気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

今日の朝日歌壇

2009-09-28 19:36:24 | 朝日歌壇
アルプスの風に葡萄の葉の揺るる水穂空穂の原を駆けゆく
(瑞穂市 渡部芳郎)

孫を見ず逝ってしまった父のためシューマンを弾く月の澄む夜
(越谷市 黒田祐花)

団扇もてあふぐ役目の五歳よりつくり続けし彼岸ばらずし
(沖縄県 和田静子)

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一首目。爽やかな秋の歌。四句目の水穂空穂は、歌人の太田水穂、窪田空穂のことだが、どちらも名前に穂がつくので、一緒に風に揺れている植物のような風情だ。

二首目。シューマンのピアノ曲、「子供の情景」は有名で、特にトロイメライがよく知られている。作者の父親は孫を見ることなく、亡くなってしまい、作者はそれを悼んでピアノを弾いている。結句の「月の澄む夜」が美しく、歌に透明感を与えている。

三首目。おいしそうな歌。お彼岸には、ばらずしと作ることが昔から習慣になっているのだ。作者は五歳のときから、すし飯を団扇で冷ます役割をしていた。関西でも「ばらずし」という言い方をするが、「ちらし寿司」が一般的な呼び方だろうか。
わが家では、遠足の前の晩に、母と祖母が巻きずしを作ってくれたことが忘れられない。たくさん作って、次の日のお弁当になる。母の好みで酢は控え目だった。もう二度と味わえないおふくろの味。私は作り方を習いそこねてしまった。うちの子どもたちの知っている「ばらずし」は、永谷園の「すし太郎」だろう。

東京モノローグ  宮田長洋  

2009-09-28 10:46:42 | つれづれ
一本のかさが路上に行き倒れ寒し炎暑の路上にさむし

われ五歳迷子となりし新宿の泥濘ぬ道に踏み板ありき

「スカラ座」も「風月堂」もあらざるを惜しむあまりに人を憎みき

大地震来たらば勝負は逃げ足と説きにし野坂昭如も老いぬ

楢や櫟の芽吹き妙なりし武蔵野をかえせと蹴りたき石もなき道

父は多聞寺母なカトリックの霊園にありてしばしばわが頭(ず)は乱る

アイス珈琲邪道をいかりし作家さえ遠き時代のカフェの明るさ

いまだ見ぬうからに切に会いたかり回送電車見送るときは

めぐりきて小公園の椅子に憩う妻子あらざるものの如くに

かくも地下に路線めぐらすにんげんの営為の末を誰か知るべき

(宮田長洋  東京モノローグ  短歌新聞社)

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短歌人会同人の宮田長洋氏の第三歌集『東京モノローグ』を読む。
宮田さんは、数年前に短歌人賞を受賞され、新年歌会などで何度かお目にかかっている。実際は60代半ばになっておられるが、とてもそんな年齢とは見えない若い感じの方だ。

歌集には、宮田さんが生まれて育った東京が活き活きと描かれている。ほかにも藤原龍一郎さんのように都会としての東京を歌にする歌人は居るが、宮田さんには宮田さんの東京がある。私自身、東京には数えるほどしか行ったことがないが、あとがきによれば、藤原さんは隅田川の右側(いわゆる下町)、宮田さんは左側(いわゆる山の手、新宿から武蔵野あたり)が守備範囲のようだ。また宮田さんは、感受性が鋭いゆえの生き難さを抱えておられて、彼独自の視点を感じた。都市への愛、人間への愛を持ちながら、どこかずれてしまって、やり場のない虚しさがあるということ。
表紙の絵、歌集中の挿絵は、宮田さんご本人の手によるものだ。