気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

海雨 吉川宏志歌集

2006-06-27 21:56:09 | つれづれ
いつか僕も文字だけになる その文字のなかに川あり草濡らす川

ふと言えり「涼しい風が吹いてくる」 それはだれかの死に際の言葉

絶版の歌集のコピー読みゆけば栞の紐が黒く写りぬ

ゆうぐれに津田画廊あり入りゆけば絵のなかの水白く光りぬ

蛞蝓を一つ殺せるほどの塩もらいて帰る葬儀場より

(吉川宏志 海雨)

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吉川宏志の『海雨』を読む。しんと静かで、鋭い観察があり、必ず読んでよかったと思わせてくれる歌人。火曜日は暇なので、なんとなく短歌人が来るのを待っていたが、来なかった。


今日の朝日歌壇

2006-06-26 11:53:58 | 朝日歌壇
日一日紫陽花の青いろを増す浮子ひとつ浮くガリレオ温度計
(名古屋市 諏訪兼位)

妻と寝しフランスベッド畑に上げ蜜柑畑の猪垣と為す
(今治市 藤原守幸)

古書店の翳をもたざる「ブックオフ」ライトあかるく臓腑を照らす
(沼津市 森田小夜子)

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一首目。ガリレオ温度計の意味がすぐにわからなかったが、そのときの温度に該当する浮子(うき)が筒の中の一番下に来て、温度を示すものらしい。インテリアグッズ。浮子の色が紫陽花の色のグラデーションを連想させる。一首に盛り込み過ぎの歌だが、題材は面白い。
二首目。上句、妻と寝しフランスベッドまでを読むと、艶っぽい歌を思うが、ベッド老朽化して廃物利用したという歌。ベッドなら使えなくなったら、別に利用したり、捨てたり出来るが人間というものは、もっと厄介。
三首目。古本が臓腑であるという見立てが良い。本というのは、思いいれがあるから買って、蔵書とするものだが、売るとなると悲しい。手放したら二度と手に入らないと思うからどんどん本は増える。しかし、一旦売ったのなら、あっさりあかるく売られた方がいいという考えもわかる。前の持ち主の書き込みがあったりすると、やはり気持ちが悪い。それにしても、ブックオフの店内放送の喧しさはなんとかしてもらいたい。お客がわけがわからなくなって、つい買ってしまうのを狙っているのかと勘ぐってしまう。


茉莉花のために 多田零

2006-06-25 00:24:22 | つれづれ
くわりん飴ひとつぶながら力なる 地下街にゐてきざしし餓ゑに

冷蔵庫修理にきたる男ゐて荒草の香のある家となる

うつくしき葬儀すすみぬダイアナがひと生にアイロンをかけしは幾度

身に砂糖いれたる銀の白鳥はくびを摑まれて運ばれゆきぬ

さまざまの悪感情がわたくしを轢くゆゑけふの夕餉は鰻

(多田零 茉莉花のために)

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関西短歌人会の先輩、多田零さんの歌集を読みなおす。
短歌に悪感情を書いて当然、ということや、旧かなの魅力など、多田さんから学んだことは多い。数年前に読んだ歌集をふりかえって読むと、そのときと違った読み方があることに気が付く。題詠マラソンなどでも、この歌集からヒントを得て作った歌もいくつかあったことを改めて思い出した。


今日の朝日歌壇

2006-06-19 20:22:36 | 朝日歌壇
金婚の旅の一夜をゴンドラに乗れば夕月妻の背に出ず
(福津市 大庭愛夫)

迷いつつポストに入れし一通にもう戻る事出来ぬ溜息
(常陸太田市 黒羽紘子)

スーパーの軒に卵を抱きつつツバメは見おり卵買う人
(枚方市 鍵山奈美江)

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一首目。夢のような歌である。金婚式を迎えるほど永く連れ添った妻と、イタリア旅行に行ったときの歌と読むのが、朝日歌壇としては正当なのだろうが、ほんまかいな!と突っ込みを入れずにはおられない。住所の福といい、名前の愛夫といい、出来すぎ感を持った。世の中には騙されていた方が幸せということもあるのだ。しばしこの歌に酔って、作者におめでとうと言おう。

二首目。選者の馬場あき子氏は、恋文だろうかと解釈されているが、これは詠草のことではないだろうか。いつも詠草をポストに入れるたびに、ああ、出しちゃった・・・とため息をつく。自分の手から離れたら、もう何と読まれても仕方ないのが、歌だから。

三首目。スーパーの軒先のツバメの卵と、売られているたまごとを並べたところが面白い。でも、売られている方は、玉子が正しい表記ではないかと思う。


きのうのNHK短歌

2006-06-18 11:29:54 | つれづれ
うたひつつ修学旅行の一団は海の底へとはこばれゆきぬ
(小池光 NHK短歌)

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ネット上で、NHK短歌に小池さんが出られたことを知り、あわててビデオを見る。土曜の朝7時半という時間だけの放送なので、最近ほとんど見ていなかったが、たまたまきのうは、ビデオだけは取ったのだった。感激。やはり縁があるのだと思うことにしよう。
八戸で、修学旅行の一団とすれちがって、あちらは青函トンネルへ行ったとのこと。意外で楽しい風景だ。初句と結句とひらがなにして、途中の言葉の漢字を引き立たせている。この一団が歌っていたのは、なんだろうな。舟木一夫の修学旅行でないことは確かだ。


