NHKの大河ドラマはほとんど見ない。戦国時代を舞台にすることが多く、戦闘場面のようなとにかく力の入った緊迫する描写ばかりで、見ていて疲れるからである。登場する役者のほとんどが目を剥き、声を押し殺して重々しい演技をする。本当にあの時代はみんなあんなに肩に力が入っていたのかと、疑っているのである。
だから今まで見た大河といえば、蒙古が攻めてくる元寇をモチーフにしたもの、東京オリンピックを舞台にした現代物、そして現在放映している平安貴族の回くらいである。
最近習字を始め、昔の人の読み書きのレベルというのが、現代では分かりにくいほど高度だったことは、常々痛感するところだ。というよりも、読み書きが政治であり、その人となりであり、実力だったのである。三筆と呼ばれた空海、嵯峨天皇、橘逸勢、三蹟と呼ばれた藤原行成、小野道風、藤原佐理といった名前を覚えたので、大河ドラマで藤原行成なんかが出てくると、どうしても注目してしまうのである。
それにしても、源氏物語は名前だけはよく知っているが、書き出しの部分だけでも言えるのかというと、相当危ない。
「奥の細道」なら「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」だとか「徒然草」だと「つれづれなるままに日暮らし硯にむかいて」だとか、「方丈記」だったら「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」とすぐに出てくる。ちょっと難しいところだと、「万葉集」の最初の歌が「籠もよみ籠持ちふくしもよみぶくし持ち」というのも出てくる。「平家物語」なら「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」というのは、高校の授業で覚えさせられたので、今もって言える。
が、似たような「源氏物語」はほぼどんな書き出しかも、どんな内容かも知らない。ちなみに書き出しはこうなっている。
「いづれの御時にか、 女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、 いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
現代語訳は「どの帝の御代であったでしょうか、女御や更衣がたくさんお仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではなくて、それでいて格別にご寵愛を得ていらっしゃる女性(桐壺の更衣)がいました」となる。
う〜ん、「いずれのおんときにか」というところしか知らなかったぞ。これじゃあいかん、ということで、今日は古本の源氏物語解説本を注文した。これを契機に、少しずつ古典の世界に足を踏み入れたいと考えているアベさんなのである。
だから今まで見た大河といえば、蒙古が攻めてくる元寇をモチーフにしたもの、東京オリンピックを舞台にした現代物、そして現在放映している平安貴族の回くらいである。
最近習字を始め、昔の人の読み書きのレベルというのが、現代では分かりにくいほど高度だったことは、常々痛感するところだ。というよりも、読み書きが政治であり、その人となりであり、実力だったのである。三筆と呼ばれた空海、嵯峨天皇、橘逸勢、三蹟と呼ばれた藤原行成、小野道風、藤原佐理といった名前を覚えたので、大河ドラマで藤原行成なんかが出てくると、どうしても注目してしまうのである。
それにしても、源氏物語は名前だけはよく知っているが、書き出しの部分だけでも言えるのかというと、相当危ない。
「奥の細道」なら「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」だとか「徒然草」だと「つれづれなるままに日暮らし硯にむかいて」だとか、「方丈記」だったら「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」とすぐに出てくる。ちょっと難しいところだと、「万葉集」の最初の歌が「籠もよみ籠持ちふくしもよみぶくし持ち」というのも出てくる。「平家物語」なら「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」というのは、高校の授業で覚えさせられたので、今もって言える。
が、似たような「源氏物語」はほぼどんな書き出しかも、どんな内容かも知らない。ちなみに書き出しはこうなっている。
「いづれの御時にか、 女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、 いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
現代語訳は「どの帝の御代であったでしょうか、女御や更衣がたくさんお仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではなくて、それでいて格別にご寵愛を得ていらっしゃる女性(桐壺の更衣)がいました」となる。
う〜ん、「いずれのおんときにか」というところしか知らなかったぞ。これじゃあいかん、ということで、今日は古本の源氏物語解説本を注文した。これを契機に、少しずつ古典の世界に足を踏み入れたいと考えているアベさんなのである。
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