気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

ね。と結び空気をすこし落ちつける罫紙の白は冬のはじまり

きのうの朝日歌壇

2011-04-25 19:38:11 | 朝日歌壇
震災の歌の並べる片すみに秘密のごとく相聞歌あり
(京都市 道家俊之)

日替りのコメンテーター災害の風評語りて風評煽る
(福岡市 倉ノ前松)

駅前で義援を募る子供たちコイン一個に五人の笑顔
(長浜市 宮本恵司)

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一首目。新聞歌壇の歌のほとんどが、震災を憂う歌であることの隙間に、ちょっと風を吹かせてような歌。「秘密のごとく」がその恋が秘密であるようにも読めて面白い。
二首目。下句がテレビの報道の二面性を表していて興味ふかい。日替りなので、結果的にそうなってしまうのだが、こんなとき何を信じていいのか、改めて考えさせられる。
三首目。災害のあとでの、ちょっとしたいい話を捉えた。これからは小さなことに幸せを見つけるように、考え方を変えなければならないのだと思う。
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与謝野晶子 温泉と歌の旅

2011-04-22 21:10:07 | つれづれ
人の世を楽しむことに我が力少し足らずと歎かるるかな
(与謝野晶子)

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いま、『与謝野晶子 温泉と歌の旅』という本を読んでいる。著者は杉山由美子、小学館発行。
与謝野晶子は、中年になってから、おびただしい数の温泉旅行をしている。しかしこれは単なる楽しみのためでなく、11人もの子供の学費や生活費を稼ぐための手段でもあった。若くして恋の歌で有名になり、鉄幹と結ばれて、歌人としても充実し、順風満帆な人生を歩んだ人だと、与謝野晶子のことを思っていたけれど、そうとも言えないことが、この本を読んでわかってきた。
著者でフリーライターである杉山由美子は、自分自身と晶子を重ねて、本音で語っている。
引用した歌について、杉山は次のように書く。
 苦笑している晶子が見えるようだ。楽しむことが下手で、なんでもむきになり、ひたすら精進して取り組んでしまう自分。でも晶子はそんな自分を許している。・・・と。

今日の朝日歌壇

2011-04-18 21:55:16 | 朝日歌壇
原発の空のしかかるふるさとのここにいるしかなくて水飲む
(福島市 美原凍子)

復興は必ずやなるしかれども人の命に復旧はなし
(千葉市 愛川弘文)

地震にてとまりし電車十日経てまだとまりゐる菜の花のなか
(ひたちなか市 篠原克彦)

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一首目。今週もまた地震関連の歌ばかりを選んでしまったが、いまはそれしか考えられない。「空のしかかる」の「のしかかる」が切実な表現だと思った。被災された方はそこにいるしかなくて、そこの水を飲むしかない。現実そのものより強い表現はないと感じる。
二首目。下句の当たり前のことが、切々と迫ってくる。
三首目。結句の「菜の花のなか」がリアル。情景が目に見える。
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短歌人4月号 同人のうた その2

2011-04-15 19:36:19 | 短歌人同人のうた
地球儀を回す少女に夕陽さし日本はいつまで日本だらうか
(宇田川寛之)

水仙の香りに瞬時たちのぼる「美しい国」なる戯言(たわごと)が
(藤原龍一郎)

ウォーキングしてゐる夫婦ふたりづれオイ梅ガ咲イタナ、とか言ひて
(小池光)

ゆっくりと春へ流れる 何であれぞめき激しき人は好まず
(西勝洋一)

火鉢にて聴診器の先あたためて胸にあてたる村の老医師
(橘圀臣)

賜りし生八橋のひらたきをさびしき言葉溶かすごと舌に
(松圭子)

眠剤を飲み忘れたる真夜にして振り返るには永すぎる過去
(北帆桃子)

反りながら若木のミモザ咲くしたを二人乗り自転車すぎてゆきたり
(紺野裕子)

雨空が雪空となるしずけさを閉じこめておく青き封筒
(守谷茂泰)

鉄塔の腰のあたりの夕焼けは煉獄めいて冥き窓みゆ
(岡田悠束)

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短歌人4月号、同人1欄から。
4月号の〆切は、2月12日なので、まだ地震の歌はない。
しかし、宇田川さん、藤原さんの歌に何か予言のようなものを感じる。
小池さん、こういう情景を見るときのお気持ちを察すると辛いものがある。会話のところだけカタカナにしているのが工夫。「、とか」はいかにも今のコトバを拾っている感じ。
西勝さん。「ぞめき」は「騒き」だと調べてわかった。まことに共感する。
某歌会で、よく「○○が好き」といった歌が出るのだが、これはあまり歌にならない気がする。「好まず」なら歌になると思う。はっきりした根拠はないが・・・。
紺野さんの歌の明るさに好感を持つ。
岡田さん、鉄塔の腰のあたり・・・がうまい。

