気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

桃植ゑて

2007-11-13 23:10:02 | きょうの一首
生きがたき此の生(よ)のはてに桃植(う)ゑて死も明(あ)かうせむそのはなざかり
(岡井隆 鵞卵亭)

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『鵞卵亭』には、ため息の出るような名歌がいくつもあって、飽きない。
この世とあの世の境の曖昧なところに桃の林があって、はなざかりのときに、自分が生きているのか死んでいるのかわからないような気持ちのうちに、あの世へ連れて行かれるような味わいがある。岡井先生は、あの艶然とした含み笑いで「まあ悪くないよ」などと、おっしゃるのである。

亡き母と湯豆腐を食む夕餉なりこの世の果てまでずんずん運ぶ
(近藤かすみ)

『短歌、BLOGを走る。』販売開始

2007-11-12 22:19:37 | 題詠100首blog2006
やさしさはむずかしいから 今日もまた煮立たせすぎた豆乳スープ 
(星川郁乃)

手のなかの枯葉をくだく 落ちるときあたしはちゃんと舞えるだろうか
(みち。)

われの身をえらびし赤子やはらかな頬に力をみせて乳吸ふ
(丹羽まゆみ)

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『短歌、BLOGを走る。』題詠blog2006の販売が歌葉のサイトで始まりました。出版に参加したのは、67名でひとり10首ずつ自選しているので、670首。
適当な分量で、持ち歩くのにもハンディな本になりました。
まだ全部を読めていませんが、ちょっと印象に残った歌を三首挙げて見ました。

http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/select.asp
http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/detail.asp?select_id=58

ブログとふ方便(たづき)に拠りてうたひたるあれやこれやの集ふ一冊
(近藤かすみ)

今日の朝日歌壇

2007-11-11 22:12:33 | 朝日歌壇
罵倒され自死せし勤め人の記事これは俺ではないと言えるか
(和泉市 長尾幹也)

死の近き息子にかける言葉なく孫をほめればかすかうなづく
(江別市 林英子)

雑兵は花を纏わず討たれけり菊人形の合戦シーン
(神戸市 内藤三男)

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今週は、心に沁みる歌が多かった。

一首目。作者の長尾幹也氏は、朝日歌壇ですっかり有名になった人。サラリーマンの哀愁を歌って巧み。一箇所気になったのは、「これは俺ではないと・・」を「これが」にすればもっと良いのではないかと思った。助詞の「が」は「は」より印象が強いから。どうだろう?

二首目。子供に先立たれる以上の不幸はないというが、それを覚悟している作者の悲しみがまっすぐに伝わる。このような強い題材の前には、肯うしjかない。

三首目。数年前からひらかたの菊人形はなくなったと聞くが、今でもどこかでやっているのだろうか。なるほどと思わせられる。

今日は悲しい歌ばかり選んでしまった。悲しみを耐えて言葉に変えるとき、感動を呼ぶのだろう。私たちが短歌に求めているものは救済か、自己実現か、楽しみか、それぞれの思いが沁みてくる。

右脚をすこし引きずり行く夫のうしろ姿がちひさく見えつ
(近藤かすみ)

能登往還 三井ゆき歌集

2007-11-11 01:59:24 | つれづれ
てのひらに透きしみどりの銀杏を乗せて太古の風を呼び出す

ゆきどころなきたましひの流れ出でひびく夜ごとの街の底鳴り

赤子なき農村地帯の乳母車春のうららを猫の仔ねむる

ふくふくと猫は肥ゆれど過疎出でて帰らぬ彼らわたくし

単調に咲けるアメリカ花水木奥行のなき花のあかるさ

吹かれつつ橋を渡れど風狂にゆけざるこころ土より受けし

(三井ゆき 能登往還 短歌新聞社)

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三井ゆきのむかしの歌集を読む。この時期、父親の看病のため、月に一、二度故郷の能登に行き病院で三泊して帰京していたとあとがきにある。
過疎地帯となった故郷と東京の行き来の中で、思うところが多かったのであろう。
最新歌集『天蓋天涯』(角川書店)も読んでみたい。


つれづれ

2007-11-09 22:20:09 | きょうの一首
リクルート・スーツ真つ黒どことなく堅気に見えざる息子危ぶむ
(花山多佳子)

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歌壇10月号の団塊の世代の短歌という特集で見つけた歌。花山多佳子の歌には、よく息子が登場する。他人事とは思えず、感情移入して読んでしまう。短歌人で3年前に台湾に行ったとき、花山さんもおられたが、当時はよく知らなかった。どこかのお土産屋に入ったとき、ひとりでぽつんと座ってお茶を飲んでおられた。あのとき話しかければよかったと後悔している。

題詠ブログを終え、短歌人の〆切も何とかクリアし、少々気が緩んでいる今日このごろ。
短歌雑誌をパラパラと見ているが、気合が入らない・・・。

堅気とは言へぬ生業のわが息子身の丈ほどのベースを抱く
(近藤かすみ)

perspective 香川ヒサ歌集つづき 

2007-11-07 22:16:34 | つれづれ
黄昏の街となつても遠近法揺るがぬままにセント・ポールは

前方は海、後方に山迫り小さな街のパースペクティヴ

パン、バター、紅茶と卵 同じもの食べ続けつつ私である

できごとを満載したる朝刊はきつちりたためばきれいに片付く

生年と没年は他人が記すこと 墓石掠めて飛ぶ海燕

(香川ヒサ perspective 柊書房)

