若葉して
おん目の雫
拭はばや 芭蕉
元禄元年に、唐招提寺へおまいりしたときの句。
この12日からはじまった、県立美術館の鑑真和上展へ、母とともに行ってくる。
西暦の750年前後に、鑑真和上は、7回だったか、中国から日本へ、禁を犯して、渡航を試みる。
その挙句、弟子をうしない、わが目の光をうしない、やっと、日本の鹿児島へ着く。
仏教を伝えようという思いの強さは、すさまじいものがあったわけだ。
なんなんだろう。
そんな、大僧正を、1000年くらいして、芭蕉が、冒頭の句に、詠んだ。
754年には、聖武天皇に授戒してるんだよね。
旧い戒を一切すてて、あらたに授戒、なんて書き方してあった、年表には。
そのころを境に、神から仏へ、切り替わっていったんだろうか。
仏の教えによって、国を、民を安寧に導く、という。
おん目の雫
拭はばや 芭蕉
元禄元年に、唐招提寺へおまいりしたときの句。
この12日からはじまった、県立美術館の鑑真和上展へ、母とともに行ってくる。
西暦の750年前後に、鑑真和上は、7回だったか、中国から日本へ、禁を犯して、渡航を試みる。
その挙句、弟子をうしない、わが目の光をうしない、やっと、日本の鹿児島へ着く。
仏教を伝えようという思いの強さは、すさまじいものがあったわけだ。
なんなんだろう。
そんな、大僧正を、1000年くらいして、芭蕉が、冒頭の句に、詠んだ。
754年には、聖武天皇に授戒してるんだよね。
旧い戒を一切すてて、あらたに授戒、なんて書き方してあった、年表には。
そのころを境に、神から仏へ、切り替わっていったんだろうか。
仏の教えによって、国を、民を安寧に導く、という。