なんだか、その気にならなかった、ハーブの種まきだったんだけど。
昨日、ようやく、その気になった次第で。
残っていた去年の、だけど、どうなりますやら。
発芽までの、あと二週間が待ち遠しい、というわけです。
今朝は、ちょっと、蒸し暑いんだけど、窓を開け放つ瞬間の、あの開放感というのか、すーっとね。
空気の変わる、あれ、堪えられません。
一変する、ってやつだ。
場そのものは、そんな仕草の一つで、ガラリと変わるわけで。
日常の中に、そんな場面はしこたまあるんだろうね。
ところで、良弁という高僧が、奈良時代というのか、東大寺を造った、ということで。
その時代のスーパースターなんだけど。
その弟子が、いや、師匠が、だったか、義淵僧正といったか、以前、大和は飛鳥で訪れた岡寺の開創主だったと記憶がある。
それはともかく、かの良弁が、若狭神宮寺界隈で、孤児で生まれ、高僧となる、英雄譚、みたいな。
伝承が、かの地には残されていたんだけど、一方、谷川健一さんの「四天王寺の鷹」によると。
そんな伝承が、各地にあるようで。
SNSのない、あの時代には、おらが村の大将、みたいな話は。
そこかしこで語り継がれ、誇り、プライド、優越感に浸りもし。
なんてことは、インバウンドじゃないけど、こっちの水は甘いぞ、的な。
白山信仰にしても富士山信仰にしても、御師が活躍し、都会から多くの民草を集め、という時の。
うたい文句が、霊験あらたかなる、とか、難病が治り、嫁姑の不具合、不都合も雲散霧消。
みたいなね。
今で言えば、もちろん、霊感商法もさることながら、健康食品みたいな。
サプリメントが、世に蔓延し、というね。
そんなことにも通底する、なんていうのか、人間古来からの変わらぬメンタリティという事だね。
そうだ、土曜日に大量に、と言っても、全部で、15本くらいか、買ってきたカンカン娘ね。
それを全部茹で、半分を長男坊のところへ持参。
娘の発案で、そうなったんだけど、ナイスなタイミングでもあり、はけてよかった、という次第で。
買い物とか、土産、とか、その場で、いいな、と思うんだけど、一体全体それを、誰が享受するのか。
というテーマがあって。
だいたい、世のお父さん方は、買いすぎて奥様に叱られる、というテイで。
なんだけど、誰かに、という誰かのいる人は、幸せ者でもあり。
中には、買って帰っても、自分で食べるだけで、みたいな、というのは、気楽でもある代わりに。
残念感の漂うものでもありね、とはいえ、これからは、それこそ、おひとりさまが多いのかも知れず。
静岡県人の土産物買い好き、という習俗も、減るかも。
それにしても、鹿児島の集中豪雨ってのは、すごいものがあるね。
250ミリだとかって、100でもすごいのに、ってわけだ。
そりゃ、水を治めるものが、統治者たる資格を得る、みたいなの、わかるような気もするね。
治山治水、ってのね。
古事記なんかに出てくる神様方も、土木工事屋さん、多いからね。
地名にも、佐久のような、裂く、由来の、決壊する川を、地を裂くことで変容させ、みたいなのが。
残されているし。
さて、今日は、20日ですか。
どんな一日になりますやら。