気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

今日の朝日歌壇

2013-01-28 18:40:15 | 朝日歌壇
サファイアの指輪を埋めたような眼で石首魚(いしもち)が見る包丁の下
(横浜市 中川節子)

地のちから一本ごとに感じつつ大根をひく地震(なゐ)を恐れて
(岐阜県 高岡勉)

特急が金沢駅に置いてゆく越中の雪越前の雪
(高岡市 池田典恵)

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一首目。作者は一尾の魚を料理できる方なのだ。まな板の上の石首魚を調理しようとした瞬間、魚と目が合ってしまって、それがサファイアのように輝いて見えた。多少の罪悪感はあっても、料理はされたのだろう。比喩が秀逸な一首。
二首目。地のちからは、大根を育てる土の養分のことだろう。きっと太くて立派な大根なのだ。しかし、一本を抜くと、それがきっかけとなって地震が起きないかと心配になる。まさに杞憂であるが、時期が時期だけに、不謹慎ながらおかしみを感じてしまう。
三首目。特急電車の屋根に積もった雪は、電車が通ってきた道すがら載せてしまったもの。その雪が金沢駅に落とされてゆく。冬の旅情を感じさせる歌。いや、こういう見方は雪で大変な地域のことを「他人事」と見ている冷たい視線なのだろうか。

虚空の振子  荒垣章子歌集 

2013-01-27 21:16:57 | つれづれ
朝顔の花にくちづけしたる時われにみどりごありしかなしみ

鱈一尾捌きてゐるなりこの息子混混沌沌鱈をぶち切る

その姉の持ち来し酒にて湿したりわれの産みにしうすきくちびる

幼らは紙ヒコーキを棺に入れわれは竜胆をぬらして入れぬ

文字盤なき時に入りゆきしわが子栄虚空(そら)の振子にしづかにゆれる

あはれなる白花つけゐる荒草をとつさに挘るにんげんの手は

茂吉を読む前に『茂吉を読む』を読む何かにしつかりつかまりたくて

みみず子のみづからをくるり結びてはほどきてはくるり五月の土に

水道の水が暖かききのふけふ時が癒すといふ残酷さ

古びたる赤い靴にて一歩一歩坂登りをり草の果こぼる

ジャンバルジャンが力いつぱい搾りたるグレープフルーツ朝朝に飲む

(荒垣章子 虚空の振子 六花書林)

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短歌人所属の荒垣章子の第五歌集『虚空の振子』を読む。
荒垣さんとはお会いしたことはないが、あとがきによると、森岡貞香の「石疊」で歌を学び、師なきあと短歌人に入られたと知った。
集題は「そらのふりこ」と読む。第一歌集に入れた歌「みどり児をのせて鞦韆はゆれながら文字盤のなき時に入りゆく」と深く関わっている。この息子さんは、三十三歳で亡くなられた。歌集の底に流れるのは、子どもを失った悲しみと、それを受け入れるしかない作者の思いである。一首目から五首目に引いた歌を読むとき、同情を禁じ得ないが、作者はそこに留まらない。七首目の『茂吉を読む』の歌、次のみみずの歌のユーモアにこちらが慰められる。さまざまな思いを心に秘めながら、十首目の「・・・赤い靴にて一歩一歩・・・」が作者の今の決意であるだろう。歌集の最後の、ジャンバルジャンの歌の力強さに、こちらが励まされる。

短歌人1月号 同人のうた その3

2013-01-23 01:03:57 | 短歌人同人のうた
木の箱は茶色の紐にむすばれて父の遊びし古道具のこる
(木曽陽子)

人魚姫うたかたとなりて消ゆることうらやみてをり夜半の寝覚めに
(有沢螢)

沿道を占むるセイタカアワダチサウ祖父母の知らぬ黄そよぎをり
(洞口千恵)

静謐は金属のような音がすと午前三時の耳ひとつ冴ゆ
(内山晶太)

離れ住む子の鳥影やひそやかに恋染紅葉の影が深まる
(梶田ひな子)

工事終え窓を開ければすらすらと秋の七草口からこぼるる
(岡田経子)

車椅子のわれに近づく看護師が徐々におとしてゆく腰の位置
(椎木英輔)

膝の上(へ)にひらけば雪野手ぶくろを買ひにちひさき狐が走る
(春畑茜)

ふるさとの竹群今も暮れやすく童子のわれをかくまひをらむ
(大谷雅彦)

しづかなる冬の眠りに入らんむとすメタセコイアに淡き陽の差す
(渡英子)

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短歌人1月号、同人1欄より。

鴨脚(いちやう)と記せば街の黄葉は急かるるやうにそよぎはじめる
(近藤かすみ 短歌人1月号)

今日の朝日歌壇

2013-01-21 22:49:36 | 朝日歌壇
父母に編み夫子に編んで孫に編み編物人生終りに近し
(浦安市 白石美代子)

髭(くちひげ)から髯(ほおひげ)さらに鬚(あごひげ)と患者の顔になりたる夫
(長岡市 国分コズエ)

雪催い午刻(ひるどき)なれど暗くして白い山茶花(さざんか)静かに咲けり
(新潟市 古泉浩子)

