気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

短歌人6月号 6月の扉

2014-05-29 23:03:35 | 短歌人同人のうた
そこ、水たまりだよと言う声がして靴先見れば映る春宵

中年のスニーカーに雨、まだ余白残されていることの苦しさ

(谷村はるか 中年スニーカーぶる~す)

ズックの紐きつく結んでリレーのバトン待ちしはむかしあるいはきのふ

よごれたるくつに水たまりまたぐとき何に抗ふかとほく春雷

(小島熱子 ポリフォニーの影)

早春の猫柳をコツコツと呼ぶ里人のかろき靴音

曲り角の先にあるのは良きものと惑はぬアンのやはらかき靴

(渡部崇子 やはらかき靴)

夕暮れの半地下室の窓越しに疲れた靴の繁く行き交う

靴跡を辿りてゆけば屋上ゆ空に逃げたる二十面相

(諏訪部仁 二十面相)

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短歌人6月号、6月の扉より。今月のお題は「靴」。

今日の朝日歌壇

2014-05-26 19:16:07 | 朝日歌壇
陽炎の中から遍路あらはれてまた陽炎に白衣溶けゆく
(東京都 大村森美)

昼過ぎの検査室棟静かなり蟬時雨さへ届かぬところ
(塩釜市 佐藤龍二)

わが伯母は戦死の公報さしおきてわが子孤島に住まうと思いき
(奈良市 直木孝次郎)

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一首目。幻想的な歌。二句目に遍路がでているので、結句は白衣でその意味がわかる。しかし、遍路という存在そのものが一時的なものだから、まぼろしでいい。まぼろしがいい。
二首目。検査室は無菌室のようなところだろうか。昼過ぎで明るいのに音がない。蝉時雨さえない静けさに憧れる。
三首目。わが子から連絡がないのなら、生きていても死んでいても同じようなもの。孤島に住むと思っている方がやすらぐならそれもいいと思う。

今日の朝日歌壇

2014-05-19 19:18:44 | 朝日歌壇
全村避難の村の桜はさみしかろしいんと咲いてしいんと散って
(福島市 美原凍子)

日本人の顔は変わりぬ喜多院の五百羅漢に仲間はおらず
(東京都 野上卓)

百体の木彫りの仏像一体ずつ横に寝かせて閉館の五時
(東京都 豊英二)

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一首目。東日本大震災から三年以上が経ち、離れている者は忘れがちだが、全村避難という現実を思い出させる歌。桜に思いを寄せて詠って、切ない。「しいんと」の繰り返しが効いている。
二首目。喜多院の五百羅漢を知らなかったので、ネットで検索して川越にあることを知る。石像を見て自分の親に似た像を見つけるという歌をときどき見るが、この作者は、日本人の顔が変わって見つけられないという。これもまた独自の見方かと思う。確かに日本人はおしゃれになって、若い人でこのような顔の人は少ないが、年配だとどうだろう。いずれにしろ、言いきっているところが強い。
三首目。こちらは木彫りの仏像を寝かせるという。博物館だろうか。地震などで壊れないように、閉館後は寝かせる。その場で働いていると、こういう仕事もあるのかと感心した。

短歌人5月号 同人のうた その3

2014-05-18 16:23:06 | 短歌人同人のうた
応接間のソファーにふかくしずみこみこどものままでだれもゐられぬ
(澤志帆)

二・三日葉ぼたん雪に埋もれて丸彦質屋にひとかげはなし
(岡田経子)

残業に疲れて灯すテレビには犠牲らしく踊る少女ら
(八木博信)

ゆふばえの野をつらなりてゆく貨車のまぼろしが見ゆ紅茶の底に
(金沢早苗)

鍔広の帽子に白いワンピースふりむかないでなよたけの人
(𠮷岡生夫)

うつしみを離れて今はかろがろとおちこちに行く母の御魂は
(長谷川富市)

ミノルタのコピー機荒れて走りしは三年前のあの日あの時
(橘圀臣)

キャラメルの紙を小さくたたみをり些事のひとつに攫はれながら
(紺野裕子)

明らかによくないことと知りながらすがるがごとく煙草に火つく
(小池光)

「ああ」と言はれ「あら」と答へて久闊をわびてゐるなり改札口に
(斎藤典子)

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短歌人5月号、同人1欄より。

午前3時を過ぎて 松村正直

2014-05-13 23:21:19 | つれづれ
「お大事に」と書かれし白き袋ありおおつごもりの妻の机に

軽トラの渡りたるのち吊橋はしばらく渓(たに)の時間を揺らす

海の色に指は触れつつ地球儀を回せばうすく埃がつくも

フランクフルト、都市の名前をささやいて縁日に買う腸詰の肉

ほんのりと記憶に触れる指先のモスコミュールはモスクワの騾馬(らば)

円柱のふとき陰よりまたひとりひと湧き出してロビーを歩く

冬の日がぼんやりあって地上とはあるいは地下よりさびしきところ

種を播くように読点打ちながら子は文字を書く大きなマスに

一字だけ漢字まじりとなりし子が声だして読む春の教科書

紅葉の頃ともなれば膨らんでゆく駅があり谷間深きに

若返るために人魚の肉を買うあるいは遠いしおかぜの色

春の字のなかに日の差すやさしさの京都三条小橋を渡る

(午前3時を過ぎて 松村正直 六花書林)

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松村正直の第三歌集『午前3時を過ぎて』を読む。作者、35歳から40歳までの作品555首が収められている。

