まわりで起こっていること

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おもしろうて やがて悲しき鵜舟かな

2017年06月09日 | Weblog

今朝の表題は、少々気取ってるかね。

ふと、おもしろうて、と言う語が、浮かんできて。

それに続く、やがて悲しき、までは、出てきたんだけど、残りは。

グーグルおじさんにお訊きした。

ら、表題で、鵜舟だったんだね、対象は。

木曽川と長良川と、二度ほど、鵜飼の船には、乗ったことがあるんだけど。

そこはそれ、業界人たちとの、お酒を間にした時間だったので、芭蕉の。

この境地のことなど、微塵も感じないまま、船を後にしたな。

グーグルの解説によると、鵜舟、と言う謡曲が下敷きになっているらしい。

殺生をした科で、この世にいられなくなった御仁が、夜だけは、かな、楽しめる。

ので、鵜舟で、鵜飼を楽しんだ後、夜も更け、朝に向かう頃には、あの世へ帰らなければならない。

なんて言う、謡曲だそうだけど、そこへかけて、芭蕉は、ってわけだ。

芭蕉の頃の夜は、今と比べて、相当の暗さだっただろうし、鵜飼の灯が消える頃には、なんとか提灯ぶら下げて。

夜道を踏みしめながら、長良川の袂くらいの、あきんど宿かなんかに、帰る。

そんな絵柄だね。

そこに、宿ではなく、あの世へ帰る、と言う謡曲を被せ、と言うのが、この句のようだ。

ウイキ的には、芭蕉の最高傑作、なんて言う、コメントもあったけどね。

昨夜、いとこがやってきて、話すには。

不如意のおじの見舞いに行った時、俺を連れて帰ってくれ。

と言われた、と。

そこまでは、いつもの口癖、あんた、なんできた、車?歩き?から始まって、その後に続く言葉。

なんだけど、その時には、俺は、ここであの世に行きたくない、せめて、自宅から。

と言うことだったそうで。

その話が、耳に残っていて、今朝の表題に、結果、繋がった。

謡曲では、このような謡いがあるらしい。

 『鵜舟にともす篝火の消えて闇こそ悲しけれ』

おじの境地、それを聴くいとことの間での、ドラマのようなセリフだね。

そういえば、おじは、よく、面白おかしく、と言うフレーズを使っていたな。

それにしても、芭蕉さん、いろんなところ、旅し、瞬間瞬間の哀切を残してくれているんだな。

 『五月雨の 降り残してや 光堂』

なんて、中尊寺金色堂を詠んだ句もあったね、今、グーグルおじさんに確認したんだけど。

今日は、芭蕉デーにでもするか。

 

コメント
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