明日が新月ということだから、そういうことで。
見えなかった。
月には、何かと喧しい、香ばしい噂が溢れてもいるけれど。
暗い闇を照らす姿は、そりゃ、なかなかのもので。
古来、数多の歌が詠まれてきたわけだ。
そうだ、この間、ムツゴロウさんで、当帰という薬草をいただいたんだった。
珈琲もいいですけれど、これも試してみてください、とね。
能書きを見ると、体を温める、とあるな。
珈琲は冷やすのかね。
悩ましいところだな。
今朝はそういうことで、出がけに、霜焼け用の漢方薬を飲んできた次第。
なんて中、ちょっとツイートを眺めたら、砂糖は覚醒剤のようなもので云々、とあり。
これ、ある界隈ではよく言われる言説でもあるんだけど、も、だな。
アンテナを張り巡らし、でもないんだけど、自然に立っているアンテナからやってくるんだよね、いろいろと。
夕べも新年会の帰りの電車の中で、相方が、二人の身近な病死について話してくれたけれど。
悲しみであったり、喪失感であったり、なんだけど、結局。
親父ギャグみたいだけど、病気というのは、やっぱり、気の病だよね、と。
現代では、医者の数だけ病名がある、みたいなことも言われるけれど。
病名はともかくとしても、人の数だけ病気という名の現象がある、とも言えるわけで。
それぞれにオリジナルな病気があるんだな、きっと。
同じように、それぞれにオリジナルな喜びとかもあるわけだ。
なんか、資本主義というのか、物質主義というのか、そんな中では、喜びも一括りのわかりやすいものに変わり。
どんどんオリジナリティを削ぎ落とされ、なんて解釈も成り立つな。
つまり、官製の喜び、ってやつ。
なんて朝は、珈琲なしなのです。