気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

しをりひも 寺島弘子 つづき

2012-12-31 22:45:37 | つれづれ
あたらしきにうとくなる日日暮れ方は吉野葛などとうろりと溶く

あいまいな日日重ねゐて十万年に一秒の誤差とふ時計購ふ

ありなしの風にゆれゐる紅しだれ枝分け入れば花のかまくら

咲くもよし散れるもよしと見上ぐればさくらふふつと笑ひをこぼす

雨止めば逝きたる人を真青なる空の深みに影送りする

しまひ湯に「月の砂漠」の四番まで違はず歌ひ今日をたしかむ

萎えたるを水切りすれば千両は千のちからに立ちあがりたり

しをりひも引き出すに惜しきすみれ色ひと世をくくる彩りとせむ

為すべきを先へさきへと押しやりて気づけばここはバンザイクリフ

パスカルに拠り来しがいま石田衣良「今日は明日より一日若い」

(寺島弘子 しをりひも 六花書林)

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最後の二首は、この歌集の最後の二首でもある。実感がこもるけれど、カラッとして明るい。「今日は明日より一日若い」は、当たり前のことながら、深い言葉と思う。このように年を重ねてゆきたいものだ。

しをりひも 寺島弘子

2012-12-30 01:15:49 | つれづれ
しじみ蝶紫蘇の花の辺ちろちろと子のまま逝きしたれかれ浮かぶ

丁重に弔電披露のまだつづく会葬者こそ弔意はあつし

総毛立つさまに青葉をふるはせて明日は伐らるる桜の一樹

深鍋に春のキャベツをかさね入れ雪に耐へたる滋味ひきいだす

豆電球ともれるごとくはじめての幼の靴が畳に置かる

電柱のタールの匂ふ夕ぐれを肩ゆらすくせの父帰り来る

形見分け争ふこともせぬままに父の兵児帯水色褪せる

缶振りてとり出すドロップ萌黄色ハルモニウムはいかなる音色

生まれたる順列まもりて雲流る四人の姉妹またちりぢりに

兄知らぬ霞草デンファレ投ずれば波たゆたひて離れゆかざり

(寺島弘子 しをりひも 六花書林)

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短歌人同人の寺島弘子の第一歌集『しをりひも』を読む。短歌人入会の前は、日本歌人に所属されていて、歌暦は優に五十年を越える。その間の作品をまとめて五百首に構成しなおしてある。保育所で長く働いておられて、その歌も心に沁みる。寺島さんの人生が詰まっている歌集。表現は、シンプルで難しい言葉など使っていないのに、深く、重みを感じる。


短歌人1月号 1月の扉

2012-12-28 00:37:01 | 短歌人同人のうた
疲るれば大の字になるていたらく秋はひそひそ雲ひとつ連れ

逝きし子から脱出したい十八日目 無理しなさんなと雲のひとひら

(栗林菊枝 端くれ)

夜ぞらとぶ雲の速さよこはいもの知らずだつたねたのしかつたね

図書館のわすれもの箱の底にありふるきオカリナ夕ぐものいろ

(金沢早苗 まぶしき雲)

晴天を見上げて飽かず<雲一つない>ということほんとうにある

天窓に雲見ゆる歯科クリニックあると聞きたりいつか行きたし

(加藤隆枝)

見渡せば霞か雲かはた雪か塗りつぶされて都市は書き割り

すじ雲の秋なつかしく人は居てメリヤス加工看板のこる

(柏木進二 雲井)

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短歌人1月号、1月の扉。今月のお題は「雲」。


今日の朝日歌壇

2012-12-24 20:21:58 | 朝日歌壇
町という字のよく似合う何もなき冬の故郷は雨の匂いす
(垂水市 岩元秀人)

大根が肩出し腹出し肉体美ほこりて吾に収穫せまる
(青森県 一ノ渡綮)

死してなお光り耀(かがよ)う玉虫を落ち葉にくるみ凍土に還す
(蓮田市 斎藤哲哉)

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一首目。町と街では、印象が違う。作者の住む故郷は、町と呼ぶのにふさわしい場所なのだろう。だから心が落ち着く。今のままの町であってほしいという気持ちが伝わる。
二首目。大根が、自己主張しているようで面白い。勢いが感じられる。
三首目。玉虫の死体が凍土に還るまでどのくらいかかるのだろう。落ち葉に包むところに作者のやさしさを感じさせる。

今夜は、クリスマスイヴ。何の変わったこともなく夜が更けてゆく。
何もないことが、一番のしあわせ。

短歌人12月号 同人のうた その3

2012-12-22 22:58:04 | 短歌人同人のうた
知恩院の山門にいて風渡るおにやんまゆるり飛び去りにけり
(松圭子)

試着する古着の胸のポケットに異国の文字の葉書がありき
(八木博信)

立ち並ぶ家のはざまの公園の隅に残れる首洗ひ井戸
(秋田興一郎)

ごみの日に捨てられずまた戻される広辞苑を五年は開かず
(川島眸)

卓上に影を落してしんしんと葡萄と我は夜を呼吸す
(守谷茂泰)

一会(いちゑ)とふ夢の中なる銀幕に生前の父がわが名を呼べり
(大森益雄)

十六冊歌集を出しし人がゐて十六回手術をなしし人がゐる
(中地俊夫)

おそらくはこれが最後の一花(いつくわ)なれ月の雫のごとく 夕顔
(蒔田さくら子)

さは言えど異国力士のひたむきさ手刀切って受ける懸賞
(諏訪部仁)

舌炎の舌のおもてを刺激してながれゆくなりたばこのけむり
(小池光)

