朝の4時にアラーム音で目覚めた。耳を澄ました。水の音がした。
「やっぱり、雨は残ったか・・・」
とっさにそう思った。昨晩は雷鳴を伴って激しい雨が降った。民宿の屋根を叩く雨音がうるさくてしょうがないくらいであった。その激しい雨を降らせた雨雲の残りがまだ上空に残っているのであろうか・・・
しかし、それは勘違いであった。私が聞いた水の音は、昨晩の豪雨により増水した川の音であった。民宿の傍には川が流れていて、普段はそれほど大きな音はしないのであるが、今朝は水の流れが激しくその音がはっきりと民宿の部屋の中に窓を通して入ってきていたのである。
「あれは川の音ですよ・・・」
チームメンバーにそう言われて安心した。
「とりあえず、走れそうだ・・・」
支度を済ませ、朝食を胃袋の中に押し込み、スタート地点近くに車で向かった。自転車を車から降ろし軽くアップを始めた。時折細かな雨が風に吹かれてくるが、これであれば走行に支障はなさそうであった。
アップがほぼ終わり、スタート地点にそろそろ向かおうかという時、重大な情報がもたらされた。昨晩の大雨によりコースの一部が土砂崩れによってふさがれてしまったため、距離が20.5kmでなく、15kmに短縮されることになった。設営の変更等のためスタート時間も30分繰り下げられた。
「あれ~15kmか・・・」
少々テンションが下がった。ということは森林限界まで達することなくゴールということになる。距離は4分3になった、そして乗鞍の醍醐味は2分1くらいに減退してしまった。
当初の目標は1時間35分。距離が15kmだと1時間5分くらいでその地点に到達しないと本来の距離を走った時に1時間35分は切れないはず・・・ということで1時間5分を目標に走ることに切り替えた。
昨年同様年齢別に分けられたグループごとに順次スタートした。スタートダッシュは一切せずにゆっくりとしたペースで序盤を走った。
それでも心拍数は「175」ぐらい。その心拍数を超えない程度の強度で走り続けた。
「少しぺースがゆっくり過ぎるかな・・・」
そうは思ったが、距離が短くなったとはいえ15kmは長い。後半だれることのないようペースを守り続けた。
半分ほど過ぎたあたりから、少しづつ強度を上げた。心拍数は170代の後半へ上がった。「177・・・178・・・179・・・」新調したばかりのポラールのサイコンに表示される数字を時折目で確認した。
ここ数ケ月、調子が悪い。原因は不明であるが体のキレがずいぶんと落ちたような気がする。後半に入って強度を上げてしばらくすると、その強度に体が悲鳴を上げ始めた。
少し強度を弱める。心拍数は「175」ぐらいまで下がる。もちろんスピードも下がる。
「これでは遅いでしょう・・・」
と頭では分かっているのであるが、なかなか体がついてこない。そうこうするうちに「残り3km」と表示された地点まで来てしまった。
その時であった、急に胸が苦しくなった。ぐっと胸を抑えつけられるような感覚である。そして、顔からは血の気が引いてきた。ついさっきまで汗が流れていたのに、悪寒がする。寒気がするのである。
体の異変に驚いてサイコンを見ると、心拍数の表示が「130」になっている。さらにしばらくすると「125」まで下がった。
「おかしい・・・心臓に異変が生じたようだ・・・」
ペースをぐっと落した。数分間スローペースで走った。
心臓の具合が回復するのを願いながらサイコンの心拍数表示を睨みつけていた。
「上がれ・・・上がれ・・・」
4,5分経過したであろうか・・・心拍数が上がり始めた。それと供に体に血の気が戻ってきた。恐る恐る強度を上げていった。
心拍数は「175」まで上がってきた。もうゴールまで残り少ない。大丈夫そうなのでさらに強度を上げた。沿道の誘導員の方が「そこのカーブを曲がったら、後はスプリントです・・・」と声をかけてくれた。
短いスプリントポイントを駆け抜けてゴールした。タイムは目標としていた1時間5分に遠く及ばず1時間8分7秒であった。
この調子では、本来の距離を走っていたならば1時間35分は切れなかったであろう。昨年同様1時間40分をギリギリ切れたかどうかといったところに違いない。
それにしても、残り3km地点で生じた心臓の異変には焦った。幸い数分で回復したが脆弱な心肺機能が露呈してしまった。
齢50歳・・・体重70kg・・・脆弱な心肺機能に貧脚・・・我が行く手は茨の道のようである。