気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

ね。と結び空気をすこし落ちつける罫紙の白は冬のはじまり

短歌人1月号 同人のうた 1月の扉

2011-12-29 22:47:13 | 短歌人同人のうた
龍泉寺一葉の碑を横に見て入りゆく墓地ぞ汝の眠れるは

金婚の記念日なれども喜ばぬ妻に龍胆買ひて帰りぬ

(川 明  龍)

季寄せから削除されたる青龍の目覚むる春となりにけるかも

楽人の龍笛の音は絶え絶えに霧をわたりてわれに届けり

(有沢螢 青龍)

昼寝する子が寝返れば火星では今日の竜巻が走りはじめる

<六甲のおいしい水>を一息に飲めば内なる竜が身じろぐ

(猪幸絵 風の竜)

竜田姫いまし触れしかはうき草ほのくれなゐの茎のさざめく

胆のう炎をわづらひし母に手向けしは竜の胆なるりんだうの花

(杉山春代 龍)

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短歌人1月号、同人1欄、1月の扉より。
今年から扉のページは題詠になり、今回のお題は「龍」。四人の歌人が悪戦苦闘しているのがわかる。八首はなかなかきつい。思えば、題詠マラソン、題詠ブログに参加していたが、それぞれ一首のみだった。龍で八首も作れるだろうか・・・。

今日の朝日歌壇

2011-12-26 19:55:33 | 朝日歌壇
骨に鬆(す)が入っているらし老いという宇宙に向かう朝の薬(カプセル)
(札幌市 佐々木信子)

遊園地に来ているような気がしますバリウム飲んでくるくる回る
(名古屋市 福田万里子)

接ぎ穂なく愚痴を舙(しゃべ)りて心軽き媼を送る大夕焼けへ
(岐阜市 棚橋久子)

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一首目。老いを「宇宙」と捉える感性を素晴らしいと思う。それに向かうために薬はカプセル。うまく出来すぎの感じもするが、面白い。上句の具体が下句を支えている。
二首目。胃の検査のためにバリウムを飲んでくるくるさせられるのは、はっきり言って不快なものだ。しかし作者は遊園地みたいという。こういう風に楽しいことに気持ちを切り替えることができる人は幸せだ。きっとストレスもたまりにくく胃も丈夫なのではないだろうか。口語がわかりやすく実感がこもる。
三首目。舌を三つ重ねて「しゃべる」と読むということをはじめて知った。作者は媼の家族か、介護施設か病院で働く人なのだろうか。結句の「大夕焼けへ」がすばらしい。
これからますます老齢化のすすむ日本だが、発想の転換とユーモアで辛いことも乗り切るのが大事だと思う。
まあそんなに気張らなくても、なんとかなるようになると思わんと・・・ね!

画像は寒椿。季節の花300のサイトからお借りしています。

短歌人12月号 同人のうた その3

2011-12-22 17:05:08 | 短歌人同人のうた
食べかけの林檎残してゆきにけりスティーヴ・ジョブス罪人の子は
(木崎洋子)

入道雲のありしところは暮れてなお力みなぎる夜空となれり
(八木博信)

出口なき出来事ひとつ絡みつく飯の種ぞと言い聞かすのみ
(栗明純生)

労金へ向う途中のゴミ屋敷 見る一瞬の冥きたのしみ
(古本史子)

ゆるゆると生きていくばく残りたる時間の窪に秋立ちにけり
(佐藤慶子)

はや五十の春秋は過ぎわれといふいたがゆきもの今苦にはせず
(菊池孝彦)

写真館の部屋にひとつの季節あり家族写真という夕茜
(梶田ひな子)

とほうもなく遠いところに来たものと古き日記をひらきてわれは
(関谷啓子)

ちりぢりになりゆく庭の秋明菊のこりななつの花を惜しまむ
(小池光)

パソコンのたちあがる音に温みあると思ふまで秋深みゆく
(斎藤典子)

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短歌人12月号、同人1欄より。

今日の朝日歌壇

2011-12-19 19:17:05 | 朝日歌壇
水槽に産みし卵の殻までも食い尽くしたる亀の憂鬱
(四万十市 島村宣暢)

戸隠そばの土産あげたる隣家より讃岐うどんの土産いただく
(八王子市 青木一秋)

いらいらと幼を叱る声のして胸痛むあれはいつかの私
(佐倉市 船岡みさ)

