気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

ペロポネソス駅  松原あけみ 

2010-07-31 01:29:35 | つれづれ
遠山に秋は素早し土の上の携帯電話小さくふるふ

寝袋に紐を締めれば草原(くさはら)にもつとも小さきわたしの空間

戸隠の山のまひるま無人小屋を小さき箒でひとり掃きをり

ノイズ多き<ペチカ>を歌ふ給油車は雪なき街を行きつ戻りつ

離れ住むむすめはゐないやうなもの葉桜のころメールは届く

三十年過ぎて風の日返さるるエーリッヒ・フロム『自由からの逃走』

廻りくる軍艦巻きの皿取りてそれから本題「辞める」と言ひぬ

何者に戻りゆきたる父ならむ東西相似の病棟広し

まだあつき頭蓋の骨は父にして父にあらざり箸にてひろふ

夜遅き電車に立つひと胸元に港をうすく映してゐたり

(松原あけみ ペロポネソス駅 本阿弥書店)

**********************************

ヤママユの松原あけみさんの第一歌集を読む。
登山のうた、旅行詠、家族詠が中心の歌集。家族との交流が深く、その理解のもとに趣味や旅行をされている様子がまぶしく感じられる。作者の人柄の良さから来るものだろう。
<ペチカ>や『自由への逃走』など固有名詞の出し方がおもしろい。

今日の朝日歌壇

2010-07-26 19:33:59 | 朝日歌壇
真珠束ネルにくるみて彼(か)の広きテキサス巡りし日々もまぼろし
(舞鶴市 吉富憲治)

公田さん居ること願い炊出しの冷麺くばる寿(ことぶき)地区センター
(横浜市 大須賀理佳)

観光バスにわれらは行けり山道の歩き遍路を追ひ越しながら
(東京都 長谷川瞳)

*********************************

一首目。吉富さんはアメリカでお仕事をされながら、新聞などに投稿しておられたので、名前はよく知っている。真珠を売る仕事というのが、なんとも日本的で美しいが、ものを売ってお客様からお金をいただくことが大変であることには変わりはない。真珠、テキサスという言葉に抒情を感じた。
二首目。公田耕一さんも、朝日歌壇の投稿歌人として有名になった人。住所が書かれるべきところに「ホームレス」と書かれていたのが衝撃的だった。投稿がなくなっても、読者は忘れない。わたしは、眉つばものかと思っていたが、そう思う自分がいやしく感じられて、信じてみようと今は思っている。歌としては、「寿地区センター」が効いている。
三首目。以前、歌人玉田清弘氏の『時計廻りの遊行』という本を読んだ。玉田さんが四国を「歩き遍路」しながら、地域の人とふれあい、短歌を作るという内容の本だった。
遍路するのに、観光バスを選ぶか徒歩を選ぶか、人それぞれだが、すれ違うときそれぞれの心にさざめく思いがあるだろう。


小徑 伊東一如 

2010-07-24 23:59:30 | つれづれ
われを見てかすかに動く表情に命ある身とこころ慰む

吾をみて「幸一さん」と呼びし母「さん付け」で父を呼びし日ありや

あえぎつつ眠りにおちる束の間をかすめとるごと病室出でぬ

桜咲き林檎の花も散りはててみちのくの母はみまかりにけり

校庭に雨合羽着てたたずめばわれの形に落ちゆく雫

初めての傘を開きし十歳(とお)の日の晴れがましさと林檎咲く道

春の日の暮れなづみゆく夕空に引き目のごとき二日月見ゆ

ふるさとに向かふこころを装ふに速度よろしきローカル列車

死ぬるまで失ふまじと思ふもの今日新橋で購ひし傘

ぶつぶつと独りつぶやく老人を追ひ越しがたく耳すましけり

(伊東一如 小徑 北溟社)

***********************************

先日、横浜歌会でご一緒した伊東一如さん。もう歌集を出されたとのこと、早速送っていただいた。
去年の五月に、八十四歳で亡くなられたお母様へのお供養の気持ちもあっての歌集出版と聞く。

一首目から四首目までは、お母さまの看取りの歌。
三首目にあるような微妙な気持ちはよくわかる。もう母親と過ごす時間が残りすくないとわかりながらも、なぜか病室から逃げたくなるような気持ち。「束の間をかすめとる」という表現がぴったり決まっている。
八首目は、ふるさとに帰るとき、普段の自分からむかしの自分へ気持を切り換えるのに、ローカル列車の速度がよいという感覚。わたしはふるさとにずっと暮しているままだが、わかる気がした。ますますのご活躍を!