桜桃

2006-06-17 00:45:47 | おいしい歌
桜桃の二十あまりを食ひあげて夜の食卓を立ち去るわれは
(小池光 時のめぐりに)

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桜桃と漢字で書いてあるから、日本産のサクランボのことだろう。ちゃんと数えたわけでなくて、大雑把に二十数個。きっと食後のデザートで、結構満腹感がある。食ひあげて・・・というところに、一仕事をしたという達成感がある。しかし、あと片付けはしないで、さっと立ち去るんですね。以前、『草の庭』の「そこに出てゐるごはんをたべよといふこゑすゆふべの闇のふかき奥より」を読んだときにも感じたことだが、家にだれか家事をする人がいる人の感覚なのだ。この辺りに引っかかった読みをしてしまった。


微風

2006-06-15 22:00:33 | つれづれ
誰からも褒められず誰からも謗られず笑ってる街空の月

君に微風(そよかぜ)送りてやらん死にたらば夕暮れどきの欅となりて

合せ鏡の七番目の顔が死顔と教えし姉はそのこと忘る

死ぬなら今 さくらふぶきがさっときてほほなでてゆく ほほなでてゆく

(前田宏章 昔のむかし)

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前田宏章の歌集から、印象にのこった歌。
誰からも・・・の歌は、破調で、読み方がよくわからないが、どこか心にずんと響くものがある。合わせ鏡の七番目・・・は、なんとも不気味な歌だ。二首目、四首目は説明など要らない。そのまま味わって読みたい。


もののはづみ

2006-06-14 21:43:50 | おいしい歌
人間はもののはづみにドロップの缶の出穴(であな)をのぞくさへする
(小池光 時のめぐりに)

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今日は、朝日新聞折々のうたに小池さんの歌が紹介されていた。「人間ができるまで十七年か七十年かは人によりけり」が取り上げられている。ここでまた『時のめぐりに』を出して来て、ぱらぱらめくる。ドロップの歌の「もののはづみ」。私が短歌にかかわるようになったのも、もののはずみ。旧かななので、もののはづみ。ドロップの缶のなかは、のぞくとカラなのに、近づいたことで甘い香りがする。目のまわりにちょっと砂糖の残りがついて、それをぬぐって舐めたら、かすかに甘い。ドロップそのものに辿り着けないとしても、そのまわりをうろうろしていて悪くはない。そんな感じで、短歌人に入って、今勢いのある人たちのそばに居ると、これからの人生面白いんじゃないかと思う。そしていつか・・・昨日よりけふ今日よりあした


昔のむかし 前田宏章歌集

2006-06-13 16:37:34 | つれづれ
閻魔庁人事部長に転職す燦たる病歴たかく買われて

人を超える才はなけれど鰻丼の飯粒最後のひとつまで食う

今どこで育っていんかわが棺と共に焼かれる白菊黄菊

レンジにてチンして食べる 仏壇にチンして食べたは昔のむかし

ボール蹴るだけのゲームに沸き返る 身を捨つる程の祖国か日本

(前田宏章 昔のむかし 青磁社)

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白珠の前田宏章の第三歌集にして、遺歌集を読む。
ご本人は、2004年10月に他界されていて、この歌集は奥さまが纏められた。十八年もの間、腎不全から人口透析を続けられたらしく、死を身近に感じておられる様子の歌が、いくつもある。市井の人の誠実さを感じた。

吉岡生夫さんが、くわしく書いておられます。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/yoshioka-ikuo/sousyoku.tegami.2/index.htm#前田宏章さんの歌

今日の朝日歌壇

2006-06-12 18:46:42 | 朝日歌壇
定年後ぶつかり合って部屋せましトイレ、キッチン、テレビの前で
(横浜市 田村泰人)

縞蛇が若草色の膚(はだ)をして若草に融け消えてゆきたり
(山形県 黒沼智)

仲の良い夫婦みたいね夫と吾よいしょよいしょとひとつ荷運ぶ
(新潟市 太田千鶴子)

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一首目。男の人の名前なので、ご自身が定年になって家に長時間いるようになり、あちこちでぶつかるようになったという歌。ぶつかるというのは、身体だけでなく感情も衝突するのだろう。一日中、亭主が家に居るなんて、想像するだけでもおそろしい。せいぜいそれぞれが別に出かける場所を作っておかなければならない。個室、個パソも必要。しかし、私は「あなた今まで大変だったでしょ。みんなあなたのおかげよ」なんて言うんだろうな。あちらはおそらく聞いていないが。

二首目。若草という言葉が二度出てきて、それが効果をあげている。縞蛇の勢いが目に浮かぶようだ。

三首目。これも夫婦の歌。一読、納得する。夫婦円満の秘訣は演技力。仲の良い夫婦のふりをしていると、どうにか乗り越えられる気もする。世間体も良い。加えて、昔のことは忘れる、期待しない、「話せばわかる」という幻想は抱かない・・・などなど、こちらは作戦を考え中。ボケたら勝ちかもしれない。