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一首目。馬場あき子先生の評によると、よくあることらしい。亀がストレスでうつ状態になり、過食や自傷行為に及んだように読める。実際、結句の「亀の憂鬱」の画数の多い字を見ていると鬱陶しくなってくる。作者の思惑に嵌った。
二首目。このお土産のやりとりを暖かい交流と読むかどうか、それは読者次第。ある男性タレントは、今年「年の差婚」で話題になったが、前の奥様との離婚の原因の一つは、過剰に送られてくる食材のことだったらしい。グルメ番組の司会などしている人なので、食通と思われて、好意でファンやさまざまな人から珍しい食べ物が贈られ、奥様はそれを料理しきれなかったという悲劇。さもありなん。わが家もいただけるとしたら、すぐ食べられるものがありがたい。いえいえ、頂けるものなら、カステラでも羊羹でも牛肉でも嬉しいです。蟹は無理です。
三首目。子供を育てた経験のある人なら、ほとんどがこのような気持ちになるだろう。私など、いまだに他の人が育てていたら、もっと素晴らしい人間になっていただろうと、自分を責める気になる。というと子供たちに申し訳ない。こんな母親なのに、よく育ってくれました。歌のことになるが、実は短歌人1月号の詠草として送った歌と、下句が似ている。1月号の〆切は11月12日なので、出したのは11月のはじめころだと思う。決してこの歌を真似たのではないし、上句は全くちがう。類想のことが気になって仕方ない今日この頃。アリバイの証明や言い訳を考える間に、次の歌を考えた方が建設的だ。
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短歌人12月号 同人のうた その2

2011-12-13 21:50:46 | 短歌人同人のうた
けづりたての鉛筆のやうな香をもちて秋は来にけり無人の家に
(金沢早苗)

病院へ行く道ハッピーロードなる名は悲しいと妻言う今日も
(宮田長洋)

金魚鉢のなかなるわれや赤きべべひねもす硝子に映す秋の日
(有沢螢)

病み臥して五年を経たり三人子(みたりご)に助けられつつ楽しき日々や
(多久麻)

水曜日週の半ばと疲れたる身は廃船のごとく揺らげる
(藤原龍一郎)

夜まつりの御輿かつぐと白足袋の白を揃えて月の出を待つ
(平野久美子)

子の放つバトンは秋のあをぞらに弧を描きたり歓声のなか
(宇田川寛之)

萎むにも力が要ると花が言ふ一日花のゆふがほの唇(くち)
(大森益雄)

寄り合ひて生ける浅蜊が夜を越す厨の闇をおもふ寝(い)ねぎは
(蒔田さくら子)

携帯の画面に小さき灯をともしこの世に生きるひとりを探す
(森澤真理)

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短歌人12月号、同人1欄より。

多久麻さんは、先月亡くなられた。これが絶筆だろうか。「楽しき日々や」という結句に救われる。ご冥福をお祈りします。
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今日の朝日歌壇

2011-12-11 22:59:38 | 朝日歌壇
店先に見つけし零余子(むかご)炊き込めば俳句のような味がするなり
(新座市 中村偕子)

晩秋の雨中に湯気を燻らせて角落されし鹿の草食む
(舞鶴市 吉富憲治)

足音で帰りがわかると母は言う匂いで夕食あてる私に
(東海市 成田真帆)

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一首目。零余子というものがあることを聞いたことはあるが、実際に食べたことはない。調べると「山芋の葉の付け根にできる小指の頭ほどの球芽です。小さな粒の一つ一つに山芋の香りとコクが凝縮されています。 噛んで外側の皮をプスッと破ると中のトロッとして、かつ上品な中身が出てきます。くどくはないがコクはあるのです。」とある。俳句のような味と聞くと興味がわく。食べたくなってしまう。私のイメージでは、俳句のような味は、柿か餡パン。坪内稔典先生の影響であるけれど・・・。「俳句のような味」とけむに巻くようなことを言って、読者を納得させる力技である。
二首目。鹿の角切りの様子だろう。これも実際に見たことはないが、興奮する鹿の熱い体温と晩秋の寒さ、雨の湿気で湯気が立つことは想像できる。歌として気になるのは、「鹿の草食む」の「の」。所有の「の」でなく主格の「の」で、いかにも短歌的な感じがする。私なら「鹿は草食む」とあっさり行きたいところだ。
三首目。母と子の幸せな夕方の風景。いかにもありそうな幸福な家族の風景だ。これに共感する人は多いだろう。俵万智の歌、「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ・・・を思い出す。私の知り合いは、この歌を「大嫌いだ」と言う。短歌に嵌る人は、こういうあたたかさの外に居る場合が多いが、一般受けはするだろう。


青嵐  三宅はる

2011-12-11 00:17:57 | つれづれ
ふるさとの町医の大門「ぎいいつ」と深夜閉せしが今も夢に出づ

高校用大字(おおじ)英和の辞書買へり、歌詞をいくつも引いて楽しむ

乱視また進みし頃か、きらきらと月が三つ四つ連ね華やぐ

取組一分(いつぷん)力士が背(そびら)桜色に見る見る染まりくる美しさ

新劇の独白(モノロオグ)めきながながと貨物列車が夜の底を縫ふ

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家族写真もう誰も居ず青嵐

青梅雨や千尋(ちひろ)の底の日暮時

夢みるや蹌踉(そうろう)として冬の蠅

獣めくバイクの屍(かばね)大枯野

青嵐(せいらん)に紛れゆきたし跡もなく

(三宅はる 青嵐 創英社)

