気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

短歌人2月号 同人のうた その2

2010-02-05 11:34:42 | 短歌人同人のうた
向き合ひて言葉すくなに居る夜の山盛りみかんはゆるぎなくあり
(池田弓子)

少しづつ溜まる光をうけとめしピンホール写真に風の匂ひす
(平居久仁子)

松影を出で来し鯉の白き体いまし紅葉のこずゑとよぎる
(八木明子)

ガールズトーク この世で最も馴染めないものにとうとう名前がついた
(生野檀)

笑ったらたぶん遺影にされそうで笑った顔の写真は撮らず
(松木秀)

子を産みしことのなき身は雨上がりの土のにほひなどしてゐないだらう
(大越泉)

てぶくろを褒められた日の帰り道てぶくろ落とすという別れかた
(谷村はるか)

世を捨てしひとの寂しさ端然と置かるる家具のみな磨かれて
(加藤満智子)

自らと語り合いたき休日の銀のスプーンで掬う秋の陽
(吉川真実)

嗚呼嗚呼と言う間も無くて古希が過ぐ色即是空空即是色
(おのでらゆきお)

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一首目。よく見る冬の家庭の光景。だれも食べなくても、山盛りのみかんでも置いておかないと恰好がつかないような気分がよくわかる。
二首目。安定してうまい歌を作る平居さん。関西歌会の先輩であり、私がはじめて歌会に出た後の帰り道、同じ方向に電車に乗ってくれて、とても親切にいろいろ教えていただいた。ピンホール写真というレトロなものを持ってくるのが巧み。
三首目。松の緑、鯉の白、紅葉の赤と色彩の美しさが流れるように詠われている。歌に動きが見えるのが良い。
四首目。とてもよくわかる。生野さんは私よりかなり若いと思うが、中年のおばちゃんでも「ガールズトーク」というのだろうか。あのとりとめのないおしゃべりが嫌で、どこへ行ってもさっさと一人で帰ることが多い。「ランチする」「お茶する」などというのは、逃げ出したいことなのだ。一人で本を読む方が楽しい。それなのに、ときどき一人でいるのがさみしくなる・・・。うまい言葉を拾ったことで、この歌に一票。
五首目。いつも諧謔とブラックユーモアに満ちた歌を作る松木さん。これもブラックな歌。
遺影はいつも笑っているのだろうか、とすこし疑問に思った。
六首目。河野裕子『母系』の中の「病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ」が作者の気持ちにあって、出来た歌だろう。言わば返歌。大越さんの歌にちょっとした屈折を感じた。
七首目。谷村はるかさんにしては、大人しい一連の中の歌。「てぶくろ」の具体が出て、微妙な味わいがある。
八首目。直前に友の訃報の歌がある。亡くなった友だちは、覚悟して世を捨てたような生き方をしていたのだろうか。「捨てし」「寂しさ」「端然」と似た雰囲気の言葉が続くが、私は説得力があっていいと思った。
九首目。常にレベルの高い歌を作る吉川真実さん。一度もお会いしたことはない。下句に詩情があふれている。
十首目。初句に漢字四文字があり、下句も全部漢字で八文字連続。全体にこの人は、漢字の多い作者だ。古希を越えた感慨の歌。それなのに名前は全部ひらがな。ギャップが面白い。


短歌人2月号 同人のうた その1

2010-02-03 00:30:50 | 短歌人同人のうた
溶鉱炉順調な時が暇な時トランスポーターに夕陽見に行く
(森谷彰)

岸上の歌碑は木陰に隠れゐて生き延びることの苦を言祝(ことほ)げり
(西橋美保)

反復が上達のこつ みずからに言い聞かせては詰めチェスを解く
(高山雪恵)

冬の夜はほのほの色に頬照らし暖をとりしよかつて家族は
(小西芙美枝)

取りすがるときさへ指を揃へゐて又平はしろき足裏を見す
(洞口千恵)

諦めといふものはある薄暮れの空を過りて鴉群れゆく
(矢野千恵子)

雨の香は黄葉(きは)にうつろひ早逝の姉の墓前は残菊ばかり
(高崎愼佐子)

あと何年生きておるかは知らねども今日見る菊は今日のみの菊
(上原元)

自販機の取出口に大量のかぼちゃの煮つけ 夢は記憶さ
(猪幸絵)

霜月の鳥たちのために残された照柿ひとつ視界の隅に
(蜂須賀裕子)

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先月は同人1だけしか引用とコメントが出来なかったので、今月は同人2の歌を取り上げてみます。

一首目。製鉄所で働く人の労働の歌。工場で働く歌が新鮮に感じられた。夕陽見に行くという転換がいい。
二首目。作者は岸上大作の母校である高校で教師をしている人。一連に岸上への愛が溢れている。
三首目。二句切れのすっきりした歌。「反復が上達のこつ」私も肝に銘じたい。
四首目。懐かしい家族の風景。いつの間に家族はこんなにバラバラになったのだろう。わが家だけか、それとも全体がそうなのか、考えさせられる。「ほ」音の繰り返しが心地よい。
五首目。「傾城反魂香」という題がついている。人形浄瑠璃の歌だろう。丁寧に描写されている。
六首目。二句までに作者は言いたいことを言って、あと風景に目をやっている。下句があることで、しみじみした感じが出た。
七首目。お姉さまの挽歌。七七日の歌もある。係累を亡くした直後より、しばらく経って、驚きが悲しみに変わり、深まる様子が想像できる。残菊という言葉に惹かれた。
八首目。一連が菊に纏わる歌。生きているその日その日が一期一会であることを、思わせられた。
九首目。自販機とかぼちゃの煮つけの取り合わせの面白さ、夢だからこそ。
十首目。短歌を作る時、視界の隅を見るようにと、よく聞くが、まさにこの作者はそれを実践している。照柿が見えてくる。

今日の朝日歌壇

2010-02-01 19:53:43 | 朝日歌壇
みすずかる信濃の国のおほ母の雑煮いただく伯林の春
(ドイツ 西田リーバウ望東子)

どの程度やるんだろうという子等の視線浴びつつ授業始める
(豊橋市 鈴木昌宏)

耳遠きわれに届くは鳥の声にごらぬものに耳は応ふる
(小平市 水上ひろ子)

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一首目。ドイツ在住の作者。お正月を、故郷の信濃で馴染んだお祖母さま伝授のお雑煮で祝われたようだ。伯林の漢字表記が信濃と相まって美しく感じられた。
二首目。新任の先生の歌。先生も生徒から試されている。生徒は中学生か高校生かわからないが、冷たい視線を感じる。どんな職業もきびしい。
三首目。耳が遠いとご自分でおっしゃっている作者に届く声が、鳥の声であってよかったと思う。雑音を聴きたくないために補聴器をしないという話も聞く。私自身、乗り物の案内、お店の宣伝などを聞き流したいけれど、気になって仕方ないことがあって辛い思いをしている。一番つらいのは、バスの中の他人のおしゃべり。「静かにしてください」とは言えないので、耐えるだけ。わたしの心が濁っているのかと、ふと思ってしまった。