などと、つれづれに。

ちなみに生八つ橋は、こんな感じ。餃子の皮と食感は似ているが味はニッキの甘さ。
これにあんこを挟んだのが「おたべ」などの商標で売られている。生八つ橋を焼くと、八つ橋になる。年に何度か、無性に八つ橋やそばぼうろを食べたくなるのは、京都人の血かもしれない。


水のゆくへ 黒田瞳

2011-04-12 21:31:34 | つれづれ
教育は禱りにもにて危機はらむ者のかたへにもどらな四月

おぼつかな母の歩みを見守れば母を産みたる娘のやうで

木と革のちさき太鼓のかたぶきてブルキナファソとふ國にしたしむ

待ち受けは君去りし街の春爛漫あをきみそらに花の散りそむ

ぎちぎちと母乗せきしむ籐椅子の色ふかまりて昭和とほのく

昨夜(きぞ)踏みし塩のよごれのかなしかりいつものやうに朝(あした)またきて

みづうみにあはくさしだすただむきのこの世にあれば桟橋と呼ぶ

心しね心しねとてさす針の霏霏とし積もり手仕事終はる

ゆふさればちちのみ父が卓に置く円(まろ)き時計も人待ちがほに

こまやかにサボン泡だてすくふ夜のこれですべてがあらはれるなら

くさうづのやがて果てなむこの國に簡易軽瓶いやます春は

(黒田瞳 水のゆくへ 砂子屋書房)

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未来短歌会とレ・パピエシアン所属の黒田瞳さんの第一歌集を読む。
黒田さんは、旧かな好み、古語好みで古典的な言葉の美しさを追求した歌集だと思った。
ふだん使わない言葉が多いので、辞書を引くことが多く、自分の知識のなさを痛感した。
お父さま、お母さまを大事にされている歌が多く、早くに両親を亡くした私にはこれも羨ましかったが、それはそれで御苦労があるのだろうと思う。
三首目。ブルキナファソという国名が珍しい。どんな太鼓かと想像してみる。
六首目はお母さまを亡くされた一連の中の歌。喪のあとの清め塩が次の朝の玄関にのこっていたのだろう。作者はあくる朝にそれを見て、悲しみを深くした。塩に目が行くのが歌人の目である。
十首目の「くさうづ」は石油の古い言い方。簡易軽瓶はペットボトルだろう。こういう上質のユーモアのある造語を楽しく読んだ。
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今日の朝日歌壇

2011-04-10 18:59:27 | 朝日歌壇
三月の十日の新聞手に取れば切なきまでに震災前なり
(新座市 中村偕子)

父母の名をかざしひとりで避難所を回る男(お)の子は九歳という
(福岡市 東深雪)

ぴったりと母子は頬寄す河馬といふ皮膚の分厚きものに生れて
(東京都 片桐芙美子)

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一首目。震災で何もかも変わってしまった感覚が詠われていて、共感できる。直接被災しなかった人も、物の不足や停電、テレビなどの情報から受けるストレスで影響を受けている。私の住む京都には特に影響はなかったが、地震の数日後、仙台市若林区に住む人から三月十日付のハガキをもらい、複雑な気持ちになった。はがきの主は無事だったようだが、厳しい生活を強いられておられると思う。
二首目。切ない歌。作者は福岡市の方なので、テレビで見た情報の歌だろう。九歳という具体的な数字が入って、説得力が出た。
三首目。今日の朝日歌壇40首のうち、地震と関係のない歌は、この一首だけだった。
しかし、この地震と関係のない歌さえも上句に、地震の不安な気持ちを読みとってしまう。下句、説明的な気もするが、何か貴重な一首と思われた。
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今日の朝日歌壇

2011-04-04 21:28:27 | 朝日歌壇
生きてあらば触れる事なき兄の頬その冷たさは今も手のうち
(柏原市 斉藤和代)

怖がってニュース消す子と布団干すそのときあなたを守れるだろうか
(新潟市 佐藤由佳)

一際(ひときわ)に星の瞬(またた)き美(うるわ)しき明かりの消えし地震(ない)の夜空に
(盛岡市 佐藤忠行)