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三宅はるさんは、九十七歳。「鱧と水仙」を購読なさっているご縁で、第三歌・句集を送っていただいた。いまは熱海湯河原の施設に入っておられ、鱧と水仙の古くからの大変熱心な読者だと聞く。大正三年生まれで長い間教職に就いておられ、七十歳台になってから短歌と俳句をはじめられた。
だんだん目や足が悪くなっておられるようだが、辞書で英語の歌詞を引いて楽しむ歌など、若さの秘訣を見る気がする。長生きをするということは、家族とつぎつぎ分かれるという現実に遭うことだ。そのなかで短歌、俳句を支えに生きてこられた。表現は若々しく、学ぶところは多い。ますますのご長寿をご健詠をお祈りしたい。

短歌人12月号 同人のうた その1

2011-12-08 00:31:15 | 短歌人同人のうた
草原でランチを広げる夢を見る放射能とは無縁の国で
(管野友紀)

感傷はきらい 明日の野の風を踏みしめてゆくからだが欲しい
(鶴田伊津)

まひる祭のまちを過ぎにき 笛 太鼓 一期と言ひて通り過ぎにき
(酒井佑子)

母の木を離れて一樹戦ぐなり 柿の木に柿の実の生るるころ
(柚木圭也)

鶏頭の陽に透きとおる畦道をゆきつつわれは人と遠のく
(木曽陽子)

sleepのS音はいまやさしくて、そこからすんなり眠りに入る
(生沼義朗)

ひとつまみの塩にまよひて立ちてをり厨に月のあかり入るころ
(阿部久美)

全身でをさむは父となりてをりむづかる子供にクモの巣見せて
(杉山春代)

遊戯(ゆげ)三昧放蕩三昧いずれにも縁なくおわる短かかりける
(村山千栄子)

目標はつねに長生きの駄馬である雑草の庭ひなたぼこする
(水谷澄子)

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短歌人12月号、同人1欄より。

今日の朝日歌壇

2011-12-05 18:30:57 | 朝日歌壇
チェイン・ソーでメープルを切る太き腕ゆれればタツーの紅葉(もみじ)もゆれる
(アメリカ 西岡徳江)

長明に芭蕉ばななに春樹ゐる異国の本屋にマヤ暦を買ふ
(グアテマラ 杉山望)

喫茶店も茶房も少しずつ消えてガラス張りなるカフェに語る
(茨木市 瀬川幸子)

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一首目。タツーはtattoo(入れ墨)のことだろう。日本では一般的でないが、外国では割と気軽にタトゥーを入れるらしい。タツーよりタトゥーの方に言葉としては馴染みがある。一時期、肩などにタトゥーのシールを貼るのが流行っていたが、私はそれさえも抵抗があった。歌からは、メープル(楓)を伐採するたくましく太い腕の男性の躍動感、力強さが伝わる。
二首目。作者はグアテマラにお住まいのようなので、現地の書店だろう。日本人客向けにすこしは日本の本を置いてあって、それが鴨長明、松尾芭蕉、吉本ばなな、村上春樹。「芭蕉ばななに春樹・・」のところだけを読むと植物園のようで面白い。私もアメリカの書店に買い物に行ったとき、大きな帆布のトートバッグを買い今でも使っている。ジェイムズ・ジョイスの顔写真が描いてある。素材の面白さで読ませる歌。
三首目。そう言えば、昔風の喫茶店はちょっと暗い雰囲気だった。いまはオープンカフェのような明るい店、スタバやドトールが幅を利かせている。四条河原町の「築地」などは何年かに一回行くだけだが、いつも変わらない雰囲気で、あれを維持するのはけっこう大変だろうと思う。今もあのままの店であることを祈る気持ちになる。歌は、結句が六音に読まれがちなので、カフェーとするか、「語る」を「語らう」とすればどうだろう。
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短歌人12月号 12月の扉

2011-12-01 18:43:23 | 短歌人同人のうた
震度五の揺れにおどろき猫足の桃花心木(マホガニー)のピアノが動く

大人にはなかなかなれず少女から老女になるのはたやすいような

(若尾美智子 桃花心木のピアノ)

百一歳レニの死鼓動がとまつただけ記されあれば 羨(とも)しきものを

カテーテル挿入してないはうの手で十字切りたりいささか神妙

(椎木英輔 レニ)

草食系老人となり一年を生きたぞそりゃあ耐えてまだまだ

年を取ることにも慣れて来る年へ足取り軽く踏み出さんとす

(関根忠幹 老旬)

眠る前の耳に流れる水の音生まれる前の記憶みたいに

耐熱のガラスポットに開く茶葉日々はわたしの何も変えない

(高田薫 ささやかな風景)

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短歌人12月号、12月の扉より。