気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

海に向く 越田慶子 六花書林

2020-11-26 11:03:13 | つれづれ
船酔ひにくるしみて着く暑き日の陸(をか)は海よりわづかに高し

図書館の廃本コーナーに置かれあり『薔薇の名前』の上巻下巻

遠山ゆひとすぢの水ながれくる二枚続きの夏の襖絵

女川(をながは)を遠くはなれて庭に咲く馬酔木の泪をわれは見る人

手の窪にかかる重みのここちよし梨の実ひとつ剝くをためらふ

生存者の手書き名簿のかたすみに父の氏名の蹲りをり

ひと粒の宵の灯(あかり)のかがやける生家を見たり最後と知らず

雪の日に母にならひし機結(はたむす)び空気ふるはれひしと緊まりぬ

少年のためにマドレーヌを週一に焼きたる頃は菓子期と言はむ

白き苞を十字に開き雨を欲る衛生兵のやうなドクダミ

(越田慶子 海に向く 六花書林)

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短歌人所属の越田慶子さんの第一歌集。ふるさと女川への思い、震災に生き残った父への愛情、慎ましく愛おしい日々の暮らし。短歌があればこそ残っていくことの尊さを思う。

あめつちの哀歌 高尾文子 本阿弥書店

2020-11-17 11:32:25 | つれづれ
『クオ・バディス』少女雑誌に読みし日の挿絵の道に立つてゐた人

歌ふごと覚えし助動詞の活用形<らりりるれ>小さな鈴がころがる

孤独死をなぜに哀れむと詠みし人よひとたびの死をひとりで逝きぬ

息子へ送るメール件名<母>一字 それ以上以下の言葉持たねば

返信は<了解>二文字 たまづさの文ならねどもほんのり灯る

ガス室に消えし幼女の遺す靴 くつひも結ぶちさき手も視ゆ

たぶん小声にかしこきことを言つてゐる藍色微塵けさのつゆくさ

今日ありてあすは炉に燃す野の花の一生紡がざるものを恋ふべし

群れのなかの孤独はひとりの孤独より寂寥あるや広場の鳩よ

かくも長き戦後を写真の廃墟にて立ちつづけゐる裸足の男の子

(高尾文子 あめつちの哀歌 本阿弥書店)

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かりん所属の方の第六歌集。長く修練を積まれたことがわかる整った歌に学びは多い。2015年以降の歌が収められているが、その都度作られた時事詠が適切で感心した。孤独死をなぜに哀れむ、の歌は雨宮雅子さんの歌ではないか。老いと孤独ということが避けられない時代になった。コロナの影響でこの問題は加速することだろう。

近景 大森浄子 角川書店

2020-11-01 00:13:28 | つれづれ
別れぎは「あそんでくれてありがたう」茹で卵つるりん剝かれしやうな

右から読む「食糧販売所」橋詰に大正しづかに佇みてをり

水墨画の墨いろふとく下りきて崖なるか滝なるか近景に村

桃の枝かつぐ二匹の猿をどる庚申塔あり神楽坂下

屋根の上に和紙のやうなる昼の月 春のふらここ一人で漕げば

ヴァラナシに行きしか問ひし真剣の山寺修象どこへいつたか

みづからをふかく恕すと思ふまで金木犀の花は降りやまず

紙燃えて紙をどり出す一瞬を印字くきやかに浮き出づる見ゆ

子供部屋の机の抽斗 セロファンを被りしままの消しゴムがあり

辛子バター厚くぬりたるハムサンド木椅子に食めば木洩れ日のふる

(大森浄子 近景 角川書店)

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短歌人の先輩、大森浄子さんの第三歌集。穏やかで清潔。いくつかの病気を乗り越えながら詠いつづける。周りに人がいるのにうるささはない。抑制する気持ちがあるからだろう。紙燃えて紙をどり出す一瞬…の巧さに感心した。