「 浅野氏敗北の分析と感想」 佐藤 弘弥氏
JANJAN2007・4・9より
07年の東京都知事選、誰がこれほどまでの大差がついて、浅野史郎候補が大敗すると予想しただろう。
<確定の得票>
石原慎太郎候補 2,811,486
浅野史郎候補 1,693,323
(東京都選挙管理委員会発表)
対立候補の石原陣営すら、もう少し接戦になるものと思っていたようだ。しかし現実は、もはや動かし難いものとなった。
この予想外の大差には、何らかの原因があるはずだ。私は大きく分けて、原因は以下の6つほどあると考える。
1.はじめ民主党の立候補を拒否し、勝手連方式で立候補しながら、後に民主党の選挙応援を受け入れた優柔不断な態度。
2.高級官僚(旧厚生省 タミフル問題も起こっている)出身であること。
3.宮城県知事時代、県の財政赤字が倍近くに増加した点について、「これは国の政策もあって」と開き直りとも取られかねない発言をしたこと。
4.勝手連方式の選挙運動の限界。結局、無党派層の広範な支持の導火線に繋がらなかったこと。
5.石原候補に対して明確な対立軸を示せなかったこと。(福祉と情報開示を重点とした社会的弱者優先の政策が、東京都民の大多数の利害や意識と乖離していたこと)
6.現実的に、埼玉県の上田知事、神奈川県の松沢知事など、首都圏連合と言われる民主党系の知事までが、石原支持に回るなど民主党支持者が石原候補にかなり流れたこと。
以上のことから、浅野候補の敗北の最大の原因は、勝手連を中心とした選挙運動にあったと私は結論付けざるを得ない。当初、浅野候補担ぎ出しに成功した勝手連の動きであるが、彼らはある種「選挙プロ的市民」であって、しかもその中には、リベラルというよりは左翼に近いグループもいて、それは宮城で成功した勝手連方式という選挙スタイルが、時代的にか東京という地域の特性のためかは議論は分かれるが、通用しなくなっているということである。
石原都政の権力構造の中心には、潜在的に「東京再開発」というものを強力に推進する勢力が存在していると言える。この中心には、最近の「東京ミッドタウン」のオープンに象徴される不動産デベロッパーやゼネコン企業が、今後の巨大な利権を狙って石原都政に強い支持を表明しているのである。「オリンピック」も「築地移転」も今回飛び出した「多摩シリコンバレー」発言も、その延長線上にある。
本来、浅野候補は、このような石原都政にストップをかけて、「東京再開発」からの脱却とそれに対抗する21世紀型の政策を有権者の前に「提示」しなければならなかった。
例えば、石原「東京再開発」都政に対し、浅野「東京高度情報福祉都市」を掲げ、IT産業や情報産業に協力を要請して、東京を世界一の高度情報都市にすると宣言し、あらゆる都民サービスをインターネットを活用して実現し、同時に都政のコストカットを実現することで、福祉予算を拡充する方向を明確にする方向を打ち出すことも可能だった。
浅野氏の当初からの戦術は、都民のマイノリティーである社会的弱者の熱い出馬要請に人間としての黙っていられないとして立ち上がったもので、それ自体はけっして間違っていなかったと思う。しかし問題は、余りにその社会的弱者の視点にのみ終始したために、大多数の無党派層、特に年収規模で言えば、700万から1000万前後の人々や、年齢層で言えば、20代から40代にかけての働き盛りの比較的富裕な人々の心に訴えかけるようなメッセージを発することが出来なかったことにある。これは煎じ詰めれば、やはり準備不足だったということが上げられると思う。
この都知事選の石原候補圧勝が示すものは、富める東京、ひとり勝ちの東京に住む都民は、その東京都と地方の格差が拡大しているという現実にあまり興味がなく、石原都政8年の流れを継続してよしと承知したことになる。
残念であるが、浅野氏がマニフェストで「東京都政を転換することにより……いきいきとした日本を蘇らせます」とした東京と地方の「格差是正」のメッセージは否定ではないが、少なくても否認されたのである。私はここに東京人の「東京ナショナリズム」(東京エゴ)の影を見るのである。
またこれは愚痴になるが、慶応大学の教授である浅野候補を応援する学生ボランティアがほとんどいないのは大いに疑問である。若者の政治参加は、民主主義の成熟度合いをみるリトマス紙だ。
東京に限らず、今回の統一地方選挙の結果は、ほとんど予想された通りの選挙結果となった。保守派候補の軒並みの圧勝である。残念であるが、日本人(全国の有権者)は、やはり政権交代を欲していないようにも見える。
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「都知事選をどう見るか」 五十嵐仁氏
五十嵐仁の転成仁語より
花の写真ばかりでは「何だ!?」と言われそうですので、統一地方選挙前半戦についての感想を書かせていただくことにします。先ず、都知事選です。
結果は、皆さんご存じのように、得票率50%だった石原候補の圧勝でした。2位につけた浅野さんは110万票以上の大差を付けられ、3位の吉田さんは、さらにそれより100万票も少ないという結果です。
率直に言って、このような結果はある程度、予想されていました。予測できたがゆえに、私としては大変書きにくかったわけです。
各候補が当選をめざして懸命に運動しているときに、そんな、水をぶっかけるようなことを書けるわけがありません。ネットが不調だったことを幸いに、都知事選についてコメントしなかったのはそのためです。
石原3選がある程度見えていたが故に、書く気が起こらなかったのです。そんなイヤなこと、誰が好きこのんで書くものですか。