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一首目。若いころから現在に至るまで、ずっと編物をして来られた作者。「編」という字が四回も出てくるが、それだけたくさんの編物をしてきたことの証としての繰り返しだろう。結句の「終りに近し」がさみしい。
二首目。ひげを漢字にするとこの三つの字があることを知った。それぞれに場所によって異なるのだ。患者の顔になりたる・・・というのも、傍で見ていて辛いことだろう。髭の様子からわかることも多い。
三首目。いい歌だと思ったが、ただ一つ、「白い山茶花」を「白き」とすれば、文語で統一できるのに、なぜ「白い」とされたのだろう。短歌的に整いすぎるのを嫌ったのだろうか。これも好みの問題だろうか。

ストーヴを消せば寄りくる冷気あり絡んだ糸はからんだままに
(近藤かすみ 雲ケ畑まで)

今日の朝日歌壇

2013-01-14 18:38:25 | 朝日歌壇
図書館で読む「みだれ髪」前髪を伸ばすか切るか迷っています
(岡山市 酒井那菜)

仁左衛門やはり京都が似つかはしまして顔見世鴨川時雨
(紀の川市 橋本哲次)

飛鳥行き枯野の中をかめバスのたった五人の乗客になる
(奈良市 宮田昌子)

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一首目。口語の明るい歌。作者はきっと若い人だろう。与謝野晶子の「みだれ髪」は、当時にしてはセンセーショナルな内容で読者を驚かせたが・・・。下句、素直に言葉が出ていて好感を持った。
二首目。南座の恒例顔見世興行のことを詠っている。私は残念ながら、一度も観たことがないが、招き看板があがるのは、京都の初冬の風物詩。下句の顔見世鴨川時雨の漢字の連続が効いている。
三首目。奈良には「かめバス」というのがあることを知った。きっとのんびり走っているのだろう。乗客も少ない。枯野ではあるが、なにか温かいものを感じる。

『みだれ髪』の文庫本(ぶんこ)かばんに放りこみアキコに逢ひにゆく夏のあさ
(近藤かすみ 短歌人2012年9月号)



短歌人1月号 同人のうた その2

2013-01-09 23:53:15 | 短歌人同人のうた
鬱という字面はむしろ安らけし森の深きに憩うに似れば
(宮田長洋)

海に向き頭を垂れるひとのいて陸前高田のふかきゆうぐれ
(佐藤慶子)

通り雨たちまち過ぎて物干しへ戻すTシャツ触りて選ぶ
(林悠子)

木の椅子の背凭れに古き傷ありて隈なく照らす天心の月
(平野久美子)

自転車を漕ぎては母のまくらべへ行きは追ひ風かへり向かひ風
(小池光)

若き日の五人の写真を覗きこむ無事詠み継げるはこの友とわれ
(蒔田さくら子)

誕生日より忌日を記憶することの多しと気づく秋明菊のまへ
(斎藤典子)

霜を踏む運動靴のよろこびを知りたる吾は昭和の子供
(藤原龍一郎)

水溜りに雲往き鳥往き人往きて乾きたるのち何も映さず
(菊池孝彦)

今もなお私の前に母が居て数多の針に糸通しおり
(卯城えみこ)

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短歌人1月号、同人1欄より。

肩かぜをひくよと母のこゑのして枕屏風に咲く萩のはな
(近藤かすみ 短歌人1月号)

今日の朝日歌壇

2013-01-07 22:38:55 | 朝日歌壇
鮒釣りの等間隔にひとりひとりひとりになりたいひとりの世界
(館林市 阿部芳夫)

この空を昨年も私病室(ここ)で見たガラスの外の青い冬空
(佐倉市 山田明子)

受講生若からずして湿布薬かすかに匂う「祇王」の件(くだり)に
(下野市 若島安子)

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一首目。釣りをする人はひとりで自分と向き合いたいのだろう。等間隔に座るというと、鴨川沿いにカップルがふたりずつ座る光景を思うが、こちらは「ひとり」の連続。その気持ちはよくわかる。
二首目。作者は病室から出られないまま、長い時間を過ごして窓から冬空を見ている。切ない気持ちがよく伝わる。短歌には、こういう切なさがよく似合う。
三首目。「祇王」は平家物語に出てくる白拍子。平家物語を学ぶ受講生から匂う湿布薬とは、面白い取り合わせだが、いかにも現代的。年を重ねて学びたいと思う人は、若い学生より熱心かもしれない。件を「くだり」と読ませて字余りにするところの、ゆったりした詠みぶりが好ましい。

短歌人1月号 同人のうた 

2013-01-04 00:37:21 | 短歌人同人のうた
ことばとはこんなによごれるものなのか「絆」一字の描かれし色紙
(鶴田伊津)

過ぎつつも目に残りたるうち捨ててありける木札「未來短歌会」
(酒井佑子)

装飾をほどこされるのは本望か 樅の木に向かい問いかけてみる
(管野友紀)

一行を記す手帳の余白へと染みてくるのは秋空の黙
(守谷茂泰)

本降りの雨があがりて夕暮の風が骨身に染みてたまるか
(高野裕子)

白鳥は知るや知らずや使用済み核燃料が村にあること
(武藤ゆかり)

サーカスが来たとラジオは言つたのに広場にはただ星のふるおと
(橘夏生)

教室に『檸檬』を教え丸善に入りゆく頃にチャイムは鳴りぬ
(岩下静香)

モノクロの映画に台詞ながれいづ野添ひとみのカナリアの声
(村山千栄子)

出前用のバイクはふかく傾けりさびしい夜の碇とおもふ
(紺野裕子)

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短歌人1月号、同人1欄より。

今年も、同人のうたのピックアップや読んだ歌集の紹介などを、ぼちぼちやっていきたいと思います。よろしくお願いいたします。