかもしれない。遠くの雪の降る街から来た貨物列車の屋根にのみ、雪がある。人間はどこまで自然に逆らって生きるのだろうと考えさせられる。

永田和宏先生選の「ポストへと手を入れるたびグレゴリー・ペックが微笑む気がする逗子の平日」(逗子市 中原かおり)も気になる歌だった。四句目が字余りになっているが「気にする」を取るとほぼ定型に納まる。映画「ローマの休日」を念頭に置いて、逗子の平日としたところに諧謔味がある。グレゴリー・ペックが微笑んじゃってもいいのではないだろうか。