気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

運河のひかり 時本和子 砂子屋書房

2022-11-17 23:28:16 | つれづれ
鳩一羽とり出しさうな手つきして男性美容師髪さばくなり

弓、矢、剣、手綱のなべて失はれ兵のまるめた手指の空洞

乗り合はす人それぞれに見てゐたり運河のひかり遠くなるまで

自転車にをさなごを乗せ坂道をあへぎ来る人、あれはわたしだ

同じ電車を降りたる人らおのづから距離をとりつつ夜の道帰る

白バイの荷台にしろくひかる箱 大き卵ひとつ容るるならずや

こはばるかさびしげなるか笑ふことすくなき古き写真の人びと

耳をつかみウサギを下げし感覚が春の夕べの手によみがへる

いちごのパイ一つをわれにくれる児の何とうれしげな顔するものか

みどりごはじぶんを抱くちちおやを頭反らせてをりをり見上ぐ

(時本和子 運河のひかり 砂子屋書房)

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短歌人同人の時本和子の第二歌集。時本さんとは短歌人の全国集会や新年歌会でご一緒することが多い。そこで彼女はいつも高得点で賞品をゲットする。控えめなお方なのに、だからこそ、歌で人の心を掴む。家族のうたが多く、その目で捉えた人間描写がうまい。あくまでも主婦というスタンスを崩さない。この支えがあればこそ歌壇は、日本の文化は分厚いのだ。

無言にさせて 高橋ひろ子 砂子屋書房

2022-11-13 00:16:29 | つれづれ
青梅が店に積み上げられてゐて心ざはざはと日本の主婦

羨ましくはないかと亀に聞かれをり首を上げ目を閉ぢ甲羅干しする

まだそんなところですかと縫ひぐるみのクマに聞かれて締め切り近し

階段の手摺りも今夜は冷たくて寝ようねとカエルの湯たんぽに言ふ

歌のみにひと日関はり豊穣か浪費かわからぬ日が暮れてゆく

頭も手足もたちまち仕舞ひみどり亀わたしはここにゐませんと言ふ

冬晴れの畦に出会へばこの草の名前は私が決めると決める

手の先が細く五本に分かれるがあるとき不思議絵本をめくる

それぞれの顔に苦しむ地獄絵図ひとりの男の笑ふやうなる

ボールペンが出なくてこれで終はりますと書かれて花山多佳子の手紙

(高橋ひろ子 無言にさせて 砂子屋書房)

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塔短歌会、鱧と水仙所属の高橋ひろ子の第三歌集。高橋さんとは十年ほど親しくお付き合いしているが、不思議な感覚の持ち主である。亀、縫いぐるみのクマ、雑草と呼ばれるようなその辺にある植物と常に会話しながら暮らしているようにみえる。わたしなどモノはモノと割り切って見るが、彼女はそうでなくて優しい。そして何よりしっかりと主婦である。歌には独特の詩情がある。

春の質量 河合育子 短歌研究社

2022-11-09 23:13:57 | つれづれ
蔓草がはてなく繁る夏野ゆくひかりするりと蛇へ戻りぬ

コンビニの伊右衛門取ればその隙間するする次の伊右衛門が消す

太極拳しながら母は朝の空はみだすほどの〈ゆ〉の字書きたり

曇り日の複写機ひらき詰まりたる雲のひとひらつまみ出したり

椎の木の下へころがる椎の実よ転がることが木の実のしごと

丸めんとすれども伸びたがる餅の気もちなだむる母の手わが手

豆を煮る母が笑へば黒豆もわたしも笑ふ大歳の夜

天上の春の質量いかほどかひかり引つ張りひきがえる跳ぶ

「勝」の字の肩のあたりを揉みほぐし深呼吸などさせてやりたし

新品の縞柄のシャツ着るけふは尻尾しやきつと立てつつ歩く

(河合育子 春の質量 短歌研究社)
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コスモス、COCOONの会所属の河合育子の第一歌集。身近な素材で歌を作っていて読みやすい。一読意味がわかるが、もう一度読むと仕掛けに気づかされる。小島ゆかりの傍で学んできて、そのユーモアの精神が受け継がれている。音感がよく、音が音を引き連れてきたのがわかる。