気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

グラジオラスの花束 大原幸子 六花書林

2022-02-15 11:42:55 | つれづれ
降りしきる雨音あかるき窓にして少しの時間辞書読み進む

白髪になりたる奏者チェロを弾く同じき時のわれにも過ぎて

あたたかき母の手のひらいつまでも覚えておかむ母の子として

俎板に大きな西瓜切り分ける晴れ晴れとして家族はありぬ

曼殊沙華一群に照る日はあふれ眠れるような白き秋なり

無愛想に受け応えせしをやや悔いてなつかしみおり母の電話を

穂高連峰の写真の賀状片隅に小さく書かれし介護の二文字

わが犬のケージの掃除念入りに暑き日にして汗の滴る

亡き父の帽子は今も掛けられて家族の明け暮れ見守るごとし

抱えたるグラジオラスの花束をおみやげにして祖母は来たりき

(大原幸子 グラジオラスの花束 六花書林)

***********************************

短歌人の大原幸子の第一歌集。千葉県にお住まいで、わたしとほぼ同年代の方だがお会いしたことはない。家族や犬を題材にした歌が多く、穏やかな作品が並ぶ。個性の強い人間が個性を競うようなと短歌人会には、珍しいタイプかと思う。しかし一首目の辞書を読みすすむ歌にあるように、もしかしたら強いこだわりのある人かもしれない。小説を読み進むことはあっても、辞書は必要なときに引くだけなのだが・・・。歌集出版をきっかけにより個性的に「踏み外して」ほしいと思う。

茶色い瞳 今井聡 六花書林

2022-02-10 23:27:59 | つれづれ
曇天の秋の広場の陶器市器(うつは)は内にみな陰持てり

見るのみで雲の手触り知らぬのにふかふかと言ひふはふはと言ふ

一枚の玻璃を挟みてそれを拭く男とわれと生計(たつき)ちがへり

草食系男子ならんやとからかはれし日の夜めし屋の牛めしを食ふ

ウクレレをゆつくり弾けば板橋区蓮根(はすね)歳末の日がくれてゆく

ひと時のたのしみとしてこの星に来たのと語るをんなありたり

世の中ゆはみ出しし者のわれら二人「お互ひさま」と君はいひくれき

買ひてきて活けたりしろきかすみ草ひとりの部屋のともしびとなれ

寝転びておやつに食はむ大福のしろきをおもふ餡の甘きも

意を決し飛びたるかなや羽根拡げ滑空をせり鳥影孤(ひと)つ

(今井聡 茶色い瞳 六花書林)

*********************************

コスモス短歌会の今井聡の第一歌集。今井さんとは奥村晃作氏のメール歌会で長くご一緒し、お世話になっている。奥村さんの歌に「真面目過ぎる「過ぎる」部分が駄目ならむ真面目自体(そのもの)はそれで佳(よ)しとして」があるが、今井さんはこの通りの人だと思う。旧かな文語に執着するスタイルが、ほのかなおかしみを醸し出している。真面目な人間は、ときにそれをからかわれるものだが、理解しあえる伴侶を得られたようで、こちらも嬉しくなった。

そっと置くもの 馬淵のり子 六花書林

2022-02-02 22:52:13 | つれづれ
居眠りの人は電車が揺れるたび荷物と同じ向きに傾く

菜の花のようにあかるい卵焼き弁当箱のすみっこに春

本箱に昭和とともに生きてきた母の残した『暮しの手帖』

ラジオより『ハンガリー舞曲』聴く朝はシーツをぱぱんと干して晴天

どこにある馬淵のり子の終点は花の雨ふる四月におもう

「ぼうけん」で終わるしりとり小一の君の冒険これからはじまる

なるようになると思えり蓮根をのぞけば幾つもの抜け穴ありて

その靴は今にも走り出しそうに脱がれていますこれは事件だ

そっと置くものに音あり小説のはじまりのような初雪が降る

雪降れば地蔵に笠をかぶせゆくそんなあなたとふたりの暮らし

(馬淵のり子 そっと置くもの 六花書林)

*************************************

短歌人の馬淵のり子の第一歌集。一読すんなりわかる歌で若々しい。発見がある。一首に多くを語らない。母ゆずりの本好き。お孫さんの歌があるのに年寄りくさくはならないのは、ありがちな過剰な期待がないからだろう。自然体で物事を受け入れている。「ぱぱんと干して晴天」「これは事件だ」などのフレーズが面白い。ふと杉崎恒夫の歌を思った。『パン屋のパンセ』『食卓の音楽』。