対抗馬として登場した浅野史郎さんは、あまりにも出馬が遅く、候補としても欠点がありすぎました。事実、一番盛り上がったのは出馬表明の時だったと言われ、その後、ブームは起きませんでした。
人物・政策などの面で申し分のない吉田万三さんは、得票力では浅野さんに及ばないと見られていました。そう見られているという点こそが、吉田さんの弱点だったといえるでしょう。
「反石原」のために力を統一させようとした人々は、吉田さんではなく浅野さんで統一しようと考えたからです。「反石原」を望む人々の間に、戸惑いと苦悩があったことは否めません。
こうして、石原慎太郎都知事の3選という最悪の結果になりました。石原候補は、都政の私物化、オリンピックの招致、築地市場の汚染埋め立て地への移転計画、新銀行東京の破綻、教員への日の丸・君が代の押しつけと処分、福祉の削減など、様々な問題点を持っていました。
このような弱点は、石原候補自身、それなりに自覚していたのでしょう。選挙が始まると、「反省」を口にし、「低姿勢」が注目されたほどでしたから……。
それなのに、何故、これほどの大差で再選されたのでしょうか。280万票もの得票が可能だったのでしょうか。
その最大の要因は、「反石原」の側が勝てる対抗馬を立てることに失敗した点にあります。表に出なかったとはいえ、民主党と共産党が別々の候補者を立てたということ、しかも、民主党の候補者擁立が公示直前まで迷走したということが、最大の敗因であったと思います。
この点で、民主党の責任には大きなものがあります。都知事選は4年前から分かっていたことなのに、準備が遅れに遅れ、直前まで対立候補を立てられなかったという点に、民主党の弱点が象徴的に現れています。
それは同時に、都政における民主党のスタンスの問題点をも反映しています。過去4年間、民主党は決して野党ではなく、石原都政を支えてきたという過去があるからです。この過去からなかなか決別できなかったために、「反石原」の候補擁立が遅れました。
これは、今後の問題にもかかわります。今回、浅野候補を全面的にバックアップした民主党は、今後の都政運営でも「反石原」を貫くのでしょうか。
都知事選での争点となった都政の私物化、オリンピックの招致、築地市場の汚染埋め立て地への移転計画、新銀行東京の破綻、日の丸・君が代の押しつけと強行処分、福祉の削減などの問題は、今後の都政でも大きな係争問題となるでしょう。そのとき、民主党はどうするのかが問われるにちがいありません。
石原候補は「これが最後だ」と言っています。4年後の都知事選を見据えて3期目の石原都政に対抗するという長期戦略を、果たして民主党は立てることができるのでしょうか。
東京だけでなく、北海道、岩手、神奈川、福岡で、民主党は自民党に対する対抗馬を擁立しました。その結果、岩手と神奈川で民主党、東京、北海道、福岡で自民党の推す現職の再選という形になりました。
民主党からすれば、2勝3敗です。今日の『毎日新聞』は「民主、戦略空回り」と書いていますが、そうでしょうか。
これらの知事選は民主党にとって失敗ではなく、半歩の前進だったと思います。「相乗り」ではなく対抗馬を擁立したからです。その対抗馬が当選していれば、大きな前進となるでしょうが、そうならなくても評価に値するものです。
しかも、同時に行われた44道府県議選や政令市議選などでは、明らかに民主党の風が吹いたと言えるでしょう。『毎日新聞』は、「政党『風』起こせず」と評していますが、実は「反自民」の風が吹いたのではないでしょうか。
来るべき参院選への影響という点からすれば、こちらの意味の方が大きかったかもしれません。首長選挙で対抗馬を立て、議員選挙での前進に結びつけるという「小沢戦略」は決して「空回り」ではなく、基本的に成功していたのです。
この結果は、福島と沖縄の参院補選にも、明るい見通しを生んでいます。もし、ここで民主党が2勝できれば、夏の参院選では大きな波乱が起きるにちがいありません。
今回の都知事選では、「無党派」の動向が注目されました。「支持政党なし」が最大の勢力となり、しばしば予想を覆す「ドラマ」を生んできたからです。
今回、そうならなかったのは、「ドラマ」を演ずることのできる「役者」がいなかったからです。「役者」としては、現職の石原候補の方が上手だったということもできるでしょう。
もちろん、知名度の問題やマスコミの影響もあります。無党派とは、政党を信頼せず、政治的関心もそれほど高くない人々ですから、もともと、知名度の高さやマスコミの報道に左右されやすいという弱点があります。今回も、その例外ではなかったということでしょう。
出口調査の結果では、石原候補と浅野候補が、無党派層の支持を分けあっていました。つまり、革新無党派だけでなく、保守無党派もかなりの層をなしているということになります。
生活の苦しさや将来への不安が増している中で、「強いもの」にすがろうとする心理や自暴自棄的な気持ちが強まっているのかもしれません。それが、石原候補という「勝ち馬」に乗る流れを作り出したとするならば、極めて危険な兆候だと言わなければならないでしょう。
かつて、ファシズムの社会的基盤を形成したのは、まさにこのような状況と心理だったからです。郵政選挙で若者が小泉首相を支持したのと同じような状況と心理が、そこにあったのかもしれません。
ただし、今回の選挙で投票した人々は都民有権者の約半数である54%にすぎないという事実も同時に指摘しておく必要があるでしょう。石原3選を支持したのは、有権者の4分の1強なのです。
その背後には、投票を棄権した物言わぬ人々の存在があります。これらの人々は、今回の結果をどのような思いで受け止めているのでしょうか。