過去に出された歌集にも言えることだが、家族詠を鋭い視点で詠む人だ。
一首目の妻の机の薬袋。「お大事に」は、印刷された言葉だろう。おおつごもりに病気になって薬をのむ状態なのに、袋に書かれた「お大事に」は、そらぞらしい。袋の白、おおつごもりという古風な言い方もそらぞらしさを補強する。それを見つけて一首にするところが鋭い。
九首目も同様。小学校低学年だと習った漢字を使って名前を書くので、漢字とひらがなが混じってしまう。上句の内容は、子供のノートなどを見ていないと気がつかない発見だ。春の教科書も明るくて元気な様子が窺われて楽しい。

また、四首目のフランクフルトの歌は、都市の名前として、またソーセージの名前としての二つの意味を繋げるようで面白い。縁日で食べ物を買うときの、浮き浮きしながらも、ちょっと後ろめたいような気分を思い出させる。
二首目。吊橋が揺らすのは、渓の時間という把握に納得させられる。六首目。四句目の「ひと湧き出して」の「湧き」が巧い。たまたまロビーで座った位置から円柱が見え、その辺りを人が通ったということだが、「湧き」で別世界が出現している。

十一首目は、「人魚の肉」という一連の歌。人魚の肉などないのだが、あると仮定しての連作になっている。短編小説を読んだ気分になる。
「静かな職場」と題された一連も、職場での同僚の事故死を扱って、面白く読んだ。

今日の朝日歌壇

2014-05-12 20:45:01 | 朝日歌壇
親からは二つ離れた吊革で中学生が景色を見ている
(さいたま市 黛衛和)

少しずつ右親指が押さえゆくページ増えきて本読み終える
(川崎市 大平真理子)

わだかまり少なき少女の片恋のようにゆるりと巻く春キャベツ
(水戸市 中原千絵子)

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一首目。よくわかり共感できる歌。中学生というのは、そういう年代だと思う。上句の「二つ離れた吊革」が具体的でよく観察している。景色がやや大雑把かと思うが、それを凌駕して上句がいい。
二首目。たしかに、読み終えるころになると、開いた本の右側にページの大部分が寄っていく。「右親指」で、細かいところまでしっかり見ているのがわかる。
三首目。ゆるりと巻いた春キャベツの比喩として、少女の片恋はいい。おそらく、幼くて一方的な片想いだろう。何も起らないから、純粋。大人のような打算も駆け引きもない。結句の「巻く春キャベツ」のような二音+五音のリズムは、とても気持ちがよい。私もこういう結句が好きで、こればかりになってしまいそう。意識していまは減らしている。

短歌人 同人のうた その2

2014-05-09 18:48:58 | 短歌人同人のうた
きーんと晴れて三月の空かなしみが錘をつけて身の内にあり
(松圭子)

健康といふもの知らぬわが頭上万能細胞のごとき雲ゆく
(洞口千恵)

喪主のこころおもへば我より若き人の葬儀にむかふにためらひのあり
(蒔田さくら子)

雨霧にスカイツリーの脚消えて暗くやさしい夜川を渡る
(谷村はるか)

畳なし障子なしにもありなれて一躯の果てをおもふたまゆら
(三井ゆき)

鳩サブレーの由来を語るガイド嬢まはりを歩く鳩もききをり
(岡田幸)

あたらしき春の並木へそのさきへ急ぎゆく子よふり向くなゆめ
(春畑茜)

「忙しい」愚痴のふりいて自慢する心なりけり病なりけり
(大橋弘志)

潮鳴りがペンの先から聞こえ出す海、海、海、と書いているから
(森谷彰)

さしあたり今日を生きおりひと雨ののちに明るむ枯芝をふみ
(佐藤慶子)

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短歌人5月号、同人1欄より。

今日の朝日歌壇

2014-05-05 22:45:37 | 朝日歌壇
ふるさとを離れしわれの転居地を母の遺しし住所録に数ふ
(町田市 高梨守道)

鶴の湯の廃業決まり明日よりは東京の富士またひとつ減る
(東京都 上田国博)

四時半に「夕やけ小やけ」が鳴る街のどこかに私隠れています
(坂戸市 山崎波浪)

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一首目。「母の遺しし」の「遺」の字で、作者のお母さまは亡くなられたことがわかる。転居する人は、どこからどこへ転居したかわざわざ記録に残さないだろうが、母の住所録にはちゃんと記録が残っていた。住所録から、母と子の軌跡がわかるようだ。
二首目。銭湯には富士山の絵が付き物のようだ。それがまた一つなくなる。四句目の「東京の富士」は奇妙だが、ハッとさせる言葉。初句の「鶴の湯」から銭湯だとわかる。短歌では四句目が大事だというのを、改めて思う。
三首目。上句のような街はあちこちにあるだろう。下句の、ちょっと謎めいた丁寧な表現が魅力。「います」という言い方が、幼いようであり、ちょっと改まったようであり、効果を上げている。

短歌人5月号 同人のうた

2014-05-02 19:24:06 | 短歌人同人のうた
痰だけは正岡子規に負けるまじ日に三箱のティッシュを空ける
(有沢螢)

何といふこともあらずき月を拝み地蔵を拝みけふの日終る
(酒井佑子)

春浅き付箋だらけの子の辞書がことばこぼさぬように立ちおり
(鶴田伊津)

ほそき髪きらるるわれを映しゐる鏡のおくに雪ふりしきる
(佐々木通代)

警察をK察と言い換えるとききびきびとして巡査は駆ける
(生沼義朗)

旅人になりたい夫が提げてゐる春の鞄はこだまのにほひ
(橘夏生)

山白くかすめて春の雪の降り仏壇仏具の幟はためく
(藤本喜久恵)

「霽(は)るかす」を所以と聞けば春ひと日行きてもみんかあべのハルカス
(林悠子)

あの春のいくにちかんのふいうかん中学生で高校生で
(大越泉)

菜の花の道を遍路が歩みゆくこの世の果てのごとく明るし
(長谷川莞爾)

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短歌人5月号、同人1欄より。