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短歌人12月号、同人1欄より。


短歌人12月号 同人のうた その2

2012-12-22 01:29:08 | 短歌人同人のうた
まだ旅の途中のわれはこの夏のむくげの白に洗はれてたつ
(三井ゆき)

ふくらみて滴と落ちくる点滴の朝の光はいのちのひかり
(松永博之)

とりかへしつかぬ速さで緑からオレンヂ色になりゆくゴーヤ
(杉山春代)

ガーベラのいちりん咲ける文机に父の使いし虫めがね輝(て)る
(木曽陽子)

天津のポプラの葉裏しらしらと太極拳の師のさよならの声
(岡田経子)

ふるさとはとほきにありて思ふことさへなき日日や 花いちもんめ
(菊池孝彦)

負けて勝つそんな人生もう厭きた尖閣諸島は日本の領土
(卯城えみこ)

うっすらと錆をうかべて剃刀は放置されたり父の剃刀
(村田馨)

少年の顔をはなれて濃紺のセルの眼鏡が夜の卓にあり
(春畑茜)

窓を開け名月みながら横たはる私がずんずん初期化されてゆく
(檜垣宏子)

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短歌人12月号、同人1欄より。

短歌人12月号 同人のうた

2012-12-19 22:32:38 | 短歌人同人のうた
ひとり住む部屋の鍵とき入りたるをただ月あかり満ちてゐるのみ
(阿部久美)

身不知の柿思ひなく熟れ垂りて目上ぐるところ秋冥の天
(酒井佑子)

わが頸にひと日取りつく女ゐて「頭痛肩こり樋口一葉」
(有沢螢)

満洲国その日地図からふいに消え空洞に濃き闇はひろがる
(長谷川莞爾)

正しいと信じるための儀式かも月曜日にはシーツを洗う
(鶴田伊津)

前髪を洗面台で切ってゆく切りすぎるまで手は止まらない
(猪幸絵)

シャキシャキと音立て回る新しき鍵は角ある若者のよう
(林悠子)

夏用の藺草の座布団しまひゆく一度も誰も座らぬままに
(斎藤典子)

書棚より取りいだしたる一冊の付箋の意味をしばしおもひぬ
(宇田川寛之)

携帯は丸いのがいい風の中てくまくまやこん開いてみんか
(今井千草)

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短歌人12月号、同人1欄より。

きのうの朝日歌壇

2012-12-17 00:27:21 | 朝日歌壇
オナモミを頬に額にくっつけて山羊は枯野に残る葉を食う
(常滑市 中野幸治)

赤き実を少し食べすぎたる鳥も群れに混じりて空を飛ぶらむ
(八王子市 瀧上裕幸)

五十年貸出記録なき本に廃棄の印を黙々と押す
(岡山市 石原和美)

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一首目。実は山羊を見ることなどほとんどない。二十年ほど前に子供たちと動物園で見た気もするが、忘れてしまった。作者の暮らしには、山羊が近くにいるから、オナモミをくっつけたこともわかるのだろう。秋から冬に向かう寂しさの中に、ユーモアや生命力を感じる。
二首目。鳥の生態を想像している歌。たしかに食べすぎの鳥もいそうだ。赤は人間にも食欲をそそる色。赤い実から、イクラのにぎり寿司を想像してしまった。
三首目。五十年も借りる人のない本はどんな本だろうと考えると興味がわく。ある意味、本としての命を全うしたので、これでいいようにも思う。図書館には、こういう仕事もあるのだと思った。

短歌人12月号 12月の扉

2012-12-15 23:16:43 | 短歌人同人のうた
ライン川河畔に沁むる夕映えに鞄をひらく手は止まりたり

十月にならば黄葉する街よ そら飛ぶかばん呆と仰ぎぬ

(紺野裕子 古き首都)

鞄座とふ星座はありや底なしのそらのかばんを夜長におもふ

曼珠沙華咲く畦道のいづこかに落とされてゐむきつねのかばん

(洞口千恵 そらのかばん)

トートバッグかかえておんなが駆けあがる抜かれたるとき甘き香ぞする

折りたたみ式の傘を取り出し大粒の雨かからぬよう鞄かかえる

(井上洋 アルティザン・アーティスト)

『センセイの鞄』の主人公のやうな恋をするらし吾娘をかなしむ

「故郷(ふるさと)」をうたへばふとも涙ぐむ寅さんも寅さんの持ちし鞄も

(水島和夫 信玄袋)

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短歌人12月号、12月の扉より。今月のお題は、鞄。

海の額と夜の頬  山下泉  つづき 

2012-12-10 22:40:13 | つれづれ
赤屋根の駅舎を出でて選ぶ道、左の道は春に入りゆく

亡き人の寝台借りて睡りたり青光りする蛹(さなぎ)のように

貝寄せの風にととのう砂浜の海の額をつつしみ踏めり

欅あかり西の枝からふくらんで子の出で行きし窓を包みぬ

古い付箋の位置をずらしてまた戻す記憶のうらの蛇を見しごと

ちぎりパン撒きながらゆく朝の水とおい島への道順として

きょうは薔薇あすは糸杉と歌う声、日仏学館百年のちも

スイッチを切ればしっとりうなずいて空間ひとつ闇にしりぞく

句読点は呼吸する星たましいのソクラテスからいただいたもの

やわらかい雨の透き間にひそやかに黒揚羽くる繻子の靴はいて

(山下泉 海の額と夜の頬 砂子屋書房)

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装丁は、フランス装で、ハトロン紙のカバーがかかり瀟洒な感じがする。付箋がいっぱいついた。こういう歌集を読んでいると、じんわりと静かな悦びを感じる。写真は日仏学館。