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一首目。そのままよくわかる歌。家族、しかも異性の兄妹なら体に触れることはない。死んではじめて触れる兄の頬が冷たいことを詠って、悲しみがストレートに伝わる。
二首目。大地震のニュースは被害に遭わなかった者にも、影響を与える。不安になる。「布団干す」という日常の動作さえ、ありがたく感じられる。三句目の「布団干す」でうまく日常の不安への転換ができた歌だと思う。
三首目。計画停電の夜のことだろう。ルビが多いのが気になるが、こういうことでもないと夜空の星を見ることはすくない。美しいに「うるわしい」とルビを振るのは疑問だが。
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短歌人4月号 同人のうた その1

2011-04-04 02:22:29 | 短歌人同人のうた
北窓に食卓を寄せあらくさの花を飾りき二十二歳春
(酒井佑子)

地に近く花を咲かせる早春の植物の匂い眠りいる子は
(鶴田伊津)

白き腹見せて浮きゐる鯉の辺に流れ寄りたる花の束見ゆ
(青輝翼)

ぶり大根煮てゐる日暮れ(幸せでいいね)と支配(イン)する(ナー)母(マザー)がささやく
(橘夏生)

北東の窓の外は鎮まりて鬼やらいの夜誰とも話さず
(川島眸)

時間差で感情は来る 降る雪は雨へとなってまた雪となる
(生沼義朗)

あら汁に白子の天ぷら、和え物と御膳に満ちる魚偏に雪
(加藤隆枝)

ふたり子を貢(みつぐ)、捧(ささぐ)と名づけたる若き牧師のその後を知らず
(木曽陽子)

紅梅にわずかに遅れ開きたる白梅闇の匂いふかめる
(水谷澄子)

うつむいて火を熾す人にゆつくりと地上に降りてくる冬茜
(渡英子)

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短歌人4月号、同人1欄から。

橘夏生さんのインナーマザーの歌、共感してしまう。私は私自身の頭で考えているのか、ちょっとした感想さえもだれかに支配されていないか。深く考えさせられた。ルビがうまくつかず申し訳ない。


短歌人4月号 4月の扉

2011-04-01 21:55:35 | 短歌人同人のうた
枇杷酒、かりん酒戸棚の奥に押しこめて忘れることを増やしておりぬ

かの日見た北山杉の濃みどりをさらに深めてみぞれ降りいき

(関谷啓子 風花)

よこ向きに黄水仙あり背中あわせ気高くひがし清らかに西

青春より解放されて老成へむかうクリーム色の空合い

(柏木進二 花)

やはらかき笑みをたたへて喜多院の五百羅漢は夜空にをどる

いちまいの小(ち)さき壁の絵ほんのりとくれなゐ灯る春の夜明けに

(伊藤冨美代 時の鐘)

父と母わかくて姉と兄わらひわたしのゐない家族の写真

ギタリストでは食べてゆけぬと身籠れるわれは夫の夢を潰しき

(竹浦道子 家族の写真)

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短歌人4月号、4月の扉より。

関谷さんは、歌のうまい人だ。
一首目。枇杷酒、かりん酒を作って、熟成するのを待つうちに忘れてしまう。忘れるだろうと予想しながらも作って戸棚にしまう。真面目だがどこか抜けている(失礼)作者像があらわれていて、微笑を誘う。
二首目。その前に「ノルウェイの森」の映画を見た歌があるので、映画の一場面かと思われる。また作者の実体験と重なっているかもしれない。「濃みどりをさらに深めて」でしんとした冷たさがわかる。

柏木さんは、去年歌集を出された。独特の感性の持ち主。
一首目。下句のひがし、西の使い方が面白い。漢字とひらがなの配分にも周到に気配りがされている。
二首目。老成するということは、青春から解放されることかと、改めて思った。じゃあ悪くない。青春はけっこう厄介なものだから。「クリーム色の空合い」に、オリジナリティがある。

伊藤さんは川越にお住まいなのだろうか。
一首目。ネットで調べると、川越大師・喜多院というのが出てきた。深夜こっそりと羅漢さまの頭をなでると、一つだけ必ず温かいものがあり、それは亡くなった親の顔に似ているのだという。
二首目。ほんのりとやさしくやわらかい歌。くれなゐの旧かな表示に惹かれる。

竹浦さん。実は竹浦道子さんの隠れファンです。数年前、新年歌会で一票しかもらえなかったとき「一票も勲章よ」と慰めてくださった。
一首目。作者の生まれる前の家族。家族というとき自分は入れないから、まさに家族の写真とは自分のいない写真。盲点を突かれた気がした。
二首目。この一首から夫婦の越し方がわかる。たった三十一文字なのに。短歌という器を最大限に利用している。