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ここにはあまり挙げなかったが、香川ヒサさんの歌には、海外の旅行詠が多い。
四首目のような、朝刊を別の見方をすれば、すべて片づくといった物の考え方が面白いし、この人の個性だと思う。発想の転換。才気煥発。
それに脳がゆすぶられる。

perspective  香川ヒサ歌集

2007-11-06 20:32:50 | つれづれ
灯台は灯台である他はなき灯台として灯台である

海の青に染まらず白鳥漂へる海の青に染まらぬ灯台

山火事が山火事を呼び七日間燃え続けつつ何も変はらず

神が死に人間が死にいつさいはものとしてなほ残り続ける

太陽は照らし続けむ太陽の造りし石油掘り尽しても

人間にとつてもつとも住みがたき地なれば建ちき修道院は

「全方向外交」をするロシアとか単に狡(こす)いといふことだらう

(香川ヒサ perspective 柊書房)

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若山牧水賞を受賞した香川ヒサの第六歌集『perspective』を読む。
いままでの歌集を読んでいても思ったことだが、短歌総合誌や新聞歌壇の歌を読むことに慣れているだけでは、読み解けない謎を突きつけられるような感じを受ける。簡単そうで難解。皮肉っぽい。短歌を越えたところのものの考え方、感じ方を問われている気がする。食べたことのない食べ物を食べてみるような感覚。しかし、それがけっこう心地よく思えるから不思議だ。

脳みそを掻きまぜらるる心地して逆立ちをする それがだうした
(近藤かすみ)

今日の朝日歌壇

2007-11-05 20:11:13 | 朝日歌壇
言わざりしままに果てたる会議室に静かに並ぶ黒き皮椅子
(東京都 松本秀三郎)

ほとほととまた栗の実を落とす風少年兵の兄かも知れぬ
(山形県 清野弘也)

秋燦燦ショパンに漬かる三度目の職に就く日の前日ひと日
(上田市 武井美栄子)

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一首目。会議の終わった会議室で、意見を言えなかったことを後悔している作者。黒い皮椅子が並んでいるのは、社長報告とか、特に重要な会議だったのだろうか。作者のもやもやした心情が伝わる。
二首目。栗の実を落とす風から、戦死した若い兄の偲ぶ歌。年配に作者なのだろう。いつまでも忘れられない兄との思い出を思わせる。
三首目。作者は次の日から三度目の職に就くらしい。その前日、ゆっくりショパンを聴いて過ごしている。次の日から忙しくなるのを覚悟している様子が窺える。「漬かる」より「浸かる」の方が適切だと思うが・・・。


空の空 つづき

2007-11-03 20:13:07 | つれづれ
老いふかき蛍光灯が一度二度まつたをしたるのちに点りぬ

死ねば終りゆゑ懸命に生きてゐるあたまの上の大鯉のぼり

海外に旅する歌に興味なき偏屈ぢぢいでもよろしいか

素裸の体重を眼にたしかむるときたましひは足を揃ふる

空の空その空の空さらにその空に空あるものぐるしさよ

この部屋のこのベッドにて終りたし水明りする障子を立てて

(竹山広 空の空 砂子屋書房)

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死を強く意識しながら、日々を丁寧に生きておられるのだと感じる。
二首目の、下句「あたまの上の大鯉のぼり」という飛躍、おおいに気に入った。
空の空のうた。空を見ると開放感を感じる人が多いだろうが、そうでない感受性が歌人である由縁だと思った。

大空を見上ぐる瞳その数とおなじ数だけある空の色
(近藤かすみ)

空の空 竹山広歌集

2007-11-02 23:41:54 | つれづれ
川越えてわれに吠えきし犬ありきさくらといひき生き返り来よ

  ファルージャ作戦
連射する自動小銃の衝撃にはげしく動くファルージャの腰

蚊も来ざるまでにくすりの臭ふ身となりて八十四歳なかば

『竹山広全歌集』にふたつある誤字を気にすることも死なば終らむ

三万を越えし去年の自殺者のひとりひとりが渡りしこの世

小池光に移りゐん猫のにほひなど思ひて眠るまでのたのしさ

(竹山広 空の空 砂子屋書房)

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府立図書館で、竹山広の『空の空』を読んだ。
この歌集を買ってもらおうとリクエストしたが却下されたあと、「国会図書館から借りて、この図書館内でだけ閲覧できますが、どうしますか?」と尋ねられ、もちろんお願いした。後日、連絡をいただき、その場で読んで何首かをノートに写して帰った。
大正九年生まれで、現在八十七歳。心の花所属。被爆体験を作歌の原点にした『とこしえの川』が有名。年を重ねると、歌はだんだん自在になってゆく。

亡き父と同年代の歌人らの写真にさがす父の面影
(近藤かすみ)