私は死後の献体を望んでいた。
妻は私の死後の献体を望まない。
理由は死後何年間か私の遺体が、近くの大学病院の献体安置所に冷え冷えと置かれており、日々切り刻まれることに耐えられないという。
また自分の死後ならかまわないという。
私は自分の死後の在り方は私の主権の及ぶところで、それは何人も侵せないと思っていた。だから妻とはいえその権利を反故に出来ないと主張した。
私は、友達の献体申込の証人になり、自分も申込書をもらってくる事になったら妻と深刻な喧嘩になった。
妻も私も相手をエゴイストと決め付けた。
私が信念を曲げることにより収まったが、四十年夫婦をしていて相手を知らなかった事に驚いている。
妻は私の死後の献体を望まない。
理由は死後何年間か私の遺体が、近くの大学病院の献体安置所に冷え冷えと置かれており、日々切り刻まれることに耐えられないという。
また自分の死後ならかまわないという。
私は自分の死後の在り方は私の主権の及ぶところで、それは何人も侵せないと思っていた。だから妻とはいえその権利を反故に出来ないと主張した。
私は、友達の献体申込の証人になり、自分も申込書をもらってくる事になったら妻と深刻な喧嘩になった。
妻も私も相手をエゴイストと決め付けた。
私が信念を曲げることにより収まったが、四十年夫婦をしていて相手を知らなかった事に驚いている。
僕は奥さんに賛成だな! なんせ、50~60年の連れ合いなのだから、そんなところで変な主権はかざさない方がよいと思う。
しかし、献体を決断?したのは、たいしたものです。死ねば、主権もあったものではありません。もともと私や守るさんにどういう主権があるのでしょうか?死ぬ主権ですか?それは主権ではなく自殺・自死する意思です。
私も一度自殺をしようと、バイクで鈴鹿の峠を滋賀の方へ行きました。曲がりくねった道でしたが、反対車線を走ったのを二度兆戦しましたが、幸い、昭和30年代の頃でもあり、衝突することなく終わりました。初めて恐怖感に襲われましたが・・。中々、自殺も自死もできません。
死んでしまったら、遺された人が
全権を持つのでしょうか?
難しい問題です。
まあ死んで地獄に行くのか、浄土にいくのか、わかりませんが・・・。死んでから考える事でしょうか?
私の考え方は子供かもしれませんが、それだけあなたのことが大切ということなのではないでしょうか?
私なら長年寄り添ってきた夫が切り刻まれるのは嫌です。
多分奥さまもそのような気持なのではないでしょうか。
貴方のご推察に間違いありません。まもるさんの奥さんがそういう感じ方、考え方を持っていらっしゃるのもまずその通り。彼もそう書いていますしね。
そして、ここにこういうことを書かれた彼自身も、持前の社会的正義感から激論にはなっても、奥さんのその気持ちは当然分かっていて、落ち着いた時には一面嬉しいのではないでしょうか。
又何なりと、気づいたことをお聞かせ下さい。