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随筆紹介  「理不尽」    文科系

2016年11月03日 04時51分21秒 | 文芸作品
 理不尽   H.Tさんの作品です


「そんな事してません!」
 私の声が大きくなりすぎたのか、他の席の男女局員も立ち上がってこちらを見ている。そのうち何人かが近づいて来るのも見えた。

 名古屋市名東郵便局。事は、使用済み郵便切手の「不正再使用」という私への嫌疑なのである。
 毎年恒例の年金支給調査に同封された返信用封筒に私自身が切手を貼って十月初めに回答を送ったのだが、数日後に送り返されてきたその切手を巡る遣り取りである。送り返された封筒の表に「一度使った切手は、再使用できません」とペン書きした付箋がべったりと貼り付けられている。しかも、封筒の切手には、消印まで押してあるではないか。それを持って、郵便局に抗議に来た私。
「これは、どういう事でしょう?」と初めに訊ねると、「さぁー」とつぶやいてもう一人を呼ぶ。そして、二人して言い始める。
「この切手は、剝がしてもう一度貼って使ってあるから、返送されたんです」
「ほらね、切手のここを見れば分かります」
「この切手は、私がここで買った記念切手です。それに、私は古い切手など持ってません。よく手紙を出しますが、友人知人の返信はすべて電話ですから」 
「でも、ここに剝がした跡がちゃんとあるんですよね」
 心臓の鼓動に急き立てられるように涙も浮かんできて「やってない」と繰り返す。「剝がした跡が……」と口々に言い返す局員。〈どうして、消印を押さないで、送り返してくれなかったのか!〉奥歯まで鳴ってくるのを、〈おちつけ、おちつけ〉と言い聞かせて「やってません」を繰り返す。
 やがて、明日という返信期限が頭に浮かんで来て悔しさが悲しさに換わり、私は八十二円を出して切手を貼り直していた。帰りながら、泣いた。〈人を疑う事はどんなにいけないことか〉、子どものころそう両親に教えられたが、そんな事がこんなにも簡単に起こっている今。それも、この私に。私は古い人間なんだろうか? 
 
三日ほどしたある日、ゆうちょ銀行からこんな通知が来た。「通常貯金上限変更のお手続きについて」。郵便局とは別組織になったが、名東局へは金輪際もう行きたくない。小包ももう、宅急便だ。切手やはがきも、他で買おう。こんなこと、名東局には痛くも痒くもないだろうが、私のささやかな抵抗だ。疑うことは人を傷つける事、若い人にも骨身にしみて知って欲しい。

 そして、こんな嬉しい後日談もあった。 
「どうして引き下がったのか。それも、証拠品まであちらに置いてきて……。これは、あなたもそう感じたように、当然、八十二円などという問題じゃないですよね!」
 この事を作品にしたいと同人誌例会に持ち出した私に、異口同音、こんな怒りが返ってきた。私の履歴や日常ほとんどを随筆などにして吐き出してきたこのお相手、仲間たち。こんなみんなの言葉が、私にはどれだけ嬉しかったことか。ここにも古い人間が居たということなのかな?!

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「殺人は劇的に減った」と人類史学者ら   文科系

2016年11月02日 15時57分07秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
「人間史に戦争は無くならない」というのが誤った俗論であると、ここで何回も批判してきた。明治期の東大総長・加藤弘之の社会ダーウィニズムも既に誤りだとされたのに、入れ替わりここを訪れる右の方々が同様の俗論を未だにどんどん主張してくるからだ。
「動物は争う。人間も動物だから争う。国家社会もこれと同じで、戦争は無くならない」という俗論である。
 
 最近の週刊朝日に、東京大学薬学部教授にして脳研究家とある池谷裕二氏が、期せずして社会ダーウィニズム批判になる文章を書いている。その見事な文章を要約という形で、今回の反論としてみたい。
 今回彼が紹介しているのは、世界的科学雑誌「ネイチャー」に発表されたスペインのある博士らの論文である。

『博士らは哺乳類137科に属する全1024腫の生物について、400万件以上の個体の死因を調べました。これは哺乳類の80%の科をカバーしています』
『調査の結果、哺乳類が(同種の)仲間に殺される割合は0.3%でした。300匹のうち平均1匹が同種によって殺されていることになります。肉食獣は草食動物よりも凶暴性が高いのですが、その差はヒトに比べればごくわずかでした。ヒトの凶暴性はなんと2%と推測されたのです。ヒトは平均的な哺乳類よりも6倍も凶暴だったのです。これほど同種を殺し合うのは哺乳類としては異常なことです。
 ところが慎重に調べを勧めてみると、意外な真実が見えてきました。チンパンジーやオランウータン、もしくはその祖先でも同種殺害率は1.8%と高かったのです。つまり、異常な凶暴性は、高等な霊長類に広く共通した現象なのです』

 とここまでは、右の方々が大いに喜びそうな下り。が、ここからの250万年人類史の最近の下りこそ、この論文の真骨頂なのである。

『石器時代以降の全250万年の考古学的証拠を丹念に調べたところ、狩猟採集の時代の殺人はおおむね個人的な動機に基づく小規模な諍いが大半だったのです。ヒトが大規模な抗争を始めたのは、定住を始めた1万年前以降です』

 そして何よりも『現代社会では同種殺害率は0.01%と著しく低い』と展開され、その理由がこう述べられていきます。
『もちろん私たち人類は、自身に潜む異常な凶暴性を自覚しています。だからこそ、刑法や懲役という公的制度を設け、警察や裁判官という社会的監視者を置くことで、内なる衝動を自ら封じる努力をしてきました。国際的には国連やPKOがあります』

『ヒト本来の数値である2%に比べて200分の1、哺乳類の平均0.3%に比べても30分の1のレベルに収まっています。
 公的制度によって自他を抑圧する「社会力」は、ヒトをヒトたらしめる素です』

 さて、著者がこの社会力で今最も期待しているのが、『国際的には国連やPKOがあります』なのだろう。ここが僕と同じであってとても嬉しかった。また、長い人類史で20世紀になって初めて出来たこの国際平和組織、国連という「社会力」のことをほとんど語らないのが、右の方々の戦争論の最大特徴だとは、ここでも度々確認してきたことである。


 なお、以下は私見だが、以上の人類同族殺害史は、我々の一般的歴史認識にも一致している。
『大規模な抗争を始めたのは、定住を始めた1万年前以降です』とは、奴隷制度が始まった時代を最も古く観た場合に合致している。当時以降の富の源泉である奴隷狩り(戦争)が大々的に行われ始めたということなのだ。『現代社会では同種殺害率は0.01%と著しく低い』のが「社会力」の増進によるというのは、基本的人権思想や、20世紀になって生まれた国連など世界平和組織やの発展によるものである。
コメント (9)
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